
11月1日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢55名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】11月1日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月1日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1852年 | 本因坊秀栄 | 囲碁棋士・本因坊 |
| 1869年 | 小山松吉 | 法学者・司法官僚 |
| 1872年 | 富田幸次郎 | 新聞経営者・政治家 |
| 1873年 | 川崎巳之太郎 | 記者・政治家 |
| 1874年 | 金森鍬太郎 | 土木技術者・官僚 |
| 1877年 | 熊澤一衛 | 実業家・歌人 |
| 1878年 | 岩崎長思 | 教育者・郷土史家 |
| 1878年 | 小林弥六 | 映画監督 |
| 1881年 | 桑山鉄男 | 官僚 |
| 1884年 | 川越丈雄 | 大蔵官僚・銀行家 |
| 1886年 | 萩原朔太郎 | 詩人 |
| 1887年 | 森英治郎 | 俳優 |
| 1888年 | 渋沢正雄 | 実業家 |
| 1893年 | 原田敏明 | 民俗学者・宗教学者 |
| 1895年 | 池田遙邨 | 日本画家 |
| 1897年 | 百瀬結 | 実業家・日本ビクター社長 |
| 1900年 | 杉村勇造 | 中国美術史家 |
| 1905年 | 岩間正男 | 歌人・政治家 |
| 1906年 | 西園寺公一 | 政治家・日中交流活動家 |
| 1913年 | 三浦淳史 | 音楽評論家 |
| 1914年 | 桂信子 | 俳人 |
| 1916年 | 小林昇 | 経済学者 |
| 1919年 | 佐治敬三 | 実業家・文化支援者 |
| 1920年 | 山本鎮彦 | 警察官僚 |
| 1920年 | 奥田八二 | 社会学者・福岡県知事 |
| 1922年 | 今井光也 | 作曲家・指揮者 |
| 1923年 | 本郷次雄 | 菌類学者 |
| 1924年 | 太田美實 | 医師 |
| 1924年 | 鈴木一弘 | 政治家 |
| 1926年 | 中川和雄 | 大阪府知事・官僚 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】11月1日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1287年 | ナスル | ナスル朝第4代スルターン |
| 1596年 | ピエトロ・ダ・コルトーナ | イタリアの画家・建築家 |
| 1757年 | アントニオ・カノーヴァ | イタリアの彫刻家 |
| 1761年 | スペンサー・パーシヴァル | イギリス首相 |
| 1778年 | グスタフ4世アドルフ | スウェーデン王 |
| 1782年 | フレデリック・ジョン・ロビンソン | イギリス首相 |
| 1815年 | クロフォード・ロング | アメリカの外科医 |
| 1858年 | ジョセフ・ティレル | カナダの地質学者・古生物学者 |
| 1864年 | エリザヴェータ・フョードロヴナ | ロシア大公妃・修道女 |
| 1871年 | スティーヴン・クレイン | アメリカの小説家・詩人 |
| 1878年 | カルロス・サアベドラ・ラマス | アルゼンチンの外交官・政治家 |
| 1880年 | ショーレム・アッシュ | ポーランド出身のイディッシュ語作家 |
| 1886年 | ヘルマン・ブロッホ | オーストリアの小説家 |
| 1889年 | ハンナ・ヘッヒ | ドイツの芸術家 |
| 1891年 | ヤン・ムカジョフスキー | チェコの美学者・言語学者 |
| 1896年 | エドマンド・ブランデン | イギリスの詩人 |
| 1902年 | オイゲン・ヨッフム | ドイツの指揮者 |
| 1903年 | ジャン・タルデュー | フランスの詩人・劇作家 |
