12月11日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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12月11日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢35名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】12月11日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、12月11日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1465年足利義尚室町幕府第9代将軍
1571年狩野孝信狩野派の絵師
1687年戸田氏長美濃大垣藩第4代藩主
1709年前田利隆上野七日市藩第6代藩主
1776年南部信親陸奥盛岡新田藩第3代藩主
1817年伊東祐相日向飫肥藩第13代藩主
1898年東海林太郎歌手
1913年奈良本辰也歴史学者
1922年加藤萬吉実業家・政治家
1928年下川辰平俳優
1930年佐々淳行警察・防衛官僚・危機管理評論家
1931年松田清科学史家
1948年谷村新司歌手・作詞作曲家

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】12月11日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1725年ジョージ・メイソンアメリカの政治家・権利宣言起草者
1803年エクトル・ベルリオーズフランスの作曲家・音楽評論家
1810年アルフレッド・ド・ミュッセフランスの詩人・劇作家
1835年ベンジャミン・スミス・ライマンアメリカの地質学者
1841年アドルフ・チェフチェコの指揮者
1843年ロベルト・コッホドイツの医師・細菌学者
1856年ゲオルギー・プレハーノフロシアのマルクス主義思想家
1863年アニー・ジャンプ・キャノンアメリカの天文学者
1864年モーリス・ルブランフランスの小説家
1882年スブラマニア・バラティインドの詩人・ジャーナリスト
1882年マックス・ボルンドイツ・イギリスの物理学者
1892年ジャコモ・ラウリ=ヴォルピイタリアのオペラ歌手
1913年ジャン・マレーフランスの俳優・芸術家
1918年アレクサンドル・ソルジェニーツィンロシアの小説家
1922年ディリップ・クマールインドの俳優
1924年チャールズ・バックマンアメリカの計算機科学者
1925年ポール・グリーンガードアメリカの神経科学者
1929年バーナード・クリックイギリスの政治学者
1930年ジャン=ルイ・トランティニャンフランスの俳優・映画監督
1931年ラジニーシインドの宗教指導者
1931年ベニー・スペルマンアメリカのR&B歌手
1935年フェルディナント・アレクサンダー・ポルシェドイツの工業デザイナー

12月11日生まれの代表的な偉人

東海林太郎

  • 生没年:1898年12月11日(明治31年12月11日)~1972年10月4日(昭和47年10月4日)
  • 国:日本
  • 肩書き:歌手

秋田県に生まれ、早稲田大学卒業後に南満州鉄道へ勤務し、昭和初期のレコード産業発展期に歌手へ転身しました。直立不動の姿勢と明瞭な発声で『赤城の子守唄』『国境の町』などを歌い、流行歌の代表的歌手となりました。浪曲的な節回しと西洋音楽的伴奏を結びつけた歌唱は昭和歌謡の型を作り、戦後も懐メロ文化を通じて記憶されました。一方、満州や『国境』を題材にした歌は帝国拡張の情緒と結びつき、戦時歌謡も歌ったため、端正な歌手像だけで植民地主義と大衆音楽の関係を切り離せません。

奈良本辰也

  • 生没年:1913年12月11日(大正2年12月11日)~2001年11月26日(平成13年11月26日)
  • 国:日本
  • 肩書き:歴史学者

山口県に生まれ、京都帝国大学で近世思想史を学び、戦中・戦後の社会変動の中で在野性を保つ歴史研究を続けました。吉田松陰をはじめ幕末維新の人物と思想を研究し、多数の一般向け著作や史跡案内で歴史知識を広い読者へ届けました。専門研究と歴史叙述を結ぶ仕事は、戦後の幕末維新像や教養文化、テレビ時代の歴史普及へ大きく影響しました。一方、人物中心の物語は長州志士を近代化の先駆として英雄化しやすく、農民、女性、被差別民、植民地側から見た維新の暴力を十分扱わない限界があります。

佐々淳行

  • 生没年:1930年12月11日(昭和5年12月11日)~2018年10月10日(平成30年10月10日)
  • 国:日本
  • 肩書き:警察・防衛官僚・危機管理評論家

