12月6日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

偉人
  1. ホーム
  2. 偉人
  3. 12月6日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

12月6日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢51名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】12月6日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、12月6日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1644年藤堂高通久居藩初代藩主
1682年伊達村豊吉田藩第3代藩主
1829年由利公正福井藩士・政治家・財政家
1848年川上操六陸軍軍人・参謀総長
1875年松平基則華族・伯爵
1878年安藤幸ヴァイオリニスト
1878年松平保男海軍軍人・子爵
1886年大川周明思想家・国家主義者
1890年仁科芳雄物理学者
1891年木村昌福海軍軍人
1897年堀内敬三作曲家・作詞家・音楽評論家
1924年鶴田浩二俳優・歌手
1925年東久邇成子旧皇族
1927年宮沢昭ジャズ・サクソフォーン奏者
1930年キダ・タロー作曲家・ピアニスト
1933年鎮西清高地質学者
1933年宍戸錠俳優
1943年星由里子俳優
1946年川村栄二作曲家・編曲家
1946年中尾幸男実業家
1952年佐藤史生漫画家

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】12月6日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1285年フェルナンド4世カスティーリャ=レオン王
1421年ヘンリー6世イングランド王
1520年バルバラ・ラジヴィウヴナポーランド王妃・リトアニア大公妃
1586年ニッコロ・ズッキイタリアの天文学者・イエズス会士
1592年ウィリアム・キャヴェンディッシュイングランドの軍人・貴族
1608年ジョージ・マンクイングランドの軍人・政治家
1637年エドマンド・アンドロスイングランドの植民地行政官
1685年マリー・アデライード・ド・サヴォワフランス王太子妃
1721年マルゼルブフランスの政治家・出版擁護者
1732年ウォーレン・ヘースティングズ初代ベンガル総督
1778年ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサックフランスの化学者・物理学者
1792年ウィレム2世オランダ国王
1823年フリードリヒ・マックス・ミュラードイツ生まれの東洋学者
1833年ジョン・モスビーアメリカ南部連合の騎兵指揮官
1841年フレデリック・バジールフランスの画家
1848年ヨハン・パリサオーストリアの天文学者
1856年ハンス・モーリッシュオーストリアの植物学者
1863年チャールズ・マーティン・ホールアメリカの化学者・発明家
1896年アイラ・ガーシュウィンアメリカの作詞家
1898年アルフレッド・アイゼンスタットドイツ生まれの写真家
1898年グンナー・ミュルダールスウェーデンの経済学者
1904年エーヴ・キュリーフランスの作家・人道活動家
1907年ジョン・バークリー・ロッサーアメリカの数学者・論理学者
1916年エカテリーナ・ブダノワソ連の女性戦闘機操縦士
1917年カマル・ジュンブラットレバノンの政治家
1919年ポール・ド・マンベルギー生まれの文学理論家
1920年ジョージ・ポーターイギリスの化学者
1920年デイヴ・ブルーベックアメリカのジャズ・ピアニスト
1929年ニコラウス・アーノンクールオーストリアの指揮者
1933年ヘンリク・グレツキポーランドの作曲家

12月6日生まれの代表的な偉人

由利公正

  • 生没年:1829年12月6日(文政12年11月11日)~1909年4月28日(明治42年4月28日)
  • 国:日本
  • 肩書き:福井藩士・政治家・財政家

越前福井藩士として生まれ、横井小楠の実学思想を学び、幕末の藩財政再建に取り組みました。生糸などの藩営交易と紙幣制度を整え、維新政府では五箇条の御誓文の原案に関与し、東京府知事や元老院議官を務めました。殖産と公共信用を結ぶ構想は近代財政・商業政策の先駆となり、福井と中央政府をつなぐ実務家として影響しました。一方、藩札政策の効果には評価の幅があり、明治国家の中央集権と身分秩序再編に加担した面を含め、地方改革の英雄として単純化できません。