| 1903年 | ドン・ロビー | アメリカのレコード事業家 |
| 1917年 | エーリッヒ・ルドルファー | ドイツの軍用機操縦士 |
| 1923年 | ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス | スペインのソプラノ歌手 |
| 1924年 | スュレイマン・デミレル | トルコ首相・大統領 |
| 1924年 | バジル・バーンステイン | イギリスの社会学者 |
| 1935年 | エドワード・サイード | パレスチナ系アメリカ人の文学研究者 |
| 1935年 | 謝芳 | 中国の俳優 |
11月1日生まれの代表的な偉人
本因坊秀栄
- 生没年:1852年11月1日(嘉永5年9月20日)~1907年2月10日(明治40年2月10日)
- 国:日本
- 肩書き:囲碁棋士
江戸に生まれ、本因坊秀和の子として幕府の家元制度が崩壊する時期に棋士となりました。本因坊家を継ぎ、名人位に推され、形勢判断と均衡感覚に優れた棋譜を残して近代囲碁の最高峰と評されました。家元から新聞棋戦・近代組織へ移る過渡期を支え、その棋風は後世のプロ棋士が研究する古典となりました。一方、名人評価は限られた対局記録と門人社会の語りに依存し、女性や地方棋士が制度から排除された当時の囲碁界を含めて見る必要があります。
小山松吉
- 生没年:1869年11月1日(明治2年9月28日)~1948年3月27日(昭和23年3月27日)
- 国:日本
- 肩書き:法学者・司法官僚
長野県に生まれ、帝国大学で法律を学び、検察官として近代刑事司法の整備と運用に関わりました。検事総長、司法大臣、法政大学総長を務め、司法行政と法学教育を結ぶ要職を歴任しました。犯罪捜査と刑事政策の制度化に影響し、大学経営を通じて法律専門職の養成にも携わりました。一方、大逆事件の検察側にいたことや治安維持法体制下の司法責任は重く、制度形成者という功績だけで国家による思想弾圧と冤罪の問題を免責できません。
萩原朔太郎
- 生没年:1886年11月1日(明治19年11月1日)~1942年5月11日(昭和17年5月11日)
- 国:日本
- 肩書き:詩人
群馬県前橋の医家に生まれ、口語詩と雑誌文化が発展する大正期に、孤独と不安を新しい日本語で表現しました。『月に吠える』『青猫』で、口語自由詩のリズム、都市の憂鬱、身体感覚を結び、近代詩の語り口を大きく変えました。詩論や音楽への関心も含め、感情の微細な揺れを日常語で表す後続詩人へ決定的な影響を与えました。一方、女性像や地方観には時代的偏見があり、病的・孤独な天才像だけを強調すると家族の支援、編集者、詩誌仲間との共同的な文学環境が見えなくなります。
佐治敬三
- 生没年:1919年11月1日(大正8年11月1日)~1999年11月3日(平成11年11月3日)
- 国:日本
- 肩書き:実業家・文化支援者
大阪に生まれ、父鳥井信治郎の寿屋を継ぎ、戦後の消費社会と洋酒市場の成長を企業経営へ取り込みました。社名をサントリーへ改め、ビール事業を拡大し、広告表現を重視する一方、サントリーホールや美術館など文化施設を支援しました。企業メセナとブランド経営の代表例をつくり、日本の音楽・美術の公共基盤へ長期的な影響を与えました。一方、文化支援は企業イメージ戦略でもあり、酒類販売が健康問題や依存症と結び付くこと、広告が飲酒文化を拡大した社会的責任も評価に含める必要があります。
アントニオ・カノーヴァ
- 生没年:1757年11月1日~1822年10月13日
- 国:イタリア
- 肩書き:彫刻家
ヴェネトの石工家に生まれ、古代遺跡の発掘と啓蒙主義が古典美を再評価した時代にローマで制作しました。『アモルの接吻で蘇るプシュケ』『三美神』で、大理石を柔らかな肌のように磨き、均衡ある新古典主義彫刻を完成させました。教皇、ナポレオン家、欧州王侯の注文を受け、公共記念像と美術館の古典規範へ広い影響を与えました。一方、理想美は白い大理石像を古代の本来像と誤認させ、多彩色彫刻の歴史を覆いました。また権力者の肖像制作と工房助手の労働を巨匠神話から切り離せません。
