6月6日は何の日?主な事件・記念日・世界の祝日・今日の暦を紹介

今日は何の日?
  1. ホーム
  2. 今日は何の日?
  3. 6月6日は何の日?主な事件・記念日・世界の祝日・今日の暦を紹介

6月6日、今日は何の日?

2026年6月6日(土曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。

まず注目したいのは、1944年のノルマンディー上陸作戦、1971年のソユーズ11号打ち上げ、1984年のブルースター作戦。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。

早わかり内容
歴史の注目項目1944年のノルマンディー上陸作戦/1971年のソユーズ11号打ち上げ/1984年のブルースター作戦
代表的な記念日スウェーデン建国記念日/韓国・顕忠日/Dデー記念日
2026年の暦土曜日・旧暦2026年4月21日・国民の祝日ではありません
目次
  1. 6月6日に起きた主な事件
  2. 6月6日の記念日・世界の祝日
  3. 6月6日が誕生日の有名人
  4. 6月6日が命日の有名人
  5. 6月6日の星座・誕生花・誕生石
  6. 2026年6月6日の暦

6月6日に起きた主な事件

  • 1523年|デンマーク支配への反乱を率いたグスタフ・ヴァーサが国王に選ばれました。
  • 1844年|ジョージ・ウィリアムズらが若い労働者を支えるキリスト教青年会を結成しました。
  • 1859年|英国女王ヴィクトリアがニューサウスウェールズからクイーンズランドを分離する勅許状へ署名しました。
  • 1882年|ヘンリー・W・シーリーが初期の電気アイロンに関する米国特許を取得しました。
  • 1933年|米国ニュージャージー州カムデンで自動車に乗ったまま見る映画館が開きました。
  • 1944年|連合軍がフランス北岸へ上陸し、西欧解放へ向けた大規模作戦を開始しました。
  • 1966年|黒人有権者登録を訴える「恐怖に抗する行進」中、活動家メレディスが撃たれました。
  • 1971年|ソ連の宇宙飛行士3人が世界初の宇宙ステーション滞在へ向け出発しました。
  • 1982年|イスラエル軍がPLO排除を掲げてレバノン南部へ大規模侵攻しました。
  • 1984年|インド軍がアムリトサルの黄金寺院複合施設へ突入し、シク武装勢力を制圧しました。
  • 1984年|ソ連の計算機科学者アレクセイ・パジトノフが落下ブロックゲームの最初期版を完成させました。
  • 1993年|民主化後のモンゴルで有権者が大統領を直接選ぶ初の選挙を行いました。
  • 2002年|直径約10メートルと推定される小天体が地中海上空で大気圏突入し爆発しました。
  • 2012年|金星が太陽の前を横切る珍しい天文現象が世界各地で観測されました。
  • 2019年|アフリカ連合が文民主導政府の樹立までスーダンの機構参加資格を停止しました。

1523年|グスタフ・ヴァーサがスウェーデン国王に選出

1523年6月6日、ストレングネースの議会がヴァーサを国王に選び、カルマル同盟からのスウェーデン独立を確立する節目となりました。

現在のスウェーデン建国記念日の由来の一つです。王権強化と宗教改革を進めましたが、農民反乱への弾圧も伴いました。

1844年|YMCAがロンドンで創設

1844年6月6日、産業化したロンドンへ流入した青年の生活改善を目的に、祈りと学習の集会から組織が始まりました。

運動は宗派と国境を越えて広がり、宿泊、教育、スポーツ、災害支援へ活動を拡大しました。バスケットボールとバレーボール誕生の場にも関係します。

1859年|クイーンズランド植民地の分離が承認

1859年6月6日、勅許状により新植民地の法的設置が決まり、同年12月の文書到着と総督就任で自治政府が動き始めました。

署名日と現地で祝う分離記念日を区別します。入植者自治の拡大は、先住民の土地収奪と辺境暴力を伴いました。

1882年|電気アイロンの米国特許

1882年6月6日、電気抵抗で金属底面を加熱する装置が特許第259054号として認められました。当時は家庭電力網が未発達でした。

発明が直ちに普及したわけではなく、配電、温度制御、安全な絶縁の改良が必要でした。家事労働の機械化と電化を考える例です。

1933年|世界初の常設ドライブイン映画館が開場

1933年6月6日、リチャード・ホリングスヘッドが特許化した配置で、車列の傾斜と大型スクリーンを組み合わせて上映しました。

戦後の自動車社会と郊外文化で急増し、家族や子ども連れの観客を取り込みました。映像鑑賞の場所が技術と生活様式で変わる例です。

1944年|ノルマンディー上陸作戦

1944年6月6日、米英加などの部隊が空挺降下と艦砲射撃に続き5海岸へ上陸しました。日付は悪天候で当初計画から24時間延期されました。

欧州西部戦線を本格的に開きましたが、フランス民間人にも大きな犠牲が出ました。ソ連軍が東部戦線でドイツ軍主力と戦っていた全体像も欠かせません。

上陸後の補給には人工港マルベリー、海底送油管、航空優勢が使われました。海岸突破だけを勝因にせず、港湾が使えない期間にも人員・燃料・車両を送り続けた兵站の規模を含める必要があります。

