
4月10日、今日は何の日?
2026年4月10日(金曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1710年の著作権法「アン法」施行、1815年のタンボラ山大噴火、1998年のベルファスト合意。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1710年の著作権法「アン法」施行/1815年のタンボラ山大噴火/1998年のベルファスト合意 |
| 代表的な記念日 | 女性の日・女性週間の初日/法テラスの日/駅弁の日 |
| 2026年の暦 | 金曜日・旧暦2026年2月23日・国民の祝日ではありません |
- 4月10日に起きた主な事件
- 837年|ハレー彗星が地球へ記録的に接近
- 1545年|ポトシの鉱山都市建設が始まる
- 1606年|バージニア会社へ勅許状
- 1710年|世界初の近代的著作権法「アン法」が施行
- 1815年|タンボラ山の大噴火が最高潮に
- 1866年|米国動物虐待防止協会が設立
- 1872年|米国で最初のアーバーデー
- 1896年|第1回近代五輪のマラソン
- 1912年|タイタニック号が最後の航海へ出港
- 1919年|エミリアーノ・サパタが暗殺
- 1925年|ツァリーツィンがスターリングラードへ改称
- 1963年|原子力潜水艦スレッシャーが沈没
- 1970年|ポール・マッカートニーがビートルズ離脱を示唆
- 1998年|ベルファスト合意が成立
- 2010年|ポーランド政府専用機がスモレンスクで墜落
- 2019年|ブラックホールの画像を初公開
- 4月10日の記念日・世界の祝日
- 4月10日が誕生日の有名人
- 4月10日が命日の有名人
- 4月10日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年4月10日の暦
4月10日に起きた主な事件
- 837年|ハレー彗星が地球から約500万キロメートルまで接近し、歴史時代で最接近したと推定されています。
- 1545年|巨大銀鉱床セロ・リコの麓にスペイン植民都市ポトシが築かれ、世界経済を変える銀生産の中心となりました。
- 1606年|ジェームズ1世が北米植民を担う会社へ勅許状を与え、翌年のジェームズタウン建設へつながりました。
- 1710年|英国で著作者へ一定期間の複製権を認めるアン法が発効し、近代著作権制度の出発点となりました。
- 1815年|インドネシアのタンボラ山で有史最大級の噴火が起こり、翌年の「夏のない年」を引き起こしました。
- 1866年|ニューヨークでASPCAが設立され、動物保護法の執行を担う米国初期の全国的組織となりました。
- 1872年|ネブラスカ州で植樹を奨励する最初のアーバーデーが行われ、学校や自治体へ植樹運動が広がりました。
- 1896年|アテネ大会でスピリドン・ルイスがマラソンを制し、ギリシャに大会唯一の陸上競技優勝をもたらしました。
- 1912年|豪華客船タイタニックがサウサンプトンを出発し、ニューヨークへ向かう処女航海を始めました。
- 1919年|メキシコ革命の農民指導者サパタが政府軍の待ち伏せで殺害され、土地改革の象徴となりました。
- 1925年|ソ連の都市ツァリーツィンがスターリンにちなむスターリングラードへ改称されました。
- 1963年|米海軍の原子力潜水艦USSスレッシャーが深海試験中に沈没し、乗員・民間人129人全員が死亡しました。
- 1970年|マッカートニーが新作資料で共同活動の予定はないと回答し、ビートルズ解散が公に決定的となりました。
- 1998年|北アイルランド紛争の政治解決を目指すベルファスト合意がまとまり、権力分有の枠組みが生まれました。
- 2010年|カティン虐殺追悼式へ向かう大統領専用機が墜落し、レフ・カチンスキ大統領ら96人が死亡しました。
- 2019年|国際共同研究EHTが銀河M87中心の超大質量ブラックホールの「影」を初めて画像として公表しました。
837年|ハレー彗星が地球へ記録的に接近
837年4月10日、約76年周期で戻るハレー彗星が地球へ約0.033天文単位まで接近しました。中国や日本、欧州の記録に長大な尾が残り、現代の軌道計算から歴史上もっとも近い接近とみられます。
