
6月12日、今日は何の日?
2026年6月12日(金曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1898年のフィリピン独立宣言、1964年のネルソン・マンデラ終身刑判決、1967年のラヴィング対バージニア州判決。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1898年のフィリピン独立宣言/1964年のネルソン・マンデラ終身刑判決/1967年のラヴィング対バージニア州判決 |
| 代表的な記念日 | 児童労働に反対する世界デー/フィリピン独立記念日/ロシアの日 |
| 2026年の暦 | 金曜日・旧暦2026年4月27日・国民の祝日ではありません |
- 6月12日に起きた主な事件
- 1381年|農民反乱軍がロンドンへ入城
- 1775年|マチャイアスの海戦で英国船を拿捕
- 1817年|ドライスが二輪走行機を公開試走
- 1898年|フィリピン独立宣言
- 1901年|キューバ憲法会議がプラット修正条項を受諾
- 1942年|アンネ・フランクが日記帳を受け取る
- 1963年|公民権運動家メドガー・エヴァーズが暗殺
- 1964年|リヴォニア裁判でマンデラらに終身刑
- 1967年|ラヴィング対バージニア州判決
- 1987年|レーガン大統領がベルリンの壁撤去を要求
- 1990年|ロシア共和国が国家主権宣言を採択
- 1991年|エリツィンがロシア大統領に選出
- 1991年|ピナトゥボ火山で最初の大規模爆発
- 1994年|ボーイング777が初飛行
- 2009年|イラン大統領選挙と抗議運動
- 2016年|オーランドのパルス銃撃事件
- 2018年|米朝首脳がシンガポールで初会談
- 6月12日の歴史を読み解く
- 6月12日の記念日・世界の祝日
- 6月12日が誕生日の有名人
- 6月12日が命日の有名人
- 6月12日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年6月12日の暦
6月12日に起きた主な事件
- 1381年|ワット・タイラーらが率いる農民反乱軍がロンドン市内へ入り、政府中枢に迫りました。
- 1775年|マサチューセッツ湾植民地の住民が武装スクーナー「マーガレッタ」を拿捕しました。
- 1817年|カール・フォン・ドライスがマンハイム近郊で足こぎ式の二輪車を走らせました。
- 1898年|エミリオ・アギナルドがカビテ州カウィットでスペインからの独立を宣言しました。
- 1901年|キューバの憲法会議が米国の介入権などを定める条件を受け入れました。
- 1942年|13歳の誕生日にアンネ・フランクが赤白のチェック柄の日記帳を贈られました。
- 1963年|NAACPのミシシッピ州フィールド書記メドガー・エヴァーズが自宅前で銃撃されました。
- 1964年|南アフリカの裁判所がネルソン・マンデラら反アパルトヘイト活動家へ終身刑を言い渡しました。
- 1967年|米連邦最高裁が異人種間結婚を禁じる州法を全会一致で違憲としました。
- 1987年|米大統領ロナルド・レーガンがブランデンブルク門前でゴルバチョフへ壁の撤去を呼び掛けました。
- 1990年|ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国の人民代議員大会が国家主権宣言を採択しました。
- 1991年|ロシア共和国初の直接大統領選挙でボリス・エリツィンが当選しました。
- 1991年|フィリピンのピナトゥボ火山で一連の大規模噴火が始まり、避難が拡大しました。
- 1994年|大型双発旅客機ボーイング777の試作1号機が米ワシントン州で初飛行しました。
- 2009年|現職アフマディネジャドの再選発表をめぐり、不正を訴える大規模抗議が始まりました。
- 2016年|フロリダ州のナイトクラブ「パルス」で銃撃があり、49人が殺害されました。
- 2018年|米国大統領トランプと北朝鮮国務委員長金正恩が史上初の米朝首脳会談を行いました。
1381年|農民反乱軍がロンドンへ入城
1381年6月12日、人頭税と領主制への反発から各地で蜂起した人々が門を開かれたロンドンへ入り、監獄や法務関係の建物を襲いました。
