7月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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7月20日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢33名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】7月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。

生年人物名肩書き
1819年徳川斉温尾張藩第11代藩主
1861年白瀬矗陸軍軍人・南極探検家
1866年二宮忠八飛行器研究者
1871年中山平次郎病理学者・考古学者
1876年北澤楽天漫画家・日本画家
1894年猪俣浩三弁護士・政治家
1896年アダチ龍光奇術師
1912年糸川英夫航空宇宙工学者
1915年景浦將プロ野球選手
1923年今田智憲アニメーション制作者
1931年穂積隆信俳優・声優
1937年緒形拳俳優

【海外】7月20日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1304年フランチェスコ・ペトラルカ詩人・人文主義者
1659年イアサント・リゴー画家
1785年マフムト2世オスマン帝国皇帝
1804年リチャード・オーウェン比較解剖学者
1822年グレゴール・メンデル修道士・遺伝学者
1864年ルッジェーロ・オッディ解剖学者
1873年アルベルト・サントス=デュモン航空先駆者
1890年ジョルジョ・モランディ画家
1890年ゲオルギオス2世ギリシャ王
1895年ラースロー・モホイ=ナジ画家・写真家・デザイン教育者
1896年ルドルフ・コーリッシュヴァイオリニスト
1897年タデウシュ・ライヒスタイン化学者
1919年エドモンド・ヒラリー登山家・探検家
1925年フランツ・ファノン精神科医・反植民地主義思想家
1925年ジャック・ドロール欧州委員長
1927年ミヒャエル・ギーレン指揮者・作曲家
1930年チャック・デイリーバスケットボール指導者
1932年ナム・ジュン・パイク芸術家
1934年ウーヴェ・ヨーンゾン小説家
1938年ナタリー・ウッド俳優
1938年ダイアナ・リグ俳優

7月20日生まれの代表的な偉人

フランチェスコ・ペトラルカ

  • 生没年:1304年7月20日~1374年7月19日
  • 国:イタリア
  • 肩書き:詩人・人文主義者

古代ラテン語写本を各地で探し、キケロらの文章を歴史的に読み直して、ルネサンス人文主義の基礎を作りました。俗語詩集『カンツォニエーレ』ではラウラへの愛、欲望、罪悪感、時間を内省的に歌い、ヨーロッパ抒情詩の型となります。名声を求めながら世俗的欲望を批判する矛盾も作品の中心です。「暗黒の中世」という自己像は後世の偏見も生みましたが、自己と古典を対話させる新しい知識人像を示しました。

リチャード・オーウェン

  • 生没年:1804年7月20日~1892年12月18日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:比較解剖学者

化石爬虫類をまとめて「恐竜」と命名し、現生・絶滅動物の骨格を比較して相同器官の概念を発展させました。ロンドン自然史博物館の設立を主導し、標本を専門家だけでなく公衆へ開きます。一方、ダーウィンの進化論に対抗し、同僚の研究成果を自分の功績として扱ったとの批判や激しい優先権争いがあります。巨大な収集制度と分類言語を築いた功績と、権威を使った学界政治の問題を併せ持つ人物です。

グレゴール・メンデル

  • 生没年:1822年7月20日~1884年1月6日
  • 国:オーストリア帝国
  • 肩書き:修道士・遺伝学者

エンドウの形質を数世代にわたり交配し、現れ方を数えて、遺伝要素が混ざり切らず一定の規則で分離・組合せされることを示しました。1866年の論文は当時ほとんど注目されず、1900年前後に再発見されて遺伝学の基礎となります。実験結果の整い方や法則の適用範囲には議論がありますが、生命現象へ統計的・仮説検証的な方法を導入しました。遺伝を予測可能な単位として捉えた一方、後世の決定論的な乱用とは区別すべき研究者です。

白瀬矗

  • 生没年:1861年7月20日(文久元年6月13日)~1946年9月4日(昭和21年9月4日)
  • 国:日本
  • 肩書き:陸軍軍人・南極探検家

1910年に民間の寄付を集めて南極探検隊を組織し、小型船開南丸で航海してロス棚氷の一角を調査しました。南極点到達競争では装備・資金が及ばず目標を学術探査へ切り替え、「大和雪原」と命名した地点まで進みます。帰国後は多額の借金を講演で返済し、国家的支援の乏しい探検の代償を負いました。領土的な命名には時代の帝国意識があるものの、日本の極地観測へ経験と社会的関心をつないだ人物です。

二宮忠八

  • 生没年:1866年7月20日(慶応2年6月9日)~1936年4月8日(昭和11年4月8日)
  • 国:日本
  • 肩書き:飛行器研究者

鳥の飛翔を観察してゴム動力の模型飛行器を作り、固定翼機の構想と試作をライト兄弟の飛行以前から進めました。軍へ開発支援を願い出ましたが採用されず、製薬事業で資金を得た頃には有人飛行が実現していたため計画を断念します。「世界初になれた」という後世の物語には技術的検証が必要ですが、独力の観察と模型実験は日本の航空思想の早い例です。晩年は飛行事故犠牲者を祀り、技術の夢と責任を結びつけました。

