
6月24日、今日は何の日?
2026年6月24日(水曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1859年のソルフェリーノの戦い、1948年のベルリン封鎖開始、2022年の米国ドブス判決。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1859年のソルフェリーノの戦い/1948年のベルリン封鎖開始/2022年の米国ドブス判決 |
| 代表的な記念日 | 女性外交官の国際デー/ケベック州の国民の祝日/ベネズエラのカラボボ戦勝記念日 |
| 2026年の暦 | 水曜日・旧暦2026年5月10日・国民の祝日ではありません |
6月24日に起きた主な事件
- 1340年|百年戦争初期、イングランド艦隊がフランス艦隊をスロイス沖で破りました。
- 1497年|ジョン・カボットの探検船マシュー号が北大西洋を横断し北米沿岸へ到達したとされます。
- 1509年|ヘンリー8世とキャサリン・オブ・アラゴンの戴冠式がウェストミンスター寺院で行われました。
- 1812年|大陸軍の先頭部隊がネマン川を渡り、ロシア遠征を開始しました。
- 1859年|フランス・サルデーニャ連合軍とオーストリア軍が北イタリアで激突しました。
- 1916年|連合軍が第一次世界大戦のソンム攻勢に先立つ大規模砲撃を開始しました。
- 1932年|人民党が無血に近いクーデターでシャムの絶対王政を終わらせました。
- 1948年|ソ連が西側占領地区から西ベルリンへ向かう陸上・水上交通を遮断しました。
- 1957年|米連邦最高裁がわいせつ物は憲法修正第1条の保護外になり得ると判断しました。
- 1973年|米国ニューオーリンズのゲイバーで放火が起き、32人が死亡しました。
- 1983年|スペースシャトル・チャレンジャーが任務を終えエドワーズ空軍基地へ着陸しました。
- 1995年|ヨハネスブルクの決勝で南アフリカ代表がニュージーランドを延長戦で破りました。
- 2010年|労働党党首選を前にラッド首相が辞任し、ジュリア・ギラードが首相に就任しました。
- 2016年|前日の国民投票で離脱票が多数となったことが公式集計で確定しました。
- 2021年|米国フロリダ州サーフサイドで12階建て集合住宅の一部が突然崩壊しました。
- 2022年|ドブス対ジャクソン女性健康機構判決で、憲法上の中絶権を認めたロー判決を覆しました。
1340年|スロイスの海戦
1340年6月24日、停泊船を鎖で連ねたフランス側へ、イングランド兵が弓矢と接舷戦で攻撃し、多数の船を奪いました。
イングランド軍の大陸渡航を容易にしましたが、永続的な制海権を一戦で確立したわけではありません。中世海戦は陸戦兵の船上戦でもありました。
1497年|カボットが北米へ到達
1497年6月24日、イングランド王の特許状を得てブリストルから航海し、ニューファンドランドまたはラブラドル付近に上陸した可能性があります。
到達地点と正確な日誌には不確実性があります。欧州側の「発見」以前から先住民社会が存在したことを明記します。
1509年|ヘンリー8世が戴冠
1509年6月24日、若い新王は前王治世への反発と華やかな宮廷文化の期待を背負って即位しました。
後の宗教改革と婚姻問題で知られますが、1509年時点の政策を後知恵で決めつけません。王権、議会、教会の関係が段階的に変化しました。
1812年|ナポレオン軍がロシア侵攻
1812年6月24日、フランスと同盟諸国から集めた巨大軍がロシア軍を決戦へ誘おうとしましたが、後退と焦土戦術で補給が伸びました。
モスクワ占領後の撤退で軍は壊滅し、ナポレオン体制衰退の転機となりました。冬だけでなく補給、疾病、戦闘、指揮判断が損失を生みました。
1859年|ソルフェリーノの戦い
1859年6月24日、数十万人が狭い戦場で戦い、多数の負傷兵が十分な手当てを受けられませんでした。現地を見たアンリ・デュナンは住民と救護に当たりました。
