
5月1日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢79名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】5月1日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1781年 | 橘守部 | 国学者 |
| 1827年 | 木村正辞 | 国学者、国文学者 |
| 1866年 | 海野三次郎 | 実業家、弓道家、海野組創業者 |
| 1870年 | 木村秀蔵 | アース製薬創業者 |
| 1870年 | 濱口雄幸 | 第27代内閣総理大臣 |
| 1876年 | 大角岑生 | 日本海軍軍人 |
| 1876年 | 渡邊千冬 | 政治家、実業家、書家、第32代司法大臣 |
| 1891年 | 伊東延吉 | 官僚 |
| 1892年 | 田口運蔵 | 社会主義運動家 |
| 1896年 | 玉川勝太郎(2代目) | 浪曲師 |
| 1899年 | 藤島亥治郎 | 建築史家 |
| 1902年 | 中村栄孝 | 歴史学者 |
| 1902年 | 黒沼健 | 推理作家 |
| 1903年 | 橋本五郎 | 推理作家 |
| 1903年 | 鹿地亘 | 作家、評論家 |
| 1904年 | 貝塚茂樹 | 中国史学者・東洋学者 |
| 1905年 | 三味線豊吉 | 三味線奏者、放送タレント |
| 1905年 | 大久保康雄 | 翻訳家 |
| 1905年 | 岸輝子 | 女優、劇団俳優座共同創設者 |
| 1906年 | 須田剋太 | 洋画家・書家 |
| 1908年 | 土橋一吉 | 政治家、労働運動家 |
| 1911年 | 鈴木力衛 | フランス文学者 |
| 1913年 | 佐藤一郎 | 政治家 |
| 1915年 | 坪井東 | 実業家、元三井不動産社長 |
| 1915年 | 長田正松 | 実業家、政治運動家(日本愛酢党党首) |
| 1916年 | 一色次郎 | 小説家 |
| 1919年 | 宗左近 | 詩人・評論家・フランス文学者 |
| 1919年 | 小島直記 | 小説家 |
| 1920年 | 草間時彦 | 俳人 |
| 1921年 | 吉田光邦 | 科学史家 |
| 1922年 | 林厳雄 | 物理学者 |
| 1925年 | 大道寺小三郎 | 銀行家、元みちのく銀行頭取 |
| 1926年 | 中谷鉄也 | 弁護士、政治家 |
| 1926年 | 依光隆 | 挿絵画家、イラストレーター |
| 1926年 | 大原光憲 | 政治学者、中央大学名誉教授 |
| 1927年 | 北杜夫 | 小説家・精神科医 |
| 1927年 | 吉村昭 | 小説家 |
| 1931年 | あずさ欣平 | 声優、演出家 |
| 1931年 | 杉田郁子 | 声優 |
| 1933年 | 葉山峻 | 政治家 |
| 1933年 | 長尾立子 | 政治家 |
| 1934年 | 西川長夫 | 文学者、社会学者 |
| 1942年 | 三沢彰 | 造園家、造園学者 |
| 1947年 | 清水千尋 | 民法学者 |
【海外】5月1日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1218年 | ルドルフ1世 | ローマ王 |
| 1238年 | マグヌス6世 | ノルウェー王 |
| 1591年 | アダム・シャール | イエズス会宣教師・天文学者 |
| 1672年 | ジョゼフ・アディソン | 詩人、随筆家 |
| 1824年 | アレキサンダー・ウィリアムソン | 化学者 |
| 1825年 | ジョージ・イネス | 風景画家 |
| 1825年 | ヨハン・ヤコブ・バルマー | 数学者、物理学者 |
| 1827年 | ジュール・ブルトン | 画家・詩人 |
