12月5日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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12月5日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢46名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】12月5日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、12月5日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1537年足利義昭室町幕府第15代将軍
1656年市橋信直仁正寺藩主
1760年大久保忠顕小田原藩主
1768年安藤信馨磐城平藩主
1789年柳沢里世三日市藩主
1793年吉川経礼岩国領第10代領主
1807年鷹司輔煕公家・関白
1809年柳沢里顕郡山藩主
1854年池田徳澄鹿奴藩主
1869年森下博実業家・森下仁丹創業者
1871年土井晩翠詩人・英文学者
1880年二階堂トクヨ体育指導者・教育者
1884年西川正治結晶学者
1886年吉本吉兵衛芸能興行師・吉本興業創業者
1889年吉本せい芸能興行師・吉本興業創業者
1891年広津和郎小説家・文芸評論家
1899年末延三次英米法学者
1899年古賀逸策電気通信工学者
1906年梅津八三教育心理学者
1909年武藏山武大相撲第33代横綱
1912年木下惠介映画監督・脚本家
1917年小宮曠三ドイツ文学者
1919年宮崎義一経済学者
1929年村越潔考古学者
1931年フジコ・ヘミングピアニスト
1942年川北紘一特撮監督
1943年下地亜記子作詞家

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】12月5日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1687年フランチェスコ・ジェミニアーニイタリアの作曲家・ヴァイオリニスト
1782年マーティン・ヴァン・ビューレン第8代アメリカ大統領
1803年フョードル・チュッチェフロシアの詩人・外交官
1842年ヨハニス・デ・レーケオランダの土木技師
1849年エドゥアルト・ゼーラードイツの人類学者・言語学者
1867年アンティ・アールネフィンランドの民俗学者
1868年アルノルト・ゾンマーフェルトドイツの理論物理学者
1869年エリス・パーカー・バトラーアメリカの作家
1889年ダミアフランスのシャンソン歌手
1890年フリッツ・ラングオーストリア生まれの映画監督
1891年アレクサンドル・ロトチェンコロシア・ソ連の芸術家
1901年ヴェルナー・ハイゼンベルクドイツの理論物理学者
1901年ウォルト・ディズニーアメリカのアニメーション制作者・実業家
1902年ストロム・サーモンドアメリカの政治家
1907年林彪中国の軍人・政治家
1911年ウワディスワフ・シュピルマンポーランドのピアニスト・作曲家
1927年ラーマ9世タイ国王
1932年ジャック・ルーボーフランスの詩人・数学者
1932年リトル・リチャードアメリカのロックンロール歌手

12月5日生まれの代表的な偉人

足利義昭

  • 生没年:1537年12月5日(天文6年11月3日)~1597年10月9日(慶長2年8月28日)
  • 国:日本
  • 肩書き:室町幕府第15代将軍

将軍足利義晴の子として生まれ、兄義輝が殺害された後、諸大名の支援を求めて将軍就任を目指しました。織田信長の軍事力で1568年に上洛して将軍となり、やがて信長包囲網を組織しましたが追放されました。追放後も毛利氏の庇護下で将軍職を保持し、室町幕府の終期と戦国大名外交の複雑さを示す存在となりました。一方、将軍権威の回復は諸勢力の軍事力へ依存し、反信長活動も長い戦乱を助長したため、最後の将軍を無力な被害者としてのみ描けません。

土井晩翠

  • 生没年:1871年12月5日(明治4年10月23日)~1952年10月19日(昭和27年10月19日)
  • 国:日本
  • 肩書き:詩人・英文学者

仙台の商家に生まれ、帝国大学で英文学を学び、漢詩の教養と西洋ロマン主義を結びつけました。瀧廉太郎作曲の『荒城の月』の詞や詩集『天地有情』で、雄渾な漢語調による歴史と自然の詩を広めました。島崎藤村と並ぶ『藤晩時代』を築き、学校唱歌、校歌、翻訳を通じて近代日本語の詩的語彙へ影響しました。一方、戦時期には戦陣訓の文面校正に関与し、男性的・国家的な詩風も持つため、名曲の郷愁だけで帝国と戦争への接続を切り離せません。