デュナンの著書と提案が赤十字国際委員会、ジュネーブ条約へつながりました。人道法は戦争を正当化するのでなく被害を制限する最低線です。
1916年|ソンム攻勢の砲撃が始まる
1916年6月24日、独軍塹壕と鉄条網を破壊するため一週間にわたり砲弾を浴びせましたが、不発や地下陣地の生存で防御力は残りました。
7月1日の歩兵攻撃は英軍史上最悪級の損害を出しました。火力の量が防御破壊を保証しないことを示します。
1932年|シャム立憲革命
1932年6月24日、軍人と文官がバンコクの要所と王族を押さえ、国王ラーマ7世に憲法受諾を求めました。
タイの立憲政治の出発点ですが、軍部介入と王権の再編が続きました。民主化の一度きりの完成ではありません。
1948年|ベルリン封鎖が始まる
1948年6月24日、西側占領地区の通貨改革とベルリンへの新通貨導入に反発し、食料、石炭、資材の供給路を止めました。
米英などは大規模空輸で住民を支え、翌年封鎖を解除させました。東西分断とNATO形成を加速した冷戦初期の危機です。
1957年|米最高裁がロス判決
1957年6月24日、同時に、性的内容があるだけで規制できず、全体として社会的価値を欠くかを共同体基準で見る枠組みを示しました。
表現の自由とわいせつ規制の基礎となり、後のミラー基準へ発展しました。道徳観と芸術的・政治的価値の線引きは変化します。
1973年|アップステアーズ・ラウンジ放火
1973年6月24日、階段に撒かれた可燃液へ火が付けられ、窓の鉄格子と避難困難で被害が拡大しました。捜査は不十分で犯人は確定しませんでした。
長く公的追悼から周縁化されました。LGBTQの人々への偏見が、捜査、報道、遺族支援、記憶の扱いにまで影響した事件です。
1983年|STS7が帰還
1983年6月24日、米国初の女性宇宙飛行士サリー・ライドを含む乗員は衛星放出、ロボットアーム、科学実験を実施しました。
打ち上げの象徴性に加え、再使用型宇宙船の運用成果と危険管理を評価します。後の事故は成功時の組織学習の重要性も示しました。
1995年|南アフリカがラグビーW杯優勝
1995年6月24日、マンデラ大統領がスプリングボクスのユニフォームを着て主将ピナールへ杯を渡し、人種融和の象徴となりました。
アパルトヘイト後の統合に大きな映像的力を持ちましたが、競技内外の経済・人種格差が一試合で解消したわけではありません。
2010年|ギラードが豪州初の女性首相
2010年6月24日、党内支持を失った現職に代わり無投票で党首となり、英国生まれの移民としても初の女性首相となりました。
制度上の節目である一方、性差別的な攻撃を受けました。炭素価格、教育、障害者支援など政策実績も人物評価に含めます。
2016年|英国EU離脱投票の結果判明
2016年6月24日、地域、年齢、教育、所得で投票傾向が分かれ、金融市場が動揺しキャメロン首相は辞任を表明しました。
投票日23日と結果が判明した24日を区別します。離脱の法的実施は2020年で、投票翌日にEUを離れたわけではありません。
2021年|サーフサイド集合住宅崩落
2021年6月24日、夜間に居住区が連鎖的に崩れ、98人が死亡しました。長年の構造劣化、水分浸透、補修計画が調査対象となりました。
老朽建築の検査、共同住宅の修繕積立、警告の伝達、避難判断を見直す契機です。原因は単一要素へ早急に絞りません。
2022年|米最高裁が中絶権判例を覆す
2022年6月24日、多数意見は中絶規制を州の政治過程へ戻すとし、複数州で禁止・厳格制限が直ちに発効しました。
医療への地域格差、妊産婦の健康、プライバシー、司法の先例尊重をめぐる対立が深まりました。判決の法理と医療現場の影響を両方見ます。
6月24日の歴史を読み解く
ソルフェリーノは人道法の起点として語られますが、救護組織だけで戦争被害は防げません。交戦規則、捕虜・民間人保護、違反者の責任追及と予防外交が必要です。