川上操六

  • 生没年:1848年12月6日(嘉永元年11月11日)~1899年5月11日(明治32年5月11日)
  • 国:日本
  • 肩書き:陸軍軍人・参謀総長

薩摩藩士の家に生まれ、戊辰戦争を経てフランスとドイツの軍制を学び、明治陸軍の参謀組織へ入りました。参謀次長・参謀総長として動員、輸送、情報を整備し、日清戦争の作戦計画と大本営運営を主導しました。個人の武勇より組織・鉄道・兵站を重視する近代戦の指揮体系を日本に定着させました。一方、その制度は朝鮮・中国への戦争と帝国拡張を効率化し、統帥の独立を強めたため、近代化の技術者としての評価は侵略の結果と切り離せません。

安藤幸

  • 生没年:1878年12月6日(明治11年12月6日)~1963年4月8日(昭和38年4月8日)
  • 国:日本
  • 肩書き:ヴァイオリニスト・音楽教育者

東京の幸田家に生まれ、姉幸田延から音楽を学び、欧州留学が限られた時代にベルリンでヴァイオリンを修めました。帰国後に東京音楽学校で演奏と教育を担い、室内楽を普及させて多数の日本人ヴァイオリニストを育てました。西洋器楽を学校と公開演奏会へ定着させ、女性が専門音楽家・教育者として活動する道を広げました。一方、官立音楽教育は欧州古典を規範化して邦楽を周縁化し、女性演奏家に品位と家庭役割を求めた制度的制約も見る必要があります。

仁科芳雄

  • 生没年:1890年12月6日(明治23年12月6日)~1951年1月10日(昭和26年1月10日)
  • 国:日本
  • 肩書き:物理学者

岡山県に生まれ、欧州留学でニールス・ボーアらと研究し、量子力学創成の現場から日本へ新理論を持ち帰りました。クラインと量子電磁気学の仁科=クライン公式を導き、理化学研究所でサイクロトロンを建設して宇宙線・原子核研究を育てました。朝永振一郎らを輩出する自由な研究室を作り、日本の現代物理学と加速器科学の基盤を築きました。一方、戦時中は原爆可能性を調べる研究を率い、占領軍はサイクロトロンを破壊したため、科学振興の功績を軍事研究と国際政治から切り離せません。

堀内敬三

  • 生没年:1897年12月6日(明治30年12月6日)~1983年10月12日(昭和58年10月12日)
  • 国:日本
  • 肩書き:作曲家・作詞家・音楽評論家

東京に生まれ、米国留学で工学を学ぶ一方、ジャズやポピュラー音楽に接して帰国後の音楽出版へ進みました。『冬の星座』などの訳詞・作詞、雑誌編集、放送解説を通じ、西洋音楽の知識と大衆歌謡を平易な日本語で紹介しました。クラシックと流行歌を横断する評論は録音・放送時代の聴衆を育て、日本の音楽ジャーナリズムを確立しました。一方、訳詞は原詞の文化的文脈を日本的情緒へ置き換え、戦時期の音楽統制下でも活動したため、親しみやすさと時代への適応を併せて考える必要があります。

キダ・タロー

  • 生没年:1930年12月6日(昭和5年12月6日)~2024年5月14日(令和6年5月14日)
  • 国:日本
  • 肩書き:作曲家・ピアニスト

兵庫県に生まれ、戦後関西の放送局と広告産業が地域文化を作る時代にジャズ・ピアニストから作曲へ進みました。『プロポーズ大作戦』など番組主題曲、CM、企業・学校歌を多数作り、短い旋律で商品や番組を記憶させました。日常に浸透する放送音楽を地域の笑いと結び、『浪花のモーツァルト』として作曲家の大衆的な姿を示しました。一方、作品数や逸話には自己演出が混じり、広告音楽の大量消費性や共同編曲者・演奏者の役割を個人の親しみやすいキャラクターで覆わない注意が必要です。

ジョセフ・ルイ・ゲイ=リュサック

  • 生没年:1778年12月6日~1850年5月9日
  • 国:フランス
  • 肩書き:化学者・物理学者

フランス革命期に育ち、エコール・ポリテクニークで学び、気体を精密測定する新しい化学へ進みました。気体の温度と体積、反応気体の体積比を法則化し、高高度気球実験やホウ素・ヨウ素の研究も行いました。定量測定による気体化学はアボガドロの分子仮説と工業分析を支え、温度・圧力研究の基礎となりました。一方、シャルルの未発表研究との優先権があり、法則名は共同的発見を単独人物へ帰しがちなため、測定条件と研究ネットワークを確認すべきです。

