
11月11日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢48名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】11月11日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、11月11日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1591年 | 伊達秀宗 | 初代宇和島藩主 |
| 1686年 | 山名豊就 | 但馬村岡領主 |
| 1737年 | 前田利與 | 第6代富山藩主 |
| 1865年 | 橋本圭三郎 | 官僚・実業家・政治家 |
| 1870年 | 鈴木大拙 | 仏教学者・禅思想家 |
| 1876年 | 三宅驥一 | 植物学者 |
| 1880年 | 大島正徳 | 哲学者・教育者 |
| 1882年 | 織田一磨 | 版画家 |
| 1889年 | 佐佐木茂索 | 小説家・編集者 |
| 1899年 | 奥野信太郎 | 中国文学者・随筆家 |
| 1905年 | 藤田圭雄 | 児童文学者・詩人 |
| 1906年 | 館稔 | 人口学者 |
| 1908年 | 沢村貞子 | 俳優・随筆家 |
| 1909年 | 小森和子 | 映画評論家 |
| 1917年 | 大柴滋夫 | 政治家 |
| 1918年 | 鳩山威一郎 | 大蔵官僚・政治家・外務大臣 |
| 1923年 | 阿部桂一 | 脚本家 |
| 1928年 | 橋本喜典 | 歌人 |
| 1929年 | 清水貢 | 教育者・高校野球指導者 |
| 1933年 | 辻村寿三郎 | 人形作家 |
| 1933年 | 財部鳥子 | 詩人 |
| 1933年 | 塚原仲晃 | 医学者・脳科学者 |
| 1939年 | 奥山かずお | 児童文学作家 |
| 1945年 | 宮谷一彦 | 漫画家 |
| 1945年 | 横田順彌 | SF作家・明治文化研究家 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】11月11日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1579年 | フランス・スナイデルス | フランドルの画家 |
| 1743年 | カール・ツンベルク | スウェーデンの植物学者・医学者 |
| 1744年 | アビゲイル・アダムズ | アメリカの政治的著述家・大統領夫人 |
| 1821年 | フョードル・ドストエフスキー | ロシアの小説家 |
| 1864年 | アルフレート・フリート | オーストリアの法学者・平和運動家 |
| 1866年 | アントワーヌ・メイエ | フランスの言語学者 |
| 1868年 | エドゥアール・ヴュイヤール | フランスの画家 |
| 1869年 | ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世 | イタリア国王 |
| 1882年 | グスタフ6世アドルフ | スウェーデン国王・考古学者 |
| 1883年 | エルネスト・アンセルメ | スイスの指揮者 |
| 1885年 | ジョージ・パットン | アメリカの陸軍軍人 |
| 1888年 | ヨハネス・イッテン | スイスの画家・美術教育者 |
| 1898年 | ルネ・クレール | フランスの映画監督 |
| 1899年 | ロバート・ライアン | アメリカの俳優 |
| 1901年 | サム・スピーゲル | アメリカの映画プロデューサー |
| 1904年 | J・H・C・ホワイトヘッド | イギリスの数学者 |
| 1914年 | ハワード・ファスト | アメリカの小説家 |
| 1919年 | カッレ・パータロ | フィンランドの小説家 |
| 1920年 | ロイ・ジェンキンス | イギリスの政治家・著述家 |
| 1922年 | カート・ヴォネガット | アメリカの小説家 |
| 1922年 | ジョージ・ブレイク | イギリスの外交官・ソ連のスパイ |
| 1928年 | カルロス・フエンテス | メキシコの小説家・外交官 |
| 1951年 | キム・ピーク | アメリカのサヴァン症候群者 |
