
9月13日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢35名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】9月13日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、9月13日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1761年 | 山東京伝 | 戯作者・浮世絵師 |
| 1870年 | 斎藤隆夫 | 弁護士・政治家 |
| 1872年 | 幣原喜重郎 | 外交官・第44代内閣総理大臣 |
| 1895年 | 盛永俊太郎 | 農学者 |
| 1900年 | 大宅壮一 | ジャーナリスト・評論家 |
| 1904年 | 海老原喜之助 | 洋画家 |
| 1911年 | 尾留川正平 | 地理学者 |
| 1930年 | 有馬朗人 | 物理学者・俳人・政治家 |
| 1941年 | 井上大輔 | 作曲家・歌手 |
| 1941年 | 片岡秀太郎(二代目) | 歌舞伎俳優 |
| 1942年 | 相川宗一 | 政治家・浦和市長・さいたま市長 |
| 1942年 | 溝手顕正 | 政治家・三原市長 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】9月13日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1520年 | ウィリアム・セシル | イングランドの国務大臣 |
| 1722年 | フランソワ・ジョゼフ・ポール・ド・グラス | フランス海軍提督 |
| 1766年 | サミュエル・ウィルソン | アメリカの食肉業者 |
| 1775年 | ローラ・セコール | 英領カナダの戦時協力者 |
| 1803年 | J・J・グランヴィル | フランスの風刺画家 |
| 1819年 | クララ・シューマン | ドイツのピアニスト・作曲家 |
| 1851年 | シャルル・ルルー | フランスの作曲家・軍楽家 |
| 1853年 | ソフィア・ペロフスカヤ | ロシアの革命運動家 |
| 1860年 | ジョン・パーシング | アメリカの陸軍軍人 |
| 1863年 | アーサー・ヘンダーソン | イギリスの政治家 |
| 1866年 | アドルフ・マイヤー | スイス出身の精神科医 |
| 1874年 | アルノルト・シェーンベルク | オーストリア出身の作曲家 |
| 1876年 | シャーウッド・アンダーソン | アメリカの小説家 |
| 1877年 | ヴィルヘルム・フィルヒナー | ドイツの探検家 |
| 1885年 | ヴィルヘルム・ブラシュケ | オーストリアの数学者 |
| 1886年 | ロバート・ロビンソン | イギリスの化学者 |
| 1887年 | レオポルト・ルジチカ | クロアチア出身の化学者 |
| 1894年 | J・B・プリーストリー | イギリスの小説家・劇作家 |
| 1899年 | コルネリウ・コドレアヌ | ルーマニアのファシスト運動指導者 |
| 1916年 | ロアルド・ダール | イギリスの作家 |
| 1924年 | モーリス・ジャール | フランスの作曲家 |
| 1926年 | シドニー・ドレル | アメリカの物理学者 |
| 1928年 | ロバート・インディアナ | アメリカの芸術家 |
9月13日生まれの代表的な偉人
山東京伝
- 生没年:1761年9月13日(宝暦11年8月15日)~1816年10月27日(文化13年9月7日)
- 国:日本
- 肩書き:戯作者・浮世絵師
江戸の深川に生まれ、北尾政演の名で浮世絵を描きながら、洒落本、黄表紙、読本を次々に発表しました。吉原の言葉や流行を取り入れた『通言総籬』などは、町人文化の洗練と出版市場の活力を伝えます。寛政の改革で洒落本が禁圧され手鎖の刑を受けた後は、読本や風俗考証、煙草入れ店の経営へ活動を広げました。一方、遊里を機知ある文化空間として描く作品は、そこで売買された女性の身体と労働を背景化します。「表現の自由」の先駆としてのみ称えるのでなく、版元・絵師との協働と都市消費文化の権力関係を含めて読む必要があります。
