
3月5日、今日は何の日?
2026年3月5日(木曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1770年のボストン虐殺事件、1946年の「鉄のカーテン」演説、1970年の核拡散防止条約発効。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1770年のボストン虐殺事件/1946年の「鉄のカーテン」演説/1970年の核拡散防止条約発効 |
| 代表的な記念日 | 軍縮・不拡散啓発のための国際デー/カスタム・チーフの日(バヌアツ)/啓蟄 |
| 2026年の暦 | 木曜日・旧暦2026年1月17日・国民の祝日ではありません |
- 3月5日に起きた主な事件
- 1770年|ボストン虐殺事件が起きる
- 1849年|ザカリー・テイラーが米大統領に就任
- 1872年|ウェスティングハウスが自動空気ブレーキ特許
- 1931年|ガンディー=アーウィン協定が成立
- 1933年|ナチ政権下でドイツ国会選挙
- 1936年|戦闘機スピットファイアが初飛行
- 1940年|ソ連指導部がカティンの森虐殺を承認
- 1946年|チャーチルが「鉄のカーテン」演説
- 1953年|ヨシフ・スターリンが死去
- 1960年|ゲバラの肖像写真「英雄的ゲリラ」が撮影される
- 1966年|BOAC911便が富士山付近で空中分解
- 1970年|核拡散防止条約が発効
- 1979年|ボイジャー1号が木星へ最接近
- 2013年|ベネズエラ大統領ウゴ・チャベスが死去
- 3月5日の記念日・世界の祝日
- 3月5日が誕生日の有名人
- ヘンリー2世(1133年生)
- デイヴィッド2世(1324年生)
- ゲラルドゥス・メルカトル(1512年生)
- ウィリアム・オートレッド(1574年生)
- ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(1696年生)
- ハワード・パイル(1853年生)
- ローザ・ルクセンブルク(1871年生)
- エイトル・ヴィラ=ロボス(1887年生)
- 周恩来(1898年生)
- 安藤百福(1910年生)
- ジェームズ・トービン(1918年生)
- ピエル・パオロ・パゾリーニ(1922年生)
- ディーン・ストックウェル(1936年生)
- 栗原はるみ(1947年生)
- エレイン・ペイジ(1948年生)
- ペン・ジレット(1955年生)
- 原西孝幸(1971年生)
- 熊川哲也(1972年生)
- エヴァ・メンデス(1974年生)
- 松山ケンイチ(1985年生)
- 3月5日生まれの有名人一覧
- 3月5日が命日の有名人
- トマス・アーン(1778年没)
- ピエール=シモン・ラプラス(1827年没)
- アレッサンドロ・ボルタ(1827年没)
- フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ(1876年没)
- ニコライ・レスコフ(1895年没)
- デイヴィッド・ダンバー・ビュイック(1929年没)
- クリスティン・ラッド=フランクリン(1930年没)
- 蔡元培(1940年没)
- アルフレード・カゼッラ(1947年没)
- ヨシフ・スターリン(1953年没)
- セルゲイ・プロコフィエフ(1953年没)
- パッツィー・クライン(1963年没)
- アンナ・アフマートヴァ(1966年没)
- モハンマド・モサッデク(1967年没)
- トム・プライス(1977年没)
- ジョン・ベルーシ(1982年没)
- ウィリアム・パウエル(1984年没)
- ウゴ・チャベス(2013年没)
- レイ・トムリンソン(2016年没)
- 3月5日が命日の有名人一覧
- 3月5日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年3月5日の暦
3月5日に起きた主な事件
- 1770年|英軍兵士がボストンの群衆へ発砲し5人が死亡、北米植民地の反英感情が強まりました。