若いリチャード2世との会見後に反乱は鎮圧されましたが、課税の正統性と農奴制への抵抗を示しました。要求が直ちに実現しなかったことと、中世社会を揺さぶった長期的意味を分けて見ます。
1775年|マチャイアスの海戦で英国船を拿捕
1775年6月12日、現在のメイン州マチャイアス沖で住民側の船が英国海軍の武装船へ接近し、激しい白兵戦の末に降伏させました。
独立戦争初期の海上戦として、正規海軍が整う前の地域住民の動員を示します。「米海軍の創設日」と同一視せず、複数の海軍起源説の一つとして扱います。
1817年|ドライスが二輪走行機を公開試走
1817年6月12日、木製の車体に一直線の二輪と操向装置を備えた「ラウフマシーネ」で往復し、馬に頼らない個人移動の可能性を示しました。
ペダルやチェーンはなく現代の自転車そのものではありませんが、バランスを取って二輪で進む基本原理を実証しました。発明史では特許、公開、量産を区別します。
1898年|フィリピン独立宣言
1898年6月12日、米西戦争のさなか、革命政府が独立宣言文を読み上げ、現在の国旗が掲げられ、国歌の原型が演奏されました。
スペインは主権を米国へ譲り、独立は国際的に直ちに承認されませんでした。その後の米比戦争と1946年の独立まで含めると、宣言と国家主権の実現は別段階です。
1901年|キューバ憲法会議がプラット修正条項を受諾
1901年6月12日、米軍占領終結の条件として、条約締結の制約、米国の介入権、グアンタナモ湾基地の租借などを憲法付則へ盛り込みました。
形式的独立の背後で米国が強い影響力を保つ仕組みでした。1934年に大半が廃止されても基地問題は残り、主権と安全保障の非対称性を示します。
1942年|アンネ・フランクが日記帳を受け取る
1942年6月12日、ナチス占領下のアムステルダムで書き始め、数週間後から家族と隠れ家生活に入り、迫害と日常を記録しました。
戦後に父オットーが編集・出版し、ホロコーストを個人の言葉から学ぶ入口となりました。出版版の編集史と、殺害された他の人々の多様な経験も併せて考えます。
1963年|公民権運動家メドガー・エヴァーズが暗殺
1963年6月12日、学校統合、投票権、差別事件の調査を進めた帰宅直後に白人至上主義者の狙撃を受け、病院で死亡しました。
二度の陪審不一致を経て1994年に犯人が有罪となりました。暗殺は公民権法成立を求める世論を強め、司法の遅れと証拠保存の重要性も示しました。
1964年|リヴォニア裁判でマンデラらに終身刑
1964年6月12日、政府転覆を目的とする破壊活動などで有罪とされ、死刑の可能性もある中、被告たちは人種平等を求める政治的信念を法廷で示しました。
マンデラは27年間の服役の大半をロベン島などで過ごし、1990年に釈放されました。裁判は抑圧の象徴であると同時に、武装闘争へ至った背景を読む史料です。
被告らは政府の人種隔離法が合法とされる一方、黒人多数の政治参加が封じられていると訴えました。裁判記録は、非暴力運動への弾圧が破壊活動の選択へ至る過程と、死刑を避ける国際世論の作用を考える資料です。
1967年|ラヴィング対バージニア州判決
1967年6月12日、白人のリチャード・ラヴィングと黒人・先住民系のミルドレッド夫妻に科された有罪判決を破棄し、婚姻の自由と平等保護を確認しました。
判決は残っていた反異人種婚法を無効にしました。法律上の差別撤廃が社会的偏見を即時に消すわけではない一方、後の婚姻平等判例にも引用される原則を確立しました。
夫妻は法廷の著名人になることを望んだのではなく、故郷で家族として暮らす権利を求めました。個人の生活上の必要が、全米の差別法を無効にする憲法訴訟へつながった点に判決の力があります。
1987年|レーガン大統領がベルリンの壁撤去を要求
1987年6月12日、西ベルリン側で演説し、東西分断の象徴である壁を開くことをソ連指導者へ求め、軍縮と自由化を結び付けました。
壁崩壊は1989年の東欧市民運動、東独の政治危機、国境運用の混乱が直接の契機です。演説一つが壁を倒したという単純な因果にせず、冷戦終結の複数要因を見ます。
1990年|ロシア共和国が国家主権宣言を採択
1990年6月12日、ロシア法の優越、権力分立、連邦条約の再編を掲げ、ソ連中央政府に対する共和国の政治的自立を明確にしました。
