9月12日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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9月12日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢36名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】9月12日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、9月12日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1875年尾上松之助歌舞伎俳優・映画俳優
1876年相馬黒光実業家・社会事業家
1880年富崎春昇三味線奏者
1887年堅山南風日本画家
1894年徳田球一政治家・日本共産党書記長
1896年河野与一哲学者・翻訳家
1898年茂木七郎治肥料商・実業家・政治家
1900年椎名隆弁護士・政治家
1903年梅根悟教育学者
1913年豊田英二実業家・トヨタ自動車会長
1920年後藤喜八郎政治家・武蔵野市長
1924年田邊朋之医師・京都市長
1926年西澤潤一工学者
1929年沓掛哲男建設官僚・政治家
1933年片岡文雄詩人
1936年溝上恵地震学者
1941年千葉国男政治家
1942年関根伸夫彫刻家・現代美術家
1946年大島晃中国哲学者

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】9月12日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1492年ロレンツォ2世・デ・メディチフィレンツェ共和国の支配者
1494年フランソワ1世フランス国王
1737年リチャード・バチェアメリカの商人・郵政長官
1811年ジェームズ・ホールアメリカの地質学者・古生物学者
1818年リチャード・ジョーダン・ガトリングアメリカの発明家
1829年アンゼルム・フォイエルバッハドイツの画家
1852年H・H・アスキスイギリス首相
1858年フェルナン・クノップフベルギーの画家
1887年銭玄同中国の言語学者
1888年モーリス・シュヴァリエフランスの歌手・俳優
1897年イレーヌ・ジョリオ=キュリーフランスの物理学者・化学者
1898年ベン・シャーンリトアニア出身の画家
1900年ハスケル・カリーアメリカの数学者・論理学者
1902年ジュセリーノ・クビチェックブラジル大統領
1913年ジェシー・オーエンスアメリカの陸上競技選手
1921年スタニスワフ・レムポーランドの小説家・思想家
1924年アミルカル・カブラルギニアビサウ・カーボベルデ独立運動指導者

9月12日生まれの代表的な偉人

尾上松之助

  • 生没年:1875年9月12日(明治8年9月12日)~1926年9月11日(大正15年9月11日)
  • 国:日本
  • 肩書き:歌舞伎俳優・映画俳優

旅回りの歌舞伎俳優から映画へ転じ、牧野省三の監督作を中心に時代劇の英雄を演じた、日本最初期の映画スターです。目を大きく見開く「目玉の松ちゃん」の見得や、忍術・立回りを活用した短編は、映画館へ大衆観客を集めました。非常に多くの作品へ出演し、日本映画の連続生産とスター制度の基礎を形づくりました。一方、出演本数は資料により大きく異なり、「千本映画俳優」という呼称を字義どおり確定値にはできません。現存作品が少なく、歌舞伎的演技を映画の未熟さとしてだけ見る評価や、封建的英雄像・障害表象の問題も再検討が必要です。

相馬黒光

  • 生没年:1876年9月12日(明治9年9月12日)~1955年3月2日(昭和30年3月2日)
  • 国:日本
  • 肩書き:実業家・社会事業家

夫の相馬愛蔵と新宿中村屋を育て、パン、菓子、インド式カリーなどを扱う都市文化の拠点をつくりました。荻原守衛、中村彝ら芸術家を支援し、亡命中のインド独立運動家ラス・ビハリ・ボースをかくまうなど、店を国際的な交流空間にしました。女性の教育と社会参加を模索した回想も、明治・大正期の思想史を伝えます。一方、「中村屋サロン」の華やかな物語は、黒光や女性従業員の継続的な家事・経営労働を個人的献身へ回収しがちです。アジア主義と日本の帝国拡張が接近した時代背景を踏まえ、反植民地運動支援を単純な国際親善として美化しない必要があります。

豊田英二

  • 生没年:1913年9月12日(大正2年9月12日)~2013年9月17日(平成25年9月17日)
  • 国:日本
  • 肩書き:実業家・トヨタ自動車社長・会長

