
11月2日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢49名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】11月2日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月2日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1758年 | 良寛 | 曹洞宗僧侶・歌人 |
| 1785年 | 増山正寧 | 長島藩主 |
| 1789年 | 津軽典暁 | 黒石領主 |
| 1806年 | 小笠原長泰 | 唐津藩主 |
| 1841年 | 片桐貞篤 | 小泉藩主 |
| 1843年 | 池田清緝 | 若桜藩主 |
| 1865年 | 松前修広 | 松前藩主 |
| 1868年 | 横山大観 | 日本画家 |
| 1890年 | 岸田國士 | 劇作家・小説家 |
| 1890年 | 西ノ海嘉治郎(3代) | 第30代横綱 |
| 1892年 | 松田正之 | 官僚・南洋庁長官 |
| 1907年 | 人生幸朗 | 漫才師 |
| 1908年 | 田中正佐 | 実業家 |
| 1910年 | 三益愛子 | 俳優 |
| 1912年 | 勝田正之 | 実業家 |
| 1915年 | 芹沢常行 | 検視官 |
| 1923年 | 三橋達也 | 俳優 |
| 1925年 | 魚孝善 | 児童文学作家・詩人 |
| 1929年 | 鳴海日出夫 | 歌手 |
| 1930年 | 浜田貫太郎 | 漫画家 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】11月2日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1082年 | 徽宗 | 北宋第8代皇帝・書画家 |
| 1591年 | アウグスト・ブーフナー | ドイツの詩人・詩学者 |
| 1636年 | エドワード・コルストン | イギリスの商人・奴隷貿易商 |
| 1692年 | ウニコ・ヴィルヘルム・ファン・ヴァッセナール | オランダの作曲家・外交官 |
| 1699年 | ジャン・シメオン・シャルダン | フランスの画家 |
| 1734年 | ダニエル・ブーン | アメリカの探検家・開拓者 |
| 1739年 | カール・ディッタース・フォン・ディッタースドルフ | オーストリアの作曲家 |
| 1755年 | マリー・アントワネット | フランス王妃 |
| 1795年 | ジェームズ・ポーク | アメリカ合衆国第11代大統領 |
| 1815年 | ジョージ・ブール | イギリスの数学者・論理学者 |
| 1844年 | メフメト5世 | オスマン帝国スルタン |
| 1847年 | ジョルジュ・ソレル | フランスの社会思想家 |
| 1865年 | ウォレン・G・ハーディング | アメリカ合衆国第29代大統領 |
| 1867年 | ワシリー・サペルニコフ | ロシアのピアニスト・作曲家 |
| 1877年 | アーガー・ハーン3世 | イスマーイール派イマーム |
| 1885年 | ハーロー・シャプレー | アメリカの天文学者 |
| 1891年 | 許百錬 | 朝鮮・韓国の南画家 |
| 1893年 | バッティスタ・ファリーナ | イタリアの自動車デザイナー |
| 1906年 | ルキノ・ヴィスコンティ | イタリアの映画・舞台監督 |
| 1910年 | 費孝通 | 中国の社会学者・人類学者 |
| 1911年 | オデッセアス・エリティス | ギリシャの詩人 |
| 1913年 | バート・ランカスター | アメリカの俳優・映画製作者 |