1966年|ジェームズ・メレディスが狙撃される

1966年6月6日、ミシシッピ州の道路で白人男性に散弾銃で撃たれ負傷しましたが生存し、主要公民権団体が行進を引き継ぎました。

行進中に「ブラック・パワー」の標語が広まり、公民権運動内部の戦略変化が表面化しました。個人の勇気と組織的運動が結び付いた事件です。

1971年|ソユーズ11号打ち上げ

1971年6月6日、バイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、翌7日にサリュート1号へドッキングして人類初の宇宙ステーション滞在を始めました。

科学観測を行いましたが、6月30日の帰還時に減圧事故で全員が死亡しました。成果と事故を一体で捉え、宇宙服着用や帰還船設計の変更へつながりました。

帰還時事故はサービスモジュール分離の衝撃で圧力均衡弁が開き、短時間で船内が減圧したことが調査で判明しました。以後、打ち上げ・帰還時の宇宙服着用が復活し、乗員数を減らす設計変更が行われました。

1982年|イスラエルがレバノンへ侵攻

1982年6月6日、駐英イスラエル大使襲撃事件への報復を名目に国境を越え、ベイルートまで進撃しました。襲撃組織とPLOの関係には隔たりがありました。

PLO撤退後も占領と内戦が続き、サブラ・シャティーラ虐殺、ヒズボラ台頭へつながりました。短期的な軍事目標と長期的な地域不安定化の差を示します。

1984年|ブルースター作戦の武力制圧

1984年6月6日、6月初めからの包囲後、重要な宗教日を前に戦車と歩兵が投入され、指導者ビンドランワレを含む多数が死亡しました。

聖地への軍事攻撃はシク社会へ深い傷を残し、同年のインディラ・ガンディー暗殺と反シク暴動へ連鎖しました。犠牲者数には資料差があります。

政府・軍・独立調査で死者数の推計が大きく異なり、巡礼者がどれだけ残っていたかも争点です。確定しない数字を一つに固定せず、聖地損壊と逮捕・失踪を含む複数の被害記録を照合します。

1984年|「テトリス」が誕生

1984年6月6日、モスクワのソ連科学アカデミーで、テトロミノを積むゲームをElectronika 60向けに作りました。公式には6月6日を誕生日としています。

単純な規則と無限の組合せで世界的なゲームとなりましたが、冷戦下の権利契約は複雑でした。創作者、国営機関、各国企業の知的財産交渉もゲーム史の一部です。

1993年|モンゴル初の直接大統領選挙

1993年6月6日、野党連合が支持した現職ポンサルマーギーン・オチルバトが、旧共産党系候補を破って当選しました。

1990年の民主革命と1992年憲法を選挙制度へ定着させた節目です。政権交代可能性を示しつつ、市場移行による貧困や格差も課題となりました。

2002年|東地中海上空で小惑星が爆発

2002年6月6日、核爆発に相当するエネルギーを放出しましたが、海上の高高度だったため大きな地上被害は確認されませんでした。

印パ緊張が高かった時期で、閃光を軍事攻撃と誤認する危険も指摘されました。小天体監視と核早期警戒の情報共有の重要性を示します。

2012年|金星の太陽面通過

2012年6月6日、現象は地域により6月5日から6日にまたがり、日本では6月6日に約6時間観測されました。次回は2117年です。

18〜19世紀には地球と太陽の距離を測る国際観測に利用されました。現代は系外惑星のトランジット観測を理解する教育機会にもなりました。

2019年|アフリカ連合がスーダンの資格を停止

2019年6月6日、軍・治安部隊によるハルツーム座り込み強制排除を受け、平和安全保障理事会が即時停止を決定しました。アビー・アハメド首相の現地仲介は翌7日です。

地域機構がクーデター後の軍政へ圧力をかけた措置ですが、権力分有合意は後の政変と内戦で崩れました。資格停止と安定した文民統治の実現を同一視できません。

6月6日の歴史を読み解く

6月6日の出来事には、国家の誕生を祝う日と、その過程で見えなくなりやすい人々が重なります。スウェーデンとクイーンズランドの制度成立を、反乱、先住民、植民地支配の文脈から読み直します。