クロフォード・ロング
- 生没年:1815年11月1日~1878年6月16日
- 国:アメリカ
- 肩書き:外科医
ジョージア州に生まれ、外科手術が激痛と感染の危険を伴った時代に地域医療へ従事しました。1842年にエーテルを吸入させて腫瘍を無痛で切除し、記録上最初期の外科全身麻酔を実施しました。発表は遅れましたが、麻酔が手術の範囲と人道性を変えた歴史の重要人物として位置付けられています。一方、モートンらとの優先権争いは単独発明者を求める構図を生み、奴隷州の医師として診療対象と研究倫理をどう考えるかも無視できません。
エリザヴェータ・フョードロヴナ
- 生没年:1864年11月1日~1918年7月18日
- 国:ロシア帝国
- 肩書き:大公妃・修道女
ドイツのヘッセン大公家に生まれ、ロシア大公セルゲイと結婚して正教へ改宗しました。夫の暗殺後に財産を用いてマルフォ=マリインスキー修道院を設立し、貧困者の医療、食事、訪問看護を組織しました。革命期に殺害され、正教会の聖人として慈善と献身の象徴になりました。一方、帝室の富と地位が慈善を可能にした一方、専制体制や夫の強権政治との関係を切り離せず、殉教物語が革命の複雑な暴力を単純化する危険があります。
スティーヴン・クレイン
- 生没年:1871年11月1日~1900年6月5日
- 国:アメリカ
- 肩書き:小説家・記者
ニュージャージーの牧師家庭に生まれ、工業都市と大衆新聞が拡大する十九世紀末に記者・作家として活動しました。『街の女マギー』で貧困地区を自然主義的に描き、『赤い武功章』では従軍経験なしに兵士の恐怖と自己欺瞞を内面から表しました。簡潔で映像的な文体はモダニズム小説と戦争文学へ影響し、報道とフィクションの境界を広げました。一方、スラム表象には外部観察者の視線があり、戦争体験の普遍化が実際の兵士や人種化された部隊の経験を置き換える点には注意が必要です。
カルロス・サアベドラ・ラマス
- 生没年:1878年11月1日~1959年5月5日
- 国:アルゼンチン
- 肩書き:外交官・国際法学者
ブエノスアイレスの政治家家庭に生まれ、国際法を学び、南米諸国が欧米列強との関係を再編する時代に外交へ進みました。外相として反戦条約を提唱し、ボリビアとパラグアイのチャコ戦争終結を仲介して、1936年にラテンアメリカ初のノーベル平和賞を受けました。地域外交による紛争解決と国際法の役割を示し、米州の平和制度へ影響しました。一方、仲介は停戦に貢献しましたが、石油利権、先住民兵士の犠牲、領土問題の根を解消せず、エリート外交が民衆の声を代弁したとは限りません。
ハンナ・ヘッヒ
- 生没年:1889年11月1日~1978年5月31日
- 国:ドイツ
- 肩書き:芸術家
ゴータに生まれ、出版会社の図案部で働きながら、第一次世界大戦後のベルリン・ダダへ参加しました。新聞・雑誌写真を切り貼りするフォトモンタージュで、政治家、機械、女性身体を再構成し、メディアが作るジェンダーと権力を批評しました。複製画像を批判的に再利用する方法はフェミニズム美術、写真、デザイン、現代コラージュへ広く影響しました。一方、男性中心のダダ史で長く周縁化されましたが、作品には当時の人種的類型を借用した表象もあり、抵抗的意図だけで植民地主義の視線を免責できません。
オイゲン・ヨッフム
- 生没年:1902年11月1日~1987年3月26日
- 国:ドイツ
- 肩書き:指揮者
バイエルンの音楽家家庭に生まれ、ワイマール期から戦後へかけてドイツ・オーストリア音楽の指揮者として活動しました。ブルックナー、ベートーヴェン、ブラームスの演奏で、長い呼吸と構築的な響きを示し、バイエルン放送交響楽団の初代首席指揮者となりました。放送オーケストラの水準を高め、多数の録音を通じてブルックナー受容の国際的な基準をつくりました。一方、ナチ期にも主要劇場で職を維持した経歴は精査が必要で、巨匠指揮者中心の評価が楽団員と録音技術者の共同制作を覆う問題があります。
ビクトリア・デ・ロス・アンヘレス
- 生没年:1923年11月1日~2005年1月15日