| 1829年 | ジョゼ・デ・アレンカール | 小説家・劇作家・政治家 |
| 1831年 | エミリー・ストウ | 医師・女性参政権運動家 |
| 1850年 | アーサー・ウィリアム・パトリック | コノート公 |
| 1852年 | サンティアゴ・ラモン・イ・カハール | 神経解剖学者 |
| 1855年 | セシリア・ボー | 肖像画家 |
| 1857年 | テオドルス・ファン・ゴッホ | 画商 |
| 1864年 | アンナ・ジャーヴィス | 社会運動家 |
| 1872年 | シドニオ・パイス | 政治家、ポルトガル大統領 |
| 1872年 | ヒューゴ・アルヴェーン | 作曲家、指揮者 |
| 1873年 | コンスタンチン・イグームノフ | ピアニスト、作曲家、音楽教師 |
| 1881年 | ピエール・テイヤール・ド・シャルダン | 古生物学者・イエズス会司祭・思想家 |
| 1899年 | ヨン・レイフス | 作曲家 |
| 1900年 | イニャツィオ・シローネ | 小説家・政治家 |
| 1909年 | ヤニス・リッツォス | 詩人・劇作家 |
| 1912年 | オットー・クレッチマー | ドイツ海軍軍人 |
| 1916年 | グレン・フォード | 俳優 |
| 1917年 | ダニエル・ダリュー | 女優 |
| 1923年 | ジョセフ・ヘラー | 小説家・劇作家 |
| 1924年 | エヴリン・ボイド・グランヴィル | 数学者・計算機科学者 |
| 1924年 | グレゴイール・カイバンダ | 政治家、初代ルワンダ大統領 |
| 1924年 | テリー・サザーン | 作家、脚本家 |
| 1925年 | スコット・カーペンター | 宇宙飛行士・海軍飛行士 |
| 1926年 | ピーター・ラックス | 数学者 |
| 1927年 | ガリー・ベルティーニ | 指揮者 |
| 1929年 | ラルフ・ダーレンドルフ | 社会学者、政治家 |
| 1930年 | ノラ・グルムリーコヴァー | ヴァイオリニスト |
| 1930年 | リトル・ウォルター | ハーモニカ奏者 |
5月1日生まれの代表的な偉人
橘守部
- 生没年:1781年5月1日(天明元年4月8日)~1849年7月13日(嘉永2年5月24日)
- 国:日本
- 肩書き:国学者
独学で古典を読み、本居宣長の学統に距離を置きながら『古事記』『日本書紀』『万葉集』の語法と思想を研究しました。神話を精密に解釈した『稜威道別』や古語研究を通じ、特定の師系に属さない国学の方法を示しています。幕末国学の四大人の一人に数えられ、古典の本文へ戻って自ら問いを立てる在野研究の力を体現しました。
濱口雄幸
- 生没年:1870年5月1日(明治3年4月1日)~1931年8月26日(昭和6年8月26日)
- 国:日本
- 肩書き:第27代内閣総理大臣
立憲民政党総裁として首相に就き、財政規律と国際協調を掲げて金解禁を断行しました。世界恐慌下での緊縮政策は深刻なデフレを招きましたが、ロンドン海軍軍縮条約を結んで軍備制限と文民政治を守ろうとしています。条約をめぐる統帥権干犯論が高まる中で東京駅にて銃撃され、政党政治が軍部と右翼の圧力に崩れていく転機を象徴しました。
貝塚茂樹
- 生没年:1904年5月1日(明治37年5月1日)~1987年2月9日(昭和62年2月9日)
- 国:日本
- 肩書き:中国史学者・東洋学者
甲骨文や金文などの出土文字資料を文献史料と組み合わせ、古代中国国家と社会の形成を実証的に研究しました。京都大学人文科学研究所を拠点に共同研究を組織し、個人の通史では捉えにくい中国史を分野横断の成果としてまとめています。専門研究と平明な概説の双方を通じ、日本における中国古代史・考古学研究の水準と裾野を広げました。
須田剋太
