
9月29日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢44名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】9月29日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、9月29日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1761年 | 堀田正時 | 下総佐倉藩主 |
| 1786年 | 松平康乂 | 美作津山藩主 |
| 1791年 | 真田幸貫 | 信濃松代藩第8代藩主・老中 |
| 1827年 | 松平信璋 | 三河吉田藩主 |
| 1848年 | 松平頼策 | 常陸府中藩第10代藩主 |
| 1854年 | 下田歌子 | 教育者・歌人 |
| 1855年 | 広橋賢光 | 官僚・政治家 |
| 1871年 | 高岡熊雄 | 農学者・北海道帝国大学総長 |
| 1882年 | 鈴木三重吉 | 小説家・児童文学者 |
| 1896年 | 正木ひろし | 弁護士 |
| 1909年 | 小田切信男 | 医師・聖書研究家 |
| 1910年 | 畑和 | 政治家・埼玉県知事 |
| 1911年 | 麻生太賀吉 | 実業家・政治家 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】9月29日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1703年 | フランソワ・ブーシェ | フランスの画家 |
| 1725年 | ロバート・クライヴ | イギリスの軍人・植民地行政官 |
| 1758年 | ホレーショ・ネルソン | イギリス海軍提督 |
| 1765年 | カール・ルートヴィヒ・ハーディング | ドイツの天文学者 |
| 1786年 | グアダルーペ・ビクトリア | メキシコ初代大統領 |
| 1803年 | シャルル=フランソワ・シュトゥルム | スイス出身の数学者 |
| 1810年 | エリザベス・ギャスケル | イギリスの小説家 |
| 1843年 | ミハイル・スコベレフ | ロシア帝国の軍人 |
| 1844年 | ミゲル・フアレス・セルマン | アルゼンチン大統領 |
| 1863年 | フーゴー・ハーゼ | ドイツの政治家・法律家 |
| 1864年 | ミゲル・デ・ウナムーノ | スペインの哲学者・作家 |
| 1866年 | ミハイロ・フルシェフスキー | ウクライナの歴史家・政治家 |
| 1867年 | ヴァルター・ラーテナウ | ドイツの政治家・実業家 |
| 1879年 | マリウス・ジャコブ | フランスのアナキスト・窃盗団指導者 |
| 1881年 | ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス | オーストリア出身の経済学者 |
| 1895年 | クラレンス・アシュリー | アメリカの民俗音楽家 |
| 1895年 | J・B・ライン | アメリカの心理学者・超心理学研究者 |
| 1895年 | ロスコー・ターナー | アメリカの飛行家 |
| 1898年 | トロフィム・ルイセンコ | ソ連の農学者 |
| 1899年 | ラースロー・ビーロー | ハンガリー出身の発明家 |
| 1900年 | ミゲル・アレマン・バルデス | メキシコ大統領 |
| 1901年 | エンリコ・フェルミ | イタリア出身の物理学者 |
| 1901年 | ランツァ・デル・ヴァスト | イタリア出身の思想家・非暴力運動家 |
| 1904年 | グリア・ガースン | イギリス出身の俳優 |
| 1907年 | ジーン・オートリー | アメリカの歌手・俳優・実業家 |
| 1912年 | ミケランジェロ・アントニオーニ | イタリアの映画監督 |