- 1849年|米墨戦争の将軍ザカリー・テイラーが第12代米大統領として就任宣誓しました。
- 1872年|ジョージ・ウェスティングハウスが、列車全体へ安全に作用する自動空気ブレーキの米国特許を取得しました。
- 1931年|インド国民会議のガンディーと英領インド総督アーウィンが、市民的不服従運動をめぐる協定へ合意しました。
- 1933年|国会議事堂火災後の弾圧下で総選挙が行われ、ナチ党が最多議席を得ました。
- 1936年|英国の試作戦闘機スーパーマリン・スピットファイアが、サウサンプトンで初飛行しました。
- 1940年|ソ連共産党政治局が、拘束中のポーランド軍将校らを処刑する内務人民委員部の提案を承認しました。
- 1946年|前英国首相チャーチルが米国ミズーリ州で、ソ連支配下の東欧を「鉄のカーテン」と表現しました。
- 1953年|ソビエト連邦を長く支配したスターリンが死去し、後継権力をめぐる移行が始まりました。
- 1960年|写真家アルベルト・コルダが、ハバナの追悼集会でチェ・ゲバラの著名な肖像を撮影しました。
- 1966年|羽田を離陸したボーイング707が富士山付近の激しい乱気流で破壊され、乗客乗員124人全員が死亡しました。
- 1970年|核兵器国の拡大防止、原子力の平和利用、核軍縮を柱とする核不拡散条約が国際法として発効しました。
- 1979年|NASAの探査機ボイジャー1号が木星へ最接近し、惑星と衛星の詳細画像・観測データを送りました。
- 2013年|「ボリバル革命」を掲げたベネズエラ大統領ウゴ・チャベスが、がん治療後に死去しました。
1770年|ボストン虐殺事件が起きる
課税と英軍駐留への緊張が続くなか、1770年3月5日夜、税関を警備する兵士と住民の衝突が拡大しました。投石や罵声を受けた兵士らが発砲し、クリスパス・アタックスを含む5人が死亡しました。
愛国派は事件を「虐殺」として版画や演説で広めました。一方、弁護士ジョン・アダムズは兵士を弁護し、大半が無罪となりました。発砲の責任を問う司法手続きと、政治宣伝が世論を形成する過程の両方が米国革命へつながります。
ポール・リビアが広めた版画は兵士が整然と無防備な市民へ一斉射撃したように描きました。実際の混乱を単純化した強力な宣伝で、画像が事件理解と政治動員を方向づける早い例です。
1849年|ザカリー・テイラーが米大統領に就任
通常の就任日だった1849年3月4日が日曜日だったため、公的な宣誓式は翌5日に行われました。「上院議長代行デイヴィッド・アッチソンが一日大統領だった」という俗説がありますが、憲法上の根拠はありません。
テイラーは奴隷を所有していましたが、新領土への奴隷制拡大には慎重で、南北対立の調停中に1850年に死去しました。就任日のずれは、儀式の日と憲法上の任期開始を区別する好例です。
1872年|ウェスティングハウスが自動空気ブレーキ特許
初期の鉄道では各車両の制動手が手動でブレーキをかけ、連結が外れると車両を止めにくい危険がありました。ウェスティングハウスは空気圧が失われたとき自動的に制動する仕組みを改良し、1872年3月5日に特許を得ました。
フェイルセーフの設計により長大・高速列車を安全に運行しやすくなり、鉄道標準へ広がりました。技術史上の意味は制動力そのものだけでなく、「故障したら安全側へ働く」という工学思想を大規模交通に組み込んだ点です。
1931年|ガンディー=アーウィン協定が成立
塩の行進と植民地法への不服従で多数が投獄された後、両者は交渉を行い、1931年3月5日に協定を発表しました。政府は非暴力の政治犯釈放や沿岸での塩採取を認め、国民会議は運動停止と円卓会議参加に応じました。
独立を承認した協定ではなく、警察暴力調査や革命家の減刑などは実現しませんでした。妥協は急進派から批判され、第二回円卓会議も成果を上げません。それでも大衆運動が帝国政府を対等交渉へ引き出した節目です。
1933年|ナチ政権下でドイツ国会選挙
1933年3月5日の選挙は、緊急令で言論・集会の自由が停止され、共産党員や社会民主党員が逮捕・攻撃されるなかで実施されました。ナチ党は得票率43.9%で第一党となりましたが、単独過半数には届きませんでした。