フリードリヒ・マックス・ミュラー

  • 生没年:1823年12月6日~1900年10月28日
  • 国:ドイツ・イギリス
  • 肩書き:東洋学者・比較宗教学者

ドイツに生まれ、サンスクリットを学んで英国へ移り、植民地期の欧州でインド古典文献の校訂に携わりました。『リグ・ヴェーダ』校訂版と『東方聖典叢書』を刊行し、言語比較と宗教比較を大学の研究分野として広めました。アジアの宗教文献を国際的に読める形へ整え、比較言語学、神話学、宗教学の制度化へ大きく影響しました。一方、『アーリア』を本来は言語分類とした議論も人種概念へ転用され、植民地権力が選んだ文献と翻訳で現地の生きた伝統を固定化した限界があります。

フレデリック・バジール

  • 生没年:1841年12月6日~1870年11月28日
  • 国:フランス
  • 肩書き:画家

南仏モンペリエの裕福な家庭に生まれ、医学を学びながらパリでモネ、ルノワールらと戸外制作を始めました。『家族の集い』『バジールのアトリエ』で人物と明るい自然光を大画面へ統合し、仲間へ制作場所や資金も提供しました。普仏戦争で二十八歳で戦死しましたが、初期印象派の共同体と人物画の発展を支えた存在として再評価されています。一方、家族資産に支えられた制作条件は貧しい仲間と異なり、若くして死んだ可能性を完成した革新とみなす評価には慎重さが必要です。

チャールズ・マーティン・ホール

  • 生没年:1863年12月6日~1914年12月27日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:化学者・発明家

オハイオ州に生まれ、アルミニウムが金より高価なほど製錬の難しい金属だった時代に大学で化学を学びました。溶融氷晶石中のアルミナを電気分解する方法を発見し、同時期のポール・エルーと並ぶホール=エルー法として工業化しました。安価で軽いアルミニウムを建築、輸送、電力、包装へ普及させ、近代素材産業を根本から変えました。一方、製錬は大量の電力と鉱山開発を必要とし、赤泥、温室効果ガス、先住民土地への影響を生むため、安価さを純粋な技術的恩恵とはできません。

グンナー・ミュルダール

  • 生没年:1898年12月6日~1987年5月17日
  • 国:スウェーデン
  • 肩書き:経済学者・社会学者

スウェーデンに生まれ、世界恐慌期に経済期待と政策の関係を研究し、議員・国連職員としても活動しました。貨幣均衡論、累積的因果関係を提示し、『アメリカのジレンマ』で人種差別と民主主義理念の矛盾を大規模に調査しました。福祉国家、開発経済学、公民権論へ影響し、制度と価値判断を隠さない社会科学を提唱しました。一方、研究が白人外国人の権威に依存して黒人研究者の知識を従属させた面や、人口政策に優生思想が混じった時期を無視できません。

ジョージ・ポーター

  • 生没年:1920年12月6日~2002年8月31日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:化学者

ヨークシャーに生まれ、戦時の海軍勤務後、極めて短時間の化学反応を測る物理化学へ進みました。閃光光分解法をノリッシュらと発展させ、光を瞬間的に当てて生じる反応中間体を分光測定しました。光化学反応の時間像を開き、燃焼、光合成、太陽エネルギー研究へつながってノーベル化学賞を受けました。一方、初期装置の分解能には限界があり、ノーベル賞中心の語りは共同研究者と技術者、後のレーザー計測による更新を見えにくくします。

デイヴ・ブルーベック

  • 生没年:1920年12月6日~2012年12月5日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:ジャズ・ピアニスト・作曲家

カリフォルニアの牧場家庭に生まれ、従軍後にダリウス・ミヨーから作曲を学び、大学公演で聴衆を広げました。カルテットで『テイク・ファイヴ』『ブルー・ロンド・ア・ラ・ターク』を録音し、五拍子や九拍子を大衆的なジャズへ取り入れました。ジャズを大学と国際文化交流へ広げ、人種統合バンドを守って隔離された会場での演奏を拒みました。一方、代表曲『テイク・ファイヴ』の作曲者はポール・デスモンドであり、白人スター中心の評価が黒人音楽家と共同演奏の貢献を薄める点に注意が必要です。