- 生没年:1906年5月1日(明治39年5月1日)~1990年7月14日(平成2年7月14日)
- 国:日本
- 肩書き:洋画家・書家
具象画から抽象表現へ進み、厚く重ねた絵具と激しい筆触によって物質感の強い画面を作りました。禅や書への関心を深めた後も特定の様式へ安住せず、対象と格闘するような線と色を追究しています。司馬遼太郎の紀行『街道をゆく』の挿絵を長年担当し、土地の歴史と人の顔を即興性ある墨線で記録したことでも知られます。
宗左近
- 生没年:1919年5月1日(大正8年5月1日)~2006年6月20日(平成18年6月20日)
- 国:日本
- 肩書き:詩人・評論家・フランス文学者
東京大空襲で母を失った体験を原点に、死者の記憶と生者の責任を問い続ける長篇詩や評論を書きました。詩集『炎える母』などで個人的な罪責感を戦争と人類史の問題へ広げ、縄文美術や現代美術にも独自の言葉を向けています。学校校歌の作詞から海外詩の翻訳まで活動を広げ、反復と絶叫を含む強靱な言語で戦後詩に独特の位置を占めました。
北杜夫
- 生没年:1927年5月1日(昭和2年5月1日)~2011年10月24日(平成23年10月24日)
- 国:日本
- 肩書き:小説家・精神科医
精神科医としての観察とユーモアを生かし、『夜と霧の隅で』でナチス期ドイツの精神病院が迫られた倫理的破局を描きました。『楡家の人びと』では自身の家族をモデルに、ある病院一族の盛衰を日本近代史と重ねています。一方で「どくとるマンボウ」シリーズは旅と日常を軽妙に語り、深刻な主題と親しみやすい随筆を往復した作家です。
吉村昭
- 生没年:1927年5月1日(昭和2年5月1日)~2006年7月31日(平成18年7月31日)
- 国:日本
- 肩書き:小説家
沈没事故、漂流、戦争、医療史などを丹念な取材と史料調査によって再構成する記録文学を確立しました。『戦艦武蔵』『高熱隧道』『破獄』では、極限状況に置かれた人間と組織を抑制された文章で描いています。事実と推測の境界を厳しく見定める姿勢により、歴史小説を英雄譚ではなく無名の証言や技術の集積として読み直しました。
ルドルフ1世
- 生没年:1218年5月1日~1291年7月15日
- 国:神聖ローマ帝国
- 肩書き:ローマ王
大空位時代の末に諸侯からローマ王へ選ばれ、皇帝不在で弱体化した王権の再建に取り組みました。ボヘミア王オタカル2世を破ってオーストリアとシュタイアーマルクを獲得し、息子たちへ与えてハプスブルク家の東方基盤を築いています。皇帝戴冠には至りませんでしたが、一地方伯家を後世のヨーロッパ大王朝へ押し上げた最初の転機を作りました。
アダム・シャール
- 生没年:1591年5月1日~1666年8月15日
- 国:ドイツ・中国
- 肩書き:イエズス会宣教師・天文学者
明末の中国へ渡り、望遠鏡、天文計算、砲術などヨーロッパ科学の知識を中国語で紹介しました。徐光啓らが始めた暦法改革を継ぎ、清朝成立後は欽天監を率いて西洋天文学に基づく時憲暦の運用を担っています。順治帝の信任を得た一方、暦獄で投獄も経験し、科学交流が宮廷政治と宗教対立に左右された時代を示す人物です。
アレキサンダー・ウィリアムソン
- 生没年:1824年5月1日~1904年5月6日
- 国:イギリス
- 肩書き:化学者
エーテル生成反応を研究し、アルコキシドとハロゲン化アルキルからエーテルを合成するウィリアムソン合成を確立しました。この反応を通じて水、アルコール、エーテルを共通の分子構造で説明し、原子が結び付く仕方を考える構造化学の発展を促しています。ロンドン大学で長く教育と学会運営を担い、十九世紀有機化学を経験則から分子構造の科学へ変える一翼を担いました。
サンティアゴ・ラモン・イ・カハール
- 生没年:1852年5月1日~1934年10月17日
- 国:スペイン
- 肩書き:神経解剖学者