連立勢力と弾圧を利用し、3月23日の全権委任法を成立させて議会制を実質的に破壊しました。「選挙で過半数を得て合法的に独裁へ選ばれた」という単純化は誤りで、暴力、非常令、制度操作が不可欠でした。
1936年|戦闘機スピットファイアが初飛行
航空技師R・J・ミッチェルが空気抵抗の小さい楕円翼とロールス・ロイス製エンジンを組み合わせ、試作機K5054は1936年3月5日に初飛行しました。高速性と操縦性が評価され、英国空軍が量産を決めました。
第二次世界大戦のバトル・オブ・ブリテンでハリケーンとともに防空を担い、その後も多数の型へ改良されました。一機種だけが英国を救ったという神話ではなく、レーダー、指揮網、生産、整備、複数機種の連携が勝敗を支えました。
1940年|ソ連指導部がカティンの森虐殺を承認
独ソによるポーランド分割後、ソ連は多数の将校、警察官、知識人を収容していました。1940年3月5日、ベリヤの処刑提案にスターリンら政治局員が承認署名し、カティンなど複数地点で約2万2千人が殺害されました。
ソ連は長くナチ・ドイツの犯行と主張し、1990年に責任を認めました。虐殺は軍事捕虜だけでなくポーランド社会の指導層を破壊する国家犯罪でした。命令日、実際の処刑期間、1943年の遺体発見を分けて記録します。
1946年|チャーチルが「鉄のカーテン」演説
トルーマン米大統領同席のもと、チャーチルは1946年3月5日、ウェストミンスター大学で「平和の筋」と題する演説を行いました。バルト海のシュテッティンからアドリア海のトリエステまで鉄のカーテンが下りたと述べました。
英語表現自体は以前からありましたが、この演説で冷戦分断の比喩として世界的に定着しました。ソ連は戦争挑発と批判し、西側でも当初賛否がありました。演説が冷戦を始めたというより、既に進む対立を明瞭な言葉にした出来事です。
演説は英語圏諸国の緊密な協力を呼びかけ、ソ連の拡張を抑止すべきだと論じました。冷戦期には比喩が国境線だけでなく、情報、移動、経済体制を隔てる構造全体を表すようになりました。
1953年|ヨシフ・スターリンが死去
スターリンは3月1日に別荘で倒れた後、治療開始が遅れ、1953年3月5日夜に死亡しました。公式発表は脳出血を死因としました。粛清、強制収容所、農業集団化、飢饉を通じ多数を犠牲にした独裁者の死でした。
集団指導を経てフルシチョフが権力を固め、1956年の秘密報告で個人崇拝と弾圧の一部を批判しました。政治犯釈放や「雪どけ」が進む一方、体制そのものの責任追及は限定的でした。同日、作曲家プロコフィエフも死去しています。
1960年|ゲバラの肖像写真「英雄的ゲリラ」が撮影される
前日に港で貨物船ラ・クーブルが爆発し多数が死亡したため、1960年3月5日に追悼式典が行われました。コルダは壇上へ一瞬現れたゲバラの表情を撮影し、後にトリミングされた写真が「英雄的ゲリラ」と呼ばれました。
写真は1960年代後半からポスター、旗、商品へ世界的に複製され、革命の象徴となりました。撮影日と船の爆発日を分け、実在の政治家に対する評価と、作者の管理を離れて流通したイメージの歴史を区別します。
1966年|BOAC911便が富士山付近で空中分解
1966年3月5日、ロンドン方面へ向かう911便は景観を見せる有視界経路を飛行中、富士山の風下で強い山岳波に遭遇しました。機体へ設計限界を超える荷重がかかり、御殿場付近へ墜落しました。
前夜には羽田でカナダ太平洋航空機が墜落しており、連日の惨事となりました。事故は晴天時でも地形と強風が生む乱気流の危険を示し、気象情報、飛行経路、機体構造の検討へつながりました。
1970年|核拡散防止条約が発効
1968年に署名開放された条約は、必要数の批准書が寄託され、1970年3月5日に発効しました。1967年以前に核爆発を行った5か国を核兵器国とし、非核兵器国には国際原子力機関の保障措置を求めました。
加盟国は広い一方、インド、パキスタン、イスラエルは未加盟で、北朝鮮は脱退を表明しました。核兵器国と非核兵器国の権利差への不満もあります。拡散を抑える実績と、軍縮義務が十分進まない構造的課題を併せ持つ条約です。