東京に生まれ、東京大学卒業後に国家地方警察へ入り、安保闘争や過激派事件が相次ぐ時代の警備警察に従事しました。あさま山荘事件では警察庁側の指揮調整に携わり、初代内閣安全保障室長として官邸の危機管理体制整備を進めました。災害、テロ、重大事故で情報と指揮命令を統合する必要を社会へ広め、日本の危機管理行政と実務教育に影響しました。一方、回想録は警察側の視点を強く反映し、学生運動への過剰警備、公安監視、市民的自由との緊張を軽視しがちなため、成功談を他の当事者資料と照合すべきです。

谷村新司

  • 生没年:1948年12月11日(昭和23年12月11日)~2023年10月8日(令和5年10月8日)
  • 国:日本
  • 肩書き:歌手・作詞作曲家

大阪市に生まれ、大学在学中からフォーク活動を行い、高度成長後の若者文化の中でアリスを結成しました。『チャンピオン』『昴』などを作詞作曲し、ソロとグループで大規模なコンサートを展開して中国を含む東アジアでも支持を得ました。日本語ポップスに大陸的な旋律と人生の叙情を持ち込み、日中の音楽交流や後進育成にも長く貢献しました。一方、『昴』をめぐる壮大な物語化は地域ごとの受容差を覆い、テレビと大手音楽産業に支えられた成功を個人の普遍性だけで説明しない注意が必要です。

ジョージ・メイソン

  • 生没年:1725年12月11日~1792年10月7日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:政治家・権利宣言起草者

バージニア植民地の大農園主の家に生まれ、英国からの独立運動で地方政治と憲法構想に関わりました。1776年のバージニア権利章典を起草し、自然権、信教の自由、権力分立を明文化して後の合衆国権利章典へ影響しました。連邦憲法に権利保障がないとして署名を拒んだ姿勢は、政府権力を具体的に制限する立憲主義を前進させました。一方、自由を唱えながら多数の奴隷を所有し解放せず、権利の主体を白人男性へ事実上限定した矛盾は、建国者としての評価の中心に置く必要があります。

エクトル・ベルリオーズ

  • 生没年:1803年12月11日~1869年3月8日
  • 国:フランス
  • 肩書き:作曲家・音楽評論家

フランス南東部の医師の家に生まれ、医業を拒んでパリ音楽院へ進み、革命後の巨大な公共音楽文化の中で活動しました。『幻想交響曲』で固定楽想と革新的な管弦楽法を用い、劇的交響曲、宗教曲、歌曲と『管弦楽法』を残しました。音色そのものを構成原理にする発想はリスト、ワーグナー、マーラーから映画音楽まで大きな影響を与えました。一方、自伝的恋愛を女性像へ投影する作品と回想には執着を美化する面があり、大規模編成の理想も費用と演奏制度に依存したため、孤高の天才像だけでは捉えられません。

ゲオルギー・プレハーノフ

  • 生没年:1856年12月11日~1918年5月30日
  • 国:ロシア
  • 肩書き:マルクス主義思想家

ロシア帝国の地主貴族の家に生まれ、ナロードニキ運動から亡命革命家となり、マルクスの理論をロシア社会へ紹介しました。労働解放団を組織し、資本主義の発達と労働者階級の形成を革命の前提と論じて、レーニンを含む社会民主主義者へ影響しました。哲学、歴史、美学を唯物論から論じた著作はロシア・マルクス主義の語彙と組織的基盤を作りました。一方、ボリシェヴィキの一党支配へ反対した一方、第一次世界大戦では祖国防衛を支持し、段階論が農民の主体性と帝国内の民族・植民地問題を軽視したとの批判があります。

ロベルト・コッホ

  • 生没年:1843年12月11日~1910年5月27日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:医師・細菌学者

ハルツ地方に生まれ、地方医を務めながら顕微鏡と培養法を改良し、感染症の原因を特定する実験医学を築きました。炭疽菌の生活環を示し、結核菌とコレラ菌を発見し、特定微生物と疾病を結ぶコッホの原則を定式化しました。病原体の分離、染色、純粋培養は公衆衛生、診断、抗菌治療の基礎となり、医学を大きく変えました。一方、ツベルクリンを治療薬として早期発表して混乱を招き、植民地アフリカでの睡眠病研究は砒素薬の強制的投与を伴ったため、科学的功績と研究倫理を分けられません。

