8月7日は何の日?主な事件・記念日・世界の祝日・今日の暦を紹介

今日は何の日?
  1. ホーム
  2. 今日は何の日?
  3. 8月7日は何の日?主な事件・記念日・世界の祝日・今日の暦を紹介

8月7日、今日は何の日?

2026年8月7日(金曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。

まず注目したいのは、1942年のガダルカナル島上陸、1960年のコートジボワール独立、1998年の東アフリカ米大使館爆破。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。

早わかり内容
歴史の注目項目1942年のガダルカナル島上陸/1960年のコートジボワール独立/1998年の東アフリカ米大使館爆破
代表的な記念日立秋/独立記念日(コートジボワール)/ボヤカ戦勝記念日(コロンビア)
2026年の暦金曜日・旧暦2026年6月25日・国民の祝日ではありません
目次
  1. 8月7日に起きた主な事件
  2. 8月7日の記念日・世界の祝日
  3. 8月7日が誕生日の有名人
  4. 8月7日が命日の有名人
  5. 8月7日の星座・誕生花・誕生石
  6. 2026年8月7日の暦

8月7日に起きた主な事件

  • 936年|オットー1世がアーヘンで東フランク王国の王として戴冠しました。
  • 1782年|ジョージ・ワシントンが米軍の一般兵も対象とするBadge of Military Meritを制定しました。
  • 1819年|シモン・ボリバル率いる独立軍がスペイン王党派軍をコロンビアのボヤカ橋付近で破りました。
  • 1909年|アリス・ハイラー・ラムジー一行が女性運転者による初の米国横断を完了しました。
  • 1942年|米海兵隊を中心とする連合軍がガダルカナル島などへ上陸し、日本軍との長期戦が始まりました。
  • 1944年|IBMが製作した自動シーケンス制御計算機がハーバード大学で公式に公開されました。
  • 1947年|トール・ヘイエルダールらの筏コンティキ号が南太平洋のラロイア環礁へ到達しました。
  • 1959年|米国が地球放射線帯や磁気圏を観測する人工衛星エクスプローラー6号を打ち上げました。
  • 1960年|コートジボワールがフランスから独立しました。
  • 1964年|米議会がジョンソン大統領に東南アジアでの軍事行動を広く認める決議を可決しました。
  • 1974年|フィリップ・プティがニューヨークの世界貿易センター双塔間を無許可で綱渡りしました。
  • 1978年|米カーター大統領がニューヨーク州ラブキャナルの有害廃棄物汚染で連邦非常事態を宣言しました。
  • 1990年|米軍部隊がサウジアラビアへ到着し、湾岸危機での防衛展開を始めました。
  • 1998年|ケニアのナイロビとタンザニアのダルエスサラームで米大使館付近の爆弾がほぼ同時に爆発しました。
  • 2008年|南オセチアをめぐる戦闘がロシア軍とジョージア軍の全面衝突へ拡大しました。
  • 2020年|カリカット空港で旅客機が雨中の着陸後に滑走路を逸脱し、台地状の端から落下しました。