ベルリン封鎖と空輸は自由陣営の成功物語である一方、都市住民が大国間対立の兵站実験へ置かれた危機です。食料・燃料・電力という生活基盤から冷戦を見ます。
スロイス、ナポレオンのロシア侵攻、ソンムでは、兵力や火力の規模だけでなく地形、補給、情報、技術の信頼性が結果を左右しました。
EU離脱投票とドブス判決は、民主的意思決定が一度の投票・判決で終わらないことを示します。実施法、自治体、医療、国境、個人生活へ影響が連鎖します。
アップステアーズ・ラウンジとサーフサイド崩落では、被害後の報道・捜査・追悼が誰を「悼むに値する市民」と扱うかを映します。構造物と社会制度の双方を検証します。
カボットの上陸地点はニューファンドランド島、ケープ・ブレトン島、ラブラドルなど諸説があり、航海記録も限定的です。6月24日は伝統的な到達日として扱い、現代の国境地名で一地点へ断定しません。
ソルフェリーノ後にデュナンが提案したのは、平時から訓練された救護団体と、負傷兵・救護者を保護する国際合意でした。赤十字の成立を一人の善意だけでなく、各国委員、医師、外交官、地域住民の制度化として捉えます。
ベルリン空輸はテンペルホーフなどへ短い間隔で輸送機を着陸させる巨大な運用でした。石炭の粉じん、冬の霧、滑走路事故という危険があり、航空機だけでなく地上荷役、整備、管制、住民の節約が都市を支えました。
シャム立憲革命は「無血革命」と呼ばれることがありますが、その後の反乱、政変、軍事クーデターを含めると政治的暴力が消えたわけではありません。1932年6月24日は絶対王政終結の節目として限定して記します。
アップステアーズ・ラウンジ火災では、遺族が被害者の性的指向を公にできず、教会が葬儀を拒む例もありました。災害・犯罪被害後の差別は死亡統計に表れにくく、追悼と捜査の不平等として記録する必要があります。
ドブス判決後の中絶規制は州ごとに異なり、司法判断や住民投票で変更も続きます。2022年6月24日の歴史的意味を説明するときは、現在の州法を固定的に列挙せず、連邦憲法上の権利否定という判決内容に軸を置きます。
ケベックの国民の祝日は1978年の州法で6月24日を休日と定めています。聖人祭、フランス系カナダ人の民族行事、現代の多様なケベック社会の祝祭という層があり、宗教行事だけには還元できません。
女性外交官の国際デーは、外交官の人数だけでなく、大使、和平交渉、国際機関幹部など意思決定職への参加を問います。参加者の多様性があっても、発言権や昇進機会が偏れば形式的代表にとどまります。
ナポレオンのロシア遠征にはフランス人だけでなく、ポーランド、ドイツ、イタリアなど各地の兵士が動員されました。「フランス軍」の一語で構成を単純化せず、帝国と同盟国の資源を集めた大陸軍として説明します。
サーフサイド崩落では建物の設計、施工、維持管理、海辺の環境作用などが長期調査の対象です。事故直後の映像や一つの技術仮説だけで原因を断定せず、公的調査の範囲と確定事項を区別します。
UFO記念日の起点であるアーノルドの目撃は、宇宙人の存在が確認された日ではありません。本人の報告と報道表現が「空飛ぶ円盤」という大衆文化を生んだメディア史の出来事として扱います。
削り節の日やプチクマの日は企業・業界の記念日です。制定主体と語呂・商品との関係を示し、国際デー、地域の法定休日、宗教的縁日とは明確に区分します。
ラグビーW杯決勝の象徴的な抱擁は、スポーツが和解の共通言語になり得ることを示しました。同時に、土地、所得、教育、競技組織の人種格差を是正する長期政策の代わりにはならない点も記します。
6月24日の諸事件には、国家の権力変更と個人の権利をめぐる転換が並びます。革命や判決を一行の勝敗で終わらせず、制度が現場で実施されるまでの時間と、影響を受けた人々の選択肢を追うことが重要です。
6月24日の記念日・世界の祝日
女性外交官の国際デー
国連総会が2022年に制定し、外交の意思決定への女性の完全で平等な参加と、障壁の除去を促します 国連の国際デーで、公休日ではありません。