当時の人々は彗星を政治的・宗教的な徴として読みましたが、現在は過去の観測記録が軌道変化を復元する資料になります。天体の同定は同時代記録と力学計算を組み合わせた成果です。
1545年|ポトシの鉱山都市建設が始まる
1545年4月10日、現在のボリビアにあるセロ・リコの銀発見を受け、採掘拠点ポトシの建設が始まったとされます。銀は太平洋と大西洋の交易路を通じて欧州やアジアへ大量に流れました。
繁栄は先住民へ課されたミタ労働、危険な坑内作業、水銀精錬による健康被害の上に成り立ちました。ポトシは初期グローバル経済の結節点であると同時に、植民地収奪を記憶する場所です。
1606年|バージニア会社へ勅許状
1606年4月10日、イングランド王ジェームズ1世はロンドン会社とプリマス会社に北米植民の特許を認めました。民間投資と王権を組み合わせ、土地・交易・統治の権限を与える仕組みでした。
ロンドン会社は1607年にジェームズタウンを建設しましたが、飢餓、疾病、先住民との戦争に直面しました。植民地の存続はタバコ栽培と強制労働、先住民の土地侵奪を拡大させました。
1710年|世界初の近代的著作権法「アン法」が施行
1710年4月10日、1709年に成立したアン法がグレートブリテンで施行されました。出版業者の永続的な独占ではなく、著作者へ原則14年間の権利を与え、更新と納本を定めました。
目的には学問の奨励と書籍市場の秩序化があり、現代の著作権の原型と評価されます。ただし女性や無名の著作者が十分に交渉できたわけではなく、権利と公共利用の均衡は現在も続く課題です。
保護期間が切れた作品を公共が利用できるという発想も制度に組み込まれました。創作者への報酬と知識へのアクセスを同時に考える著作権政策の基本構図が、ここから明確になります。
1815年|タンボラ山の大噴火が最高潮に
1815年4月10日夜、スンバワ島のタンボラ山で4月5日から続いた活動が破局的噴火へ達しました。火砕流、降灰、津波で周辺社会が壊滅し、直接・間接に数万人が死亡しました。
成層圏へ入った硫酸エアロゾルが世界の気温を下げ、1816年に凶作、飢饉、移住を広げました。火山災害が局地被害だけでなく気候、食料価格、社会不安へ連鎖する典型例です。
噴火規模は火山爆発指数VEI7とされ、島の地形と社会を変えました。遠隔地の異常気象記録、氷床コア、火山灰を照合することで、気候影響の範囲と時間差が研究されています。
1866年|米国動物虐待防止協会が設立
1866年4月10日、外交官経験を持つヘンリー・バーグらがニューヨーク州で米国動物虐待防止協会を設立しました。荷役馬の虐待や闘犬などを可視化し、同州の保護法成立を後押ししました。
動物福祉を慈善から法執行と公共政策へ移す転機でした。一方、保護運動の対象や基準は時代とともに変化し、畜産、実験、伴侶動物をめぐる議論へ広がっています。
1872年|米国で最初のアーバーデー
1872年4月10日、新聞人J・スターリング・モートンの提唱によりネブラスカ州で最初のアーバーデーが実施されました。樹木の少ない平原で防風、燃料、景観のため住民が植樹しました。
運動は各州と世界へ広がり、日本の植樹行事にも影響しました。ただ植える本数だけでなく、在来種の選択、維持管理、生態系への適合まで含めて森林再生を考える必要があります。
1896年|第1回近代五輪のマラソン
1896年4月10日、マラトンからアテネの競技場まで約40キロを走る競技が行われ、ギリシャの給水人スピリドン・ルイスが優勝しました。古代の伝令伝説を近代競技へ再構成した種目です。
現在の42.195キロという距離は後のロンドン大会を経て標準化されました。第1回大会には女性種目がなく、近代五輪の象徴的成功と参加排除の両面を確認する必要があります。
1912年|タイタニック号が最後の航海へ出港
1912年4月10日、ホワイト・スター・ラインのタイタニック号が英国サウサンプトンを出港しました。シェルブールとクイーンズタウンに寄港し、乗客・乗員約2200人を乗せて大西洋を西へ進みました。
4月14日深夜に氷山へ衝突し、15日未明に沈没しました。階級別の避難格差、救命艇不足、無線運用が検証され、海上人命安全条約など国際的な安全規則の強化へつながりました。
1919年|エミリアーノ・サパタが暗殺
1919年4月10日、サパタはモレロス州チナメカの農園へ協力交渉を装って誘い出され、カランサ政権側の部隊に射殺されました。「土地と自由」を掲げ農村共同体の土地返還を求めていました。