| 1913年 | スタンリー・クレイマー | アメリカの映画監督・製作者 |
| 1920年 | ピーター・D・ミッチェル | イギリスの生化学者 |
| 1931年 | ジェームズ・クローニン | アメリカの物理学者 |
| 1935年 | ジェリー・リー・ルイス | アメリカの音楽家 |
| 1936年 | シルヴィオ・ベルルスコーニ | イタリア首相・メディア実業家 |
9月29日生まれの代表的な偉人
下田歌子
- 生没年:1854年9月29日(嘉永7年8月8日)~1936年10月8日(昭和11年10月8日)
- 国:日本
- 肩書き:教育者・歌人
美濃国岩村に生まれ、和歌の才能を認められて宮中に仕え、皇后への進講や華族女学校の教育に携わりました。欧米視察後、実践女学校と女子工芸学校を創設し、女性が学問と技能を得る機会を広げ、実践女子大学へ続く基盤を築きました。中国人留学生の教育にも関わり、東アジアの女子教育ネットワークへ影響を与えました。一方、教育理念は良妻賢母と国家への奉仕を強く掲げ、階級・帝国秩序のなかで女性の役割を規定しました。女性教育の拡大という功績と、植民地主義・国家主義へ教育を接続した限界を切り離さず評価する必要があります。
鈴木三重吉
- 生没年:1882年9月29日(明治15年9月29日)~1936年6月27日(昭和11年6月27日)
- 国:日本
- 肩書き:小説家・児童文学者
東京帝国大学で夏目漱石に学び、小説『千鳥』などで自然主義と異なる抒情的な文章を発表しました。1918年に児童文芸誌『赤い鳥』を創刊し、芥川龍之介、有島武郎、北原白秋らへ童話・童謡を依頼して、子どもの芸術性を尊重する運動を広げました。綴方教育や児童文学の作家・読者層を育て、日本の近代的な子ども文化へ大きな影響を残しました。一方、「純真な童心」は大人が構成した理想像で、都市中間層中心の雑誌は貧困、植民地、障害を持つ子どもの多様な経験を十分表しませんでした。編集者の強い統制と寄稿者の共同作業を含め、個人だけの功績として語らない注意が必要です。
正木ひろし
- 生没年:1896年9月29日(明治29年9月29日)~1975年12月6日(昭和50年12月6日)
- 国:日本
- 肩書き:弁護士
東京帝国大学卒業後に弁護士となり、権力による冤罪や人権侵害を告発する個人誌『近きより』を刊行しました。戦時中の首なし事件では警察官による暴行死を独自に調査し、戦後の再審的審理と有罪判決へつなげました。菅生事件、八海事件などにも関わり、刑事司法を市民が監視する必要を社会へ訴えました。一方、強い確信と刺激的な論陣は事実認定を単純化する危険があり、すべての主張が裁判で採用されたわけではありません。英雄的弁護士像だけでなく、被害者・家族の意思、証拠手続き、取材と告発がもたらす二次被害にも注意する必要があります。
ホレーショ・ネルソン
- 生没年:1758年9月29日~1805年10月21日
- 国:グレートブリテン
- 肩書き:海軍提督
アメリカ独立戦争期から海軍士官として経験を積み、ナイルの海戦、コペンハーゲンの海戦で大胆な分進合撃を成功させました。トラファルガー海戦ではフランス・スペイン連合艦隊を破り、ナポレオンによる英本土侵攻の可能性を遠ざけました。戦死後は海軍力と国家犠牲の象徴となり、戦術教育と英国の公共記憶へ大きな影響を与えました。一方、その勝利は英国の植民地貿易と海上封鎖を支え、奴隷制擁護と読める書簡をめぐる論争もあります。個人の指揮能力だけでなく、熟練水兵の強制徴募、敵味方の大量死、エマ・ハミルトンとの関係を消した道徳的英雄化を問い直す必要があります。
エリザベス・ギャスケル
- 生没年:1810年9月29日~1865年11月12日
- 国:イギリス
- 肩書き:小説家