936年|オットー1世がドイツ王として戴冠

936年8月7日、父ハインリヒ1世の死後、カロリング朝の伝統を意識してアーヘンを式場とし、諸公の支持と教会の権威を結び付けました。

後にイタリア遠征と962年の皇帝戴冠へ進み、神聖ローマ帝国と呼ばれる政治秩序の形成に大きな影響を与えました。

1782年|軍事功労章を制定

1782年8月7日、独立戦争で功績を挙げた下士官・兵を顕彰するため紫色の布製徽章を定め、身分の低い兵士にも名誉を与える仕組みを作りました。

制度は一時途絶えましたが1932年にパープルハート章として復活し、現在は戦闘で死傷した軍人を顕彰する勲章へ変化しています。

1819年|ボヤカの戦い

1819年8月7日、アンデス越えを敢行した独立軍が、ボゴタへ向かう王党派部隊を分断して短時間で降伏させました。

ヌエバ・グラナダ独立を決定付け、後の大コロンビア形成へつながりました。コロンビアでは8月7日が公休日です。

1909年|アリス・ラムジーが自動車で米大陸横断

1909年8月7日、道路標識や舗装が未整備の時代にニューヨークを出発し、故障修理や道探しを重ねてサンフランシスコへ到着しました。

自動車旅行の可能性を示すと同時に、運転を男性の領域とみなす社会通念を揺さぶった交通史・女性史の節目となりました。

1942年|米軍がガダルカナル島へ上陸

1942年8月7日、日本軍が建設中の飛行場を確保して米豪間の補給路を守るため、米軍は太平洋戦争で初の大規模反攻に踏み切りました。

陸海空の消耗戦の末に日本軍は撤退し、戦略的主導権が連合軍側へ移る転換点となりました。多数の兵士が戦闘だけでなく飢餓と病気で死亡しました。

日本側では上陸日を8月7日、時差のある米国資料でも現地日付の8月7日として扱います。島名だけでなくツラギなど周辺島嶼への同時上陸も含む作戦でした。

1944年|ハーバード・マークI公開

1944年8月7日、ハワード・エイケンの構想に基づき、電磁リレーと機械部品を用いて長い計算を命令列に従って自動実行しました。

電子式ではありませんが、科学・軍事計算を自動化し、プログラム、運用記録、計算機チームの発展に重要な役割を果たしました。

グレース・ホッパーら運用担当者の仕事も計算機史の一部です。「最初のコンピューター」と一語で断定せず、電気機械式自動計算機として位置付けます。

1947年|コンティキ号航海が終着

1947年8月7日、南米からポリネシアへの古代航海が技術的に可能だったことを示すため、バルサ材の筏でペルーを出発して約101日間漂航しました。

航海可能性は実証しましたが、ポリネシア人の起源を南米に求める説を証明したわけではなく、言語学・考古学・遺伝学は主に西方からの移住を支持します。

1959年|エクスプローラー6号打上げ

1959年8月7日、太陽電池を備えた小型衛星に放射線・磁場観測器と走査装置を搭載し、高い楕円軌道からデータを送信しました。

8月14日に地球を軌道上から撮影した初期の粗い画像を送り、宇宙からの地球観測が気象・環境監視へ発展する可能性を示しました。

1960年|コートジボワール独立

1960年8月7日、フランス領西アフリカの再編と自治拡大を経て、フェリックス・ウフェ=ボワニが初代大統領となりました。

カカオ輸出と対仏関係で成長した一方、長期一党支配、格差、国籍をめぐる対立が後の政治危機へつながりました。

1964年|トンキン湾決議成立

1964年8月7日、8月2日の交戦と実在が疑われる4日の再攻撃報告を受け、正式な宣戦布告なしに大統領権限を拡大しました。

ベトナム戦争本格介入の法的根拠となり、後に撤廃されました。緊急情報の検証と議会による戦争権限統制の教訓です。

1974年|世界貿易センター綱渡り

1974年8月7日、建設中の塔へ機材を持ち込み、高さ約400メートルの空中で往復しながら約45分間演技しました。

都市建築を舞台へ変えた表現として語り継がれる一方、無許可侵入と重大な安全危険を伴った行為でもあります。

1978年|ラブキャナル環境非常事態宣言

1978年8月7日、化学廃棄物を埋めた土地に住宅と学校が建ち、住民の健康被害訴えと調査によって土壌・地下水汚染が明らかになりました。

住民移転と浄化を促し、汚染者負担で有害廃棄物跡地を処理するスーパーファンド法成立の重要な契機となりました。

1978年8月7日の宣言は米国初の連邦環境非常事態とされます。1980年には対象地域を広げる第2の非常事態宣言が出されました。

1990年|砂漠の盾作戦開始

1990年8月7日、イラクのクウェート侵攻を受け、サウジアラビア防衛とイラク軍の追加侵攻抑止を目的に多国籍軍が集結しました。

翌年の砂漠の嵐作戦でクウェート解放へ進みましたが、湾岸地域への長期駐留、民間被害、制裁の影響を残しました。

1998年|東アフリカ米大使館爆破

1998年8月7日、アルカイダの作戦員がトラック爆弾を用い、外交施設だけでなく周辺の市民、労働者、通行人を大量に巻き込みました。

224人が死亡し数千人が負傷しました。国際テロ対策が強化される一方、軍事報復と捜査協力のあり方も問われました。

2008年|ロシア・ジョージア戦争始まる

2008年8月7日、分離地域の地位、停戦監視、ロシアとの関係、ジョージアの欧米接近を背景に、砲撃と軍事介入が連鎖しました。