| 1920年 | 金鉄万 | 北朝鮮の軍人・政治家 |
| 1927年 | スティーヴ・ディッコ | アメリカの漫画家 |
| 1927年 | ユーリ・トルトネフ | ソ連・ロシアの理論物理学者 |
| 1929年 | ムハンマド・ラフィーク・ターラル | パキスタン大統領 |
| 1931年 | ドン・ウォルシュ | アメリカの海洋学者・探検家 |
| 1932年 | メルヴィン・シュワーツ | アメリカの物理学者 |
| 1944年 | キース・エマーソン | イギリスのキーボード奏者・作曲家 |
11月2日生まれの代表的な偉人
良寛
- 生没年:1758年11月2日(宝暦8年10月2日)~1831年2月18日(天保2年1月6日)
- 国:日本
- 肩書き:曹洞宗僧侶・歌人
越後国出雲崎の名主の家に生まれ、出家して諸国を修行した後、郷里近くの草庵で托鉢生活を送りました。平明な和歌、漢詩、書を残し、子どもと手毬をつく逸話に象徴される、権威から距離を置いた宗教者像を形づくりました。技巧を誇らない書と日常語の歌は近代以降の文学者・書家に愛され、地域文化の象徴となりました。一方、清貧と無垢の聖人像は後世の編集で強まり、地域住民の施しと支援に依存した生活や、貞心尼との関係を美談だけにまとめることには注意が必要です。
横山大観
- 生没年:1868年11月2日(明治元年9月18日)~1958年2月26日(昭和33年2月26日)
- 国:日本
- 肩書き:日本画家
水戸に生まれ、東京美術学校で岡倉天心らに学び、西洋画との競合のなかで新しい日本画を模索しました。菱田春草らと日本美術院を支え、輪郭線を抑えた朦朧体や、富士を主題とする大画面作品によって近代日本画の様式を築きました。海外展と再興院展を通じ、日本画を国家的・国際的な美術制度へ位置付け、多くの画家を育てました。一方、戦時期に作品売却益を軍へ献納し国家主義的な富士像を描いたため、文化功労者としての評価と戦争協力の責任を併せて論じる必要があります。
岸田國士
- 生没年:1890年11月2日(明治23年11月2日)~1954年3月5日(昭和29年3月5日)
- 国:日本
- 肩書き:劇作家・演出家
東京に生まれ、陸軍士官学校を経てフランスで演劇を学び、日本の近代劇を言葉と演技から改革しようとしました。『紙風船』『牛山ホテル』などで日常会話の間と心理を描き、文学座創設や演劇教育を通じて新劇の俳優・劇作家を育てました。翻訳劇に偏らない日本語の現代演劇を築き、戯曲を独立した文学として読む文化へ影響しました。一方、戦時下には大政翼賛会文化部長を務めた経歴があり、本人の辞任だけで文化人の戦争動員責任を免責できず、男性中心の劇団運営にも限界がありました。
三橋達也
- 生没年:1923年11月2日(大正12年11月2日)~2004年5月15日(平成16年5月15日)
- 国:日本
- 肩書き:俳優
東京に生まれ、戦争と抑留を経験した後、ミュージカル劇団を経て映画界へ入りました。『洲崎パラダイス 赤信号』『天国と地獄』や国際合作『007は二度死ぬ』などで、都会的な二枚目から複雑な中年像まで演じました。戦後日本映画の娯楽性と国際化を支え、テレビの十津川警部役でも広い世代に知られました。一方、スター中心の映画史は監督・脚本家・スタッフの分業を隠し、国際作品での日本表象には異国趣味が強く、役柄の人気と作品の歴史認識を区別する必要があります。
マリー・アントワネット
- 生没年:1755年11月2日~1793年10月16日
- 国:オーストリア・フランス
- 肩書き:フランス王妃
ウィーンのハプスブルク家に生まれ、仏墺同盟を固める政略結婚でルイ16世の王妃となりました。宮廷儀礼から距離を取り、服飾や離宮文化の流行を生む一方、革命期には王家の安全と外国支援を求める政治的書簡を交わしました。その裁判と処刑は旧体制崩壊と革命の急進化を象徴し、女性君主配偶者への世論形成を考える重要例です。一方、「パンがなければ菓子を」という言葉は本人の発言ではなく、浪費家像には女性嫌悪と外国人排斥が重なりましたが、宮廷財政と反革命行動への責任まで否定はできません。