ユニテリアン派牧師の妻として工業都市マンチェスターで暮らし、貧困家庭への訪問経験を小説へ生かしました。『メアリ・バートン』『北と南』では工場主と労働者、階級、ジェンダー、都市病を描き、『クランフォード』では地方女性の共同体を繊細に表現しました。シャーロット・ブロンテの伝記は女性作家の生を公的記録に残し、社会小説と伝記文学へ影響しました。一方、階級対立を相互理解と慈善で和解させる構図は、所有・賃金・労働権の構造的不平等を弱めます。労働者や植民地の人々の声が中産階級女性の道徳的視点を通して表される限界も読む必要があります。
ミゲル・デ・ウナムーノ
- 生没年:1864年9月29日~1936年12月31日
- 国:スペイン
- 肩書き:哲学者・小説家・詩人
バスク地方ビルバオに生まれ、サラマンカ大学教授・総長として「98年世代」の知的論争を牽引しました。『生の悲劇的感情』『霧』などで、理性と信仰、死への恐怖、自己を作る物語の矛盾を随筆・小説・詩の境界を越えて探究しました。実存思想とスペイン語文学に国際的な影響を与え、王政、軍事独裁、共和国のいずれにも批判を向けました。一方、スペイン内戦当初は共和国の混乱を嫌って反乱軍を支持し、弾圧を知ってから公然と批判するという重大な政治的誤判断がありました。サラマンカ大学での「勝つことはあっても説得はできない」という演説も後世の再構成を含み、英雄的抵抗の逐語記録として扱えません。
トロフィム・ルイセンコ
- 生没年:1898年9月29日~1976年11月20日
- 国:ロシア帝国・ソビエト連邦
- 肩書き:農学者
低温処理で作物の生育を調整する春化研究から頭角を現し、獲得形質の遺伝を強調してメンデル遺伝学を「ブルジョワ科学」と攻撃しました。スターリン体制の支持を得て農業科学アカデミーを支配し、1948年には遺伝学教育・研究を事実上禁止させました。その結果、研究者の解雇・投獄・死と生物科学の長期停滞を招き、政治が検証手続きを壊す典型として記憶されています。一方、すべてのソ連農業失敗を一人へ帰すと、強制集団化、官僚的目標、食料政策という制度責任を軽くします。春化技術そのものと、再現性のない主張・異論弾圧を区別し、科学共同体が権力へ依存した構造を問う必要があります。
エンリコ・フェルミ
- 生没年:1901年9月29日~1954年11月28日
- 国:イタリア・アメリカ合衆国
- 肩書き:物理学者
量子統計、ベータ崩壊理論、中性子による核反応を理論と実験の双方から開拓し、1938年にノーベル物理学賞を受けました。ユダヤ系の妻を持つためファシスト政権下のイタリアから米国へ移り、1942年にシカゴ・パイル1で世界初の制御された核分裂連鎖反応を実現しました。原子核・素粒子・原子力工学へ共通する直観的計算法は、現代物理学者の訓練にも長く影響しています。一方、マンハッタン計画で原爆開発に参加し、水爆開発にも条件付きで関与したため、科学者の戦争責任を避けて通れません。「最後の万能物理学者」という称賛は、女性研究者、技術者、移民を含む巨大チームと、放射線被害を受けた人々を見えにくくします。
シルヴィオ・ベルルスコーニ
- 生没年:1936年9月29日~2023年6月12日
- 国:イタリア
- 肩書き:首相・メディア実業家
不動産業から民間テレビ網・広告・出版を束ねるメディア企業を築き、既成政党が崩壊した1994年にフォルツァ・イタリアを結成して首相となりました。断続的に計9年以上政権を率い、企業経営、テレビ演出、個人政党を結ぶ政治手法で欧州のポピュリズムに先例を作りました。支持者には反共・減税・政治刷新の象徴でしたが、政策と私企業の利害が重なる利益相反を常態化させました。汚職・税務をめぐる多数の裁判、未成年者を含む性をめぐる事件、女性蔑視的発言は公職倫理と司法制度へ深い傷を残しました。選挙での長期支持を事実として認めつつ、メディア支配が世論競争の公平性を損なった点を軽視できません。
9月29日に起きた歴史的な出来事
- 1829年9月29日|ロンドン警視庁が活動開始