ケベック州の国民の祝日
サン・ジャン・バティストの日をケベックの文化・歴史を祝う国民の祝日とし、2026年は水曜日です カナダ・ケベック州の法定休日です。
ベネズエラのカラボボ戦勝記念日
1821年のカラボボの戦いで独立が決定的になったことを記念します ベネズエラの公休日です。制定主体、日付の由来、2026年の休日扱いを分けて確認します。
聖ヨハネの日
洗礼者ヨハネの誕生を祝うキリスト教の祭日で、北欧・バルト・ケベックなどの夏至期行事と結び付きます 地域により公休日ですが、日本の祝日ではありません。
UFO記念日・空飛ぶ円盤記念日
1947年6月24日に米国のケネス・アーノルドが飛行中に不思議な物体を目撃し、「空飛ぶ円盤」という表現が広まったことにちなみます 日本では国民の祝日ではありません。
ドレミの日
11世紀の修道士グイード・ダレッツォが洗礼者ヨハネ賛歌の各節から階名を考案した故事と聖ヨハネ祭日にちなむ音楽記念日です 日本では国民の祝日ではありません。
林檎忌・麦の日
歌手美空ひばりの1989年6月24日の命日を、代表曲「リンゴ追分」と「みだれ髪」にちなみファンが偲びます 日本では国民の祝日ではありません。
プチクマの日
ブルボンが菓子「プチシリーズ」のキャラクター、プチクマの誕生日設定にちなみ企業記念日としました 日本では国民の祝日ではありません。
削り節の日
「ふ(2)し(4)」の語呂から、削り節・だしの利用を広めるため毎月24日に設けられた食品業界の記念日です 日本では国民の祝日ではありません。
地蔵の縁日
地蔵菩薩の縁日として毎月24日に寺院や地域で参詣・供養が行われます。特に7月の地蔵盆など地域差があります 日本では国民の祝日ではありません。
愛宕の縁日
火伏せの神として信仰される愛宕権現・愛宕神社の縁日が毎月24日に営まれます。地域の祭礼日は別に定められる場合があります 日本では国民の祝日ではありません。
今日(2026年6月24日)が祝日の国
2026年6月24日は水曜日です。カナダのケベック州では国民の祝日が法定休日、ベネズエラではカラボボ戦勝記念日が公休日です。聖ヨハネの日は国・地域によって公休日の扱いが異なります。国連の女性外交官の国際デーは啓発日で、日本では国民の祝日ではありません。
- カナダ・ケベック州|国民の祝日(法定休日)
- ベネズエラ|カラボボ戦勝記念日(公休日)
- 一部の国・地域|聖ヨハネの日
- 国連|女性外交官の国際デー
- 日本|UFO記念日/ドレミの日/林檎忌
6月24日が誕生日の有名人
十字架のヨハネ(1542年生)
『暗夜』などで魂の苦難と神との合一を詩と散文で表し、カルメル会改革を進めました。
ヨハン・ハインリヒ・フォン・チューネン(1783年生)
市場からの距離と輸送費で農業立地が同心円状に変わるモデルを示し、立地論の基礎を築きました。
エルンスト・ハインリヒ・ウェーバー(1795年生)
感覚差の識別に一定の比率が必要だとするウェーバーの法則を示し、心理物理学の基礎となりました。
アンブローズ・ビアス(1842年生)
『悪魔の辞典』と南北戦争短編で、権威、戦争、人間の自己欺瞞を皮肉に描きました。
ホレイショ・キッチナー(1850年生)
スーダン戦争やボーア戦争、第一次大戦の動員を指導しました。帝国支配と強制収容所の責任も検証されます。
ヴィクトール・フランツ・ヘス(1883年生)
気球観測で宇宙線を発見し、地球外から来る高エネルギー放射の研究を開きました。
ラファエル・レムキン(1900年生)
「ジェノサイド」という語を作り、集団殺害を国際犯罪とする条約成立へ奔走しました。
フレッド・ホイル(1915年生)
恒星内元素合成を発展させ、「ビッグバン」の語を広めましたが定常宇宙論を支持しました。
マーティン・パール(1927年生)
タウ粒子を発見し、素粒子のレプトン世代を拡張してノーベル物理学賞を受賞しました。
テリー・ライリー(1935年生)