二階堂トクヨ

  • 生没年:1880年12月5日(明治13年12月5日)~1941年7月17日(昭和16年7月17日)
  • 国:日本
  • 肩書き:体育指導者・教育者

宮城県に生まれ、女子の高等教育と身体活動が強く制限されていた明治期に教員となりました。英国留学で体操と球技を学び、二階堂体操塾を創設して女性体育教員と競技者を養成し、人見絹枝らを送り出しました。女子体育を健康、教育、職業へ結びつけ、日本女子体育大学につながる制度を築いたことから『女子体育の母』と呼ばれます。一方、当時の体育は良妻賢母と国家の健民政策にも組み込まれ、近代スポーツ普及が身体規範や優生的発想と隣接した点を検討する必要があります。

西川正治

  • 生没年:1884年12月5日(明治17年12月5日)~1952年1月5日(昭和27年1月5日)
  • 国:日本
  • 肩書き:結晶学者

東京に生まれ、X線回折が物質内部を測る新技術として登場した直後に理化学研究所で研究を始めました。結晶によるX線回折を日本で先駆的に実験し、スピネルなどの構造解析と電子線回折研究を進めました。日本の結晶学と固体物理の研究基盤を作り、寺田寅彦らの物理学を原子尺度の材料研究へ発展させました。一方、装置と研究資源が限られる中での成果は共同技術者に支えられ、戦時科学体制との関係や欧米中心の優先権史も含めて位置づける必要があります。

吉本せい

  • 生没年:1889年12月5日(明治22年12月5日)~1950年3月14日(昭和25年3月14日)
  • 国:日本
  • 肩書き:芸能興行師・吉本興業創業者

兵庫県の商家に生まれ、夫吉本吉兵衛と寄席経営へ入り、大阪の演芸市場が拡大する時代に事業を育てました。複数の寄席を買収して落語中心から漫才中心へ転換し、専属芸人、興行網、宣伝を統合する吉本興業の基礎を築きました。女性経営者として近代的大衆芸能産業を形成し、大阪漫才を全国的な娯楽へ押し上げました。一方、芸人の専属契約と低い待遇をめぐる対立もあり、家族企業の成功物語だけでは出演者、席亭、女性従業員の不安定な労働を見落とします。

木下惠介

  • 生没年:1912年12月5日(大正元年12月5日)~1998年12月30日(平成10年12月30日)
  • 国:日本
  • 肩書き:映画監督・脚本家

浜松の商家に生まれ、撮影所で助手を重ね、戦時統制下の松竹で監督として出発しました。『二十四の瞳』『楢山節考』『日本の悲劇』などで形式を大胆に変えながら、戦争、家族、貧困、女性の感情を描きました。抒情性と社会批評を併せ持つ作品は戦後日本映画を代表し、テレビ制作と若手映画人の育成にも影響しました。一方、母性や自己犠牲を美化する表現、戦時宣伝映画に関与した経歴があり、反戦作家という後世の像だけで制作環境の連続性を消せません。

マーティン・ヴァン・ビューレン

  • 生没年:1782年12月5日~1862年7月24日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:第8代アメリカ大統領

ニューヨークのオランダ語家庭に生まれ、独立後初の世代として地方党組織から連邦政治へ進みました。選挙人と新聞、党大会を結ぶ組織を整え、ジャクソン政権の国務長官・副大統領を経て大統領になりました。現代的な民主党組織と二大政党政治の形成に大きく関わり、政党を持続的な大衆動員装置へ変えました。一方、任期は1837年恐慌に苦しみ、先住民強制移住を継続し、奴隷制にも妥協したため、巧みな党政治を民主主義の拡大と同一視できません。

フョードル・チュッチェフ

  • 生没年:1803年12月5日~1873年7月27日
  • 国:ロシア
  • 肩書き:詩人・外交官

ロシアの貴族家庭に生まれ、長くミュンヘンなどで外交官を務め、欧州革命と帝国外交を身近に見ました。自然の混沌、愛、言葉の限界を凝縮した抒情詩を書き、『頭でロシアは分からない』などの句で広く知られました。少数の詩でロシア象徴派や哲学詩へ深い影響を与え、自然と人間の不安定な関係を表す古典となりました。一方、汎スラヴ主義と帝国的な政治論を唱え、作品の普遍性を強調するだけではロシア中心主義と保守的外交観を見落とします。