翌年のソ連解体へ向かう権力二重化を進め、6月12日は後に「ロシアの日」となりました。宣言を即時の独立成立と呼ばず、連邦崩壊の過程として説明します。
1991年|エリツィンがロシア大統領に選出
1991年6月12日、有権者の過半数を得て、ソ連大統領ゴルバチョフとは別の民主的正統性を持つロシア共和国大統領となりました。
同年8月のクーデター未遂と12月のソ連解体で中心的役割を担いました。その後の急進的市場化と権力集中まで含め、選挙勝利を民主化の完成とはみなしません。
1991年|ピナトゥボ火山で最初の大規模爆発
1991年6月12日、観測された地震と噴気の変化を基に警戒水準が引き上げられ、米軍基地周辺を含む住民が危険区域から退避しました。
最大噴火は6月15日です。12日の爆発を最高潮と取り違えず、監視と事前避難が多数の命を救った一方、ラハール被害と先住民アエタの長期避難が続いたことを記します。
1994年|ボーイング777が初飛行
1994年6月12日、航空会社と設計段階から協働し、全面的なデジタル設計、フライ・バイ・ワイヤ、大径ターボファンを採用しました。
長距離路線で四発機を置き換える流れを加速しました。初飛行は就航や安全実績とは別で、型式証明、運航、後年の派生型まで継続的な検証が必要です。
2009年|イラン大統領選挙と抗議運動
2009年6月12日、公式結果の急速な発表に対し、ムーサヴィ候補の支持者らが「私の票はどこだ」と問い、緑色を象徴に街頭とオンラインで抗議しました。
治安部隊の弾圧、逮捕、通信遮断で運動は抑え込まれましたが、デジタル時代の抗議と国家監視を世界へ示しました。選挙不正の主張と検証可能な事実を分けます。
2016年|オーランドのパルス銃撃事件
2016年6月12日、LGBTQ+のラテン系客が多い夜に犯人が侵入し、人質を取り、警察突入まで約3時間にわたり暴力を続けました。
米国史上最悪級の銃乱射事件として、銃規制、反LGBTQ+憎悪、過激化、被害者支援が議論されました。犯人中心ではなく、犠牲者の名前と地域社会の回復を軸に記憶します。
2018年|米朝首脳がシンガポールで初会談
2018年6月12日、両首脳は新たな関係、朝鮮半島の平和体制、非核化、戦没者遺骨返還を盛り込んだ共同声明へ署名しました。
緊張緩和の象徴となりましたが、非核化の定義、工程、検証は具体化されず、後続交渉は停滞しました。首脳写真と実施可能な合意を区別して評価します。
6月12日の歴史を読み解く
フィリピン独立宣言、キューバのプラット修正条項、ロシア国家主権宣言を並べると、「宣言」「独立」「主権」が同じ瞬間に完成するとは限らないと分かります。軍事占領、国際承認、国内法の優越を別々に確かめます。
マンデラの判決、エヴァーズ暗殺、ラヴィング判決は、人種差別に対する法廷・街頭・地域活動の異なる局面です。象徴的人物だけでなく、組織、家族、弁護士、無名の参加者が制度を変えた過程を見ます。
アンネの日記は一人の少女の記録であると同時に、編集・翻訳・舞台化を経た出版物です。親しみやすい言葉を迫害の全体像の代用にせず、他の証言や行政記録と組み合わせて読みます。
ピナトゥボ火山では観測と避難が被害軽減に成功しましたが、噴火後のラハール、住居喪失、基地撤収、先住民の生活再建は長く続きました。防災の評価は噴火当日の死者数だけで終わりません。
米朝首脳会談とベルリン演説は、象徴的な言葉や場面が外交を動かす力を持つ一方、軍備管理には定義、工程、検証、国内政治が必要だと示します。劇的場面と制度的成果を分けます。
6月12日の記念日・世界の祝日
児童労働に反対する世界デー
国際労働機関が2002年に開始し、危険有害労働、強制労働、人身取引などから子どもを守り、教育へつなぐ責任を訴えます 国連機関による国際デーで、公休日ではありません。
フィリピン独立記念日
1898年6月12日の独立宣言を記念するフィリピンの国民的祝日です。2026年は6月12日金曜日が通常の祝日です フィリピンの2026年の正規休日です。
ロシアの日
1990年のロシア共和国国家主権宣言採択を記念するロシアの祝日です。2026年は6月12日金曜日が非労働祝日です ロシアの法定祝日です。
ラヴィング・デー
1967年の米連邦最高裁判決を記念し、異人種間結婚の自由と家族の多様性を考える市民の記念日です 米国の連邦祝日ではありません。