反復と位相のずれを用いるミニマル音楽を発展させ、現代音楽とロックへ影響しました。
ジェフ・ベック(1944年生)
音色、フィードバック、指弾きでブルースロックからフュージョンまでエレクトリックギターの表現を広げました。
中村俊輔(1978年生)
精密な左足のキックで日本代表と国内外クラブで活躍し、セルティックでは欧州大会でも結果を残しました。
リオネル・メッシ(1987年生)
クラブとアルゼンチン代表で得点・創造性を示し、ワールドカップ優勝と複数のバロンドール受賞を達成しました。
6月24日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1542 | 十字架のヨハネ | 司祭・神秘思想家 |
| 1664 | フランソワ・プールフール・デュ・プティ | 解剖学者 |
| 1694 | ジャン=ジャック・ビュルラマキ | 法学者 |
| 1783 | ヨハン・ハインリヒ・フォン・チューネン | 経済学者 |
| 1795 | エルンスト・ハインリヒ・ウェーバー | 生理学者 |
| 1813 | ヘンリー・ウォード・ビーチャー | 牧師・社会運動家 |
| 1842 | アンブローズ・ビアス | 作家 |
| 1850 | ホレイショ・キッチナー | 英国軍人 |
| 1883 | ヴィクトール・フランツ・ヘス | 物理学者 |
| 1895 | ジャック・デンプシー | ボクサー |
| 1900 | ラファエル・レムキン | 法学者 |
| 1911 | エルネスト・サバト | 作家 |
| 1915 | フレッド・ホイル | 天文学者 |
| 1927 | マーティン・パール | 物理学者 |
| 1930 | クロード・シャブロル | 映画監督 |
| 1935 | テリー・ライリー | 作曲家 |
| 1937 | アニタ・デサイ | 作家 |
| 1941 | ジュリア・クリステヴァ | 思想家・精神分析家 |
| 1942 | ミック・フリートウッド | ドラマー |
| 1944 | ジェフ・ベック | ギタリスト |
| 1944 | アーサー・ブラウン | 歌手 |
| 1950 | ナンシー・アレン | 俳優 |
| 1961 | イアン・グレン | 俳優 |
| 1966 | ホープ・サンドヴァル | 歌手 |
| 1978 | 中村俊輔 | サッカー選手 |
| 1979 | ミンディ・カリング | 俳優・脚本家 |
| 1980 | ミンカ・ケリー | 俳優 |
| 1987 | リオネル・メッシ | サッカー選手 |
| 1992 | ダヴィド・アラバ | サッカー選手 |
6月24日が命日の有名人
ルクレツィア・ボルジア(1519年没)
政略結婚とボルジア家の悪評で語られがちですが、フェラーラでは文化保護と行政に関わりました。
グロバー・クリーブランド(1908年没)
米国史上初めて連続しない二期を務め、行政改革と金本位制を支持しました。労働争議への軍事介入も批判されます。
ヴァルター・ラーテナウ(1922年没)
戦後復興とラパッロ条約を進めましたが、反ユダヤ主義の右翼テロ組織に暗殺されました。
カルロス・ガルデル(1935年没)
タンゴ歌唱を国際的に広め、映画出演でも人気を得ました。航空事故で死亡しました。
ルフィーノ・タマヨ(1991年没)
先住文化の造形と国際的モダニズムを結び、政治壁画とは異なるメキシコ美術を展開しました。
ピエール・ヴェルナー(2002年没)
欧州通貨統合の「ウェルナー報告」をまとめ、後のユーロ構想へ影響しました。
レオニード・ハーヴィッツ(2008年没)
望ましい結果へ導く制度を情報と誘因から設計するメカニズムデザイン理論を築きました。
イーライ・ウォラック(2014年没)
舞台と映画で悪役から喜劇まで演じ、『荒野の七人』『続・夕陽のガンマン』で知られます。
バーニー・ウォーレル(2016年没)
Pファンクでシンセサイザーをファンクの中心へ据え、ヒップホップやロックへ影響しました。