アルノルト・ゾンマーフェルト

  • 生没年:1868年12月5日~1951年4月26日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:理論物理学者

東プロイセンに生まれ、古典物理学から量子論へ転換する時代にミュンヘン大学の理論物理学を率いました。ボーア模型を楕円軌道と相対論で拡張し、微細構造定数や量子数を導入して原子スペクトルの説明を進めました。ハイゼンベルク、パウリ、ベーテら多くの研究者を育て、研究セミナーを量子物理学の国際的中心にしました。一方、旧量子論の軌道像は現代理論では置き換えられ、ノーベル賞に多数回推薦されながら受賞しなかった事実を不当評価の単純な証明にはできません。

フリッツ・ラング

  • 生没年:1890年12月5日~1976年8月2日
  • 国:オーストリア・ドイツ・アメリカ
  • 肩書き:映画監督

ウィーンに生まれ、第一次世界大戦後のドイツ映画界で脚本家テア・フォン・ハルボウと作品を作りました。『メトロポリス』『M』で巨大都市、監視、群衆、犯罪を幾何学的な画面と音響によって描き、亡命後は米国でフィルム・ノワールを手掛けました。表現主義的映像と社会制度への不信はSF、犯罪映画、サスペンスの視覚文法を決定的に変えました。一方、巨大撮影では過酷な労働を課し、初期作品に人種的・権威主義的図像があり、本人が語ったナチスからの劇的逃亡談にも史料上の疑問があります。

ヴェルナー・ハイゼンベルク

  • 生没年:1901年12月5日~1976年2月1日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:理論物理学者

ヴュルツブルクに生まれ、二十代でボーアらの国際共同研究へ加わり、量子論の数学的再編に挑みました。観測可能量を行列で扱う行列力学と不確定性原理を提示し、量子力学の構築によってノーベル物理学賞を受けました。粒子の位置と運動量を同時に無限精度で定められないという原理は、物理学の因果と測定の理解を変えました。一方、ナチ体制下でドイツの核研究を率いた動機と能力には論争があり、戦後の自己弁護をそのまま道徳的抵抗の証拠にできません。

ウォルト・ディズニー

  • 生没年:1901年12月5日~1966年12月15日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:アニメーション制作者・実業家

シカゴに生まれ、短編アニメ産業の黎明期に兄ロイらとスタジオを創設しました。ミッキーマウス、長編『白雪姫』、テーマパークのディズニーランドを通じて、音、色、物語、商品を統合しました。キャラクターを映画、テレビ、観光、消費財へ展開するモデルは世界の娯楽産業と子ども文化を大きく変えました。一方、成功は多数の作画者の低賃金労働に支えられ、労組対立、FBI協力、人種・ジェンダーの固定観念が作品と企業史に残るため、個人の夢だけで語れません。

林彪

  • 生没年:1907年12月5日~1971年9月13日
  • 国:中国
  • 肩書き:軍人・政治家

湖北省に生まれ、黄埔軍官学校を経て中国共産党軍へ入り、国共内戦で東北方面の主力を指揮しました。抗日戦争と内戦の勝利に貢献し、国防相として人民解放軍の政治化を進め、文化大革命期には毛沢東の後継者と憲法に明記されました。機動戦を得意とした指揮と軍内政治工作は中華人民共和国成立と軍制度へ大きな影響を残しました。一方、個人崇拝と粛清を支えた後、クーデター計画とされる事件の末に墜落死しましたが、事件資料は党の統制下にあり経緯を断定できません。

ラーマ9世

  • 生没年:1927年12月5日~2016年10月13日
  • 国:タイ
  • 肩書き:国王

米国で生まれ、兄王の急死後に即位し、冷戦、軍事クーデター、急速な開発を通じて七十年間在位しました。地方巡回と王室プロジェクトを進め、灌漑、農業、医療を支援し、政治危機では仲裁者として振る舞いました。王室は国家統合と開発の象徴となり、長い治世は現代タイの国民意識と制度に深く組み込まれました。一方、軍政を承認した局面、王室財産と不敬罪による言論制限があり、慈父的な公式像の下で民主政治への影響を自由に検証しにくい問題があります。