アルベルト・サントス=デュモン

  • 生没年:1873年7月20日~1932年7月23日
  • 国:ブラジル・フランス
  • 肩書き:航空先駆者

小型飛行船でパリ上空を飛び、操縦可能な飛行を都市の観衆へ示した後、1906年に固定翼機14-bisで公開飛行を成功させました。飛行記録を公開し、軽量機ドゥモワゼルの設計も広く共有して航空普及を促します。ライト兄弟との「初飛行」をめぐる国民的競争は条件の違いを無視しがちです。航空が戦争へ使われることに苦悩したと語られ、発明の開放性と軍事化の矛盾を象徴する人物です。

北澤楽天

  • 生没年:1876年7月20日(明治9年7月20日)~1955年8月25日(昭和30年8月25日)
  • 国:日本
  • 肩書き:漫画家・日本画家

新聞や雑誌で風刺画とコマ漫画を描き、「漫画」という語を職業的な近代メディアの表現として定着させました。『東京パック』では多色印刷を用い、政治家、都市生活、国際関係を視覚的な笑いへ変え、後進を育成します。一方、帝国日本の対外認識や民族的なステレオタイプを共有した作品もあり、風刺が常に権力批判だったわけではありません。新聞ジャーナリズム、印刷技術、大衆美術を結び、日本漫画の産業的基盤を作った人物です。

ジョルジョ・モランディ

  • 生没年:1890年7月20日~1964年6月18日
  • 国:イタリア
  • 肩書き:画家・版画家

瓶、壺、箱など身近な物をわずかに配置し直し、抑えた色と輪郭で反復して描きました。題材の少なさに対し、物と物の間隔、光、見る時間が毎回異なることを示し、静物画を抽象に近い探究へ変えます。ファシスト期のイタリアで公職を得ながら政治から距離を置いた姿勢は、無垢な孤立として美化できません。それでも流行や大規模な主題に抗し、注意深く見る行為そのものを20世紀絵画の中心へ置いた芸術家です。

ラースロー・モホイ=ナジ

  • 生没年:1895年7月20日~1946年11月24日
  • 国:ハンガリー・ドイツ・アメリカ
  • 肩書き:画家・写真家・デザイン教育者

バウハウスで基礎教育と金属工房を担当し、写真、フォトグラム、タイポグラフィ、映画、光と運動を、工業時代の新しい視覚として横断的に研究しました。機械を人間性の敵と決めつけず、誰もが知覚と制作の能力を学べる教育を構想します。妻ルチア・モホイの撮影・資料管理への貢献が彼の名声の陰に置かれた点は見直されています。亡命後にシカゴで学校を築き、素材実験と社会的なデザイン教育を結んだ人物です。

タデウシュ・ライヒスタイン

  • 生没年:1897年7月20日~1996年8月1日
  • 国:ポーランド・スイス
  • 肩書き:化学者

ビタミンCを工業的に合成する工程を開発し、副腎皮質ホルモンの分離・構造研究を進めました。コルチゾンなどの作用解明は炎症や自己免疫疾患の治療を変え、1950年にケンドール、ヘンチとノーベル生理学・医学賞を受賞します。ステロイド薬は劇的な効果と重い副作用を併せ持ち、適切な管理を必要とします。基礎的な天然物化学を大量生産と臨床へつなぎ、薬の恩恵とリスクを同時に拡大した研究者です。

糸川英夫

  • 生没年:1912年7月20日(明治45年7月20日)~1999年2月21日(平成11年2月21日)
  • 国:日本
  • 肩書き:航空宇宙工学者

航空機設計から戦後のロケット研究へ転じ、全長23センチのペンシルロケット実験を出発点に、日本の宇宙開発を段階的に育てました。大学、企業、観測研究者を結び、国際地球観測年の高層大気観測へつなげます。戦時中の軍用機開発に携わった経験は、戦後技術の連続性として検証が必要です。小さな実験を積み重ねる組織づくりと大胆な構想を併せ、日本が独自に科学衛星を打ち上げる基盤を作った人物です。

エドモンド・ヒラリー

  • 生没年:1919年7月20日~2008年1月11日
  • 国:ニュージーランド
  • 肩書き:登山家・探検家

1953年、テンジン・ノルゲイとともにエベレスト初登頂を達成し、極地探検にも参加しました。頂上に立った二人の協働は、帝国的探検隊の物語の中でシェルパの役割が過小評価されてきた問題も映します。後半生はヒマラヤ基金を通じ、ネパールの学校、病院、橋の建設を支援しました。登頂の英雄性だけでなく、地域住民との長期的関係を築こうとした姿勢により、冒険と社会的責任を結び直した人物です。