ロバート・ピール内相の法律に基づく首都警察の警察官がロンドン市内で勤務を始め、制服・常勤・予防巡回を特徴とする近代警察のモデルとなりました。治安の専門化を進めましたが、労働者集会、貧困者、植民地出身者を監視する国家装置でもありました。秩序と市民的自由の緊張は当初から存在しました。 - 1885年9月29日|ブラックプール電気軌道開業
イングランドのブラックプールで公共営業用の電気路面電車が開業し、都市交通の電化を示す早い事例となりました。観光都市の移動と電気技術の普及に寄与しましたが、初期方式は海水や天候の影響を受けました。「世界初」の範囲は恒久営業・集電方式の定義で異なる点に注意が必要です。 - 1911年9月29日|伊土戦争が始まる
イタリアがオスマン帝国へ宣戦し、現在のリビアを中心とする領土獲得戦争を開始しました。航空機による偵察・爆撃の初期使用など軍事史を変えましたが、植民地征服、住民の処刑・強制移送、長期の抵抗弾圧を伴いました。近代化戦争という表現で植民地主義を薄めてはいけません。 - 1918年9月29日|サロニカ休戦協定を調印
第一次世界大戦でブルガリアが連合国と休戦協定を結び、中央同盟国から最初に離脱しました。バルカン戦線の崩壊と大戦終結を早めましたが、占領、動員、飢餓で住民は深刻な損害を受けました。国境・賠償問題は解消されず、戦後の民族対立へ引き継がれました。 - 1923年9月29日|パレスチナ委任統治が正式発効
国際連盟によるイギリスのパレスチナ委任統治が正式に発効し、バルフォア宣言を制度へ組み込みました。行政・インフラ整備が進む一方、現地アラブ住民の政治的自己決定とユダヤ人の民族的郷土建設という相反する約束を帝国が管理しました。後の衝突を単純な古来の宗教対立として説明できません。 - 1938年9月29日|ミュンヘン会談が始まる
英・仏・独・伊の首脳がチェコスロヴァキアを参加させず、ズデーテン地方のドイツ割譲を協議し、翌未明に合意しました。大戦回避を図る宥和政策でしたが、主権国家を大国間で処分し、住民と反ナチ勢力を危険にさらしました。後知恵で外交を単純化せずとも、当事者不在の決定の不正義は明確です。 - 1941年9月29日|バビ・ヤール虐殺が始まる
ナチ占領軍と協力部隊がキーウのユダヤ系住民をバビ・ヤール渓谷へ集め、二日間で三万人を超える人々を銃殺しました。その後もロマ、ソ連軍捕虜、抵抗者らが殺害されました。ホロコーストが収容所だけでなく地域行政・警察・隣人の協力を通じた「銃弾による虐殺」でもあったことを示します。 - 1954年9月29日|CERN設立条約が発効
欧州原子核研究機構CERNの設立条約が発効し、戦後欧州が国境を越えて大型基礎科学施設を共有する枠組みが成立しました。素粒子物理、加速器、ワールド・ワイド・ウェブなどへ大きな成果を生みましたが、巨額設備への資源集中、加盟国・非加盟地域の格差、軍事技術との境界も論点です。 - 1957年9月29日|キシュテム核惨事
ソ連ウラル地方のマヤーク核施設で高レベル放射性廃棄物タンクが爆発し、広範囲が汚染され住民が被曝・移住を強いられました。事故は長く秘密にされ、被害者の診療・補償と科学的検証を妨げました。核事故の規模だけでなく、軍事機密と情報統制が被害を増幅した事例です。 - 1964年9月29日|漫画『マファルダ』連載開始
アルゼンチンの新聞でキノによる『マファルダ』の連載が始まり、子どもの疑問を通して冷戦、権威主義、貧困、ジェンダーを風刺しました。スペイン語圏を越える政治漫画となりましたが、中間層家庭の視点が社会全体を代表するわけではありません。商品化が批判精神を弱めるという緊張もあります。 - 1972年9月29日(昭和47年)|日中共同声明を発表
田中角栄首相と周恩来首相が北京で共同声明へ署名し、日本と中華人民共和国の国交を正常化しました。東アジアの外交・経済関係を大きく変えましたが、日本は台湾との外交関係を断ち、戦争賠償と侵略責任は国家間合意として処理されました。被害者個人と台湾住民の声が十分反映されたとは言えません。 - 1977年9月29日|宇宙ステーション・サリュート6号打ち上げ