指導者を失ってもサパティスタの要求は消えず、1917年憲法の土地条項や後の農地改革へ影響しました。その名は1994年に蜂起したEZLNにも受け継がれています。
1925年|ツァリーツィンがスターリングラードへ改称
1925年4月10日、ヴォルガ河畔のツァリーツィンはスターリングラードと改称されました。内戦期の防衛におけるスターリンの役割を顕彰し、個人崇拝が都市名へ刻まれました。
同市は第二次世界大戦の激戦地となり、1961年の非スターリン化でヴォルゴグラードへ再改称されました。地名は政治権力が歴史記憶を形成し直す装置でもあります。
1963年|原子力潜水艦スレッシャーが沈没
1963年4月10日、ボストン東方で潜航試験中のスレッシャーが通信を失い、圧壊しました。配管接合部の破損、電気系統への海水、緊急浮上装置の問題が連鎖したと調査されました。
事故後、米海軍は設計、製造、整備を追跡するSUBSAFE制度を導入しました。高信頼性が必要な複雑システムでは、単一部品ではなく組織的な品質保証が安全を左右する教訓です。
1970年|ポール・マッカートニーがビートルズ離脱を示唆
1970年4月10日、ソロアルバムの事前インタビューが報道され、ポール・マッカートニーはレノン=マッカートニーの再活動を予見しないと答えました。内部では前年から離脱と事業対立が進んでいました。
「この日に正式解散」と単純化されますが、法的な提携解消は訴訟を経て1974年に確定しました。世界的バンドの終幕は個人関係、創作の自立、会社経営が絡む長い過程でした。
1998年|ベルファスト合意が成立
1998年4月10日の聖金曜日、英国・アイルランド両政府と北アイルランド諸政党の大半が合意に達しました。住民の帰属選択、自治議会、共同執政府、武装解除、人権保障を組み合わせました。
5月の住民投票で承認され、長期の暴力を大幅に減らしましたが、犠牲者の記憶、分断教育、自治停止、EU離脱後の国境問題は残りました。和平は署名ではなく制度を維持する継続過程です。
合意は北アイルランドを英国に残すかアイルランドと統一するかを、住民多数の同意で決める原則を確認しました。対立する帰属意識を一方的に解消せず、共存させる制度設計が核心です。
2010年|ポーランド政府専用機がスモレンスクで墜落
2010年4月10日、濃霧のロシア西部スモレンスクでポーランド空軍Tu-154Mが進入中に墜落しました。大統領夫妻、軍首脳、議員、遺族代表など搭乗者全員が死亡しました。
調査は悪天候下の進入、乗員判断、管制や組織要因を検討しました。政治的対立から陰謀説も広がりましたが、断定には証拠が必要であり、事故調査と政治利用を分けて読むべき事件です。
2019年|ブラックホールの画像を初公開
2019年4月10日、世界各地の電波望遠鏡を地球規模で同期させたイベント・ホライズン・テレスコープが成果を同時発表しました。リング状の光は周囲の高温ガス、中央の暗部は影です。
ブラックホール本体を直接撮影した写真ではなく、電波干渉計データを複数手法で再構成した像です。一般相対性理論を強い重力場で検証し、国境を越えた観測協力の力を示しました。
観測には南極を含む8拠点が参加し、各地のデータを原子時計で同期させました。大量データを物理的に運び、独立チームが画像を再構成して結果の偏りを検証しました。
4月10日の記念日・世界の祝日
女性の日・女性週間の初日
1946年4月10日に戦後初の衆議院選挙で日本女性が初めて国政選挙の投票権を行使したことを踏まえます。1949年に「婦人の日」が設けられ、現在は4月10日から16日まで男女共同参画を考える女性週間です。
法テラスの日
日本司法支援センター(法テラス)が2006年4月10日に設立された日にちなみます。法律相談への案内、民事法律扶助、犯罪被害者支援など司法アクセスの役割を周知する日で、国民の祝日ではありません。
駅弁の日
日本鉄道構内営業中央会が1993年に制定しました。弁当の「弁」の字を4と十に見立て、10を「とう」と読む組み合わせで4月10日とし、地域の食文化と鉄道旅行を伝えます。
建具の日・良い戸の日
全国建具組合連合会が1985年に制定しました。4月を新生活で建具への関心が高まる時期、10日を「良い戸」と読むことにちなみ、木製建具の技能や住環境を紹介します。
インテリアを考える日