11月11日生まれの代表的な偉人
鈴木大拙
- 生没年:1870年11月11日(明治3年10月18日)~1966年7月12日(昭和41年7月12日)
- 国:日本
- 肩書き:仏教学者・禅思想家
加賀国金沢に生まれ、鎌倉で禅修行を経験した後、近代化と西洋思想の流入が進む時代に仏教を世界へ説明する仕事へ進みました。英語著作と欧米での講義を通じて禅を直観的・非二元的な宗教経験として紹介し、華厳、浄土、禅の思想を比較しながら膨大な著作を残しました。禅への国際的関心を高め、心理学、哲学、文学、戦後の対抗文化にまで影響し、日本思想研究の世界的な窓口となりました。一方、日本文化と禅を一体化する説明は多様な仏教実践を単純化し、戦時期の武士道・国家主義との距離をめぐっても論争があるため、普及者としての功績と時代的限界を併せて読む必要があります。
織田一磨
- 生没年:1882年11月11日(明治15年11月11日)~1956年3月8日(昭和31年3月8日)
- 国:日本
- 肩書き:版画家
東京に生まれ、石版印刷の職人技術と西洋美術を学び、複製技術と創作版画の境界が問い直された明治末から昭和期に活動しました。東京や大阪の都市景観、松江の風景を石版画で描き、自ら描画・製版・印刷に関わる創作版画運動を山本鼎らと推進しました。商業印刷とみなされがちだったリトグラフを独立した芸術表現として定着させ、近代都市を記録する視覚資料も残しました。一方、運動史は個人作家の自刻自摺を重視するあまり、工房の職人や複製版画を低く扱う傾向があり、都市表象にも中産階級男性の視点が強い点へ注意が必要です。
奥野信太郎
- 生没年:1899年11月11日(明治32年11月11日)~1968年1月15日(昭和43年1月15日)
- 国:日本
- 肩書き:中国文学者・随筆家
東京に生まれ、慶應義塾で中国文学を学び、日本の中国進出と戦争を挟む時代に北京留学や大学教育を経験しました。中国の近世・近代文学を研究し、戯曲、小説、食文化、都市風俗を親しみやすい随筆と翻訳で紹介しました。古典漢文学に偏りがちだった日本の中国理解へ日常生活と近代文学の視点を持ち込み、戦後の中国文化紹介に大きく貢献しました。一方、文化交流の仕事は評価される一方、帝国日本の占領と知識生産が重なった時代の立場を検討し、都市趣味による中国社会の美化や類型化を避けて読む必要があります。
沢村貞子
- 生没年:1908年11月11日(明治41年11月11日)~1996年8月16日(平成8年8月16日)
- 国:日本
- 肩書き:俳優・随筆家
東京浅草の芸能一家に生まれ、築地小劇場の流れをくむ新劇から映画へ進み、戦前・戦後の大衆文化を横断して活動しました。脇役として家族や生活者の現実を支える人物を数多く演じる一方、『私の浅草』『わたしの献立日記』など簡潔で観察の鋭い随筆を残しました。スター中心の映画史から見落とされやすい性格俳優の技術と、都市庶民の暮らしを記録する文章の価値を後世へ伝えました。一方、戦時期の映画産業も国家統制下にあり、生活の知恵を称える受容が家事を女性の責任として固定する危険もあるため、作品の温かさとジェンダー構造を区別して評価すべきです。
カール・ツンベルク
- 生没年:1743年11月11日~1828年8月8日
- 国:スウェーデン
- 肩書き:植物学者・医学者
スウェーデンに生まれ、リンネに学び、欧州諸国が交易と植民地航海を通じて世界の自然を分類した十八世紀に研究しました。オランダ東インド会社の船医として南アフリカ、ジャワ、日本を訪れ、長崎出島で収集した植物を『日本植物誌』などに記載しました。日本産植物をリンネ式分類へ組み込み、欧州と日本の医学・博物学交流を進めたため「日本植物学の父」の一人と呼ばれます。一方、標本収集は植民会社の航路と制約に依存し、現地通詞、医師、採集者の知識が著者個人の発見として整理されたため、科学成果と帝国的収集の構造を併せて捉える必要があります。
アビゲイル・アダムズ
- 生没年:1744年11月11日~1818年10月28日
- 国:アメリカ
- 肩書き:政治的著述家・大統領夫人
マサチューセッツの聖職者家庭に生まれ、正式な高等教育を受けられない女性の立場から独立革命と建国政治を家庭内外で経験しました。夫ジョン・アダムズとの大量の書簡で戦争、経済、政治を論じ、法を作る際に女性を忘れないよう求め、家政と農園経営も担いました。書簡は建国期の女性の知性と政治参加を示す第一級史料となり、女性の権利史と大統領家族研究へ大きな影響を与えました。一方、女性の法的従属を批判した一方、奴隷制廃止への態度と社会的特権には限界があり、後世のフェミニスト像を現代的な平等思想と同一視しない注意が必要です。
