6月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

偉人
  1. ホーム
  2. 偉人
  3. 6月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

6月15日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢28名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】6月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。

生年人物名肩書き
1658年秋月種政高鍋藩第4代藩主
1664年土井利意大野藩第2代藩主
1670年伊藤東涯儒学者
1747年高山彦九郎尊王思想家
1756年丹羽長貴二本松藩第7代藩主
1763年小林一茶俳人
1789年土井利位古河藩主・江戸幕府老中
1833年岸田吟香新聞記者・実業家
1839年初代稀音家浄観長唄三味線方
1850年大浦兼武政治家・内務大臣
1859年青山胤通内科医・東京帝国大学医科大学長
1880年永野修身海軍軍人・軍令部総長
1886年山崎猛政治家・衆議院議長
1890年宇都宮新八郎大相撲力士
1891年古畑種基法医学者
1891年山本卯太郎橋梁技術者
1892年高山義三政治家・京都市長
1894年初代米川文子箏曲家

【海外】6月15日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1330年エドワード黒太子イングランド王太子・軍人
1594年ニコラ・プッサン画家
1623年コルネリス・デ・ウィットオランダの政治家
1754年ファン・ホセ・デ・エルヤル化学者・鉱物学者
1763年フランツ・ダンツィ作曲家・チェリスト
1843年エドヴァルド・グリーグ作曲家
1861年エルネスティーネ・シューマン=ハインクオペラ歌手
1864年ギィ・ロパルツ作曲家
1888年ポール・ヴィノグラドフピアニスト・作曲家・音楽教師
1902年エリク・エリクソン発達心理学者・精神分析家

6月15日生まれの代表的な偉人

エドワード黒太子

  • 生没年:1330年6月15日~1376年6月8日
  • 国:イングランド
  • 肩書き:王太子・軍人

百年戦争で父エドワード3世の軍を率い、クレシーの戦い、ポワティエの戦いなどで勝利しました。長弓兵と下馬騎士を組み合わせた戦術は、騎士の突撃を中心とする戦い方を変えます。アキテーヌ統治では重税と報復的な軍事行動が反発を招き、リモージュ攻略時の殺害でも知られます。父より先に死んだため即位せず、息子リチャード2世が王位を継ぎました。騎士道の英雄像と戦争の苛烈さを併せ持つ人物です。

ニコラ・プッサン

  • 生没年:1594年6月15日~1665年11月19日
  • 国:フランス
  • 肩書き:画家

ローマで古代彫刻とルネサンス美術を研究し、聖書、神話、歴史の場面を、人物の身振りと幾何学的な構図によって秩序立てて描きました。色彩の華やかさより、物語を理性で組み立てる素描と構成を重視します。フランス王の首席画家に任じられましたが宮廷を離れ、ローマで制作を続けました。その古典主義は王立絵画彫刻アカデミーの規範となり、ダヴィッドやセザンヌまでフランス絵画の構成意識を支えました。

伊藤東涯

  • 生没年:1670年6月15日(寛文10年4月28日)~1736年7月17日(元文元年6月9日)
  • 国:日本
  • 肩書き:儒学者

父伊藤仁斎の古義学を継ぎ、京都の私塾古義堂で多数の門人を育てました。経書の言葉を後世の形而上学から切り離し、古い用例と文脈に即して読む方法を、語彙研究や制度考証によって精密にします。また中国歴代の制度や地理を整理し、日本で清朝考証学が本格的に知られる前に実証的な学問を進めました。父の思想を保存するだけでなく、資料に基づく検証可能な研究へ発展させた江戸儒学の重要人物です。

高山彦九郎

  • 生没年:1747年6月15日(延享4年5月8日)~1793年8月4日(寛政5年6月28日)
  • 国:日本
  • 肩書き:尊王思想家

各地を旅して公家、学者、藩士と交流し、天皇を政治的・道徳的秩序の中心と見る尊王論を説きました。京都の三条大橋で御所を伏し拝んだ逸話は、のちの尊王運動の象徴となります。幕府転覆の具体的運動を組織したわけではありませんが、詳細な旅日記と人的ネットワークが幕末志士に読まれました。その思想は近代国家の忠君観にも利用され、江戸後期の学問が政治意識へ変わる過程を示します。