斎藤隆夫
- 生没年:1870年9月13日(明治3年8月18日)~1949年10月7日(昭和24年10月7日)
- 国:日本
- 肩書き:弁護士・政治家
弁護士から衆議院議員となり、政党政治の擁護と軍部の政治介入への批判を続けました。1936年の粛軍演説では二・二六事件後の軍の責任を問い、1940年の反軍演説では日中戦争の目的と犠牲を追及しました。後者を理由に議員除名となりましたが、1942年の翼賛選挙で非推薦のまま当選し、戦後は国務大臣も務めました。一方、帝国議会自体が植民地住民を平等に代表せず、斎藤も帝国の枠組みを全面否定した平和主義者ではありません。孤高の英雄像だけでなく、除名に賛成した議会と有権者の戦時動員を併せて考える必要があります。
幣原喜重郎
- 生没年:1872年9月13日(明治5年8月11日)~1951年3月10日(昭和26年3月10日)
- 国:日本
- 肩書き:外交官・第44代内閣総理大臣
外交官としてワシントン体制下の協調外交を担い、中国への軍事的圧力を抑えつつ通商利益を確保する「幣原外交」を進めました。軍部が台頭すると影響力を失いましたが、敗戦後に首相となり、占領改革と日本国憲法制定の時期を担いました。戦後は衆議院議長も務め、議会政治への移行を象徴しました。一方、協調外交も中国における日本の条約上の特権を前提とし、植民地支配を清算する政策ではありませんでした。憲法9条の発案者を幣原一人とする説には史料上の論争があり、占領権力との不均衡を含む共同過程として捉える必要があります。
大宅壮一
- 生没年:1900年9月13日(明治33年9月13日)~1970年11月22日(昭和45年11月22日)
- 国:日本
- 肩書き:ジャーナリスト・評論家
大衆社会、宗教団体、企業、戦後政治などを現場取材と鋭い造語で論じ、週刊誌ジャーナリズムの隆盛を支えました。「一億総白痴化」などマスメディアへの警句を発し、若い記者を育てる東京マスコミ塾も開きました。収集した膨大な雑誌・書籍は大宅壮一文庫に受け継がれ、近現代の世相を調べる基盤となっています。一方、刺激的な見出しと人物評は問題を単純化し、取材対象の私生活を消費する週刊誌文化にもつながりました。戦時中の言論活動を含め、権力批判者という自己像だけでなく、メディア産業の競争と加害性の中で評価すべきです。
ウィリアム・セシル
- 生没年:1520年9月13日~1598年8月4日
- 国:イングランド王国
- 肩書き:国務大臣・初代バーリー男爵
エリザベス1世の即位直後から国務大臣として仕え、財政、議会、外交、宗教政策を長期にわたり調整しました。プロテスタント国家としての安定、スコットランド問題、スペインとの対立に対応し、文書と情報を用いる常設行政の発展を支えました。後継者や官僚を育てた点でも、近世イングランド国家形成の中心人物です。一方、カトリック陰謀への警戒は監視、拷問、処刑を伴い、アイルランドでの強硬政策にも関与しました。「賢明な顧問」という評価は、宗教的不寛容と帝国拡張の基盤を行政能力の陰に隠さない形で用いる必要があります。
クララ・シューマン
- 生没年:1819年9月13日~1896年5月20日
- 国:ドイツ
- 肩書き:ピアニスト・作曲家
父フリードリヒ・ヴィークの厳しい教育を受け、少女期からヨーロッパ各地で演奏した19世紀屈指のピアニストです。ロベルト・シューマンの作品を広めるとともに、バッハ、ベートーヴェン、ブラームスを重視する暗譜演奏とプログラムは近代演奏会の規範を形づくりました。歌曲、ピアノ協奏曲、室内楽などの作曲も、現在あらためて演奏されています。一方、父と夫の対立、八人の子の養育、家計維持の演奏旅行は大きな負担でした。夫の「ミューズ」や献身的な妻としてのみ語ると創作主体性が失われますが、逆に現代的な自立像を投影して当時の階級的特権や家族内葛藤を消すべきでもありません。