短期間で停戦した後もロシアは南オセチアとアブハジアを承認し、避難民、国境線化、欧州安全保障の対立が続いています。

開戦責任を一方の最初の一発だけで説明しません。欧州連合の調査も、8月7日夜のジョージア軍砲撃と、それ以前の挑発・ロシア側の大規模介入を分けています。

2020年|エア・インディア・エクスプレス機事故

2020年8月7日、新型コロナ流行下の帰国便が追い風と強雨の中で着陸し、機体は分断されました。

乗員乗客21人が死亡しました。テーブルトップ空港の滑走路端安全区域、着陸判断、避難と救助体制が検証されました。

8月7日の歴史を読み解く

ボヤカの勝利をボリバル一人の英雄物語へ縮めません。アンデスを越えた兵士、地域住民、先住民、アフリカ系住民の参加と、独立後も残った階級・人種秩序を合わせて見ます。

ガダルカナル戦は米軍反攻の成功であると同時に、日本軍兵士の補給を軽視した作戦が大量の餓死・病死を招いた戦場です。戦闘配置だけでなく兵站と人命の扱いを中心に据えます。

コンティキ航海は「渡れた」ことを示しましたが、「実際にその経路で民族移動が起きた」こととは別です。冒険の魅力と仮説検証の限界を区別します。

エクスプローラー6号は8月7日に打ち上げられ、地球画像の撮影は8月14日です。打上げ日と成果が得られた日を一つにまとめません。

トンキン湾決議は全会一致ではなく、上院では2人が反対しました。ほぼ圧倒的な賛成の背景に、不完全な情報と冷戦期の政治圧力がありました。

ラブキャナルでは主婦ロイス・ギブスら住民の調査と組織化が政府対応を動かしました。制度改革を行政の自発的成果としてだけ書かず、当事者の知識を重視します。

東アフリカ大使館爆破の死者の大多数は現地の市民でした。米国への攻撃という枠だけでなく、ケニアとタンザニアの家族・都市が受けた被害として記憶する必要があります。

2026年8月7日は20時43分に立秋となります。暦日は立秋の日ですが、節入り時刻より前と後で天文学上の位置が変わる点を注記します。

8月7日の出来事には、独立、戦争、環境汚染、テロ、宇宙観測が並びます。国家の大きな決定だけでなく、補給を絶たれた兵士、汚染を訴えた住民、爆発に巻き込まれた現地市民の経験から歴史を読み直します。

「初めて」の記録は条件を限定します。ラムジーの横断は女性運転者、マークIは電気機械式自動計算機、エクスプローラー6号は打上げ日と撮影日が別です。見出しの強さのために定義を広げません。

8月7日の記念日・世界の祝日

立秋

二十四節気の一つで、2026年は8月7日20時43分に太陽黄経135度へ達します 日本の暦上の節目で、国民の祝日ではありません。制定主体、日付の根拠、2026年の休日扱いを分けて確認します。

独立記念日(コートジボワール)

1960年8月7日にフランスから独立したことを記念し、式典や祝賀行事が行われます コートジボワールの2026年法定公休日です。制定主体、日付の根拠、2026年の休日扱いを分けて確認します。

ボヤカ戦勝記念日(コロンビア)

1819年8月7日のボヤカの戦いを独立達成の決定的な勝利として記念します コロンビアの2026年法定公休日です。制定主体、日付の根拠、2026年の休日扱いを分けて確認します。

パープルハート・デー(米国)

1782年8月7日にワシントンが軍事功労章を制定したことにちなみ、戦闘で死傷した軍人を顕彰します 米国の記念日で連邦公休日ではありません。

鼻の日

日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会が「は(8)な(7)」の語呂から、鼻の病気と健康への関心を高めるため制定しました 専門医学会制定の健康啓発日です。

バナナの日

日本バナナ輸入組合が「バ(8)ナナ(7)」の語呂から、バナナの栄養と消費を伝えるため設けました 業界団体制定の食品記念日です。制定主体、日付の根拠、2026年の休日扱いを分けて確認します。

おもちゃ花火の日

日本煙火協会が戦後に玩具花火の製造・販売が許可された時期を踏まえ、安全な遊び方を伝える日としています 業界団体の安全啓発日です。制定主体、日付の根拠、2026年の休日扱いを分けて確認します。

東京ばな奈の日

株式会社グレープストーンが「バ(8)ナナ(7)」の語呂から、東京土産「東京ばな奈」の魅力を発信するため制定しました 企業制定の商品記念日です。

米国灯台の日

1789年8月7日に米国初の連邦議会が灯台・標識・ブイを連邦管理とする法律を承認したことを記念します 米国の歴史記念日で連邦公休日ではありません。

世界母乳育児週間の最終日

WHOとユニセフが支援する8月1日から7日の週間で、授乳を選べる医療・職場・地域環境を考えます 国際的な啓発週間で公休日ではありません。

花泡香の日

大関株式会社が発泡性日本酒「花泡香」の名称と8月7日の語感を結び、低アルコール日本酒の楽しみ方を広めるため制定しました 企業制定の商品記念日です。

今日(2026年8月7日)が祝日の国

2026年8月7日は金曜日です。コートジボワールでは独立記念日、コロンビアではボヤカ戦勝記念日が法定公休日です。日本は国民の祝日ではありませんが、20時43分に立秋を迎えます。