ニコラウス・アーノンクール

  • 生没年:1929年12月6日~2016年3月5日
  • 国:オーストリア
  • 肩書き:指揮者・チェロ奏者

ベルリン生まれでグラーツに育ち、戦後ウィーンのオーケストラでチェロを弾きながら古楽器研究を始めました。ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスを創設し、原典、奏法、編成を検討してバッハから古典派の演奏を刷新しました。歴史的知識を再現ではなく現代への問いとして用い、古楽運動を主要オーケストラと歌劇場へ広げました。一方、史料から一つの正解を導く権威として受け取られる危険があり、強い解釈と指揮者中心主義には演奏家側からの批判もあります。

12月6日に起きた歴史的な出来事

  • 1240年12月6日|モンゴル軍によるキーウ陥落
    バトゥ率いるモンゴル軍が包囲したキーウを攻略し、都市とキエフ・ルーシの政治秩序を壊滅させました。ルーシ諸公国の重心移動とジョチ・ウルス支配へつながり、東欧の政治・交易構造を長く変えました。なお、年代記の被害描写と人口推計には幅がありますが、攻略が虐殺、破壊、住民の強制移動を伴った事実を軽視できません。
  • 1648年12月6日|プライドのパージ
    イングランド内戦末期、ニューモデル軍のプライド大佐が議会から長老派議員を排除しました。残ったランプ議会が国王チャールズ一世を裁判・処刑し、共和政へ進む条件を作りました。なお、王権制限の過程でありながら軍事力による議会粛清でもあり、近代民主主義の直線的な前進として称賛できません。
  • 1768年12月6日|『ブリタニカ百科事典』初版刊行開始
    エディンバラで百科事典の初版第一分冊が発行され、職人・学者向けの知識をアルファベット順に整理しました。改訂を重ねて英語圏の標準的な総合参考書となり、近代の知識分類と出版文化を形づくりました。なお、記事は当時の欧州男性中心の価値観と誤りを含み、権威ある編集物も中立・完全ではないことを確認する必要があります。
  • 1865年12月6日|アメリカ憲法修正第13条成立
    必要な州の批准が達し、犯罪処罰を除いて奴隷制と強制労働を禁じる憲法修正が成立しました。南北戦争の法的帰結として約四百万人の奴隷身分を廃し、公民権拡大の憲法的基礎を作りました。なお、例外条項は囚人労働へ利用され、黒人法、暴力、土地なき解放が続いたため、条文成立を実質的平等の完成とはできません。
  • 1877年12月6日|エジソンの蓄音機録音
    トーマス・エジソンが錫箔円筒式蓄音機で人の声を録音・再生し、装置の実用性を示しました。音を時間から切り離して保存・複製する技術は音楽、通信、教育、記憶のあり方を変えました。なお、発明は多くの技術者と先行研究に依存し、録音産業は演奏者の権利、文化の商品化、誰の声を残すかという格差を生みました。
  • 1914年12月6日(大正3年12月6日)|交響曲『勝鬨と平和』初演
    山田耕筰が作曲した交響曲が東京で演奏され、日本人作曲の交響曲として初の公開演奏となりました。西洋の大規模形式を日本の演奏界へ根づかせ、作曲家、管弦楽団、聴衆の形成を促しました。なお、題名と時代背景には帝国日本の戦勝意識があり、西洋音楽受容を純粋な文化発展として軍事ナショナリズムから切り離せません。
  • 1917年12月6日|フィンランド独立宣言
    ロシア革命による帝国崩壊の中、フィンランド議会が独立宣言を承認しました。自治大公国から主権国家へ移り、言語・議会・文化を基盤とする国家形成が実現しました。なお、直後に内戦が起こって赤白両派の処刑と収容所死を生み、独立の統一的祝祭だけでは社会分裂を覆います。
  • 1917年12月6日|ハリファックス大爆発