ソフィア・ペロフスカヤ
- 生没年:1853年9月13日~1881年4月15日
- 国:ロシア帝国
- 肩書き:革命運動家
貴族官僚の家庭を離れて民衆主義運動へ参加し、農民への宣伝活動と政治犯支援を行いました。秘密結社「人民の意志」の執行委員となり、1881年の皇帝アレクサンドル2世暗殺計画では現場の合図を担当しました。逮捕後に絞首刑となり、近代ロシアで政治犯として処刑された最初期の女性として革命運動の象徴になりました。一方、暗殺は皇帝だけでなく周囲の人々を死傷させ、改革への期待を後退させて国家弾圧と反ユダヤ暴動が強まる環境を生みました。女性解放の英雄化が、組織的テロの倫理と被害者を覆い隠さない評価が必要です。
アルノルト・シェーンベルク
- 生没年:1874年9月13日~1951年7月13日
- 国:オーストリア=ハンガリー帝国出身
- 肩書き:作曲家・音楽理論家
後期ロマン派の濃密な和声から出発し、調性の中心を離れた無調作品を経て、十二音技法を体系化しました。『月に憑かれたピエロ』『ワルシャワの生き残り』などは音色、語り声、記憶を新しい構成原理へ結び付け、弟子のベルク、ウェーベルンとともに20世紀音楽を変えました。ユダヤ系としてナチ政権を逃れ、米国で教育した経験も作品に刻まれています。一方、十二音技法を音楽史の必然的進歩とする語りは、同時代の多様な音楽や聴衆を周辺化します。厳格な教育と自らの歴史的使命への確信は、革新性と権威主義の両面から検討されます。
ロアルド・ダール
- 生没年:1916年9月13日~1990年11月23日
- 国:イギリス
- 肩書き:小説家・脚本家
第二次世界大戦中に戦闘機操縦士を務めた後、『チャーリーとチョコレート工場』『マチルダ』など、残酷さと反権威的な笑いを併せ持つ児童文学を書きました。子どもが横暴な大人へ知恵で対抗する物語、独特の造語、クェンティン・ブレイクの挿絵との結び付きは世界の読書文化へ影響しました。医療機器の改良にも家族経験から協力しました。一方、本人が公に述べた反ユダヤ的発言は深刻で、作品にも人種、容姿、ジェンダーを固定観念で扱う表現があります。後年の改訂をめぐっては、原文保存と若い読者への配慮の両方を検討し、人気を理由に差別的側面を軽視しない姿勢が必要です。
ロバート・インディアナ
- 生没年:1928年9月13日~2018年5月19日
- 国:アメリカ合衆国
- 肩書き:芸術家
道路標識や数字、短い単語を鮮明な色面へ置き、消費社会と個人の記憶を結ぶ絵画・彫刻を制作しました。Oを傾けた《LOVE》は切手、彫刻、ポスターとして世界に広がり、ポップアートを代表する図像になりました。故郷、戦争、人種問題を扱う作品や《HOPE》も、公共空間で文字が持つ政治性を示します。一方、《LOVE》は初期に著作権表示をしなかったため無断複製が急増し、作家自身の他作品を覆い隠しました。晩年の作品販売をめぐる訴訟もあり、親しみやすい公共性と市場による搾取・真正性の問題が表裏をなします。
9月13日に起きた歴史的な出来事
- 1584年9月13日|エル・エスコリアル修道院が完成
スペイン王フェリペ2世が建設させた宮殿・修道院・図書館の複合施設が完成しました。カトリック君主制の信仰、知識、統治を空間化した世界遺産ですが、建設を支えた帝国の富はアメリカ大陸の征服と強制労働から切り離せません。 - 1759年9月13日|エイブラハム平原の戦い
七年戦争の北米戦線でイギリス軍がフランス軍を破り、ケベック占領を決定づけました。英領カナダ形成の転機でしたが、両帝国が先住民の土地を争った植民地戦争であり、英仏二者だけの建国物語にすると先住民諸国の主権と被害が消えます。 - 1791年9月13日|ルイ16世がフランス1791年憲法を受諾
国民議会が制定した立憲君主制憲法を国王が受け入れ、絶対王政から法に制約された王権への移行が試みられました。しかし参政権は納税額で限定され、王への不信と戦争は解けず、翌年の王政廃止と革命の急進化を防げませんでした。 - 1814年9月13日|フォート・マクヘンリー砲撃が始まる