Dデーは「欧州解放」の決定的な節目ですが、一国だけの勝利ではありません。上陸部隊、フランスの抵抗運動、東部戦線、占領下市民の犠牲を含む多国間の戦争として理解します。

ソユーズ11号と金星太陽面通過は宇宙を扱いますが、一方は有人飛行の安全、他方は精密観測の歴史です。打ち上げや観測日の華やかさだけでなく、帰還とデータ解釈までを成果に含めます。

ブルースター作戦とレバノン侵攻は、武装勢力排除の軍事目標が宗教共同体や民間人へ長い影響を残した例です。標的を限定した説明だけでは、報復と政治的急進化の連鎖を捉えられません。

電気アイロン、ドライブイン、テトリスは生活文化の技術史です。発明日、特許日、開場日、公式に定めた誕生日を明示し、普及には電力網、自動車、コンピューター流通が必要だったことを示します。

メレディスの行進とYMCAの創設は、市民社会の組織が個人の安全や成長を支える例です。理念だけでなく、施設、資金、人材、地域参加が継続的な社会変化を作ります。

スウェーデン国王選出とモンゴル大統領選挙は、ともに指導者を選んだ日でも、身分制議会による世襲王権の確立と普通選挙による共和政では正統性が異なります。「選出」という同じ語の制度内容を明示します。

Dデーとレバノン侵攻は上陸・越境作戦ですが、占領下欧州の解放を目指す連合軍作戦と、武装組織排除を掲げた主権国家への侵攻を軍事技術だけで比較できません。法的根拠と民間被害を分けて検討します。

クイーンズランド分離とYMCA創設は、都市と人口の急増に制度や市民組織が応じた例です。ただし植民地自治の発展が先住民の自治を意味したわけではなく、支援団体も時代と地域に応じて役割を変えてきました。

東地中海上空の小天体爆発は被害を出しませんでしたが、核保有国間の緊張期には自然現象の閃光が軍事攻撃と誤認される危険があります。天体監視と早期警戒情報を国際的に共有する意味を示す出来事です。

6月6日の記念日・世界の祝日

スウェーデン建国記念日

1523年のグスタフ・ヴァーサ国王選出と1809年憲法の採択を記念します。2005年から法定休日となりました 2026年6月6日は土曜日ですが、スウェーデンの法定祝日です。

2005年に法定休日化された際、代わりに聖霊降臨祭翌日の休日が外されました。祝日追加が休日日数の純増とは限らず、土曜日に当たる2026年の代休も自動的には生じません。

韓国・顕忠日

国のために亡くなった軍人・民間人を追悼し、午前10時に黙とうが行われます。国旗は弔旗として掲げられます 韓国の国定休日で、2026年は土曜日です。

国立ソウル顕忠院などで追悼式が行われます。戦没軍人だけでなく国家への貢献で亡くなった人を顕彰する制度ですが、追悼の対象と歴史認識には社会的・政治的議論もあります。

Dデー記念日

1944年のノルマンディー上陸作戦を記憶し、フランスと連合国各地で退役軍人・戦没者の追悼式典が行われます 国際的な追悼日ですが、一律の公休日ではありません。

楽器の日

全国楽器協会が、芸事は6歳の6月6日に始めると上達するという伝承にちなみ、楽器演奏の楽しさを広めるため制定しました 日本では国民の祝日ではありません。

邦楽の日

東京邦楽器商工業協同組合が、習い事を6歳の6月6日に始める風習にちなみ、三味線や琴など邦楽に親しむ日として制定しました 日本では国民の祝日ではありません。

いけばなの日

公益財団法人日本いけばな芸術協会が「芸事の稽古始め」の伝承にちなみ、いけばなの文化と技術を次世代へ伝える日として制定しました 日本では国民の祝日ではありません。

梅の日

天文14年4月17日、賀茂神社の例祭で後奈良天皇が梅を献上された故事を、新暦6月6日にちなむ形で紀州梅の会が制定しました 日本では国民の祝日ではありません。

補聴器の日

全国補聴器メーカー協議会と全国補聴器販売店協会が、数字の6を二つ向かい合わせると耳の形に見えることから制定しました 日本では国民の祝日ではありません。

飲み水の日

東京都薬剤師会公衆衛生委員会が、世界環境デーの翌日に水道水源と安全な飲料水を考える日として制定しました 日本では国民の祝日ではありません。

ロールケーキの日

福岡県北九州市小倉の地域団体が、数字の6がロールケーキの断面に見えることと「ロ(6)」の語呂から制定しました 日本では国民の祝日ではありません。

かえるの日

作家・矢島さらが、カエルの鳴き声「けろ(6)けろ(6)」の語呂から、カエルと自然環境を考える民間記念日として提唱しました 日本では国民の祝日ではありません。

芒種

2026年は6月6日0時48分に太陽黄経75度となり、二十四節気の芒種へ入ります。稲や麦など芒のある穀物と農作業の季節を示します 暦上の節目で、公休日ではありません。