  • コートジボワール|独立記念日(公休日)
  • コロンビア|ボヤカ戦勝記念日(公休日)
  • 米国|パープルハート・デー
  • 国際|世界母乳育児週間の最終日
  • 日本|立秋・鼻の日・バナナの日(公休日ではない)

8月7日が誕生日の有名人

マタ・ハリ(1876年生)

異国趣味を演出した舞踊家として名声を得た後、第一次世界大戦中にフランスで二重スパイとして処刑されました。裁判の証拠と後世の伝説は区別が必要です。

ルイス・リーキー(1903年生)

東アフリカで化石人類と石器遺跡の調査を進め、人類進化研究の重心をアフリカへ移しました。現地研究者の貢献も再評価されています。

発掘隊にはメアリー・リーキーをはじめ多くの研究者と現地スタッフがいました。家名だけで共同研究を一人の発見へ縮めません。

ラルフ・バンチ(1904年生)

国連のパレスチナ停戦交渉を仲介し、黒人として初めてノーベル平和賞を受賞しました。国連平和維持活動の制度形成にも関わりました。

司馬遼太郎(1923年生)

歴史小説と紀行を通じて日本史の人物・地域像を広く普及させました。魅力的な物語と史実研究を同一視しない読み方も求められます。

アベベ・ビキラ(1932年生)

ローマ五輪を裸足で制し、東京五輪でも連覇しました。植民地支配を経験したエチオピアの誇りとアフリカ長距離走の台頭を象徴します。

エリノア・オストロム(1933年生)

共有資源が国家か市場にしか管理できないという二分法を問い、地域共同体の自治ルールを実証研究しました。女性初のノーベル経済学賞受賞者です。

ジミー・ウェールズ(1966年生)

共同編集型百科事典Wikipediaの創設に関わり、知識を自由に共有する巨大な協働基盤を作りました。信頼性、運営資源、参加者偏りは継続的課題です。

百科事典の内容は無数の編集者と寄付者によって維持されています。創設者の役割と共同体の自治を分けて説明します。

シャーリーズ・セロン(1975年生)

南アフリカ出身で、幅広い役柄と制作活動を通じて女性が中心となる作品を支え、HIV予防やジェンダー平等にも取り組んでいます。

8月7日生まれの有名人一覧

生年名前職業・分野
1742ナサニエル・グリーン軍人
1779カール・リッター地理学者
1876マタ・ハリ舞踊家・諜報員
1884ビリー・バーク俳優
1890エリザベス・ガーリー・フリン労働運動家
1903ルイス・リーキー古人類学者
1904ラルフ・バンチ外交官・政治学者
1911ニコラス・レイ映画監督
1921マニタス・デ・プラタギタリスト
1923司馬遼太郎作家
1925フェリス・ブライアント作詞家
1928ジェームズ・ランディ奇術師・懐疑活動家
1929ドン・ラーセン野球選手
1932アベベ・ビキラマラソン選手
1933エリノア・オストロム政治学者・経済学者
1935ローランド・カークサクソフォーン奏者
1938ヘレン・カルディコット医師・反核運動家
1938ジョルジェット・ジウジアーロ自動車デザイナー
1942トビン・ベル俳優
1942B・J・トーマス歌手
1944ジョン・グローヴァー俳優
1945アラン・ペイジアメリカンフットボール選手・裁判官
1947ソフィーヤ・ロタール歌手
1948グレッグ・チャペルクリケット選手
1955ウェイン・ナイト俳優
1958ブルース・ディッキンソン歌手
1960デイヴィッド・ドゥカヴニー俳優
1963平田広明声優・俳優
1966ジミー・ウェールズインターネット起業家
1974マイケル・シャノン俳優
1975シャーリーズ・セロン俳優・映画プロデューサー
1980梶原雄太お笑い芸人・動画制作者
1987シドニー・クロスビーアイスホッケー選手
1989デマー・デローザンバスケットボール選手
1991マイク・トラウト野球選手
1998ジェイレン・ハーツアメリカンフットボール選手
1999シドニー・マクラフリン=レブロン陸上競技選手