ジェームズ・ポーク
- 生没年:1795年11月2日~1849年6月15日
- 国:アメリカ
- 肩書き:政治家・第11代大統領
ノースカロライナに生まれテネシーで弁護士・政治家となり、領土拡張を掲げて大統領に当選しました。オレゴン境界を英国と画定し、米墨戦争を通じてカリフォルニアなど広大な領土を獲得し、財務・関税制度も整えました。一期限りで公約を遂行した大統領と評価され、太平洋国家としての米国形成を決定的に進めました。一方、拡張はメキシコ侵略と先住民排除の上に成り立ち、獲得地への奴隷制拡大論争を激化させ、本人も奴隷所有者として利益を得ました。
ジョージ・ブール
- 生没年:1815年11月2日~1864年12月8日
- 国:イギリス
- 肩書き:数学者・論理学者
リンカンの靴職人家庭に生まれ、大学教育を受けずに独学し、学校経営をしながら数学研究を続けました。真偽を0と1の演算として扱うブール代数を『論理の数学的分析』『思考の法則』で体系化しました。記号論理学を築き、後に電気回路、コンピュータ、検索式、デジタル社会の基礎言語となりました。一方、本人は現代計算機を想定せず、二値論理だけでは曖昧さや確率、社会的判断を十分表せないため、万能な思考模型として用いるべきではありません。
ジョルジュ・ソレル
- 生没年:1847年11月2日~1922年8月29日
- 国:フランス
- 肩書き:社会思想家
シェルブールに生まれ、土木技師を退職後、第三共和政の階級対立と議会政治を批判する思想家となりました。『暴力論』でゼネラル・ストライキを労働者の行動を結集する神話と捉え、革命的サンディカリスムへ影響しました。合理的設計だけでなく情念、倫理、集団的想像力が政治を動かす点を示し、左右双方の思想家に読まれました。一方、暴力の道徳化はファシズムにも利用され、本人の立場も揺れ動いたため、労働者解放の理論家として一貫した人物に仕立てることは危険です。
ハーロー・シャプレー
- 生没年:1885年11月2日~1972年10月20日
- 国:アメリカ
- 肩書き:天文学者
ミズーリ州の農家に生まれ、新聞記者を経て天文学を学び、変光星による宇宙距離測定へ進みました。球状星団の分布から銀河系の中心が太陽系から遠い射手座方向にあると示し、太陽を宇宙中心から外しました。銀河系の巨大さを明らかにし、ハーバード大学天文台長として観測研究と女性研究者の雇用を広げました。一方、大論争では渦巻星雲が銀河系外にあることを否定して誤り、距離尺度にも補正不足があったため、科学の前進を単線的な正解史として語れません。
ルキノ・ヴィスコンティ
- 生没年:1906年11月2日~1976年3月17日
- 国:イタリア
- 肩書き:映画・舞台監督
ミラノの貴族家庭に生まれ、ルノワールの現場を経て、ファシズム末期のイタリア映画に現実の階級社会を持ち込みました。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』『揺れる大地』でネオレアリズモを先導し、『山猫』『ベニスに死す』では没落する貴族と美を豪華な映像で描きました。映画、演劇、オペラを横断し、歴史を階級と欲望から表現する作家として世界映画へ影響しました。一方、労働者を描く視線に貴族的美学が重なり、豪華な制作体制と現場の権力差、同性愛表象を悲劇や退廃へ結び付ける傾向も批判的に見られます。
費孝通
- 生没年:1910年11月2日~2005年4月24日
- 国:中国
- 肩書き:社会学者・人類学者