ベニグノ・アキノ3世(2021年没)
反汚職と経済成長を掲げました。南シナ海仲裁を進める一方、治安作戦の失敗も批判されました。
6月24日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1519 | ルクレツィア・ボルジア | フェラーラ公妃 |
| 1768 | マリー・レクザンスカ | フランス王妃 |
| 1798 | マリア・クリスティーナ | オーストリア大公女 |
| 1908 | グロバー・クリーブランド | 米国大統領 |
| 1916 | ヴィクター・チャップマン | 飛行士 |
| 1922 | ヴァルター・ラーテナウ | ドイツ外相 |
| 1935 | カルロス・ガルデル | 歌手 |
| 1953 | ジョージ・ハーバート・ウォーカー | 銀行家 |
| 1969 | フランク・キング | 漫画家 |
| 1987 | ジャッキー・グリーソン | 俳優・コメディアン |
| 1991 | ルフィーノ・タマヨ | 画家 |
| 2000 | デヴィッド・トムリンソン | 俳優 |
| 2002 | ピエール・ヴェルナー | ルクセンブルク首相 |
| 2008 | レオニード・ハーヴィッツ | 経済学者 |
| 2014 | イーライ・ウォラック | 俳優 |
| 2016 | バーニー・ウォーレル | キーボード奏者 |
| 2018 | スタンリー・アンダーソン | 俳優 |
| 2021 | ベニグノ・アキノ3世 | フィリピン大統領 |
| 2021 | チャン・ティエン・キエム | 南ベトナム首相 |
| 2024 | シフティ・シェルショック | 歌手 |
6月24日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 蟹座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 6月の誕生石 | 真珠、ムーンストーン、アレキサンドライト |
2026年6月24日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 水曜日 |
| 和暦 | 令和8年6月24日 |
| 旧暦 | 2026年5月10日 |
| 六曜 | 友引 |
| 干支 | 己巳(つちのとみ) |
| 二十四節気 | 夏至の期間(2026年6月21日17時25分から、小暑は7月7日10時57分) |
| 七十二候 | 乃東枯(なつかれくさかるる) |
| 月齢 | 9.0(東京・正午) |
| 十二直 | 閉(とづ) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年6月24日の暦を読む
2026年6月24日は水曜日、旧暦5月10日です。二十四節気は夏至、七十二候は「乃東枯」。東京の正午月齢は9.0、六曜は友引、干支は己巳、十二直は閉です。上弦を過ぎた月が日没前に昇り、夜の前半を明るくします。日本では国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 国連・女性外交官の国際デー
- ケベック州政府・国民の祝日
- ケベック州政府・2026年6月24日休日
- ICRC・Solferino and Red Cross
- 米国務省歴史局・Berlin Blockade
- 米最高裁・Dobbs opinion
- NIST・Surfside investigation
- 英国議会・EU referendum
- オーストラリア首相府・Prime ministers
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年6月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