今日(2026年6月6日)が祝日の国

2026年6月6日は土曜日です。スウェーデンの建国記念日、韓国の顕忠日に当たります。いずれも各国の祝日ですが、週末時の代休制度は国ごとに異なり、日本では国民の祝日ではありません。

  • スウェーデン|建国記念日(法定祝日)
  • 韓国|顕忠日(国定休日)
  • 国際追悼|Dデー記念日
  • 日本|楽器の日
  • 日本|梅の日
  • 暦|芒種

6月6日が誕生日の有名人

ピエール・コルネイユ(1606年生)

『ル・シッド』などで名誉、義務、愛の葛藤を描き、フランス古典主義演劇の基礎を築きました。

ネイサン・ヘイル(1755年生)

米独立戦争で情報収集中に英国軍へ捕らえられ処刑され、愛国的な最期の言葉で米国の英雄となりました。引用の正確な形には異説があります。

アレクサンドル・プーシキン(1799年生)

口語と文学語を結び、詩、小説、劇で近代ロシア文学の表現を形作りました。生年月日はグレゴリオ暦換算で6月6日です。

ロシア帝国で当時使われたユリウス暦では5月26日、現在のグレゴリオ暦換算では6月6日です。ロシア語資料の旧暦表記をそのまま現在の日付へ置かないことが、生誕日記事では重要です。

ロバート・スコット(1868年生)

南極点到達でアムンセン隊に先を越され、帰路に全員死亡しました。英雄物語だけでなく、計画、輸送、気象判断が検証されています。

トーマス・マン(1875年生)

『ブッデンブローク家の人々』『魔の山』で市民社会、病、思想の危機を描き、ナチス政権に反対して亡命しました。

スカルノ(1901年生)

独立を宣言して初代大統領となり、非同盟運動を主導しました。権威主義化と経済混乱も統治評価に含まれます。

アラム・ハチャトゥリアン(1903年生)

アルメニアの旋律と力強い管弦楽法を結び、『剣の舞』やバレエ作品で世界的に知られました。

アイザイア・バーリン(1909年生)

自由を「消極的自由」と「積極的自由」に分け、多元的価値が衝突する政治の現実を論じました。

ビョルン・ボルグ(1956年生)

冷静な試合運びと強烈なトップスピンで全仏・ウィンブルドンを支配し、現代テニスの人気を世界的に高めました。

スティーヴ・ヴァイ(1960年生)

高度な奏法、変則的な音色、作曲性を統合し、ロックギターの技術的可能性を広げました。

ポール・ジアマッティ(1967年生)

脇役から主演まで、知性、弱さ、滑稽さを併せ持つ人物を演じ、映画とテレビで高い評価を得ています。

ヒョナ(1992年生)

K-POPのグループ活動とソロ活動を通じ、強い舞台表現と自己演出でアジアのポップ文化へ影響を与えました。

6月6日生まれの有名人一覧

生年名前職業・分野
1606ピエール・コルネイユ劇作家
1755ネイサン・ヘイル軍人
1799アレクサンドル・プーシキン詩人・作家
1868ロバート・スコット海軍軍人・探検家
1875トーマス・マン作家
1901スカルノインドネシア大統領
1903アラム・ハチャトゥリアン作曲家
1909アイザイア・バーリン政治思想家
1917カーク・カーコリアン実業家
1923V・C・アンドリュース作家
1933ハインリッヒ・ローラー物理学者
1942サンドラ・モーガン競泳選手
1956ビョルン・ボルグテニス選手
1960スティーヴ・ヴァイギタリスト
1963ジェイソン・アイザックス俳優
1967ポール・ジアマッティ俳優
1967マックス・カセラ俳優
1972ナタリー・モラレスジャーナリスト
1974アンクル・クラッカー歌手
1975スタシー・キーナン俳優
1986キム・ヒョンジュン歌手・俳優
1992ヒョナ歌手
2001コール・ホッカー陸上競技選手