条約第6条は全締約国に核軍縮交渉を誠実に追求する義務を課します。非核兵器国の制限だけを述べると条約の三本柱の一つを落とすため、不拡散、平和利用、軍縮を同時に扱います。
1979年|ボイジャー1号が木星へ最接近
1977年に打ち上げられたボイジャー1号は、1979年3月5日に木星の雲頂から約28万キロまで接近しました。大赤斑、大気の渦、薄い環を観測し、衛星イオで活動中の火山を発見しました。
地球以外で初めて活動中の火山を確認した成果は、衛星を死んだ岩石と見る考えを変えました。木星の重力を利用して土星へ向かい、後に太陽圏を越えました。一日の接近観測は数か月の撮影・送信計画の中心点です。
2013年|ベネズエラ大統領ウゴ・チャベスが死去
軍人出身のチャベスは1998年に当選し、石油収入を社会事業へ投入して貧困層の支持を得ました。2013年3月5日、カラカスで死去し、副大統領ニコラス・マドゥロが暫定政権を引き継ぎました。
識字、医療、地域組織への投資を評価する声がある一方、権力集中、報道・野党への圧力、石油依存の深化が批判されます。死後の経済崩壊と権威主義を本人だけに還元せず、制度と後継政権の選択を分けて考える必要があります。
3月5日の記念日・世界の祝日
軍縮・不拡散啓発のための国際デー
国連総会が、特に若い世代へ大量破壊兵器と通常兵器の危険、軍縮・不拡散制度を伝えるため3月5日に定めた国際デーです。核拡散防止条約が1970年のこの日に発効した歴史とも重なります。世界共通の休日ではありません。
軍縮は核兵器だけを対象にしません。化学・生物兵器、小型武器、弾薬、宇宙・サイバー領域なども、人道上の被害、検証、信頼醸成という共通課題を持ちます。条約名の暗記より制度が何を減らすかを考える日です。
カスタム・チーフの日(バヌアツ)
伝統的首長と慣習法、地域共同体の役割を尊重するバヌアツの公休日です。英語ではCustom Chiefs’ Dayなどと表記されます。2026年は3月5日木曜日に当たり、国の文化制度に根ざす休日です。
啓蟄
冬ごもりしていた虫が土から出るころを表す二十四節気です。2026年は日本時間3月5日22時59分に太陽黄経345度となり啓蟄へ入ります。日中の大半はまだ雨水なので、日付だけでなく正確な時刻を併記します。
二十四節気の日付は太陽の位置で決まり、国立天文台が翌年分を暦要項で公表します。「毎年必ず3月5日」と決め打ちできず、年や時刻、タイムゾーンによって表示が変わります。
サンゴの日
「さん(3)ご(5)」の語呂から、サンゴ礁の保全を考える日として日本の環境団体や地域で啓発活動が行われます。サンゴは動物で、褐虫藻との共生や海水温、酸性化、水質の影響を受けます。国連制定の国際デーではありません。
安藤百福の日
日清食品ホールディングスが、創業者・安藤百福の誕生日である1910年3月5日にちなみ制定した企業記念日です。チキンラーメンとカップヌードルを生み、食の起業家精神を若い世代へ伝える日としています。
即席麺の発明は、一人の着想だけでなく、戦後の食糧事情、小麦供給、油熱乾燥、包装、流通の組み合わせで市場化されました。企業の顕彰日でも、技術と社会条件を具体的に見ると内容が深まります。
三幸の日
三幸製菓株式会社が「さん(3)こう(5)」の語呂にちなみ制定した企業記念日です。米菓を通じた感謝を伝える販促日で、会社創立日や米菓の発明日ではありません。企業名に由来することを明記します。
産後ケアの日
尿もれケア用品ブランドを展開する日本製紙クレシアが、「産(3)後(5)」の語呂から産後の心身を支える日として制定しました。休養、授乳、骨盤底、心理面などは個人差が大きく、家族と専門職を含む支援が必要です。
スチュワーデスの日
1931年3月5日に東京航空輸送社が、日本初期の女性客室乗務員「エア・ガール」の採用試験結果を発表したことにちなむ通称です。当時の呼称を残す歴史記念日ですが、現在は性別を限定しない「客室乗務員」「キャビンアテンダント」が一般的です。
ミスコンの日
1908年3月5日に日本初期の全国美人写真審査の結果が新聞掲載されたことにちなむ通称です。入賞女性が学校から処分された逸話もあり、娯楽史だけでなく、女性の肖像・名誉・学校規範をめぐる時代背景を考える必要があります。