日本インテリアファブリックス協会が制定しました。新生活が始まる4月と、漢字の「十」を「住」に重ねる10日を組み合わせ、カーテンや床材など室内環境を考える機会とします。
フォントの日
アドビが「4=フォー」「10=ト」の語呂から制定しました。書体は可読性、ブランド、アクセシビリティを左右するため、デザイン関係者だけでなく情報を伝える全ての人へ文字表現の役割を促します。
酒盗の日
神奈川県小田原市の食品会社しいの食品が「しゅ(4)とう(10)」の語呂から制定しました。酒盗は主にカツオの内臓を塩蔵・熟成させる発酵食品で、地域の保存食文化を伝えます。
四万十の日
高知県旧中村市が1989年に「し(4)まんと(10)」の語呂から制定しました。四万十川の自然環境と流域文化を守る日で、自治体と住民による清掃や環境啓発につながっています。
瀬戸大橋開通記念日
1988年4月10日に児島・坂出ルートの瀬戸大橋が開通したことを記念します。本州と四国を道路・鉄道で直結した一方、交通流や地域経済の変化、巨額インフラの維持も考える日です。
きょうだいの日(Siblings Day)
米国で兄弟姉妹を亡くしたクラウディア・エヴァートが、亡き姉の誕生日4月10日に提唱した民間の記念日です。法定休日や国連デーではありませんが、SNSを通じて各国へ広がりました。
交通事故死ゼロを目指す日
日本政府の交通安全対策本部が、春・秋の全国交通安全運動に合わせて設ける啓発日です。2026年の春は4月10日が該当し、歩行者優先、速度管理、飲酒運転根絶を社会全体で確認します。
今日(2026年4月10日)が祝日の国
2026年4月10日は金曜日です。日本を含め、確認した国の全国一律の主要な法定祝日はありません。法テラスの日や駅弁の日は記念日ですが公休日ではなく、交通事故死ゼロを目指す日も啓発日です。
- 日本|国民の祝日ではありません
- 国際|きょうだいの日(民間の記念日・公休日ではない)
- 日本|交通事故死ゼロを目指す日(啓発日)
- 日本|女性週間の初日(4月10日〜16日・公休日ではない)
4月10日が誕生日の有名人
フーゴー・グローティウス(1583年生)
『戦争と平和の法』で自然法と国家間法を体系化し、国際法の基礎を築きました。海洋自由論も交易秩序へ長く影響しました。
彼の理論は植民地貿易を正当化する文脈とも結び付いており、「国際法の父」という称号だけでなく、東インド会社との関係も含めて読む必要があります。
マシュー・ペリー(1794年生)
東インド艦隊司令長官として1853年に浦賀へ来航し、軍事的圧力を背景に日本の開国を迫りました。日米関係と幕末政治を変えました。
ルー・ウォーレス(1827年生)
南北戦争の将軍を務め、歴史小説『ベン・ハー』で世界的に知られました。ニューメキシコ準州知事として先住民政策にも関与しました。
ウィリアム・ブース(1829年生)
救済軍を創設し、都市貧困層への食事、宿泊、就労支援とキリスト教伝道を組み合わせました。軍隊式組織には賛否もありました。
ジョーゼフ・ピューリツァー(1847年生)
大衆新聞を発展させる一方、扇情主義とも結び付きました。遺贈でピューリツァー賞とコロンビア大学のジャーナリズム教育を支えました。
フランシス・パーキンス(1880年生)
米国初の女性閣僚として労働長官を務め、社会保障、最低賃金、労働時間規制などニューディールの制度設計を担いました。
トライアングル・シャツウェスト工場火災を目撃した経験が労働安全改革の原動力になりました。制度は個人的善意でなく、災害を繰り返さない仕組みとして設計されました。
クレア・ブース・ルース(1903年生)
戯曲『ザ・ウィメン』で知られ、下院議員、駐イタリア大使も務めました。保守政治と女性の公職進出の双方で影響を残しました。
ロバート・バーンズ・ウッドワード(1917年生)
キニーネ、コレステロール、ビタミンB12など複雑な天然物の全合成を実現し、1965年にノーベル化学賞を受賞しました。
マックス・フォン・シドー(1929年生)
ベルイマン監督『第七の封印』から国際的大作まで、厳格さと脆弱さを併せ持つ人物を演じ、欧米映画を横断しました。
ドロレス・ウエルタ(1930年生)
セサール・チャベスと全米農業労働者組合を築き、農業労働者の賃金・安全・団体交渉権を求めました。「Sí, se puede」を広めました。
オマー・シャリフ(1932年生)
エジプト映画から『アラビアのロレンス』『ドクトル・ジバゴ』へ進出し、アラブ圏出身俳優として国際的スターとなりました。