マックス・ボルン

  • 生没年:1882年12月11日~1970年1月5日
  • 国:ドイツ・イギリス
  • 肩書き:理論物理学者

ブレスラウの学者家庭に生まれ、ゲッティンゲンで数学と物理学を学び、量子論が成立する研究環境を育てました。波動関数の絶対値二乗を確率として解釈するボルン則を提案し、結晶格子、原子衝突、行列力学にも重要な成果を残しました。量子力学を決定論ではなく確率的予測の理論として理解する基礎を与え、多数の若い物理学者を指導しました。一方、ナチ政権に追われた被害者である一方、量子科学が核兵器へつながる時代を生き、ノーベル賞が共同研究と女性研究者の貢献を十分映さない問題もあります。

アレクサンドル・ソルジェニーツィン

  • 生没年:1918年12月11日~2008年8月3日
  • 国:ソ連・ロシア
  • 肩書き:小説家

ロシア革命直後に生まれ、赤軍将校として従軍中にスターリン批判の私信で逮捕され、収容所と流刑を経験しました。『イワン・デニーソヴィチの一日』『収容所群島』で強制労働収容所の制度と囚人の生活を世界へ告発しました。国家が隠した大量弾圧の証言を文学と調査で結び、ソ連史の再検討と人権運動へ決定的な影響を与えました。一方、亡命後はロシア民族主義、家父長的宗教観、西欧民主主義への反発を強め、他民族や自由主義者への狭い視線が批判されるため、反全体主義の英雄像だけでは不十分です。

チャールズ・バックマン

  • 生没年:1924年12月11日~2017年7月13日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:計算機科学者

カンザス州に生まれ、化学工学を学んだのち、製造業の膨大な部品情報を電子計算機で管理する仕事へ入りました。ゼネラル・エレクトリックで統合データストアを開発し、ネットワーク型データベースとCODASYL標準化を主導しました。アプリケーションから独立してデータを共有する発想はデータベース管理システムを産業化し、情報システム設計の基礎を作りました。一方、ナビゲーショナル型は物理構造への依存が強く、後の関係モデルに置き換えられたため、先駆性を現在のデータベースと同一視せず、企業チームの共同成果として評価すべきです。

ポール・グリーンガード

  • 生没年:1925年12月11日~2019年4月13日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:神経科学者

ニューヨークに生まれ、第二次世界大戦中の海軍勤務後に生物物理学と生化学を学び、神経細胞内の情報伝達へ注目しました。ドーパミンなどの神経伝達物質が受容体からタンパク質リン酸化を通じて細胞機能を変える経路を明らかにしました。神経を電気信号だけでなく化学的な調節系として理解する道を開き、パーキンソン病や精神疾患の薬理研究へ影響しました。一方、細胞内経路の発見が複雑な心の病を単純に説明するわけではなく、ノーベル賞の個人名は多数の共同研究者と動物実験の倫理的負担を見えにくくします。

ラジニーシ

  • 生没年:1931年12月11日~1990年1月19日
  • 国:インド
  • 肩書き:宗教指導者

中央インドに生まれ、哲学講師を経て、既成宗教、抑圧的道徳、禁欲を批判する講話で支持者を集めました。瞑想と身体運動、心理療法、西洋の個人主義を混ぜた実践を広め、プネーと米国オレゴン州に国際的コミューンを築きました。精神性と身体、性を結びつけるニューエイジ文化に影響し、講話は死後も多言語で流通しています。一方、共同体では指導者崇拝と巨額消費が進み、側近らによる生物テロ、盗聴、入管法違反が起きたため、本人の関与範囲を慎重に区別しつつ組織責任を免れません。

フェルディナント・アレクサンダー・ポルシェ

  • 生没年:1935年12月11日~2012年4月5日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:工業デザイナー

シュトゥットガルトの自動車設計一族に生まれ、戦後西ドイツで家業のスポーツカー部門にデザイナーとして加わりました。初代ポルシェ911の基本形を作り、独立後は腕時計、眼鏡、筆記具などへ機能的で簡潔な造形を展開しました。長期間改良されても識別できる自動車デザインを示し、ブランドと工業製品の一貫した視覚言語に影響しました。一方、家名と企業資源に支えられた成功であり、高性能車文化が速度事故、排出、富の誇示と結びつく問題や、ナチ期の一族企業の歴史も背景から外せません。