    カナダのハリファックス港で弾薬船と別の船が衝突し、積荷が爆発して市街地を破壊しました。核爆発以前最大級の人為的爆発となり、災害医療、都市救援、危険物港湾管理の教訓を残しました。なお、約二千人が死亡し先住民集落も壊滅した一方、戦時検閲と責任追及は被害の全体像を見えにくくしました。
  • 1918年12月6日(大正7年12月6日)|大学令・高等学校令公布
    原敬内閣が公立・私立と単科の大学設置を認める大学令などを公布しました。帝国大学以外へ高等教育を拡大し、戦間期の大学・専門人材・研究組織の増加を促しました。なお、高額な学費と旧制中学経由の制度は女性や労働者を排除し、教育拡大も植民地統治と国家人材養成に組み込まれました。
  • 1921年12月6日|英愛条約締結
    英国政府とアイルランド代表が、自治領アイルランド自由国を成立させる条約に署名しました。独立戦争を終わらせ、南部二十六州の国家形成を可能にしましたが、北アイルランド分離と国王への宣誓を残しました。なお、条約賛否はアイルランド内戦を招き、植民地からの離脱が領土分断と同胞間の暴力を伴ったことを忘れられません。
  • 1951年12月6日|国際柔道連盟結成
    欧州と南米を含む各国団体が国際柔道連盟を組織し、競技規則と国際大会の枠組みを整えました。日本発の柔道を世界競技へ転換し、世界選手権とオリンピック採用への制度基盤を作りました。なお、標準化は各地域の実践と武道的理念を削る面があり、体重差、判定、安全、組織権力をめぐる論争も続いています。
  • 1956年12月6日|メルボルンの流血戦
    ソ連のハンガリー侵攻直後、メルボルン五輪の水球準決勝で両国選手が激しく衝突しました。ハンガリーの勝利は反ソ感情と亡命選手の象徴となり、スポーツが冷戦政治から切り離せないことを示しました。なお、写真と通称が暴力を劇化しましたが、実際の負傷と試合経過を誇張せず、侵攻で犠牲となった市民を背景化しない注意が必要です。
  • 1957年12月6日|ヴァンガードTV3打ち上げ失敗
    米国初の人工衛星を目指したロケットが発射直後に爆発し、衛星は射場近くへ落下しました。ソ連のスプートニクに遅れた失敗は米宇宙開発体制の再編とNASA創設への圧力を強めました。なお、『失敗』の映像は技術者を嘲笑する宣伝に使われましたが、試験失敗は複雑な技術開発の一部であり個人責任へ還元できません。
  • 1978年12月6日|スペイン憲法承認
    国民投票で新憲法が承認され、立憲君主制、議会民主主義、自治州制度が定められました。フランコ独裁後の民主化を法的に確立し、地域自治と基本的人権を新国家の柱にしました。なお、移行は旧体制の責任追及を抑える忘却の協定を伴い、カタルーニャなどの自治と統合をめぐる対立も残りました。
  • 1989年12月6日|モントリオール理工科大学虐殺
    武装した男が女子学生を狙って発砲し、十四人の女性を殺害した後に自殺しました。女性差別に基づく大量殺人としてカナダ社会を揺さぶり、銃規制とジェンダー暴力対策を進めました。なお、加害者の名や心理へ注目を集中すると被害者の人生と構造的ミソジニーが隠れるため、事件を単なる狂気として扱えません。
  • 1992年12月6日|バーブリー・マスジド破壊
    インドのアヨーディヤーでヒンドゥー至上主義の群衆が16世紀のモスクを破壊しました。宗教ナショナリズムを全国政治の中心へ押し上げ、その後の寺院建設と選挙動員へ長く影響しました。なお、各地の暴動で多数が死亡し、遺跡の歴史を一宗教の所有へ単純化することが少数派への暴力を正当化しました。
  • 2020年12月6日(令和2年12月6日)|はやぶさ2カプセル帰還
    小惑星探査機はやぶさ2が分離した試料カプセルをオーストラリアの砂漠へ帰還させました。リュウグウの地下物質から水や有機物を分析し、太陽系初期と生命材料の研究を前進させました。なお、成功は国際協力と長期資金に支えられ、回収地の先住民との関係や宇宙資源利用のルールも今後の課題です。

関連記事

12月6日前後の偉人と出来事

12月6日生まれの人物