豊田自動織機から自動車部門へ入り、戦後の工場再建、品質管理、小型車の量産、海外展開を長く指揮しました。ジャスト・イン・タイムや自働化を柱とするトヨタ生産方式を大野耐一らと組織全体へ定着させ、世界の製造業に「リーン生産」のモデルを与えました。米国での現地生産や高級車レクサスへの道も開きました。一方、効率化は下請け企業への圧力、長時間・高密度労働、需要変動の負担移転と結び付くとの批判があります。自動車社会が生む事故、渋滞、温室効果ガスまで含めれば、企業成長だけで功績を測ることはできません。

西澤潤一

  • 生没年:1926年9月12日(大正15年9月12日)~2018年10月21日(平成30年10月21日)
  • 国:日本
  • 肩書き:工学者

東北大学で半導体工学を研究し、PINダイオード、静電誘導トランジスタ、光通信に関わる半導体レーザーや光ファイバーの着想・開発を進めました。産学連携と特許を重視し、電子・通信技術を日本で自立的に育てる研究体制を訴えました。省電力素子や光通信の発展に先見的な影響を与え、「ミスター半導体」とも呼ばれました。一方、複数の発明には同時期の研究者や企業による並行開発があり、優先権を一人へ集約する表現には議論があります。国家的技術競争を強く意識した主張も、軍民両用性や研究資金配分の公平を含めて検討する必要があります。

フランソワ1世

  • 生没年:1494年9月12日~1547年3月31日
  • 国:フランス王国
  • 肩書き:フランス国王

1515年に即位し、イタリア戦争を通じてハプスブルク家のカール5世と長く競いました。レオナルド・ダ・ヴィンチを招き、フォンテーヌブロー宮殿の造営や王立図書館の充実を進め、フランス・ルネサンスの保護者として知られます。ヴィレル=コトレ勅令は司法・行政文書にフランス語を用いさせ、王権と行政の統合を促しました。一方、戦争は重税と人的損失を招き、1525年のパヴィア敗北では捕虜となりました。宗教改革への姿勢も寛容一辺倒ではなく、檄文事件後のプロテスタント弾圧を含むため、芸術の庇護者という像だけでは統治を評価できません。

リチャード・ジョーダン・ガトリング

  • 生没年:1818年9月12日~1903年2月26日
  • 国:アメリカ合衆国
  • 肩書き:発明家

農業機械の発明経験を応用し、手回しで複数の銃身を回転させ連続射撃するガトリング砲を1860年代に開発しました。装填と冷却を機械的に分散する構造は、後の機関銃や回転砲身兵器へ技術的影響を与えました。本人は一挺で多数の兵士を代替すれば軍隊と戦死者を減らせると主張しました。一方、実際には高い火力が植民地戦争や労働争議の鎮圧を含む暴力の効率を高め、軍拡を止めませんでした。発明者の平和的意図を引用して兵器の社会的結果を免責せず、誰がどこでその火力を受けたかを見る必要があります。

イレーヌ・ジョリオ=キュリー

  • 生没年:1897年9月12日~1956年3月17日
  • 国:フランス
  • 肩書き:物理学者・化学者

マリとピエール・キュリーの娘として放射線研究に入り、第一次世界大戦中は移動X線装置による負傷兵の診断を助けました。夫フレデリックと、安定元素へ粒子を当てて人工的に放射性同位体を作る人工放射能を発見し、1935年にノーベル化学賞を受賞しました。医療用同位体と原子核研究の発展に道を開き、女性の科学教育と反ファシズムにも関わりました。一方、放射線防護が不十分な時代の研究で被曝し、白血病で亡くなりました。核科学は診断・治療だけでなく兵器と原子力国家にも利用され、家族名による「科学王朝」の物語が共同研究者を隠す点にも注意が必要です。

ベン・シャーン

  • 生没年:1898年9月12日~1969年3月14日
  • 国:ロシア帝国領リトアニア出身
  • 肩書き:画家・写真家・グラフィックデザイナー

ユダヤ系移民としてアメリカへ渡り、サッコとヴァンゼッティ事件、労働運動、貧困を絵画とポスターで扱う社会的リアリズムを築きました。ニューディール期には農業安定局の写真家として南部や中西部を記録し、文字と画像を組み合わせた造形は報道、広告、公共美術へ影響しました。戦後も核兵器と公民権をめぐる作品を制作しました。一方、政府事業の写真には被写体の貧困を国家政策の物語へ組み込む権力差があり、政治的善意だけで表象の問題は解消しません。冷戦期の反共主義に抗した一方、象徴化が個々の人物を典型へ還元する危険もあります。