宮城県民防災の日
1978年6月12日の宮城県沖地震を教訓に、宮城県が地域防災、家具固定、避難経路の確認を呼び掛けます 宮城県の啓発日で、公休日ではありません。
日記の日
アンネ・フランクが1942年の13歳の誕生日に日記帳を贈られたことにちなみ、記録することと戦争・迫害の記憶を考えます 日本では国民の祝日ではありません。
恋人の日
ブラジルで聖アントニオの日の前日を恋人同士で祝う習慣にちなみ、日本では額縁業界が写真を贈り合う日として紹介しました 日本では国民の祝日ではありません。
恋と革命のインドカリーの日
中村屋が1927年6月12日に喫茶部を開き、ラス・ビハリ・ボースから受け継いだ純印度式カリーを発売した歴史にちなみます 日本では国民の祝日ではありません。
晩餐館焼肉のたれの日
日本食研が焼肉のたれ「晩餐館」のテレビCMを初めて放映した日付にちなみ、家庭で焼肉を楽しむ企業記念日としています 日本では国民の祝日ではありません。
パンの日
パン食普及協議会が天保13年4月12日の試作にちなむ4月12日の「パンの記念日」と合わせ、毎月12日をパンの日としました 日本では国民の祝日ではありません。
豆腐の日
日本豆腐協会が「とう(10)ふ(2)」の語呂から10月2日と毎月12日を豆腐の記念日として普及に取り組みます 日本では国民の祝日ではありません。
今日(2026年6月12日)が祝日の国
2026年6月12日は金曜日です。フィリピンでは独立記念日、ロシアではロシアの日が法定休日です。日本では国民の祝日ではなく、国際デーや民間記念日も休日を意味しません。
- フィリピン|独立記念日(2026年の正規休日)
- ロシア|ロシアの日(非労働祝日)
- 国連・ILO|児童労働に反対する世界デー
- 米国の市民記念日|ラヴィング・デー
- 日本|宮城県民防災の日/日記の日
6月12日が誕生日の有名人
コジモ1世(1519年生)
フィレンツェのメディチ家支配を再建し、行政・軍事を集権化して初代トスカーナ大公となりました。ウフィツィ宮殿建設も命じました。
ヨハンナ・シュピリ(1827年生)
スイスの山村を舞台にした『ハイジ』で、自然、子どもの自立、都市と農村の対比を描き、世界各地で翻案されました。
デービッド・ギル(1843年生)
喜望峰王立天文台長として恒星視差、太陽視差、天体写真測量を進め、南天の精密星表作成に貢献しました。
ヘンリー・スコット・テューク(1858年生)
コーンウォールの海辺と若者を明るい色彩で描き、後世には男性同性愛文化史からも再評価されています。
エゴン・シーレ(1890年生)
ねじれた身体線と強い心理表現でウィーン表現主義を代表しました。短い生涯と裸体表現をめぐる論争も作品受容の一部です。
ジューナ・バーンズ(1892年生)
実験小説『夜の森』で欲望、ジェンダー、疎外を複層的に描き、モダニズム文学とクィア文学の重要作家となりました。
アンソニー・イーデン(1897年生)
外相を長く務め、首相として1956年のスエズ危機に軍事介入しました。失敗は英国の帝国的影響力低下を象徴します。
フリッツ・アルベルト・リップマン(1899年生)
補酵素Aの発見により細胞内のエネルギー移動を解明し、1953年にノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。
デイヴィッド・ロックフェラー(1915年生)
チェース・マンハッタン銀行を率い、国際金融と民間外交で影響力を持ちました。富と政策影響の集中には批判もあります。
ジョージ・H・W・ブッシュ(1924年生)
冷戦終結期に大統領を務め、湾岸戦争で多国籍軍を形成しました。国内では増税を含む財政妥協が政治的代償となりました。
ヴィック・ダモーン(1928年生)
滑らかなバリトンで戦後米国のポピュラー音楽と映画ミュージカルに活躍しました。
アンネ・フランク(1929年生)
ナチス占領下で隠れ家生活を記録し、ベルゲン・ベルゼン強制収容所で亡くなりました。日記は迫害を個人の声で伝えます。
ロナ・ジャッフェ(1931年生)
『ベスト・オブ・エヴリシング』で1950年代ニューヨークで働く女性の野心、友情、性差別を描きました。
マモ・ウォルデ(1932年生)
エチオピア代表として1968年メキシコ五輪マラソンを制し、同国の長距離走の伝統を世界へ示しました。