フョードル・ドストエフスキー
- 生没年:1821年11月11日~1881年2月9日
- 国:ロシア帝国
- 肩書き:小説家
モスクワの慈善病院医師の家に生まれ、帝政の検閲、農奴制、急進思想が衝突する十九世紀ロシアで文学活動を始めました。死刑判決からシベリア流刑へ減刑された経験を経て、『罪と罰』『白痴』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』で罪、自由、信仰、革命を多声的に描きました。極限状況の心理描写と複数の思想を対立させる小説技法は、実存哲学、精神分析、世界文学へ巨大な影響を与えました。一方、賭博依存と家族への負担、反ユダヤ的・排外的記述、ロシア帝国への救世主的期待があり、人間理解の深さを作家本人の政治的偏見の免罪に用いるべきではありません。
アルフレート・フリート
- 生没年:1864年11月11日~1921年5月5日
- 国:オーストリア
- 肩書き:法学者・平和運動家
ウィーンに生まれ、軍拡と民族対立が激化した十九世紀末ヨーロッパで出版業から国際平和運動へ入りました。ベルタ・フォン・ズットナーと平和雑誌を創刊し、感情的な反戦だけでなく国際機関、法、経済的相互依存による秩序を論じました。組織的平和主義の理論とジャーナリズムを発展させ、1911年にノーベル平和賞を受賞し、後の国際連盟構想にも影響しました。一方、欧州中心の国際主義は植民地支配や人種的不平等を十分に問題化せず、第一次世界大戦を止められなかった制度論の限界も含めて評価する必要があります。
アントワーヌ・メイエ
- 生没年:1866年11月11日~1936年9月21日
- 国:フランス
- 肩書き:言語学者
フランス中部に生まれ、比較言語学が音韻対応の発見から社会における言語変化の説明へ広がる時代に研究しました。インド・ヨーロッパ諸語の比較、アルメニア語、スラヴ語を研究し、言語変化を話者集団と制度に結び付ける社会言語学的視点を提示しました。多くの弟子を育て、構造主義言語学、歴史言語学、社会言語学をつなぐ二十世紀研究の基盤を築きました。一方、大語族を中心に再構成する枠組みは文字資料の少ない言語や接触・混交を周辺化し、当時の欧州的民族観が分類へ入り込む危険も検討しなければなりません。
エドゥアール・ヴュイヤール
- 生没年:1868年11月11日~1940年6月21日
- 国:フランス
- 肩書き:画家
フランス東部に生まれ、パリで美術教育を受け、印象派後の若い画家が平面的色彩と象徴表現を模索した時代にナビ派へ参加しました。室内の壁紙、衣服、人物を細かな模様のなかに溶け込ませる親密な情景を描き、舞台装置、装飾画、写真にも取り組みました。家庭空間を近代絵画の重要な主題にし、絵画と工芸・装飾の境界を横断する構成は二十世紀のデザインへ影響しました。一方、ブルジョワ家庭の静かな世界は家事労働や女性の制約を美的模様へ吸収しやすく、親密さの魅力と階級・ジェンダーの不可視化を併せて見る必要があります。
ヨハネス・イッテン
- 生没年:1888年11月11日~1967年3月25日
- 国:スイス
- 肩書き:画家・美術教育者
スイスに生まれ、教員養成と抽象絵画を学び、第一次世界大戦後の造形教育刷新を掲げるバウハウスで予備課程を担当しました。素材、形、明暗、色彩の対比を身体的実験から学ばせる教育法をつくり、色相環と七つの色彩対比を体系化しました。基礎造形教育のモデルは世界の美術学校、建築、工業デザインへ広まり、個人の感覚と分析を結ぶ訓練として定着しました。一方、マズダスナン思想に基づく宗教的・身体的指導は学生へ強い同調を求め、普遍的とされた色彩感覚にも文化差があるため、教育革新を権威性と切り離せません。
ルネ・クレール
- 生没年:1898年11月11日~1981年3月15日
- 国:フランス
- 肩書き:映画監督