ゴルジ染色法を改良して神経組織を精密に描き、脳が連続した網ではなく個々の神経細胞から成ることを示しました。神経細胞が接点を介して一定方向に情報を伝えるというニューロン説を確立し、脳の発生と可塑性にも先駆的な見解を残しています。卓越した顕微鏡観察と図像化によって現代神経科学の基礎を築き、1906年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
アンナ・ジャーヴィス
- 生没年:1864年5月1日~1948年11月24日
- 国:アメリカ
- 肩書き:社会運動家
亡き母が行った公衆衛生活動を記念し、母親の個人的な献身へ感謝する日として「母の日」の制定運動を始めました。教会、企業、政治家へ手紙を送り続け、1914年にはアメリカで五月第二日曜日が国の記念日となっています。しかし花やカードの大量販売による商業化には激しく反対し、自ら作った運動の意味を取り戻すため晩年まで企業を批判しました。
ピエール・テイヤール・ド・シャルダン
- 生没年:1881年5月1日~1955年4月10日
- 国:フランス
- 肩書き:古生物学者・イエズス会司祭・思想家
地質学者・古生物学者として中国での人類化石研究に参加し、地球と生命を長い進化過程の中で捉えました。思想面では進化が複雑化と意識の発達を通じて精神的統合へ向かうという宇宙史を構想し、科学とキリスト教信仰の接続を試みています。生前は教会当局から著作公刊を制限されましたが、死後に刊行された著作は宗教思想、環境論、未来論へ広く影響しました。
ジョセフ・ヘラー
- 生没年:1923年5月1日~1999年12月12日
- 国:アメリカ
- 肩書き:小説家・劇作家
第二次世界大戦での爆撃手経験を素材に、軍の不条理な規則が兵士を逃げ場のない論理へ追い込む『キャッチ=22』を書きました。同作の表題は、矛盾する条件が互いを支えて脱出を不可能にする状況を指す一般語となっています。時系列を崩した反復、ブラックユーモア、官僚制批判によって、英雄中心だった戦争文学に新しい風刺の形式をもたらしました。
エヴリン・ボイド・グランヴィル
- 生没年:1924年5月1日~2023年6月27日
- 国:アメリカ
- 肩書き:数学者・計算機科学者
1949年に数学博士号を取得し、アメリカで同分野の博士号を得た最初期のアフリカ系女性の一人となりました。IBMでは人工衛星の軌道計算やマーキュリー計画・ヴァンガード計画を支える計算機プログラムに携わっています。その後は大学教育と数学教材開発に力を注ぎ、人種と性別の障壁を越えて科学技術分野へ進む後続世代の道を広げました。
スコット・カーペンター
- 生没年:1925年5月1日~2013年10月10日
- 国:アメリカ
- 肩書き:宇宙飛行士・海軍飛行士
マーキュリー・セブンの一人に選ばれ、1962年に宇宙船オーロラ7で地球を三周しました。燃料消費と着水地点のずれを伴う飛行でしたが、宇宙空間での観測と操縦に関する貴重なデータを持ち帰っています。飛行後は海軍の海中居住実験シーラブにも参加し、人間が宇宙と深海という二つの極限環境で活動する可能性を追究しました。
5月1日に起きた歴史的な出来事
- 1707年5月1日|グレートブリテン王国が成立
イングランドとスコットランドそれぞれの議会が可決した合同法が発効し、両国は単一のグレートブリテン王国となりました。王位だけを共有していた二国は議会と通商制度も統合しましたが、スコットランドでは主権と利益をめぐる反発が長く残りました。 - 1786年5月1日|モーツァルトの『フィガロの結婚』を初演
ウィーンのブルク劇場で、モーツァルト作曲、ダ・ポンテ台本のオペラ『フィガロの結婚』が初演されました。貴族の特権を機知と音楽で揺さぶる物語に、身分の異なる人物の感情を精密な重唱で重ね、オペラ史の基準を変えました。 - 1840年5月1日|世界初の郵便切手「ペニー・ブラック」を発行