フランツ・ファノン

  • 生没年:1925年7月20日~1961年12月6日
  • 国:マルティニーク・アルジェリア
  • 肩書き:精神科医・反植民地主義思想家

『黒い皮膚・白い仮面』で、人種差別が被支配者の言語、身体感覚、自己像へ入り込む心理を分析しました。アルジェリアで精神科医として働いた後、民族解放戦線へ参加し、『地に呪われたる者』で植民地暴力と脱植民地化を論じます。暴力を解放の過程として扱った記述は論争を呼びましたが、植民支配自体が日常的暴力であることを可視化しました。精神医学と政治を結び、独立後にも残る支配の構造を考える言葉を残した思想家です。

ナム・ジュン・パイク

  • 生没年:1932年7月20日~2006年1月29日
  • 国:朝鮮・韓国・アメリカ
  • 肩書き:芸術家

テレビ受像機、磁石、ビデオ、衛星中継、ロボットを素材にし、放送を一方向の情報装置から観客が操作する芸術へ変えました。フルクサスの活動を通じ、音楽、身体、偶然、電子技術を横断し、「電子スーパーハイウェイ」を早くから構想します。世界文化を同時接続する楽観は、情報格差や企業支配を十分に捉えない面もありました。それでもテレビを批判しながら遊ぶ方法を示し、ビデオアートとネットワーク文化の先駆者となった人物です。

7月20日に起きた歴史的な出来事

  • 1402年7月20日|アンカラの戦い
    ティムール軍がオスマン帝国のバヤズィト1世を破って捕虜としました。帝国は皇子たちの内戦期に入り、東地中海の勢力拡大が一時止まりましたが、のちに再統一されます。
  • 1793年7月20日|マッケンジーが北米西岸の潮汐域へ到達
    アレグザンダー・マッケンジーの一行がカナダ内陸からベラ・クーラ川を下り、太平洋につながる潮汐域へ達しました。先住民の道案内と知識に依存した横断で、22日には海岸の岩へ到達記録を残しました。
  • 1810年7月20日|コロンビア独立運動が本格化
    サンタフェ・デ・ボゴタでスペイン植民地当局に対する自治政府が成立しました。独立戦争と地域対立を経て国家形成へ進み、この日はコロンビアの独立記念日となっています。
  • 1846年7月20日(弘化3年6月27日)|ビッドル艦隊が浦賀へ来航
    アメリカ東インド艦隊司令長官ビッドルが通商を求めて二隻の軍艦で来航しました。幕府は要求を拒みましたが、七年後のペリー来航へ先立つ交渉として対外政策の圧力を示しました。
  • 1866年7月20日|リッサ海戦
    普墺戦争中、オーストリア艦隊がアドリア海でイタリア艦隊を破りました。装甲艦同士の初期の大海戦で、衝角攻撃の成功が後の軍艦設計と海戦思想へ一時的に強い影響を与えました。
  • 1907年7月20日(明治40年)|豊国炭鉱で爆発事故
    福岡県の炭鉱でガス・炭塵爆発が起き、多数の鉱員が死亡しました。急拡大する石炭産業を支えた坑内労働の危険と、安全対策より生産を優先する企業・監督行政の問題を示しました。
  • 1924年7月20日|国際チェス連盟が設立される
    パリで各国のチェス団体がFIDEを結成し、国際大会、称号、世界選手権の共通制度を整えました。個人競技を国境を越えた規則と組織で運営する近代スポーツ連盟の一例です。
  • 1933年7月20日|ライヒスコンコルダート締結
    ナチ政権とローマ教皇庁が、ドイツ国内のカトリック教会の権利を定める政教条約へ署名しました。教会保護を目指した交渉が政権の国際的正統性を高め、独裁への抵抗を弱めたとの批判があります。
  • 1944年7月20日|ヒトラー暗殺未遂事件
    シュタウフェンベルク大佐らが会議室に爆弾を置き、政変計画を実行しました。ヒトラーは生き延び、関係者と多数の反対派が処刑されました。抵抗の勇気と、参加者の保守的・軍国的背景の両方が検討されています。
  • 1976年7月20日|バイキング1号が火星着陸
    アメリカの探査機が火星表面へ軟着陸し、鮮明な画像、気象、土壌データを送りました。生命検出実験の結果は決着しませんでしたが、長期の地表観測で惑星探査の基準を作りました。
  • 1989年7月20日|アウンサンスーチーが初めて自宅軟禁される
    ミャンマー軍事政権が民主化運動を率いるスーチーを拘束し、自宅軟禁としました。彼女の長期拘束は軍政弾圧の象徴となりましたが、後の政権参加とロヒンギャ問題への姿勢は評価を複雑にしています。
  • 1990年7月20日(平成2年)|海遊館が開館
    大阪港の再開発地区に、環太平洋の海域を巨大水槽で再現する水族館が開館しました。都市観光を牽引する一方、野生動物の飼育展示が保全教育と娯楽をどう両立するかも問われます。
  • 1999年7月20日|中国政府が法輪功を禁止
    中国共産党政権が大規模な気功・宗教運動を非合法化し、組織的な拘束と思想改造を開始しました。結社・信教の自由と、国家が独立した社会組織を強く警戒する統治の問題を示します。

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