リトル・リチャード

  • 生没年:1932年12月5日~2020年5月9日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:ロックンロール歌手・ピアニスト

ジョージア州の黒人家庭に生まれ、教会音楽、リズム・アンド・ブルース、ドラァグ文化が交差する巡業舞台で歌を磨きました。『トゥッティ・フルッティ』『ロング・トール・サリー』の強烈な声、ピアノ、舞台衣装でロックンロールの型を作りました。ビートルズ、プリンスをはじめ世界の歌手へ影響し、黒人・クィアな表現を主流の大衆音楽へ押し出しました。一方、白人歌手によるカバーと音楽産業の契約で利益を奪われ、本人も宗教と性的自己認識の間で揺れたため、単純な解放の英雄像には収まりません。

12月5日に起きた歴史的な出来事

  • 1695年12月5日(元禄8年10月29日)|中野犬小屋への収容開始
    徳川綱吉の生類憐み政策の一環として江戸郊外中野に大規模な犬収容施設が設けられました。野犬管理と動物保護を行政化した一方、施設維持の費用と労役を町村へ負担させました。なお、周辺住民の強制移転も伴い、動物愛護の先駆とも愚政とも単純化せず、人と動物への統治を併せて見る必要があります。
  • 1757年12月5日|ロイテンの戦い
    七年戦争でフリードリヒ二世のプロイセン軍が、数で勝るオーストリア軍を斜行戦術で破りました。シュレージエン支配を守り、近代軍事史で機動と隊列運用の典型として研究されました。なお、名将の戦術美として称えると、寒冷下での多数の死傷者と住民の略奪被害、領土戦争の長期化を見失います。
  • 1830年12月5日|『幻想交響曲』初演
    エクトル・ベルリオーズの交響曲がパリ音楽院で初演され、失恋と幻想を五楽章の物語として描きました。固定楽想、巨大な管弦楽、標題を結びつけ、ロマン派の標題音楽と近代的オーケストレーションを前進させました。なお、薬物による幻覚と女性殺害の空想を芸術家の情熱として消費する筋書きには、ジェンダー暴力を美化する危険があります。
  • 1878年12月5日(明治11年12月5日)|参謀本部設置
    陸軍省の参謀局が独立して参謀本部となり、軍令を軍政から分離する制度が整えられました。天皇直属の統帥機関として作戦計画と情報を集中し、近代日本軍の指揮体系の中核になりました。なお、文民政府から独立した統帥権は後に軍の政治的自律を強め、侵略戦争の意思決定を統制しにくくする構造を生みました。
  • 1903年12月5日(明治36年12月5日)|長岡半太郎の土星型原子模型
    長岡半太郎が正電荷の中心を電子が環状に回る原子模型を東京数学物理学会で発表しました。ラザフォード以前に中心核を持つ原子像を構想した点で、日本の理論物理学史上重要な提案となりました。なお、土星の環を類推した模型は安定性を説明できず当時受容されなかったため、現在の原子模型を直接発見したと誇張できません。
  • 1904年12月5日(明治37年12月5日)|203高地占領
    日露戦争の旅順攻囲戦で日本軍が激戦の末に203高地を占領し、港内ロシア艦隊を観測射撃下へ置きました。旅順要塞攻略とロシア太平洋艦隊の無力化を進め、戦争の海陸作戦に転機をもたらしました。なお、反復突撃で日本軍にも甚大な死傷者が出ており、司令官の美談や勝利の象徴だけで人命軽視の作戦を正当化できません。
  • 1926年12月5日(大正15年12月5日)|社会民衆党結成
    労働運動家と無産政党勢力が、普通選挙時代へ対応する合法的社会民主主義政党を結成しました。労働者・小作人の要求を議会へ運び、日本の社会政策と無産政党運動の基盤を広げました。なお、治安維持法下の弾圧と右左の分裂に直面し、合法路線は植民地支配や戦争への抵抗を十分貫けなかったという限界があります。
  • 1931年12月5日|救世主ハリストス大聖堂爆破