8月7日が命日の有名人

ジョゼフ・マリー・ジャカール(1834年没)

穴を開けたカードで織機の模様を制御する機構を普及させ、情報を離散的な命令として記録する後の自動化技術へ影響しました。

イェンス・ベルセリウス(1848年没)

元素記号を体系化し、原子量測定と新元素の研究を進めました。触媒や異性体など現代化学の基本概念にも名称を与えました。

コンスタンチン・スタニスラフスキー(1938年没)

役の目的、行動、心理を訓練で組み立てる演技体系を発展させました。単純な感情記憶だけに還元されない総合的な舞台方法です。

ラビンドラナート・タゴール(1941年没)

ベンガル語文学を世界へ広げ、アジア初のノーベル文学賞を受賞しました。教育実践と反植民地主義を進めつつ、狭い民族主義も批判しました。

英国から授けられたナイト爵位をアムリットサル虐殺への抗議で返上し、人間の尊厳を狭い国家主義より上に置きました。

オリヴァー・ハーディ(1957年没)

スタン・ローレルとのコンビで身体的な騒動と緻密な間を組み合わせ、無声映画からトーキーにまたがる映画喜劇の型を築きました。

ヴァージニア・アプガー(1974年没)

新生児の状態を出生直後に共通尺度で評価するアプガースコアを考案し、周産期医療の迅速な観察と対応を改善しました。

スコアは迅速な観察の共通言語であり、個々の新生児の長期予後や母親を評価する数字として使うものではありません。

岸信介(1987年没)

戦時官僚から戦後首相となり日米安全保障条約改定を進めました。満州国統治とA級戦犯容疑、不起訴後の復権を含む連続性が論点です。

ピーター・ジェニングス(2005年没)

米ABCの看板アンカーとして国際報道を伝えました。テレビニュースの権威と、編集判断が世論形成へ持つ力の両方を体現しました。

中島春雄(2017年没)

初代ゴジラを演じ、動物の観察と重い着ぐるみで巨大生物の重量感を作りました。特撮表現を支える身体労働の先駆者です。

キャリー・マリス(2019年没)

PCR法の発明で微量DNAの増幅を可能にし、医学・法科学・生物研究を変えました。一方、科学的合意に反する発言は業績と分けて評価されます。

ウィリアム・フリードキン(2023年没)

「フレンチ・コネクション」「エクソシスト」で都市犯罪と恐怖を荒々しい現実感で描き、1970年代米国映画を代表しました。

8月7日が命日の有名人一覧

没年名前職業・分野
1106ハインリヒ4世神聖ローマ皇帝
1616ヴィンチェンツォ・スカモッツィ建築家
1834ジョゼフ・マリー・ジャカール発明家
1848イェンス・ベルセリウス化学者
1900ヴィルヘルム・リープクネヒト政治家・社会主義者
1938コンスタンチン・スタニスラフスキー俳優・演出家
1941ラビンドラナート・タゴール詩人・思想家
1957オリヴァー・ハーディ喜劇俳優
1960ルイス・アンヘル・フィルポボクサー
1974ヴァージニア・アプガー麻酔科医
1987岸信介政治家・内閣総理大臣
1999ブライオン・ジェームズ俳優
2001ラリー・アドラーハーモニカ奏者
2005ピーター・ジェニングスニュースキャスター
2007アンガス・テイト電子技術者・実業家
2008アンドレア・ピニンファリーナ実業家
2010ブリュノ・クレメール俳優
2011マーク・ハットフィールド政治家
2017中島春雄俳優・スーツアクター
2019キャリー・マリス生化学者
2022ロジャー・E・モーズリー俳優
2023ウィリアム・フリードキン映画監督

8月7日の星座・誕生花・誕生石

項目内容
星座獅子座
誕生花日付ごとの花は資料によって異なります
8月の誕生石ペリドット、スピネル

2026年8月7日の暦

項目内容
曜日金曜日
和暦令和8年8月7日
旧暦2026年6月25日
六曜赤口
干支癸丑(みずのとうし)
二十四節気立秋の期間(2026年の立秋は8月7日20時43分、処暑は8月23日11時19分)
七十二候涼風至(すずかぜいたる)
月齢23.7(東京・正午)
十二直執(とる)
日本の祝日国民の祝日ではありません

2026年8月7日の暦を読む

2026年8月7日は金曜日、旧暦6月25日、赤口、癸丑です。二十四節気の立秋は20時43分で、七十二候は涼風至。東京正午の月齢は23.7、月の出は23時24分です。日本の国民の祝日ではありません。

主な確認資料