みたらしだんごの日(毎月3・4・5日)
山崎製パン株式会社が「み(3)たらし(4)だんご(5)」の語呂から、毎月3日・4日・5日を記念日として制定しました。和菓子文化を発信する企業記念日で、京都・下鴨神社に伝わる起源の日付ではありません。
雷鋒に学ぶ日(中国)
毛沢東が1963年3月5日に人民解放軍兵士・雷鋒を模範として学ぶよう呼びかけたことにちなむ社会奉仕の記念日です。学校や団体でボランティア活動が行われますが、中国の全国法定休日ではありません。政治宣伝の歴史も含みます。
聖ピランの日(コーンウォール)
錫鉱夫の守護聖人とされる聖ピランを記念し、英国コーンウォールの旗、音楽、行列などで地域文化を祝う日です。コーンウォールの重要な地域日ですが、英国全体の法定休日ではありません。
蟄虫啓戸の始まり
啓蟄の初候「蟄虫啓戸」は、冬ごもりの虫が戸を開くように地上へ出始めるころという意味です。2026年は3月5日からの候として扱いますが、節気の瞬間は22時59分なので季節境界には時刻差があります。
今日(2026年3月5日)が祝日の国
2026年3月5日(木)は日本の国民の祝日ではありません。バヌアツではカスタム・チーフの日の公休日です。国連の軍縮・不拡散啓発デーと日本の各企業記念日は、休業を伴う祝日ではありません。
- 日本:国民の祝日ではありません
- バヌアツ:カスタム・チーフの日(公休日)
- 国連・軍縮不拡散啓発デー:国際デーであり、公休日ではありません
3月5日が誕生日の有名人
ヘンリー2世(1133年生)
プランタジネット朝最初の王として広大な領域を統治し、巡回裁判とコモン・ローの発展を進めました。カンタベリー大司教トマス・ベケットとの対立と、息子たちの反乱でも知られます。
デイヴィッド2世(1324年生)
ロバート1世の子として幼く即位し、イングランドとの戦争、フランス亡命、捕虜生活を経験しました。長い不在と身代金負担のなかで王権を維持しました。
ゲラルドゥス・メルカトル(1512年生)
航海で方角を直線として描けるメルカトル図法を考案し、「アトラス」を地図帳の意味で広めました。図法は高緯度ほど面積を大きく見せるため、用途と歪みを理解して使う必要があります。
メルカトル図法は角度を保つ正角図法なので航海に便利ですが、面積比較には不向きです。グリーンランドがアフリカに近い大きさに見える地図を、そのまま国土面積の認識に使わないことが重要です。
ウィリアム・オートレッド(1574年生)
対数尺を組み合わせた計算尺の発展に貢献し、乗算記号「×」を数学書で用いました。計算機以前の科学・工学で、対数を機械的な操作へ変える道具を整えました。
ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ(1696年生)
ヴェネツィア派最後の巨匠の一人で、宮殿や教会の天井に、光あふれる錯視的フレスコ画を描きました。ヴュルツブルク宮殿などで建築空間と絵画を一体化しました。
ハワード・パイル(1853年生)
海賊や中世騎士の物語を自作の挿絵とともに発表し、米国挿絵芸術の教育者となりました。N・C・ワイエスらを育て、後世の海賊像の視覚的定型にも影響しました。
ローザ・ルクセンブルク(1871年生)
ポーランド生まれの社会主義理論家で、大衆ストライキ、帝国主義、民主主義を論じました。第一次世界大戦へ反対し、1919年のドイツ革命期に義勇軍兵士らに殺害されました。
彼女は革命を支持しながら、少数党が自由を独占する政治を批判しました。「異なる考えを持つ者の自由」を重視した議論は、社会変革と民主主義の関係を考えるうえで今も参照されます。
エイトル・ヴィラ=ロボス(1887年生)
ブラジルの民俗音楽と欧州クラシックを結びつけ、「ブラジル風バッハ」などを作曲しました。音楽教育にも関わり、国家文化政策との近さを含め大きな影響を残しました。
周恩来(1898年生)
中華人民共和国成立から長く首相を務め、朝鮮戦争、ジュネーブ会議、バンドン会議、米中接近などの外交を担いました。文化大革命下での緩衝役評価と体制責任の議論があります。