ソ連がサリュート6号を打ち上げ、二つのドッキング口と補給船によって長期滞在・国際共同飛行を可能にしました。後のミールや国際宇宙ステーションへ技術的経験を残しましたが、冷戦の威信競争と軍事技術に支えられ、乗員の健康リスクや失敗情報の統制も伴いました。 - 1982年9月29日|シカゴでタイレノール毒物混入事件が発覚
市販鎮痛薬カプセルへ青酸化合物が混入され、シカゴ周辺で相次いで死者が確認されました。製品の大規模回収と改ざん防止包装、危機広報の強化を促しましたが、犯人は確定していません。未解決事件を特定人物の犯行と断定せず、模倣事件と社会不安への影響も区別すべきです。 - 1988年9月29日|スペースシャトル飛行再開
チャレンジャー号事故から約2年8か月後、ディスカバリー号のSTS-26が打ち上げられました。固体ロケットブースターの改修と安全審査を経た再開でしたが、組織文化と納期圧力の問題が完全に解消したわけではありません。技術的成功だけで七人の犠牲と意思決定の失敗を過去にしてはいけません。 - 1990年9月29日|ワシントン大聖堂の主要工事完成
1907年の定礎から83年を経て、ワシントン大聖堂で最後の頂華が据えられ主要建築工事が完成しました。国葬や追悼の場として米国の公共宗教を象徴しますが、聖公会施設を「国家の大聖堂」と呼ぶことには政教関係と宗教多様性の問題があります。建物には南軍を顕彰した表象も残りました。 - 1992年9月29日|ブラジル下院がコロール大統領の弾劾審理を承認
ブラジル下院が汚職疑惑をめぐりフェルナンド・コロール大統領の弾劾手続き開始を圧倒的多数で承認しました。民政移管後の制度的な権力監視を示しましたが、街頭運動、メディア、政党再編の利害も作用しました。弾劾が常に司法的中立を保証するわけではありません。 - 1999年9月29日(平成11年)|下関通り魔殺人事件
男が自動車で下関駅構内へ突入した後、刃物で利用者を襲い、死者と多数の負傷者を出しました。駅の安全対策と被害者支援を問い直しましたが、加害者の障害や孤立を短絡的に犯罪原因と結び付ける報道は偏見を強めます。責任追及と属性差別を分ける必要があります。 - 2006年9月29日|ゴル航空1907便墜落
ブラジル上空で旅客機とビジネスジェットが空中衝突し、旅客機の乗員乗客154人全員が死亡しました。航空管制、通信、トランスポンダー運用の複合的失敗が調査されましたが、外国人操縦士だけに責任を集中する報道が起こりました。事故は個人・管制・制度を分けずに検証する必要があります。 - 2008年9月29日|米下院が金融安定化法案をいったん否決
世界金融危機のさなか、米下院が不良資産救済策を否決し、ダウ平均株価は当時過去最大の下げ幅を記録しました。後に修正法案が成立しましたが、公的資金が金融機関を救い住宅差し押さえ被害者への支援は不十分だという不信が残りました。市場下落だけで政策の是非は判断できません。 - 2009年9月29日|サモア沖地震・津波
サモア諸島沖の大地震で津波が発生し、サモア、米領サモア、トンガで多数の住民が死亡しました。地域の避難訓練と警報体制を見直す契機となりましたが、沿岸集落の立地、通信、観光開発、離島の医療格差が被害と復旧を左右しました。伝統的な高台避難の知識も重要でした。 - 2011年9月29日|中国が天宮1号を打ち上げ
中国が軌道上実験機・天宮1号を打ち上げ、後の有人宇宙船とのドッキングと独自宇宙ステーション建設へ道を開きました。宇宙科学と有人滞在技術を前進させましたが、軍民両用性、予算の優先順位、運用終了後の制御不能な再突入を含め、全過程の透明性が問われました。 - 2013年9月29日|グジバ大学襲撃
ナイジェリア北東部ヨベ州で武装勢力が農業大学の寮を襲い、多数の学生を殺害しました。ボコ・ハラムによる教育施設攻撃と地域の治安崩壊を示しましたが、被害者数には資料差があります。宗教だけを原因とせず、国家の腐敗、貧困、軍の人権侵害が暴力の連鎖へ与えた影響も見る必要があります。