米英戦争でイギリス艦隊がボルティモア防衛の要塞を砲撃し、その光景からフランシス・スコット・キーが後の米国国歌の詞を書きました。国家的記憶となった一方、原詞の奴隷への言及や、独立を祝う国家が奴隷制を維持した矛盾も検討されています。 - 1843年9月13日(天保14年8月20日)|順天堂の前身が開かれる
蘭方医の佐藤泰然が佐倉に医学塾兼診療所を開き、外科手術と実地教育を進めました。近代医学教育へつながる重要な拠点でしたが、麻酔や衛生法が発展途上の医療には大きな危険があり、西洋医学の成功史だけで地域の既存医療を否定的に扱うべきではありません。 - 1871年9月13日(明治4年7月29日)|日清修好条規に調印
日本と清が対等な形式の修好・通商条約を結び、近代的な国交を制度化しました。東アジアで欧米の条約制度へ対応する試みでしたが、朝鮮をめぐる競争と琉球帰属問題は解けず、後の日清戦争へ至る対立を抑える恒久的枠組みにはなりませんでした。 - 1912年9月13日(大正元年)|明治天皇大喪と乃木希典夫妻の殉死
東京で明治天皇の大喪が行われた夜、陸軍大将乃木希典と妻静子が自死しました。殉死は忠誠の象徴として称揚され、大正期の文学・思想へ衝撃を与えましたが、妻の意思を含む事実を美談化し、自死や軍国的忠誠を規範として語ることには重大な問題があります。 - 1923年9月13日|プリモ・デ・リベラのクーデター
スペインでミゲル・プリモ・デ・リベラ将軍が軍事クーデターを起こし、国王の承認を得て独裁政権を築きました。政情安定と公共事業を掲げましたが、議会、言論、労働運動を抑圧し、後の王政崩壊と政治的分断を深めました。 - 1942年9月13日|スターリングラード市街への総攻撃
ドイツ第6軍がスターリングラード中心部への大規模攻撃を始め、工場、住宅、駅をめぐる消耗戦が激化しました。独ソ戦の転換点へ向かう戦闘でしたが、勝敗の劇的物語の背後で兵士と市民が飢え、爆撃、処刑、捕虜生活に苦しみました。 - 1945年9月13日(昭和20年)|大本営を廃止
敗戦と連合国軍の占領開始を受け、日本の天皇直属の最高統帥機関である大本営が廃止されました。戦時指揮組織の終結を示しましたが、指導者の責任、命令記録の廃棄、植民地と戦地の被害が同時に清算されたわけではありません。 - 1956年9月13日|IBM 305 RAMACを発表
IBMが磁気ディスク装置を備えた商用コンピューターRAMACを発表し、必要な記録へ直接アクセスするデータ処理を可能にしました。現代のデータベースと記憶装置の基礎となりましたが、企業や行政による大量記録は監視、誤記、個人情報集中の危険も拡大しました。 - 1968年9月13日|アルバニアがワルシャワ条約機構を脱退
ソ連主導のチェコスロバキア侵攻に反発したアルバニアが、軍事同盟から正式に離脱しました。東側世界が一枚岩でないことを示しましたが、エンヴェル・ホッジャ政権は自立の名の下で孤立と厳しい国内弾圧を進めました。 - 1970年9月13日(昭和45年)|日本万国博覧会が閉幕
大阪で開催された万博が183日間の会期を終え、六千万人を超える入場者を集めました。高度経済成長と未来技術を象徴した一方、会場建設の労働、都市開発による環境負荷、企業中心の未来像、公害が深刻化する現実との落差も大きなものでした。 - 1971年9月13日|林彪を乗せた航空機が墜落
中国共産党で毛沢東の後継者とされた林彪が国外脱出の途上とされる中、航空機がモンゴルで墜落して死亡しました。文化大革命期の権力闘争を揺るがしましたが、事件の経緯は資料制約と公式説明の変遷が大きく、確定的な陰謀物語を避ける必要があります。 - 1985年9月13日(昭和60年)|『スーパーマリオブラザーズ』発売
任天堂が家庭用ゲーム機向けソフトを日本で発売し、横スクロール型アクションの操作と画面設計を世界的な標準へ押し上げました。産業と遊びの歴史を変えた一方、長時間労働を含む開発体制、知的財産の集中、ゲーム文化を単一企業の成功史で語る偏りにも注意が必要です。