ジョン・マッデン(1936年生)
レイダースをスーパーボウル優勝へ導き、分かりやすいテレビ解説とゲームシリーズを通じて競技理解を大衆へ広げました。
バニー・ウェイラー(1947年生)
ボブ・マーリー、ピーター・トッシュとウェイラーズを結成し、ラスタファリ思想とレゲエを世界へ広げました。ソロでもグラミー賞を受賞しました。
Qティップ(1970年生)
ア・トライブ・コールド・クエストの中心としてジャズを生かしたサンプリングと内省的な詞を発展させ、ヒップホップへ影響しました。
サディオ・マネ(1992年生)
セネガル代表と欧州クラブで得点を重ね、アフリカ年間最優秀選手に選ばれました。故郷で学校・病院整備も支援しています。
4月10日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1583 | フーゴー・グローティウス | 法学者・思想家 |
| 1794 | マシュー・ペリー | 米海軍軍人 |
| 1827 | ルー・ウォーレス | 軍人・作家 |
| 1829 | ウィリアム・ブース | 宗教家 |
| 1847 | ジョーゼフ・ピューリツァー | 新聞経営者 |
| 1880 | フランシス・パーキンス | 政治家・労働行政家 |
| 1903 | クレア・ブース・ルース | 劇作家・外交官 |
| 1915 | ハリー・モーガン | 俳優 |
| 1917 | ロバート・バーンズ・ウッドワード | 有機化学者 |
| 1921 | チャック・コナーズ | 俳優・プロスポーツ選手 |
| 1929 | マックス・フォン・シドー | 俳優 |
| 1930 | ドロレス・ウエルタ | 労働運動家 |
| 1932 | オマー・シャリフ | 俳優 |
| 1934 | デイヴィッド・ハルバースタム | ジャーナリスト・作家 |
| 1936 | ジョン・マッデン | アメリカンフットボール指導者・解説者 |
| 1941 | ポール・セロー | 作家・旅行作家 |
| 1947 | バニー・ウェイラー | レゲエ音楽家 |
| 1950 | ケン・グリフィー・シニア | 野球選手 |
| 1952 | スティーヴン・セガール | 俳優・武道家 |
| 1968 | オーランド・ジョーンズ | 俳優・コメディアン |
| 1970 | Qティップ | ラッパー・音楽プロデューサー |
| 1979 | ソフィー・エリス=ベクスター | 歌手 |
| 1984 | マンディ・ムーア | 歌手・俳優 |
| 1988 | ハーレイ・ジョエル・オスメント | 俳優 |
| 1992 | デイジー・リドリー | 俳優 |
| 1992 | サディオ・マネ | サッカー選手 |
4月10日が命日の有名人
グレゴリウス13世(1585年没)
ユリウス暦のずれを補正するグレゴリオ暦を1582年に導入しました。改暦は各国へ段階的に広がり、現在の国際的日付体系の基礎です。
オーギュスト・リュミエール(1954年没)
弟ルイとシネマトグラフを開発し、1895年の有料上映で映画史を切り開きました。医療・写真研究にも取り組みました。
ピエール・テイヤール・ド・シャルダン(1955年没)
進化とキリスト教宇宙論の統合を試み、北京原人研究にも参加しました。生前は教会から著作発表を制限されました。
マイケル・カーティス(1962年没)
『カサブランカ』をはじめ、冒険、ミュージカル、犯罪映画を精力的に監督し、ハリウッドのスタジオ制を代表しました。
スチュアート・サトクリフ(1962年没)
ビートルズ初期のベーシストとしてハンブルク時代を支えた後、美術へ専念しました。21歳で脳出血により亡くなりました。
イーヴリン・ウォー(1966年没)
『一握の塵』『回想のブライズヘッド』などで英国上流社会、信仰、近代の空虚を鋭い風刺と精緻な文体で描きました。
ウォーカー・エヴァンス(1975年没)
大恐慌期の農村生活や看板・街路を抑制した構図で記録し、ドキュメンタリー写真と現代美術の双方へ影響しました。
ニーノ・ロータ(1979年没)
フェリーニ作品や『ゴッドファーザー』の映画音楽で、記憶に残る旋律と皮肉、哀感を結び付けました。オペラや交響曲も作曲しました。
レフ・カチンスキ(2010年没)