パリに生まれ、前衛芸術と大衆娯楽が交差した一九二〇年代に記者・俳優を経て映画制作へ進みました。無声映画『幕間』で実験映像を試み、トーキー初期の『巴里の屋根の下』『自由を我等に』では音と映像を非同期に組み合わせて都市と機械社会を風刺しました。フランス映画の詩的な軽やかさを国際的に広め、映画音響を台詞の記録以上の表現として用いる可能性を示しました。一方、理想化されたパリ像は貧困や植民地住民を背景化し、ハリウッド期を含む作品の評価も作家一人へ集中して脚本家・技術者の協働を見落としやすい点に注意が必要です。
カート・ヴォネガット
- 生没年:1922年11月11日~2007年4月11日
- 国:アメリカ
- 肩書き:小説家
インディアナ州に生まれ、第二次世界大戦で捕虜となりドレスデン爆撃を体験した後、企業広報を経て作家となりました。『猫のゆりかご』『スローターハウス5』で科学技術、戦争、企業、自由意志をブラックユーモアと時間を断片化する語りで批判しました。SFと純文学の境界を崩し、戦争体験を英雄譚ではなく記憶の反復と不条理として描く方法は多くの作家と反戦文化へ影響しました。一方、平易で皮肉な語りは複雑な政治を宿命論へ見せることがあり、女性や非白人の造形が薄いとの批判、作者自身の体験を他の被害へ優先する危険も考慮すべきです。
11月11日に起きた歴史的な出来事
- 1215年11月11日|第4ラテラン公会議開会
教皇インノケンティウス3世がローマで公会議を開き、教義、聖職者規律、十字軍計画を審議しました。カトリック教会の秘跡と教会統治を体系化し、中世西欧社会の宗教生活と法制度へ長く影響しました。なお、ユダヤ人とムスリムに識別衣を求める規定や異端弾圧も強化しており、制度整備を宗教的統一の成果だけとして評価できません。 - 1572年11月11日|ティコ・ブラーエが新星を観測
ティコ・ブラーエがカシオペヤ座に突然現れた明るい星を観測し、精密な位置測定を続けました。天体が恒星圏にあることを示して天上界は不変だというアリストテレス的宇宙観を揺るがし、近代天文学の観測重視を促しました。なお、超新星の物理機構は当時理解されず、発見も欧州外を含む複数の観測者によるため、一人だけの発見物語へ還元できません。 - 1811年11月11日|カルタヘナが独立宣言
ヌエバ・グラナダの港湾都市カルタヘナがスペインからの完全独立を宣言し、共和政を掲げました。南米北部の独立運動を前進させ、後のコロンビア国家形成へつながる政治的拠点となりました。なお、王党派との戦争と包囲で多数の市民が死亡し、独立指導層も奴隷、先住民、下層住民へ平等な政治参加を直ちに保障しませんでした。 - 1855年11月11日(安政2年10月2日)|安政江戸地震
江戸直下と考えられる大地震が発生し、家屋倒壊と火災によって市中に甚大な被害が出ました。都市の耐震、防火、救済を見直す契機となり、鯰絵など災害をめぐる民衆文化と社会批評も生みました。なお、死者数や震源には資料差があり、復興負担は貧困層へ重くのしかかったため、世直し的な文化現象だけで被害を美化できません。 - 1881年11月11日(明治14年11月11日)|日本鉄道へ設立特許
政府が華族や実業家の出資による日本鉄道会社へ設立特許条約書を下付し、日本初の本格的私設鉄道計画が動き始めました。民間資本を用いて上野から東北方面へ鉄道網を伸ばし、物流、移住、産業化と全国市場形成を加速しました。なお、建設は土地収用と地域格差を伴い、私企業の利益と軍事輸送の目的も強かったため、近代化の便益だけでは評価できません。 - 1918年11月11日|第一次世界大戦休戦
連合国とドイツがコンピエーニュの森で休戦協定に調印し、西部戦線の戦闘が午前十一時に停止しました。四年以上続いた総力戦を終わらせ、帝国崩壊、国境再編、国際連盟設立へ向かう転換点となりました。なお、講和は植民地住民の自己決定を限定し、賠償と責任をめぐる対立を残したため、休戦を恒久的平和の達成とみなすことはできません。 - 1918年11月11日|ポーランドが統帥権を回復
ユゼフ・ピウスツキがワルシャワで軍の統帥権を掌握し、分割支配されていたポーランドの主権回復が現実化しました。この日は第二共和国の独立記念日となり、中東欧の帝国秩序が国民国家へ再編される象徴となりました。なお、新国境をめぐる戦争と少数民族問題が続き、独立を単一民族の勝利として語るとユダヤ人、ウクライナ人、ベラルーシ人らの経験が抜け落ちます。 - 1924年11月11日(大正13年11月11日)|山崎蒸溜所が本格稼働