安藤百福(1910年生)
日清食品を創業し、1958年にチキンラーメン、1971年にカップヌードルを発売しました。保存、簡便調理、容器を一体化し、即席麺を世界的な食品産業へ育てました。
「即席麺を一人で発明した」という企業物語は分かりやすい一方、同時期の他社製品や技術開発も研究されています。公式の創業史を尊重しつつ、産業史には複数の担い手がいたことを忘れません。
ジェームズ・トービン(1918年生)
金融市場と実体経済、資産選択を分析し、1981年ノーベル経済学賞を受賞しました。短期通貨取引への課税案「トービン税」は後世の議論で広まりました。
ピエル・パオロ・パゾリーニ(1922年生)
『奇跡の丘』『テオレマ』などで宗教、性愛、階級、消費社会を挑発的に描きました。方言詩、評論、映画を横断し、戦後イタリアの近代化を批判しました。
ディーン・ストックウェル(1936年生)
子役から半世紀以上活動し、映画『パリ、テキサス』『ブルーベルベット』、ドラマ『タイムマシーンにお願い』などで独特の存在感を示しました。
栗原はるみ(1947年生)
家庭で再現しやすい料理と暮らしの提案を、書籍、雑誌、商品へ展開しました。日本の家庭料理を海外へ紹介し、料理家のブランド展開の先駆けとなりました。
エレイン・ペイジ(1948年生)
『エビータ』『キャッツ』など英国ミュージカルの初演で主要役を務め、ウェストエンドを代表する歌手となりました。物語を言葉と歌唱で運ぶ舞台表現で知られます。
ペン・ジレット(1955年生)
テラーとのコンビ、ペン&テラーで、手品の仕掛けや観客の思い込みそのものを題材にした舞台を作りました。懐疑主義と自由主義的な発言でも知られます。
原西孝幸(1971年生)
藤本敏史とのコンビFUJIWARAで活動し、短い一発ギャグと身体表現を多数生み出しました。テレビの即興的な笑いに強みを持ちます。
熊川哲也(1972年生)
英国ロイヤル・バレエ団でプリンシパルを務めた後、Kバレエカンパニーを設立しました。高度な跳躍と回転、古典作品の再演出を通じ、日本のバレエ興行と育成を広げました。
エヴァ・メンデス(1974年生)
『トレーニング デイ』『最後の恋のはじめ方』などに出演し、ドラマとコメディを横断しました。ファッションや事業活動にも領域を広げています。
松山ケンイチ(1985年生)
映画『デスノート』のL、『ノルウェイの森』、大河ドラマ『平清盛』などで、外見と身体の使い方を大きく変える役作りを見せました。
3月5日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1133 | ヘンリー2世 | イングランド王 |
| 1324 | デイヴィッド2世 | スコットランド王 |
| 1512 | ゲラルドゥス・メルカトル | 地理学者・地図製作者 |
| 1574 | ウィリアム・オートレッド | 数学者・聖職者 |
| 1696 | ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ | 画家 |
| 1853 | ハワード・パイル | 画家・児童文学作家 |
| 1871 | ローザ・ルクセンブルク | 経済学者・革命家 |
| 1887 | エイトル・ヴィラ=ロボス | 作曲家 |
| 1898 | 周恩来 | 中国国務院総理 |
| 1910 | 安藤百福 | 実業家・発明家 |
| 1918 | ジェームズ・トービン | 経済学者 |
| 1922 | ピエル・パオロ・パゾリーニ | 映画監督・詩人 |
| 1936 | ディーン・ストックウェル | 俳優 |
| 1947 | 栗原はるみ | 料理家 |
| 1948 | エレイン・ペイジ | ミュージカル俳優・歌手 |
| 1955 | ペン・ジレット | マジシャン・コメディアン |
| 1971 | 原西孝幸 | お笑い芸人 |
| 1972 | 熊川哲也 | バレエダンサー・演出家 |
| 1974 | エヴァ・メンデス | 俳優 |
| 1985 | 松山ケンイチ | 俳優 |
3月5日が命日の有名人
トマス・アーン(1778年没)