小林一茶

  • 生没年:1763年6月15日(宝暦13年5月5日)~1828年1月5日(文政10年11月19日)
  • 国:日本
  • 肩書き:俳人

幼くして母を失い、奉公、長い漂泊、遺産争い、子どもたちの死を経験しながら、名もない人々や雀、蛙、虫へ寄り添う俳句を詠みました。小さな生命に自分と同じ喜びや苦しみを見る擬人化と、口語的でユーモラスな表現が特徴です。『おらが春』では私生活の悲哀と浄土真宗の信仰を飾らず記しました。芭蕉や蕪村とは異なる庶民的な視点から、俳句が扱う感情と対象を大きく広げた俳人です。

岸田吟香

  • 生没年:1833年6月15日(天保4年4月28日)~1905年6月7日(明治38年6月7日)
  • 国:日本
  • 肩書き:新聞記者・実業家

幕末にヘボンの和英辞典編纂を助け、のち『東京日日新聞』で、話し言葉に近い平明な文章を用いて従軍記事や社会の動きを伝えました。日本初期の職業的新聞記者の一人です。また目薬「精錡水」を販売し、新聞広告と流通を活用して事業を成功させました。中国での情報活動や日清貿易にも関わり、報道、広告、医薬品、対外進出が結びついた明治初期のメディア産業を体現しました。

エドヴァルド・グリーグ

  • 生没年:1843年6月15日~1907年9月4日
  • 国:ノルウェー
  • 肩書き:作曲家・ピアニスト

ノルウェーの民謡や舞曲の旋律・リズムを西洋の和声と小形式に取り入れ、自国の風景と言葉に根ざす国民音楽を築きました。劇音楽『ペール・ギュント』、ピアノ協奏曲、『抒情小曲集』は国外でも広く演奏されます。大規模な交響曲より、短い曲の中で色彩と情景を凝縮することに優れました。政治的独立へ向かう時代に、周縁と見られた北欧の文化を国際的な演奏会の中心へ運んだ作曲家です。

青山胤通

  • 生没年:1859年6月15日(安政6年5月15日)~1917年12月23日(大正6年12月23日)
  • 国:日本
  • 肩書き:内科医・東京帝国大学医科大学長

ドイツ医学を学び、東京帝国大学で内科学と病理解剖に基づく臨床教育を整えました。1894年に香港でペストが流行すると調査団を率い、現地で自ら感染しながら生還しています。北里柴三郎とのペスト菌発見をめぐる評価や、脚気研究の方針には論争も残りました。診察、検査、病理を結ぶ大学医学の制度化を進め、明治日本の医師養成と感染症研究に大きな影響を与えた人物です。

永野修身

  • 生没年:1880年6月15日(明治13年6月15日)~1947年1月5日(昭和22年1月5日)
  • 国:日本
  • 肩書き:海軍軍人・軍令部総長

海軍兵学校長、海軍大臣、連合艦隊司令長官を歴任し、太平洋戦争開戦時には軍令部総長として海軍の作戦指導の頂点にいました。対米開戦の危険を認識しながら、政府と軍の決定過程で開戦計画を承認します。戦後、極東国際軍事裁判の被告となりましたが判決前に病死しました。個人の慎重論が組織の決定を止められなかった経緯は、戦争指導の責任と日本軍の制度的欠陥を考える重要な事例です。

古畑種基

  • 生没年:1891年6月15日(明治24年6月15日)~1975年5月6日(昭和50年5月6日)
  • 国:日本
  • 肩書き:法医学者

血液型の遺伝と分布を研究し、親子鑑定や犯罪捜査に血液型検査を取り入れて、日本の法医学を制度的に発展させました。多数の事件で鑑定を担い、科学的証拠の重要性を社会へ広めます。一方、財田川事件、松山事件、島田事件など後に再審無罪となった裁判での鑑定には重大な疑義が指摘されました。科学鑑定が権威として独り歩きする危険と、再検証可能性の必要を教える存在でもあります。

エリク・エリクソン

  • 生没年:1902年6月15日~1994年5月12日
  • 国:ドイツ・アメリカ
  • 肩書き:発達心理学者・精神分析家

人の発達を幼児期で終わらせず、老年期まで八つの段階に分け、それぞれに信頼、同一性、親密性などの心理社会的課題があると論じました。特に青年期に自分が何者かを探す「アイデンティティ」の概念を普及させます。個人の内面だけでなく、家族、文化、歴史との関係から発達を捉え、著名人の伝記研究や先住民社会の観察も行いました。生涯発達という見方を教育、医療、社会科学へ定着させました。