寿屋が京都郊外の山崎で、日本初の本格的なモルトウイスキー蒸溜所を稼働させました。国産洋酒の製造技術と市場を育て、後に日本産ウイスキーが国際的評価を得る産業基盤となりました。なお、成功は広告と大量消費文化にも支えられ、飲酒による健康被害や依存、原料・水利用の環境負荷を企業史から切り離せません。 - 1926年11月11日|アメリカ国道66号線制定
シカゴとロサンゼルスを結ぶ約二千四百マイルの道路が連邦道路網の国道66号線として指定されました。自動車旅行、物流、西部移住、沿道観光を促し、音楽や文学に描かれるアメリカの移動文化の象徴となりました。なお、建設と繁栄の陰で先住民の土地、黒人旅行者への差別、町の盛衰、排気ガスと自動車依存という負担も生まれました。 - 1937年11月11日(昭和12年11月11日)|小串鉱山地滑り災害
群馬県嬬恋村の小串硫黄鉱山で大規模な地滑りが発生し、鉱山集落を土砂が襲って二百四十五人が死亡しました。山地開発と鉱山労働に伴う災害危険を示し、企業の保安、地質調査、集落配置の責任を問う惨事となりました。なお、天然災害として片付けると採掘、森林改変、労働者住宅の脆弱性が見えなくなり、犠牲者家族の長期的損失も忘れられます。 - 1940年11月11日|タラント空襲
イギリス海軍の空母艦載機がイタリア南部タラント港を夜間攻撃し、停泊中の戦艦三隻へ大きな損害を与えました。少数の航空機が大型艦隊を無力化できることを示し、空母航空戦の戦略的価値を世界の海軍へ印象付けました。なお、軍事革新として語られる一方、港湾労働者と市民も危険にさらされ、この成功が後のより大規模な海空戦の参考となった負の影響があります。 - 1944年11月11日(昭和19年11月11日)|松代大本営建設着工
本土決戦に備え、長野県松代周辺の山中へ天皇、政府、軍中枢を移す巨大地下壕の掘削が始まりました。敗戦を想定しながら戦争継続を図った軍指導部の姿勢を示す遺構となり、現在は戦争動員を学ぶ場として残ります。なお、工事には多数の朝鮮人労働者らが厳しい条件で動員され、死者数や強制性の実態を曖昧にしたまま防空施設の技術史だけを語れません。 - 1955年11月11日(昭和30年11月11日)|世界平和アピール七人委員会結成
下中弥三郎、平塚らいてう、湯川秀樹ら七人が、核兵器廃絶と世界平和を訴える民間委員会を結成しました。政党や政府から独立した知識人の共同声明として、原水爆禁止、軍縮、紛争解決を国内外へ継続的に訴えました。なお、著名人中心の活動は市民運動の多様な声を代表し切れず、声明が政策を直接変える力にも限界があるため、象徴性と実効性を分けて見る必要があります。 - 1965年11月11日|ローデシア白人政権が一方的独立宣言
イアン・スミス政権が黒人多数支配への移行を拒み、イギリスからの一方的独立を宣言しました。国際制裁と長期武力闘争を招き、最終的に多数支配のジンバブエ独立へ至る植民地解体の重大局面となりました。なお、白人少数支配は土地と参政権を奪い、解放戦争でも市民被害が生じたため、法的な独立問題だけでなく人種差別体制の実態が中心です。 - 1967年11月11日(昭和42年11月11日)|由比忠之進がベトナム戦争へ抗議し焼身
エスペランティストの由比忠之進が佐藤栄作首相への抗議書を残し、首相官邸近くで焼身自殺しました。日本政府の対米協力とベトナム戦争への反対を極端な形で可視化し、反戦運動と個人の倫理をめぐる議論を呼びました。なお、自死を英雄的な抗議手段として美化すべきではなく、本人の苦悩、模倣の危険、政治が人を孤立へ追い込む状況を慎重に扱う必要があります。 - 1971年11月11日(昭和46年11月11日)|川崎ローム斜面崩壊実験事故
川崎市で防災研究機関などが行った人工降雨による崩壊実験中、想定を超える土砂が観客と報道関係者を襲い十五人が死亡しました。災害研究そのものに安全管理、立入規制、避難計画が必要だと示し、実験倫理と組織責任を厳しく問う契機となりました。なお、予測困難だけを理由にせず、公開実験の演出、危険区域設定、責任分担の不備を検証し、犠牲を研究成果の代償として正当化してはなりません。 - 2000年11月11日|カプルン・ケーブルカー火災
オーストリアのスキー場へ向かうケーブルカーで火災が起き、トンネル内に煙と熱が広がって百五十五人が死亡しました。車両の難燃性、避難方向、消火設備、トンネル交通の安全基準を国際的に見直す重大事故となりました。なお、家庭用暖房機の転用や保守管理が問題視された一方、刑事裁判で責任追及が限定され、遺族に長い不信と苦痛を残しました。