- 国:スペイン
- 肩書き:ソプラノ歌手
バルセロナに生まれ、内戦とフランコ独裁を経験しながら音楽院で学び、戦後欧州の歌劇場へ進出しました。『椿姫』『蝶々夫人』『ペレアスとメリザンド』などで自然な発声と言葉を生かし、スペイン歌曲やドイツ歌曲も世界へ紹介しました。オペラの劇的役柄と親密なリサイタルを両立し、二十世紀声楽録音の基準を築きました。一方、異国女性を悲劇化する作品を演じた上演史には植民地主義とジェンダーの問題があり、録音上の理想像だけで舞台芸術の身体的負担を見落とせません。
スュレイマン・デミレル
- 生没年:1924年11月1日~2015年6月17日
- 国:トルコ
- 肩書き:政治家・大統領
農村出身の土木技師としてダム行政に携わり、軍事介入が繰り返された冷戦期トルコで政界へ進みました。公正党などを率いて七度首相を務め、インフラ整備と農村電化を推進し、のちに第9代大統領となりました。選挙政治の復元力を体現し、都市化と国家開発を進めた長期的指導者でした。一方、軍との妥協、クルド問題、人権侵害、左右暴力への対応には重大な限界があり、道路とダムの開発も立ち退きと環境負荷を伴いました。
エドワード・サイード
- 生没年:1935年11月1日~2003年9月25日
- 国:パレスチナ・アメリカ
- 肩書き:文学研究者・批評家
エルサレムに生まれカイロと米国で学び、故郷喪失の経験を持つ比較文学者として大学で活動しました。『オリエンタリズム』で、西洋の学問・文学が東洋を支配可能な他者として表象してきた知と権力の関係を分析しました。ポストコロニアル研究を切り開き、パレスチナの権利を訴えながら音楽批評と対話活動にも影響を広げました。一方、東西を二項対立として捉えすぎる、地域内部の差異やジェンダーを十分扱わないとの批判があり、政治発言もすべてのパレスチナ人を代表するものではありません。
11月1日に起きた歴史的な出来事
- 1512年11月1日|システィーナ礼拝堂天井画公開
ミケランジェロが約四年かけて制作した天井画がローマで公開されました。人体表現と旧約聖書物語を巨大建築空間へ統合し、西洋美術の規範となりました。なお、教皇権力と莫大な資金に支えられた事業で、助手の労働や後世の修復による色彩解釈も考慮すべきです。 - 1587年11月1日(天正15年10月1日)|北野大茶湯
豊臣秀吉が北野天満宮で身分を問わず参加できる大茶会を催しました。茶の湯を政治的統合と権力演出へ用いた代表的行事となりました。なお、自由参加を掲げながら豪華な名物を誇示する場でもあり、一日で終了した理由や庶民参加の実態には不明点があります。 - 1755年11月1日|リスボン大地震
巨大地震、津波、火災がリスボンを襲い、数万人が死亡して都市の大部分が破壊されました。耐震都市計画と災害調査を促し、神の摂理と悪をめぐる啓蒙思想の論争にも影響しました。なお、植民地富で復興した国家の格差、宗教裁判や略奪取締りに伴う処刑、海外沿岸の被害も忘れられません。 - 1765年11月1日|印紙法施行
イギリスが北米植民地の文書や新聞へ印紙税を課す法律を施行しました。代表なくして課税なしという反発を広げ、アメリカ独立革命へ至る政治動員を促しました。なお、植民者の自由要求は奴隷と先住民の権利を含まず、課税反対運動にも群衆暴力と威圧がありました。 - 1790年11月1日|『フランス革命の省察』刊行
エドマンド・バークが革命の急進性を批判し、慣習と漸進的改革の重要性を論じました。近代保守思想の古典となり、革命と秩序をめぐる国際論争を引き起こしました。なお、旧体制の特権と民衆の困窮を軽視したとの反論があり、後世の保守政治へ一義的に当てはめるべきではありません。 - 1890年11月1日(明治23年11月1日)|日本語点字正式採用
石川倉次が考案した六点式日本語点字が東京盲唖学校の会議で正式に採用されました。視覚障害者の読書、教育、情報共有を大きく広げました。なお、普及には当事者と教育者の継続的活動が必要で、点字だけで就学・就労差別や情報格差が解消したわけではありません。 - 1920年11月1日(大正9年11月1日)|明治神宮鎮座祭