英国の仮面劇や舞台音楽を作曲し、「ルール・ブリタニア」の旋律で知られます。イタリア歌劇の影響を取り入れつつ、英語による劇音楽の発展へ貢献しました。
ピエール=シモン・ラプラス(1827年没)
確率論、天体力学、微分方程式を発展させ、『天体力学』でニュートン力学を太陽系の運動へ体系的に適用しました。決定論的世界像「ラプラスの悪魔」にも名を残します。
同日にボルタも死去しました。ラプラスの数学は「すべて予測できる」という単純な主張ではなく、不確実な情報から確率的に推論する方法も発展させています。決定論と確率論の双方に足跡があります。
アレッサンドロ・ボルタ(1827年没)
異種金属と電解質を重ねたボルタ電池を作り、連続的な電流源を実現しました。電位差の単位ボルトに名が残り、電気を一時的な火花から実験可能な流れへ変えました。
フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ(1876年没)
ヴェルディの『リゴレット』『椿姫』『運命の力』などの台本を書きました。原作を舞台の時間と音楽へ圧縮し、作曲家との協働で人物の劇的対立を形づくりました。
ニコライ・レスコフ(1895年没)
ロシア各地の話し言葉と民間伝承を生かし、『ムツェンスク郡のマクベス夫人』『魅せられた旅人』などを著しました。没日はロシア旧暦2月21日、グレゴリオ暦3月5日です。
デイヴィッド・ダンバー・ビュイック(1929年没)
自動車会社ビュイックの創業者で、頭上弁エンジンの開発を進めました。会社の経営権を早く失い、名を冠したブランドの成功とは対照的に晩年は経済的困難を抱えました。
クリスティン・ラッド=フランクリン(1930年没)
記号論理学と色覚理論を研究し、女性であるため博士号授与を長く拒まれました。学位要件達成から44年後に正式学位を得た経歴は学術制度の性差別を示します。
蔡元培(1940年没)
北京大学学長として学問の自由と思想的包容を掲げ、新文化運動期の大学を改革しました。中華民国の教育行政と中央研究院創設にも関わりました。
アルフレード・カゼッラ(1947年没)
近代イタリア器楽の復興を進め、作曲、演奏、教育、古楽校訂を横断しました。オペラ中心だった同国の音楽文化へ交響曲と室内楽の場を広げました。
ヨシフ・スターリン(1953年没)
工業化と対独戦勝を率いた一方、強制集団化、飢饉、大粛清、強制移住、収容所体制で膨大な犠牲を生んだ独裁者です。死後の批判も国家暴力の全容を直ちに明らかにはしませんでした。
セルゲイ・プロコフィエフ(1953年没)
バレエ『ロメオとジュリエット』、交響曲、協奏曲、映画音楽など、鋭いリズムと叙情性を併せ持つ作品を残しました。スターリンと同日に死去し、訃報と葬儀は国家的服喪の陰に隠れました。
スターリンの死で医師や花が国家葬へ集中し、プロコフィエフの葬儀は小規模になりました。二人の同日死は、国家権力が文化人の生涯だけでなく死後の記憶まで覆う象徴的な対照です。
パッツィー・クライン(1963年没)
「Crazy」などでカントリー音楽にポップな編曲と深い感情表現を結びつけ、女性歌手の主流進出を進めました。航空事故で30歳で死亡しました。
アンナ・アフマートヴァ(1966年没)
ロシア・アクメイズムを代表し、簡潔な言葉で愛と喪失を描きました。スターリン時代の弾圧と家族の逮捕を経験し、長詩『レクイエム』で国家恐怖の記憶を伝えました。
モハンマド・モサッデク(1967年没)
石油産業を国有化し、議会政治と経済主権を進めました。1953年に英米情報機関が支援したクーデターで失脚し、その後自宅軟禁下で死去しました。
トム・プライス(1977年没)
F1南アフリカ・グランプリ中、コースを横断したマーシャルと衝突して死亡しました。事故は消火活動時のコース進入手順、視認性、レース管理の安全対策を見直す契機となりました。
ジョン・ベルーシ(1982年没)
『サタデー・ナイト・ライブ』と映画『ブルース・ブラザース』で、爆発的な身体喜劇と音楽への愛を表現しました。薬物の過量摂取による33歳の死は芸能環境の危険も示しました。
ウィリアム・パウエル(1984年没)