保守政党「法と正義」を共同創設し大統領を務めました。カティン虐殺追悼へ向かう政府専用機墜落で死亡しました。
事故では同じ日に政治・軍・宗教界の多数の指導者を失い、国家継承と追悼が大きな課題になりました。墜落原因をめぐる社会の分断は現在もポーランド政治へ影響しています。
アンナ・ヴァレンティノヴィチ(2010年没)
グダニスク造船所の活動家で、解雇が1980年ストライキの直接の契機となりました。「連帯」運動を支えた象徴的人物です。
エルネスト・サバト(2011年没)
小説『トンネル』などで孤独と暴力を描き、アルゼンチン軍政後には「失踪者に関する国家委員会」を率いて真相究明に貢献しました。
4月10日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1585 | グレゴリウス13世 | ローマ教皇 |
| 1909 | アルジャーノン・チャールズ・スウィンバーン | 詩人 |
| 1954 | オーギュスト・リュミエール | 映画技術者 |
| 1955 | ピエール・テイヤール・ド・シャルダン | 神学者・古生物学者 |
| 1962 | マイケル・カーティス | 映画監督 |
| 1962 | スチュアート・サトクリフ | 画家・元ビートルズメンバー |
| 1965 | リンダ・ダーネル | 俳優 |
| 1966 | イーヴリン・ウォー | 小説家 |
| 1969 | ハーリー・アール | 自動車デザイナー |
| 1975 | ウォーカー・エヴァンス | 写真家 |
| 1979 | ニーノ・ロータ | 作曲家 |
| 1992 | サム・キニソン | コメディアン |
| 2000 | ラリー・リンヴィル | 俳優 |
| 2003 | リトル・エヴァ | 歌手 |
| 2010 | レフ・カチンスキ | ポーランド大統領 |
| 2010 | マリア・カチンスカ | ポーランド大統領夫人 |
| 2010 | アンナ・ヴァレンティノヴィチ | 労働運動家 |
| 2010 | リシャルト・カチョロフスキ | ポーランド亡命政府大統領 |
| 2010 | ディキシー・カーター | 俳優 |
| 2011 | エルネスト・サバト | 作家・物理学者 |
4月10日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡羊座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 4月の誕生石 | ダイヤモンド、モルガナイト |
2026年4月10日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 金曜日 |
| 和暦 | 令和8年4月10日 |
| 旧暦 | 2026年2月23日 |
| 六曜 | 赤口 |
| 干支 | 甲寅(きのえとら) |
| 二十四節気 | 清明の期間(2026年の清明は4月5日3時40分、穀雨は4月20日10時39分) |
| 七十二候 | 鴻雁北(こうがんかえる) |
| 月齢 | 22.1(東京・正午) |
| 十二直 | 開(ひらく) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年4月10日の暦を読む
2026年4月10日は金曜日、旧暦2月23日です。二十四節気は清明、七十二候は「鴻雁北」。東京の正午月齢は22.1で下弦を過ぎた月、六曜は赤口、十二直は開です。日本の国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 英国議会・Statute of Anne
- USGS・Tambora 1815
- 英国政府・Belfast Agreement
- Event Horizon Telescope・First M87 Results
- 米海軍・USS Thresher
- IOC・Athens 1896 marathon
- 米国議会図書館・Copyright history
- 法テラス・法テラスの日
- 内閣府・女性週間
- 本州四国連絡高速道路・瀬戸大橋
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年4月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