チック・コリア(1941年生)
アコースティックからフュージョンまで即興の語彙を広げ、リターン・トゥ・フォーエヴァーを率いました。
6月12日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1519 | コジモ1世 | トスカーナ大公 |
| 1827 | ヨハンナ・シュピリ | 児童文学作家 |
| 1843 | デービッド・ギル | 天文学者 |
| 1858 | ヘンリー・スコット・テューク | 画家 |
| 1890 | エゴン・シーレ | 画家 |
| 1892 | ジューナ・バーンズ | 作家 |
| 1897 | アンソニー・イーデン | 英国政治家 |
| 1899 | フリッツ・アルベルト・リップマン | 生化学者 |
| 1915 | デイヴィッド・ロックフェラー | 銀行家・慈善家 |
| 1924 | ジョージ・H・W・ブッシュ | 第41代米国大統領 |
| 1928 | ヴィック・ダモーン | 歌手・俳優 |
| 1929 | アンネ・フランク | 日記作者 |
| 1931 | ロナ・ジャッフェ | 作家 |
| 1932 | マモ・ウォルデ | 陸上競技選手 |
| 1936 | マーカス・ベルグレイヴ | ジャズトランペット奏者 |
| 1941 | チック・コリア | ジャズピアニスト・作曲家 |
| 1941 | ロイ・ハーパー | シンガーソングライター |
| 1949 | ジョン・ウェットン | ベーシスト・歌手 |
| 1952 | オリヴァー・ナッセン | 作曲家・指揮者 |
| 1953 | テス・ジェリッツェン | 作家・元医師 |
| 1971 | マーク・ヘンリー | 重量挙げ選手・プロレスラー |
| 1979 | ディエゴ・ミリート | サッカー選手 |
| 1981 | アドリアナ・リマ | モデル |
| 1985 | デイヴ・フランコ | 俳優・映画監督 |
| 1992 | フィリペ・コウチーニョ | サッカー選手 |
6月12日が命日の有名人
レオ3世(816年没)
カール大帝を西ローマ皇帝として戴冠し、教皇権とフランク王権の同盟を象徴する政治秩序を築きました。
エセルフレダ(918年没)
アルフレッド大王の娘としてマーシアを統治し、要塞網を整えてヴァイキング勢力に対抗した女性統治者です。
ベルナール7世・ダルマニャック(1418年没)
百年戦争期のアルマニャック派を率い、パリでブルゴーニュ派の蜂起により殺害されました。
今川義元(1560年没)
駿河・遠江を支配し三河へ影響を広げましたが、桶狭間の戦いで織田信長軍の急襲を受けて戦死しました。日付は新暦換算です。
ピエール・オージュロー(1816年没)
フランス革命戦争とナポレオン戦争で元帥となりましたが、政権交代期には立場を変えた人物でもあります。
トーマス・アーノルド(1843年没)
ラグビー校校長として人格教育と自治を重視し、英国パブリックスクール像へ大きな影響を与えました。
フレデリック・パシー(1912年没)
列国議会同盟の創設に関わり、1901年に第1回ノーベル平和賞をアンリ・デュナンと共同受賞しました。
ミハイル・トゥハチェフスキー(1937年没)
赤軍近代化を進めましたが、大粛清の秘密裁判で反逆罪を捏造され処刑され、後に名誉回復されました。
ジミー・ドーシー(1957年没)
兄トミーとビッグバンド時代を代表し、分裂後も洗練された編曲と演奏で人気を得ました。
メドガー・エヴァーズ(1963年没)
NAACPの現地組織者として学校統合と投票権を求め、自宅前で白人至上主義者に暗殺されました。
大平正芳(1980年没)
衆参同日選挙のさなかに急逝しました。一般消費税構想や環太平洋連帯構想を掲げ、田園都市構想にも取り組みました。
カール・フォン・フリッシュ(1982年没)
ミツバチのダンス言語を解明し、動物の感覚とコミュニケーション研究でノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
グレゴリー・ペック(2003年没)
『アラバマ物語』の弁護士アティカス役で知られ、良心と公正を体現するスクリーン像を築きました。
ジェルジ・リゲティ(2006年没)