江蘇省に生まれ、民族調査と英国留学を経て、中国農村を実地研究する社会学を築きました。『江村経済』『郷土中国』で農村の生計、親族関係、差序格局を分析し、地域産業による農村発展も提言しました。中国社会を内部から記述する人類学を国際化し、改革開放後の社会学再建と少数民族研究へ大きく貢献しました。一方、政治運動下で研究を禁じられ、のちに体制内の要職へ復帰したため、国家の民族分類と開発政策に関与した責任、調査者と村民の権力差も検討が必要です。
オデッセアス・エリティス
- 生没年:1911年11月2日~1996年3月18日
- 国:ギリシャ
- 肩書き:詩人
クレタ系の家庭に生まれアテネで育ち、シュルレアリスムを地中海の光、島、ギリシャ語の伝統と結び付けました。アルバニア戦線への従軍経験を『アルバニア戦線で戦死した少尉に捧げる英雄的哀歌』へ変え、長詩『価値あるもの』を完成しました。古典、正教、民謡、現代性を統合した詩で1979年にノーベル文学賞を受け、現代ギリシャ語文学を世界へ広めました。一方、国民的詩人という位置付けは多民族の歴史や内戦の分断を一つのギリシャ像へまとめる危険があり、難解な象徴性も翻訳で失われやすい点に注意が必要です。
スティーヴ・ディッコ
- 生没年:1927年11月2日~2018年6月29日
- 国:アメリカ
- 肩書き:漫画家
ペンシルベニア州の労働者家庭に生まれ、兵役後に美術学校で学び、コミック産業の分業体制で作画家となりました。スタン・リーとスパイダーマン、ドクター・ストレンジを創造し、細身の若者像、都市を縫う動き、幻想的な異次元空間を視覚化しました。ヒーローを葛藤する日常人として描く現代コミックへ決定的な影響を与え、後年は客観主義思想を作品に強く反映しました。一方、共同創作の著作者表示と報酬をめぐる不公平があり、本人の妥協しない思想は独自性を生む一方、善悪を二分する政治観として批判も受けました。
11月2日に起きた歴史的な出来事
- 1795年11月2日|フランス総裁政府発足
革命暦3年憲法に基づき、五人の総裁と二院制議会による新政権が始まりました。恐怖政治後の共和政を安定させようとしました。なお、選挙操作、腐敗、軍への依存が強まり、ナポレオンのクーデターを許す脆弱な体制となりました。 - 1870年11月2日(明治3年10月9日)|土佐開成商社創設
岩崎弥太郎が土佐藩の海運事業を引き継ぐ商社を設け、後の三菱へつながる事業を始めました。海運と政商関係を通じ、日本の近代企業集団形成の起点となりました。なお、政府保護と軍事輸送で成長し、市場支配、労働条件、植民地進出を創業者の成功談から除外できません。 - 1874年11月2日(明治7年11月2日)|読売新聞創刊
東京で小新聞として読売新聞が創刊され、読みやすい記事を低価格で広い読者へ届けました。大衆新聞市場の発展と識字文化の拡大へ影響しました。なお、販売競争は扇情報道と政治的偏向を生み、新聞企業が戦争報道と世論動員に担った責任も後世から問われます。 - 1889年11月2日|南北ダコタ州成立
ダコタ準州が二州に分かれ、ノースダコタとサウスダコタが合衆国へ加盟しました。西部への連邦統治と農牧業開発を強めました。なお、州設置はラコタなど先住民の条約上の土地を侵害し、同年の入植拡大が翌年の虐殺へつながる緊張を高めました。 - 1917年11月2日|石井・ランシング協定
日本と米国が中国の門戸開放を確認しつつ、日本の特殊利益を認める協定を結びました。第一次世界大戦中の日米摩擦を一時緩和しました。なお、中国を交渉当事者から外して主権を扱った帝国主義的合意で、曖昧さが不信を深め、後に廃棄されました。 - 1917年11月2日|バルフォア宣言
英国外相がパレスチナにユダヤ人の民族的郷土を支持する書簡を公表しました。シオニズムと英国委任統治、後のイスラエル建国へ重大な政治的基盤を与えました。なお、現地アラブ住民の政治的権利を明記せず、相矛盾する戦時公約と植民地主義が長期紛争の要因になりました。 - 1920年11月2日|KDKA商業放送開始