『影なき男』シリーズでマーナ・ロイと機知ある夫婦探偵を演じ、洗練された台詞回しで1930年代ハリウッド喜劇を代表しました。
ウゴ・チャベス(2013年没)
貧困層向け社会政策とラテンアメリカ統合を掲げる一方、権力集中と石油依存を深めました。支持と批判が鋭く分かれる政治的遺産は後継政権下でも続いています。
レイ・トムリンソン(2016年没)
ネットワーク上の電子メールで利用者名と接続先を分ける「@」を採用し、ARPANET上でメッセージ送信を実現しました。現代メールの宛先表記を定着させた人物です。
3月5日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1778 | トマス・アーン | 作曲家 |
| 1827 | ピエール=シモン・ラプラス | 数学者・天文学者 |
| 1827 | アレッサンドロ・ボルタ | 物理学者 |
| 1876 | フランチェスコ・マリア・ピアーヴェ | 台本作家 |
| 1895 | ニコライ・レスコフ | 小説家 |
| 1929 | デイヴィッド・ダンバー・ビュイック | 発明家・実業家 |
| 1930 | クリスティン・ラッド=フランクリン | 論理学者・心理学者 |
| 1940 | 蔡元培 | 教育者・政治家 |
| 1947 | アルフレード・カゼッラ | 作曲家・ピアニスト |
| 1953 | ヨシフ・スターリン | ソビエト連邦指導者 |
| 1953 | セルゲイ・プロコフィエフ | 作曲家 |
| 1963 | パッツィー・クライン | 歌手 |
| 1966 | アンナ・アフマートヴァ | 詩人 |
| 1967 | モハンマド・モサッデク | イラン首相 |
| 1977 | トム・プライス | レーシングドライバー |
| 1982 | ジョン・ベルーシ | 俳優・コメディアン |
| 1984 | ウィリアム・パウエル | 俳優 |
| 2013 | ウゴ・チャベス | ベネズエラ大統領 |
| 2016 | レイ・トムリンソン | コンピュータ技術者 |
3月5日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 魚座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 3月の誕生石 | アクアマリン、サンゴ、ブラッドストーン、アイオライト |
2026年3月5日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 木曜日 |
| 和暦 | 令和8年3月5日 |
| 旧暦 | 2026年1月17日 |
| 六曜 | 大安 |
| 干支 | 戊寅(つちのえとら) |
| 二十四節気 | 啓蟄(2026年3月5日22時59分。時刻までは雨水) |
| 七十二候 | 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく) |
| 月齢 | 15.6(東京・正午) |
| 十二直 | 閉(とづ) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年3月5日の暦を読む
旧暦1月17日、六曜は大安です。月齢15.6で満月を過ぎ、月は少しずつ欠け始めます。2026年の啓蟄は22時59分なので日中は雨水、夜に啓蟄へ移ります。七十二候は「蟄虫啓戸」。節入りに伴い十二直は前日と同じ「閉」が重なります。
主な確認資料
- 国連・軍縮不拡散啓発デー
- バヌアツ政府
- WWFジャパン・サンゴの日
- 日清食品・安藤百福の日
- 三幸製菓・三幸の日
- 日本製紙クレシア・産後ケアの日
- 米国国立公文書館・ボストン虐殺事件
- NATO・鉄のカーテン演説
- 国連軍縮部・核不拡散条約
- NASA・ボイジャー1号木星接近
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年3月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