微細な音の集積によるミクロポリフォニーを開拓し、『2001年宇宙の旅』で作品が広く知られました。
エリノア・オストロム(2012年没)
共有資源が地域の制度で持続的に管理され得ることを実証し、女性初のノーベル経済学賞受賞者となりました。
シルヴィオ・ベルルスコーニ(2023年没)
メディア企業を背景に首相を4政権務め、政治と放送所有、利益相反、ポピュリズムをめぐる議論の中心となりました。
6月12日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 816 | レオ3世 | ローマ教皇 |
| 918 | エセルフレダ | マーシア領主 |
| 1418 | ベルナール7世・ダルマニャック | フランス貴族 |
| 1560 | 今川義元 | 戦国大名 |
| 1816 | ピエール・オージュロー | フランス軍人 |
| 1843 | トーマス・アーノルド | 教育者・歴史家 |
| 1912 | フレデリック・パシー | 経済学者・平和運動家 |
| 1937 | ミハイル・トゥハチェフスキー | ソ連軍人 |
| 1957 | ジミー・ドーシー | ジャズクラリネット・サックス奏者 |
| 1963 | メドガー・エヴァーズ | 公民権運動家 |
| 1980 | ミルバーン・ストーン | 俳優 |
| 1980 | 大平正芳 | 第68・69代内閣総理大臣 |
| 1982 | カール・フォン・フリッシュ | 動物行動学者 |
| 1983 | ノーマ・シアラー | 俳優 |
| 1994 | メナヘム・メンデル・シュネーウルソン | ユダヤ教指導者 |
| 2003 | グレゴリー・ペック | 俳優 |
| 2006 | ジェルジ・リゲティ | 作曲家 |
| 2012 | エリノア・オストロム | 政治学者 |
| 2023 | シルヴィオ・ベルルスコーニ | イタリア首相・実業家 |
6月12日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 双子座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 6月の誕生石 | 真珠、ムーンストーン、アレキサンドライト |
2026年6月12日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 金曜日 |
| 和暦 | 令和8年6月12日 |
| 旧暦 | 2026年4月27日 |
| 六曜 | 赤口 |
| 干支 | 丁巳(ひのとみ) |
| 二十四節気 | 芒種の期間(2026年の芒種は6月6日0時48分、夏至は6月21日17時25分) |
| 七十二候 | 腐草為螢(くされたるくさほたるとなる) |
| 月齢 | 26.3(東京・正午) |
| 十二直 | 閉(とづ) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年6月12日の暦を読む
2026年6月12日は金曜日、旧暦4月27日です。二十四節気は芒種、七十二候は「腐草為螢」。東京の正午月齢は26.3、六曜は赤口、干支は丁巳、十二直は閉です。日本では国民の祝日ではありません。新月は6月15日11時54分のため、細い月は明け方の空に近づきます。
主な確認資料
- 国際労働機関・World Day Against Child Labour
- フィリピン大統領府・2026年祝日
- ロシア中央銀行・Public Holidays
- 米連邦最高裁・Loving v. Virginia判決
- 南アフリカ政府・Nelson Mandela history
- アンネ・フランクの家・日記
- 米国国立公園局・Medgar Evers
- レーガン大統領図書館・Brandenburg Gate Address
- NASA Earth Observatory・Mount Pinatubo
- Boeing・777 history
- 宮城県・県民防災の日
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年6月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