米ピッツバーグのKDKAが大統領選速報を放送し、継続的な商業ラジオ放送の先駆けとなりました。家庭へ即時のニュースと娯楽を届ける放送産業を成長させました。なお、世界初という称号には他局との論争があり、周波数資源、広告支配、少数者の声の排除という問題も生まれました。 - 1930年11月2日|ハイレ・セラシエ1世戴冠
ラス・タファリがエチオピア皇帝として戴冠し、近代国家化と国際的主権を掲げました。植民地化を免れたアフリカ国家の象徴として世界の黒人運動へ影響しました。なお、中央集権は地方民族と農民へ負担を課し、奴隷制廃止の遅れや後年の飢饉対応にも重大な批判があります。 - 1938年11月2日|第一次ウィーン裁定
ドイツとイタリアの仲裁でチェコスロバキア南部などがハンガリーへ割譲されました。ミュンヘン体制による同国解体を進め、枢軸国の東欧支配を強めました。なお、住民投票なしの国境変更でスロバキア人、ユダヤ人、ルテニア人らが追放と差別にさらされました。 - 1940年11月2日(昭和15年11月2日)|国民服令公布
戦時下の日本で男子の標準服として国民服の様式が法令で定められました。物資節約と服装統一を通じ、総力戦体制の日常化を進めました。なお、個人の装いを国家目的へ従属させ、女性の労働・衣生活への統制や植民地での同化圧力とも結び付きました。 - 1945年11月2日(昭和20年11月2日)|日本社会党結成
戦前の無産政党・社会主義勢力が合同し、敗戦後の民主化を担う政党を結成しました。新憲法、労働運動、福祉国家をめぐる国会政治の主要勢力となりました。なお、左右両派の対立と再分裂を抱え、女性や植民地出身者の経験を十分代表できなかった限界があります。 - 1947年11月2日|H-4飛行艇初飛行
ハワード・ヒューズが巨大木製飛行艇H-4を操縦し、短距離ながら海面を離れて飛行しました。戦時輸送構想と大型航空機技術の限界を示す象徴となりました。なお、巨額の公費を投じながら実用化されず、個人の奇才物語が調達失敗と労働者の貢献を覆いがちです。 - 1949年11月2日|ハーグ協定調印
オランダとインドネシアが円卓会議の協定に署名し、主権移譲を決めました。長い独立戦争を経て植民地支配を終える制度的道筋となりました。なお、西ニューギニア問題を棚上げし、債務承継を新国家へ課したため、完全で公正な脱植民地化ではありませんでした。 - 1959年11月2日|米クイズ番組やらせ証言
チャールズ・ヴァン・ドーレンが議会で番組『21』の解答操作を認めました。テレビ放送の公共性と広告主支配をめぐる規制・倫理の議論を促しました。なお、個人の不正だけでなく視聴率競争とスポンサー・制作会社の構造的責任があり、出演者だけを悪者にできません。 - 1968年11月2日(昭和43年11月2日)|池之坊満月城火災
兵庫県有馬温泉の旅館で火災が起き、三十人が死亡しました。大規模宿泊施設の防火区画、避難誘導、増改築管理の欠陥を露呈しました。なお、観光成長を優先した安全軽視と行政検査の責任を検証し、犠牲を建物の古さだけへ帰すべきではありません。 - 1988年11月2日|モリス・ワーム拡散
大学院生ロバート・モリスが放ったプログラムがネット接続された多数のコンピュータへ自己複製しました。初期インターネットの脆弱性を示し、CERT設立と不正アクセス法制へ影響しました。なお、研究目的との主張にかかわらず運用を妨害し、被害規模には推計差があるため誇張も過小評価も避ける必要があります。 - 2020年11月2日|ウィーン銃撃事件
ウィーン中心部で過激派の男が銃撃し、四人が死亡、多数が負傷しました。欧州での単独型テロ対策と情報機関の連携不足が問われました。なお、加害者の宗教だけで共同体全体を疑う差別を避け、被害者支援と過激化防止、警察権限の均衡が必要です。