イギリス郵政がヴィクトリア女王の肖像を印刷した一ペニー切手を発行し、5月6日から正式に使用を開始しました。料金を受取人ではなく差出人が前払いする均一郵便制度は、安価で大量の通信を可能にし世界へ広がりました。 - 1851年5月1日|ロンドン万国博覧会が開幕
ハイドパークの水晶宮で第1回万国博覧会が開かれ、各国の機械、工芸、原料、製品が一堂に展示されました。産業革命期イギリスの生産力を誇示すると同時に、博覧会という形式を技術移転、消費文化、帝国競争の舞台として定着させました。 - 1873年5月1日|ウィーン万国博覧会が開幕
日本政府が初めて公式参加したウィーン万国博覧会が、プラーター公園で開幕しました。日本の工芸品と建築展示は欧州のジャポニスムを刺激し、政府と民間に海外市場を意識した産業・デザイン政策を促しました。 - 1877年5月1日|博愛社を創設
佐野常民、大給恒らが西南戦争の負傷者を敵味方の別なく救護するため、熊本で博愛社の設立を進めました。組織はジュネーブ条約加入後の1887年に日本赤十字社と改称され、戦時救護と災害救援を担う全国組織へ発展しました。 - 1886年5月1日|シカゴで八時間労働制要求ストライキ
アメリカ各地の労働者が八時間労働を求めて一斉行動を起こし、シカゴでは数万人がストライキとデモに参加しました。数日後のヘイマーケット事件と弾圧を経て、5月1日は1890年から国際的な労働者の日であるメーデーとして広がりました。 - 1930年5月1日|冥王星の名称を正式発表
ローウェル天文台が新発見天体をPlutoと命名したことを公表しました。名称はイギリスの少女ヴェネチア・バーニーの提案に由来し、2006年に準惑星へ分類されるまで太陽系第9惑星として親しまれました。 - 1931年5月1日|エンパイア・ステート・ビルが開業
ニューヨークで高さ381メートル、102階建ての超高層ビルが完成し、フーバー大統領が遠隔操作で点灯しました。世界恐慌下の短期建設は大量の労働と鉄骨技術を象徴し、約四十年間にわたり世界一高い建築物でした。 - 1948年5月1日|海上保安庁が発足
戦後日本の領海警備、海難救助、水路測量、灯台管理を担う文民組織として海上保安庁が発足しました。非軍事化の下で海上の法執行機関を整え、密輸・不法入国対策から災害救助までを一体的に担う制度が始まりました。 - 1956年5月1日|水俣病を公式に確認
新日本窒素肥料水俣工場附属病院が、原因不明の中枢神経疾患患者の発生を水俣保健所へ届け出ました。この日が水俣病の公式確認日とされ、のちに工場排水中のメチル水銀による公害と判明するまで被害と原因究明の長い闘いが続きました。 - 1960年5月1日|ソ連が米偵察機U-2を撃墜
ソ連領空を高高度偵察していたアメリカのU-2機が地対空ミサイルで撃墜され、操縦士フランシス・ゲーリー・パワーズが拘束されました。アメリカの説明は生存した操縦士と機体残骸によって崩れ、東西首脳会談を破綻させる冷戦危機となりました。 - 1991年5月1日|台湾で動員戡乱時期臨時条款を廃止
中華民国政府が中国共産党との内戦を理由に大統領権限を拡大していた臨時条款を廃止しました。戒厳令解除に続く措置によって中国大陸奪還を前提とした非常体制が終わり、台湾の憲政民主化と議会改選が進みました。 - 2004年5月1日|欧州連合へ10か国が加盟
中東欧と地中海のチェコ、エストニア、キプロス、ラトビア、リトアニア、ハンガリー、マルタ、ポーランド、スロバキア、スロベニアがEUへ加盟しました。加盟国は25か国となり、冷戦で分断された東西ヨーロッパの制度的統合が大きく進みました。 - 2019年5月1日|徳仁天皇が即位し令和へ改元
前日の明仁天皇退位を受け、皇太子徳仁親王が第126代天皇に即位して元号が平成から令和へ変わりました。崩御を伴わない代替わりにより社会的な服喪なしで新時代へ移行し、憲政下の皇位継承のあり方を改めて問う節目となりました。