6月15日に起きた歴史的な出来事

  • 745年6月15日(天平17年5月11日)|都を平城京へ戻す
    聖武天皇が恭仁京、難波宮、紫香楽宮と遷都を重ねた後、都を平城京へ戻しました。疫病や政争、大仏造立が続く中で揺れた国家の中心が再び奈良に定まりました。
  • 1189年6月15日(文治5年閏4月30日)|衣川の戦いで源義経が死去
    奥州藤原氏を頼った源義経が、藤原泰衡の軍に平泉の衣川館を襲われ、自害したとされます。頼朝はその後奥州へ進軍し、藤原氏を滅ぼしました。
  • 1215年6月15日|マグナ・カルタ承認
    イングランド王ジョンが、反乱した諸侯の要求を受けてマグナ・カルタに同意しました。王権も法に従うという原則が、後世の立憲政治と権利保障の象徴になりました。
  • 1389年6月15日|コソボの戦い
    セルビアを中心とするバルカン諸勢力とオスマン帝国がコソボ平原で戦いました。双方の君主が死亡し、戦いの記憶は後世のセルビア民族意識に大きく用いられました。
  • 1520年6月15日|教皇勅書『エクススルゲ・ドミネ』
    教皇レオ10世がルターの主張を異端として非難し、撤回を求める勅書を発しました。ルターはこれを焼き、宗教改革とローマ教会の断絶が決定的になりました。
  • 1775年6月15日|ワシントンを大陸軍総司令官に選出
    第二次大陸会議がジョージ・ワシントンを大陸軍の総司令官に全会一致で選びました。地域ごとの抵抗を統一し、独立戦争を継続する政治的な求心力となりました。
  • 1864年6月15日|アーリントン国立墓地設置
    南北戦争の戦死者を埋葬するため、南軍リー将軍の家族が所有していた邸宅周辺に軍人墓地が設けられました。後にアメリカの国家的追悼空間となりました。
  • 1896年6月15日(明治29年)|明治三陸地震津波
    三陸沖の地震に伴う巨大津波が東北の沿岸集落を襲い、約2万2千人が死亡しました。揺れが比較的小さいのに大津波となる「津波地震」の典型例です。
  • 1904年6月15日|蒸気船ジェネラル・スローカム火災
    ニューヨークのイースト川を航行中の遊覧船で火災が起き、千人以上が死亡しました。救命設備の不備と検査の腐敗が明らかになり、船舶安全規制が強化されました。
  • 1919年6月15日|初の無着陸大西洋横断飛行に成功
    アルコックとブラウンの複葉機が、ニューファンドランドから約16時間でアイルランドへ到着しました。大洋を無着陸で越え、長距離航空の可能性を実証しました。
  • 1934年6月15日|グレート・スモーキー山脈国立公園設立
    アメリカ東部のアパラチア山脈に国立公園が設けられました。土地の買い上げと住民移転を伴いながら、森林と生物多様性を保全する広大な区域が作られました。
  • 1944年6月15日|サイパンの戦いが始まる
    アメリカ軍が日本の委任統治領サイパン島へ上陸しました。島の陥落で日本本土がB29爆撃機の行動圏に入り、東條内閣退陣の一因となりました。
  • 1948年6月15日|『人民日報』創刊
    中国共産党の華北局機関紙を基に『人民日報』が創刊されました。中華人民共和国成立後は党中央委員会の機関紙となり、党の政策と公式見解を伝える役割を担います。
  • 1952年6月15日|パレンケでパカル王の墓を発見
    考古学者アルベルト・ルスが、メキシコの碑文の神殿内部でマヤのパカル王の石棺を発見しました。神殿ピラミッドが王墓でもあったことを示す画期的な発見でした。
  • 1960年6月15日(昭和35年)|安保闘争で樺美智子が死亡
    新日米安全保障条約に反対する国会デモで警官隊と学生が衝突し、東京大学生の樺美智子が死亡しました。政治的緊張は頂点に達し、米大統領訪日は中止されました。

関連記事

6月15日前後の偉人と出来事

6月15日生まれの人物