スタニスワフ・レム

  • 生没年:1921年9月12日~2006年3月27日
  • 国:ポーランド
  • 肩書き:小説家・思想家

現在のウクライナ領リヴィウでユダヤ系家庭に生まれ、ナチ占領と戦後の国境変更を経験してクラクフへ移りました。『ソラリス』『泰平ヨンの航星日記』などで、異質な知性との意思疎通、技術予測、官僚制、認識の限界を風刺と科学的想像力で描きました。情報社会や仮想現実を論じた評論はSFの枠を越えて哲学・未来学へ影響しました。一方、社会主義体制の検閲下で初期作に妥協があり、英語圏では不完全な重訳が作品像を左右しました。女性人物の少なさや、人間中心主義を批判しながら男性的知識人を中心に置く限界も指摘されています。

アミルカル・カブラル

  • 生没年:1924年9月12日~1973年1月20日
  • 国:ポルトガル領ギニア出身
  • 肩書き:農学者・独立運動指導者

農学者として植民地ギニアの土地と農業を調査し、その知識を農民組織化へ結び付けてギニア・カーボベルデ独立アフリカ党を率いました。文化を抵抗の基盤と捉え、階級、自立、植民地支配後の国家建設を論じた演説はアフリカ解放思想に広く影響しました。解放区で学校や医療制度を整え、ポルトガル支配を軍事・政治の両面から揺さぶりました。一方、武装闘争は住民を戦闘と報復へ巻き込み、党内のギニア人とカーボベルデ系幹部の緊張も深刻でした。独立直前の暗殺と、その後の一党支配を踏まえ、指導者の理論を国家の実践と同一視しない必要があります。