12月11日に起きた歴史的な出来事

  • 1087年12月11日(寛治元年11月14日)|後三年合戦終結
    源義家が出羽国金沢柵で清原武衡・家衡を破り、奥羽の清原氏内部抗争を終結させました。朝廷の公的な戦争と認められなかった戦いを私力で処理したことが、源氏の武門的名声と奥州藤原氏台頭の前提になりました。なお、後世の武家物語は義家の英雄像を強調し、長期戦で田畑を荒らされ動員された地域住民の被害をほとんど伝えていません。
  • 1282年12月11日|ルウェリン・アプ・グリフィズ戦死
    ウェールズ公ルウェリンがイングランド王エドワード1世への抵抗戦中、オレウィン・ブリッジ付近で殺害されました。ウェールズ独立君主の実質的終焉を示し、翌年の征服とイングランド王権による統治再編へつながりました。なお、征服は城塞建設、土地没収、法制度の従属を伴い、王侯の戦死だけでウェールズ語共同体の長い抵抗と被支配経験を代表させられません。
  • 1637年12月11日(寛永14年10月25日)|島原・天草一揆始まる
    重税、飢饉、キリシタン弾圧に苦しむ農民や旧武士らが島原半島で蜂起し、天草の反乱と合流しました。原城籠城と幕府軍の大動員を招き、鎖国政策と宗教統制の強化へ大きく影響しました。なお、反乱側にも武力と内部統制があり、幕府軍による皆殺しに近い鎮圧と数万人の死を『宗教戦争』や英雄譚だけで単純化できません。
  • 1889年12月11日(明治22年12月11日)|九州初の民営鉄道開業
    九州鉄道が博多―千歳川間を開業し、九州で本格的な鉄道営業が始まりました。港湾、炭鉱、都市を結ぶ路線網の起点となり、物流、軍事輸送、人口移動を加速させました。なお、鉄道建設は土地取得と労働災害を伴い、炭鉱開発や帝国の軍事輸送を支えた側面も含めて近代化を評価する必要があります。
  • 1927年12月11日|広州起義
    中国共産党系の部隊と労働者が広州で国民党政権に対し武装蜂起し、短期間のコミューンを樹立しました。国共分裂後の革命戦略をめぐる転換点となり、失敗は共産党が農村根拠地へ重心を移す一因になりました。なお、数日間の市街戦と報復処刑で多数が死亡し、革命の殉教史だけで民間人や異なる左派勢力の被害を覆うべきではありません。
  • 1931年12月11日|ウェストミンスター憲章成立
    イギリス議会がカナダ、オーストラリアなど自治領の立法上の独立を認める憲章を制定しました。大英帝国を上下関係から対等な英連邦へ組み替え、各国の主権確立に法的基盤を与えました。なお、先住民の自己決定や植民地の独立は含まれず、白人自治領だけの対等化を帝国全体の脱植民地化と混同できません。
  • 1936年12月11日|エドワード8世退位決定
    英国王エドワード8世がウォリス・シンプソンとの結婚を選び、退位文書へ署名しました。王位継承、政府助言、私生活の関係をめぐる憲政危機を収束させ、弟ジョージ6世の即位をもたらしました。なお、恋愛のための退位という物語は、本人の政治的無思慮やナチ政権への接近、シンプソンへの性差別的報道を見えにくくします。
  • 1941年12月11日|ドイツ・イタリアが米国へ宣戦
    真珠湾攻撃後、ヒトラーとムッソリーニの政権が三国同盟を理由にアメリカ合衆国へ宣戦布告しました。欧州戦争とアジア太平洋戦争を一つの世界規模の戦争へ統合し、米国の総力動員を加速させました。なお、同盟上必須でなかった決定は枢軸側の戦略的誤算であり、その結果として戦線拡大と民間人への爆撃・迫害も激化しました。
  • 1944年12月11日(昭和19年12月11日)|沖縄県営鉄道輸送弾薬爆発事故
    南風原付近を走る軍用列車で積載弾薬が爆発し、兵士や県民を含む多数が死亡しました。沖縄戦直前の軍事輸送が住民生活へ入り込み、安全が軽視された実態を示す重大事故です。なお、軍の情報統制で記録と死者数に不明点が残り、単なる鉄道事故として扱うと住民を戦争へ巻き込んだ日本軍の責任が薄れます。