明治天皇と昭憲皇太后を祭る明治神宮が創建され、鎮座祭へ大群衆が集まりました。近代国家の天皇祭祀と都市の記念空間を定着させました。なお、群衆事故で死傷者が出ており、国家的熱狂と安全管理、植民地を含む動員の政治性を検討する必要があります。 - 1922年11月1日|オスマン帝国スルタン制廃止
トルコ大国民議会がスルタン制の廃止を決議し、オスマン王朝の政治的支配を終わらせました。共和国成立と世俗的主権への制度転換を進めました。なお、改革は反対派を排除する強制力を伴い、帝国下の少数民族と難民の経験を国民国家の成功物語で覆えません。 - 1925年11月1日(大正14年11月1日)|山手線環状運転開始
神田・上野間の高架線完成により、山手線が現在につながる環状運転を始めました。東京の都心間移動と郊外通勤を変え、都市圏拡大の骨格となりました。なお、鉄道利便の一方で土地価格上昇、混雑、沿線開発による住民移転など都市成長の負担も生みました。 - 1928年11月1日|トルコ文字改革実施
トルコ語表記がアラビア文字からラテン文字へ切り替えられました。識字教育と西欧化を進め、行政・出版の標準化を促しました。なお、短期間の強制的変更は旧文献を読めない世代を生み、クルド語など少数言語への抑圧とも結び付きました。 - 1935年11月1日|思想犯保護観察所設置
日本で思想犯保護観察法に基づく施設が各地に設置され、転向者の監視が制度化されました。治安維持法による取締りを出獄後の日常生活まで延長しました。なお、保護の名目で就職、交友、言論を統制し、本人と家族へ長期の萎縮と社会的排除を与えました。 - 1950年11月1日|トルーマン大統領暗殺未遂
プエルトリコ独立派の二人が大統領滞在先を襲撃し、警官と実行者が死亡しました。米国統治下のプエルトリコの地位と独立運動を全米へ可視化しました。なお、暴力は市民を危険にさらしましたが、事件をテロだけで処理すると植民地支配と政治的権利の争点が見えません。 - 1952年11月1日|アイビー・マイク実験
米国がエニウェトク環礁で世界初の本格的熱核装置を爆発させ、島を消滅させました。水爆時代を開き、米ソ核軍拡競争を一段と激化させました。なお、マーシャル諸島住民の追放、放射能汚染、実験従事者の健康被害を技術的成功の陰に置けません。 - 1954年11月1日|アルジェリア戦争開始
民族解放戦線が各地で一斉攻撃を行い、フランス植民地支配に対する独立戦争が始まりました。八年に及ぶ戦争はアルジェリア独立とフランス政治の再編へつながりました。なお、仏軍の拷問と集団処罰、FLNによる民間人殺害、入植者と協力者の追放を含む多方向の暴力がありました。 - 1955年11月1日|ユナイテッド航空629便爆破
デンバー発の旅客機に仕掛けられた爆弾が爆発し、乗員乗客四十四人全員が死亡しました。保険金目的の航空犯罪として捜査され、手荷物検査と航空保安への関心を高めました。なお、犯罪者の異常性だけに帰さず、当時ほぼ無検査だった空港制度と、犠牲者家族への長期的影響を見る必要があります。 - 1955年11月1日(昭和30年11月1日)|茂尻炭鉱爆発事故
北海道赤平市の炭鉱でガス爆発が起き、七十一人が死亡しました。戦後の石炭増産を支えた坑内労働の危険と保安体制の弱さを示しました。なお、需要拡大を優先した企業と行政の責任、下請労働者を含む被害、地域経済が炭鉱へ依存した構造を検証すべきです。 - 1981年11月1日|アンティグア・バーブーダ独立
カリブ海のアンティグア・バーブーダがイギリスから独立し、主権国家となりました。国際連合と英連邦へ参加し、自国政府による外交と制度運営を始めました。なお、植民地期の砂糖プランテーションと奴隷制の格差、観光依存、土地所有の集中は独立後も残りました。 - 1993年11月1日|マーストリヒト条約発効
欧州共同体加盟国の条約が発効し、欧州連合が正式に成立しました。単一市場、共通外交、通貨統合へ進む制度的基盤をつくりました。なお、主権移譲と緊縮政策への反発、民主的統制の距離、域外移民への厳しい国境管理という問題も拡大しました。