9月12日に起きた歴史的な出来事

  • 1629年9月12日(寛永6年7月25日)|紫衣事件で沢庵らを流罪
    江戸幕府の許可なく高僧へ紫衣を与えた朝廷の慣行を幕府が無効とし、抗議した沢庵宗彭らを流罪にしました。幕府が寺院と朝廷の権威を法令で統制した事件で、近世秩序の安定という面と、宗教・宮廷の自律を抑える国家権力という面を持ちます。
  • 1683年9月12日|ウィーンの戦い
    オスマン帝国軍に包囲されたウィーンを、ポーランド王ヤン3世らの連合軍が救援して勝利しました。中東欧の勢力関係を変えた節目ですが、「キリスト教世界対イスラム」という単純な文明衝突像は、複雑な同盟、交易、宗派対立を隠し、現代の排外主義に利用される危険があります。
  • 1848年9月12日|スイス連邦憲法を採択
    分離同盟戦争後、州の連合体だったスイスが連邦政府と二院制議会を持つ憲法を採択しました。近代連邦国家と直接民主制の基礎になりましたが、当初の参政権は男性中心で、女性の連邦参政権実現は1971年まで待たねばなりませんでした。
  • 1871年9月12日(明治4年7月28日)|兵部省海軍部水路局を設置
    日本の近代的な海図作成を担う水路機関が設けられ、測量、海象観測、航海情報の整備が始まりました。安全な海運と科学調査を支えた一方、海図は海軍作戦と植民地拡張にも不可欠であり、技術の発達を軍事目的から切り離しては評価できません。
  • 1910年9月12日|マーラー交響曲第8番が初演
    ミュンヘンでグスタフ・マーラー自身の指揮により交響曲第8番が初演され、大編成の独唱・合唱・管弦楽が聴衆を圧倒しました。「千人の交響曲」という宣伝は作品の普及に寄与しましたが、巨大公演は多額の資金と労働を要し、芸術を規模と成功で測る見方も強めました。
  • 1919年9月12日|ヒトラーがドイツ労働者党の集会を偵察
    軍の政治教育・監視任務でアドルフ・ヒトラーがドイツ労働者党の集会へ出席し、まもなく入党しました。後のナチ党形成につながる小さな転機でしたが、独裁の成立を一人の弁舌だけで説明せず、敗戦、反ユダヤ主義、反共主義、保守エリートの協力を見る必要があります。
  • 1940年9月12日|ラスコー洞窟壁画を発見
    フランス南西部で少年たちが旧石器時代の動物壁画を持つ洞窟を発見し、人類の表現史を考える重要資料となりました。公開後、観光客の呼気や微生物で壁画が傷み閉鎖されたため、文化遺産へのアクセスと保存をどう両立するかという課題も示しました。
  • 1942年9月12日|ラコニア号事件
    西アフリカ沖でドイツ潜水艦が英客船ラコニアを撃沈しましたが、捕虜が多数乗船していたと知り救助を始めました。救助中の潜水艦が米軍機に攻撃された後、ドイツ側は救助を制限する命令を出し、総力戦が海難救助と捕虜保護の規範を崩した悲劇となりました。
  • 1958年9月12日|キルビーが集積回路を実演
    テキサス・インスツルメンツのジャック・キルビーが、一枚の半導体上に回路要素を形成した試作回路を動作させました。電子機器の小型化を開く節目でしたが、実用化にはロバート・ノイスらの技術も不可欠で、特許競争と企業中心の英雄史だけでは革新の共同性を説明できません。
  • 1959年9月12日|ソ連がルナ2号を打ち上げ
    ソ連が月面衝突を目指す探査機ルナ2号を打ち上げ、翌々日に人類初の月到達を実現しました。宇宙科学の画期でしたが、冷戦下のミサイル技術と宣伝競争に支えられ、失敗の秘匿や軍事利用と一体だった点も見落とせません。
  • 1962年9月12日|ケネディ大統領が月計画演説
    ライス大学でケネディ大統領が1960年代中の有人月着陸を掲げ、困難だからこそ挑むと訴えました。科学技術と国家目標を結集する言葉として知られますが、宇宙競争は冷戦の威信と軍事開発に根差し、巨額予算の社会的優先順位をめぐる反対もありました。
  • 1974年9月12日|ハイレ・セラシエ1世が廃位
    エチオピア軍部のデルグが皇帝を退位させ、長い帝政を終わらせました。飢饉への対応失敗と格差への不満が背景でしたが、その後の軍事政権は「赤色テロ」、内戦、強制移住を伴い、革命が民衆の苦境を直ちに解消したわけではありません。
  • 1980年9月12日|トルコ軍事クーデター
    ケナン・エヴレン参謀総長らが政権を掌握し、議会と政党を解散して多数の市民を拘束しました。政治暴力を止める名目でしたが、拷問、死刑、労働運動と少数民族への弾圧を伴い、軍の政治介入を制度化する1982年憲法へつながりました。
  • 1990年9月12日|ドイツ最終規定条約を調印
    東西ドイツと米英仏ソの六か国が「2プラス4条約」に署名し、統一ドイツの主権、国境、軍事的地位を確定しました。冷戦終結の外交的成果でしたが、統一後の東西経済格差や、欧州安全保障をめぐる解釈対立まで解決した条約ではありません。
  • 1992年9月12日|スペースシャトル・エンデバーがSTS-47を打ち上げ
    毛利衛が日本人として初めてスペースシャトルで宇宙へ飛び、メイ・ジェミソンは黒人女性初の宇宙飛行士となりました。生命科学・材料実験を進めた国際協力の飛行でしたが、代表性の達成だけで科学界の構造的不平等や有人宇宙飛行の費用・危険が消えたわけではありません。
  • 2014年9月12日(平成26年)|iPS細胞由来組織を用いた初の移植手術
    理化学研究所などのチームが、iPS細胞から作った網膜色素上皮細胞を滲出型加齢黄斑変性の患者へ移植しました。再生医療の臨床応用に道を開く試みでしたが、安全性、長期効果、費用、患者の同意を慎重に検証し、研究上の一例を確立治療と誤解させない説明が必要です。

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