  • 1946年12月11日|ユニセフ設立
    国連総会が戦争で困窮した子どもへ食料、医薬品、衣類を届ける国際緊急児童基金を設立しました。活動は後に保健、栄養、教育、水衛生、子どもの権利へ広がり、世界規模の公衆衛生を支える機関となりました。なお、援助は資金提供国の優先順位や短期指標に左右され、現地政府や地域住民の主体性を弱める場合もあるため、善意だけで効果を測れません。
  • 1959年12月11日(昭和34年12月11日)|三井三池争議始まる
    三井鉱山が三池炭鉱で大規模な指名解雇を通告し、労働組合が長期のストライキへ入りました。エネルギー転換と合理化の中で総資本対総労働と呼ばれる対立に発展し、日本の労使関係を企業別協調へ転換させました。なお、ピケットと警官隊・第二組合の衝突で死傷者が出て、敗北後の地域雇用と家族生活への長期的打撃も大きく、組織戦術だけで語れません。
  • 1964年12月11日|チェ・ゲバラの国連総会演説
    キューバ代表チェ・ゲバラが国連総会で植民地主義、人種隔離、米国の対キューバ政策を批判しました。新興独立国の連帯と反帝国主義を世界外交の場で訴え、第三世界政治の象徴的演説となりました。なお、キューバ革命政権自身の政治的抑圧や処刑、ソ連との関係には触れず、反帝国主義の正当性だけで権力行使を免責できません。
  • 1967年12月11日(昭和42年12月11日)|非核三原則を表明
    佐藤栄作首相が衆議院予算委員会で、核兵器を『持たず、作らず、持ち込ませず』とする方針を示しました。被爆国日本の安全保障原則として定着し、1971年の国会決議や核軍縮外交の基盤になりました。なお、米国との核持込み密約や拡大抑止への依存が原則との矛盾を残し、沖縄を含む基地負担を言葉だけで解消しませんでした。
  • 1993年12月11日(平成5年12月11日)|日本初の世界遺産登録
    法隆寺地域の仏教建造物、姫路城、屋久島、白神山地が日本で初めてユネスコ世界遺産一覧へ登録されました。文化財と自然環境の国際的価値を示し、法整備、保存、地域観光への関心を高めました。なお、登録は訪問者集中や生活圏の規制を生み、選定から漏れた文化や地域との格差もあるため、ブランド化を保存の成功と同一視できません。
  • 1997年12月11日|京都議定書採択
    気候変動枠組条約第3回締約国会議で、先進国へ温室効果ガス削減目標を課す京都議定書が採択されました。気候変動対策に数値目標と排出量取引を導入し、後のパリ協定へ至る国際協調の基礎を作りました。なお、米国の不参加や新興国に義務がない構造で世界排出を十分抑えられず、市場メカニズムが地域住民の権利を損なう問題も生じました。
  • 2001年12月11日|中国が世界貿易機関加盟
    長年の交渉を経て中華人民共和国がWTOの143番目の加盟国となりました。関税引下げと市場開放を通じて中国を世界の生産・貿易網へ深く組み込み、世界経済の重心を変えました。なお、成長は貧困削減を進める一方、労働・環境負担、製造業地域の空洞化、国家補助をめぐる摩擦を拡大し、自由貿易の利益は均等ではありません。
  • 2008年12月11日|バーナード・マドフ逮捕
    米連邦捜査当局が投資家資金を新規資金で支払う巨大なポンジ・スキームを運営したマドフを逮捕しました。金融業界の信用、監査、規制当局の検査失敗を露呈し、投資詐欺防止と被害回復制度の見直しを促しました。なお、被害は富裕層だけでなく慈善団体や年金にも及び、犯人一人の異常性へ帰すと長年警告を見逃した制度と金融文化の責任が隠れます。

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