    スターリン政権がモスクワの巨大な正教会大聖堂を反宗教政策と都市改造のため爆破解体しました。宗教施設を排除してソビエト宮殿を建てる計画は、国家が記憶と都市景観を作り替える象徴となりました。なお、宮殿は完成せず、信仰弾圧と文化財破壊を生み、再建後も国家と教会の結合をどう評価するかという別の問題が残ります。
  • 1933年12月5日|アメリカ禁酒法廃止
    ユタ州の批准で憲法修正第二十一条が成立し、酒類を禁じた修正第十八条が廃止されました。十三年続いた全国禁酒法を終わらせ、酒税、規制、州ごとの免許制度へ政策を転換しました。なお、禁止が密造と組織犯罪を拡大した一方、飲酒による暴力や健康被害を訴えた女性運動の問題意識まで失敗として退けるべきではありません。
  • 1936年12月5日|スターリン憲法制定
    ソ連で新憲法が採択され、普通・平等選挙や広範な権利を掲げました。社会主義建設の完成を宣言し、連邦機構と最高会議を定める公式な国家像を示しました。なお、同時期に大粛清が進み、秘密警察、強制収容、言論抑圧が権利条文を空文化したため、制度文言と実態の落差が核心です。
  • 1952年12月5日|ロンドンスモッグ発生
    石炭燃焼の煙と濃霧がロンドンを覆い、数日間に呼吸器・循環器疾患の死者が急増しました。死者は後の推計で一万人を超え、大気汚染を公衆衛生危機として扱う英国大気浄化法につながりました。なお、自然の霧ではなく安価な石炭に依存させられた低所得層と政策の責任があり、技術災害の社会的不平等を見逃せません。
  • 1955年12月5日|AFL-CIO結成
    アメリカ労働総同盟と産業別組合会議が長い対立を終えて統合し、巨大な全国労組連合を作りました。産業別・職業別組合を束ね、賃金、社会保障、公民権、選挙政治へ強い影響力を持ちました。なお、指導部の官僚化、人種・性別による排除、冷戦下の反共政策があり、組織拡大が全労働者の平等を直ちに実現したわけではありません。
  • 1988年12月5日(昭和63年12月5日)|東中野駅列車追突事故
    JR中央・総武緩行線の東中野駅付近で後続列車が停車中の列車へ追突し、二人が死亡、多数が負傷しました。民営化直後のJR東日本で信号確認と運転保安が問われ、ATS改良と乗務員教育の見直しを促しました。なお、運転士個人の過失だけに帰さず、設備設計、ダイヤ、職場管理が事故防止にどう関わるかを検証する必要があります。
  • 1991年12月5日|クラフチュク大統領就任
    12月1日の独立国民投票と大統領選挙で当選したレオニード・クラフチュクが宣誓し、独立ウクライナの初代大統領へ就任しました。ソ連構成共和国から主権国家への制度移行を進め、数日後のソ連解体合意へつながりました。なお、旧共産党指導層が権力を維持し、経済混乱、核兵器、少数派と地域差という問題を新国家が抱え込みました。
  • 1996年12月5日(平成8年12月5日)|厳島神社・原爆ドーム世界遺産登録
    ユネスコ委員会が広島県の厳島神社と原爆ドームを世界文化遺産に登録しました。宗教建築と核被害の記憶という異なる遺産を国際的に保存し、観光と平和教育を広げました。なお、登録は地域経済を潤す一方、過密観光や被爆記憶の商品化を招き、加害と被害を含む戦争史の説明が不可欠です。
  • 2017年12月5日(平成29年12月5日)|羽生善治が永世七冠資格
    将棋棋士の羽生善治が竜王位を獲得し、主要七タイトルすべてで永世称号の資格を得ました。長期にわたる競技成績と研究方法は将棋史の画期となり、AI時代の棋士像にも大きな注目を集めました。なお、個人記録の称賛だけでなく、対局過密、育成機会の男女差、タイトル制度の変更により時代間比較が難しい点に注意が必要です。

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