6月6日が命日の有名人

カミッロ・ベンソ・ディ・カヴール(1861年没)

外交と戦争を組み合わせてイタリア統一を進め、王国初代首相となりました。統一が地域格差を残した点も重要です。

袁世凱(1916年没)

清朝末の軍人から大総統となり、帝政復活を試みて反発を招きました。死後、軍閥割拠が加速しました。

ルイ・シボレー(1941年没)

シボレー社名の由来となったレーサーで、設計と競技の双方に携わりました。会社経営からは早く離れています。

ゲアハルト・ハウプトマン(1946年没)

自然主義演劇で労働者と社会矛盾を描き、1912年ノーベル文学賞を受賞しました。ナチス期の姿勢は批判を受けます。

カール・グスタフ・ユング(1961年没)

集合的無意識、元型、内向・外向を論じ分析心理学を築きました。概念の科学的検証可能性や人種観には批判もあります。

ロバート・F・ケネディ(1968年没)

司法長官として公民権政策を進め、上院議員・大統領候補として貧困と戦争を訴えました。前日の銃撃による傷で死亡しました。

銃撃は5日深夜、死亡は6日未明で、出来事欄と命日欄の日付が連続します。暗殺後は大統領警護を担うシークレットサービスの対象が主要候補へ広がり、選挙警備の制度が変わりました。

J・ポール・ゲティ(1976年没)

石油事業で巨富を築き、収集品はゲティ美術館の基礎となりました。家族関係と富への姿勢も広く論じられます。

スタン・ゲッツ(1991年没)

滑らかな音色でクール・ジャズを代表し、ボサノヴァを米国と世界へ広めました。

アン・バンクロフト(2005年没)

舞台と映画で幅広い役を演じ、『奇跡の人』『卒業』で強い人物像を残しました。

ビリー・プレストン(2006年没)

鍵盤奏者としてビートルズやローリング・ストーンズと共演し、ソロでもファンクとゴスペルを結びました。

ローナ・ウィング(2014年没)

自閉症スペクトラム概念とアスペルガー症候群の認知を広げ、当事者家族の支援にも尽力しました。

ピーター・シェーファー(2016年没)

『エクウス』『アマデウス』で才能、信仰、嫉妬を劇的に描きました。

根岸英一(2021年没)

有機化合物を効率的に結合する根岸カップリングを開発し、医薬・材料合成を変えました。2010年ノーベル化学賞受賞者です。

フランソワーズ・ジロー(2023年没)

ピカソの伴侶という位置づけを越えて独自の絵画を制作し、関係を自ら記録して女性芸術家の主体性を示しました。

6月6日が命日の有名人一覧

没年名前職業・分野
1861カミッロ・ベンソ・ディ・カヴールサルデーニャ王国首相
1916袁世凱中華民国大総統
1941ルイ・シボレー自動車技術者・レーサー
1946ゲアハルト・ハウプトマン劇作家
1961カール・グスタフ・ユング精神科医
1968ロバート・F・ケネディ政治家
1976J・ポール・ゲティ実業家・美術収集家
1979ジャック・ヘイリー俳優
1985セルゲイ・ゲラシモフ映画監督
1991スタン・ゲッツサックス奏者
2005アン・バンクロフト俳優
2006ビリー・プレストン音楽家
2012ウラジーミル・クルトフアイスホッケー選手
2013エスター・ウィリアムズ競泳選手・俳優
2013ジェローム・カール化学者
2014ローナ・ウィング精神科医
2015ヴィンセント・ブリオシ検察官・作家
2016ピーター・シェーファー劇作家
2021根岸英一化学者
2022ジム・シールズ音楽家
2023フランソワーズ・ジロー画家・作家

6月6日の星座・誕生花・誕生石

項目内容
星座双子座
誕生花日付ごとの花は資料によって異なります
6月の誕生石真珠、ムーンストーン、アレキサンドライト

2026年6月6日の暦

項目内容
曜日土曜日
和暦令和8年6月6日
旧暦2026年4月21日
六曜赤口
干支辛亥(かのとい)
二十四節気芒種の期間(2026年の芒種は6月6日0時48分、夏至は6月21日17時25分)
七十二候蟷螂生(かまきりしょうず)
月齢20.3(東京・正午)
十二直執(とる)
日本の祝日国民の祝日ではありません

2026年6月6日の暦を読む

2026年6月6日は土曜日、旧暦4月21日です。0時48分に二十四節気の芒種へ入り、七十二候は「蟷螂生」。東京の正午月齢は20.3、六曜は赤口、干支は辛亥、十二直は執です。日本では国民の祝日ではありません。

主な確認資料