
4月5日、今日は何の日?
2026年4月5日(日曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1722年の欧州船によるラパ・ヌイ到達、1945年の日ソ中立条約不延長通告、1998年の明石海峡大橋開通。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1722年の欧州船によるラパ・ヌイ到達/1945年の日ソ中立条約不延長通告/1998年の明石海峡大橋開通 |
| 代表的な記念日 | 復活祭(2026年・西方教会)/清明・清明節(2026年)/良心の国際デー |
| 2026年の暦 | 日曜日・旧暦2026年2月18日・国民の祝日ではありません |
- 4月5日に起きた主な事件
- 1722年|ロッヘフェーン隊がラパ・ヌイへ到達
- 1792年|ワシントン大統領が初の拒否権を行使
- 1815年|タンボラ山の大噴火が始まる
- 1862年|ヨークタウン包囲戦が始まる
- 1879年|チリがペルーとボリビアへ宣戦
- 1918年|日本・英国軍がウラジオストクへ上陸
- 1942年|日本海軍がコロンボを空襲
- 1945年|ソ連が日ソ中立条約の不延長を通告
- 1951年|ローゼンバーグ夫妻へ死刑判決
- 1955年|チャーチルが英国首相を辞任
- 1958年|長嶋茂雄がプロ野球公式戦にデビュー
- 1976年|第一次天安門事件
- 1992年|ペルーでフジモリ大統領が自己クーデター
- 1992年|サラエボ包囲が始まる
- 1998年|明石海峡大橋が開通
- 2009年|北朝鮮が長距離ロケットを発射
- 2010年|アッパー・ビッグ・ブランチ炭鉱事故
- 4月5日の記念日・世界の祝日
- 4月5日が誕生日の有名人
- 4月5日が命日の有名人
- 4月5日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年4月5日の暦
4月5日に起きた主な事件
- 1722年|オランダのヤーコプ・ロッヘフェーン隊が復活祭の日にラパ・ヌイへ到達し、欧州側の記録を残しました。
- 1792年|米国初代大統領ワシントンが議席配分法案を拒否し、大統領拒否権の最初の例となりました。
- 1815年|インドネシアのタンボラ山が噴火を始め、数日後に有史最大級の爆発へ達しました。
- 1862年|南北戦争で北軍がバージニア半島の南軍防衛線へ到達し、ヨークタウン包囲戦が始まりました。
- 1879年|硝石資源と国境をめぐる対立から、チリがペルー・ボリビアへ宣戦し太平洋戦争が拡大しました。
- 1918年|ロシア革命後の混乱下で日本軍と英国軍が上陸し、シベリア出兵へつながる軍事介入が始まりました。
- 1942年|インド洋作戦で日本海軍機が英領セイロンのコロンボを攻撃し、英国東洋艦隊を圧迫しました。
- 1945年|ソ連政府が日本へ中立条約を更新しないと通告し、対日参戦へ向かう外交環境が変化しました。
- 1951年|米国で原爆機密をソ連へ渡した共謀罪に問われたローゼンバーグ夫妻へ死刑が言い渡されました。
- 1955年|ウィンストン・チャーチルが高齢と健康悪化を背景に首相を辞任し、アンソニー・イーデンへ交代しました。
- 1958年|巨人の長嶋茂雄が開幕戦でデビューし、金田正一を相手に4打席連続三振を喫しました。
- 1976年|周恩来追悼の花輪を撤去した当局に群衆が抗議し、北京の天安門広場で衝突が起きました。
- 1992年|アルベルト・フジモリ大統領が議会を解散し司法を介入下へ置く自己クーデターを実行しました。
- 1992年|ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争でサラエボへの砲撃と封鎖が本格化し、長期包囲へ入りました。
- 1998年|神戸市と淡路島を結ぶ明石海峡大橋が開通し、本州四国連絡道路の神戸・鳴門ルートが完成しました。
- 2009年|北朝鮮が人工衛星打ち上げと称するロケットを発射し、日本上空を通過して国際的緊張が高まりました。
- 2010年|米ウェストバージニア州の炭鉱で爆発が起き、作業員29人が死亡しました。
1722年|ロッヘフェーン隊がラパ・ヌイへ到達
1722年4月5日、南太平洋を航海していたロッヘフェーンの船団が、現在のチリ領ラパ・ヌイを望見しました。この日が復活祭だったため、欧州側は島を「イースター島」と呼びました。
島にはすでにポリネシア系住民が社会とモアイ文化を築いており、「発見」は欧州側からの表現にすぎません。接触後は感染症、奴隷狩り、植民地化で人口と文化が深刻な打撃を受けました。
1792年|ワシントン大統領が初の拒否権を行使
1792年4月5日、ワシントンは国勢調査に基づく下院議席配分法案へ拒否権を行使しました。州ごとの議員数の算定方法が、憲法の人口比例原則と一選挙区3万人という上限に反すると判断しました。
拒否権を政策的な不一致ではなく憲法上の疑義に用いたことで、大統領と議会の抑制・均衡に先例を作りました。議会は修正法案を成立させ、制度は対立を手続で処理する形を示しました。
1815年|タンボラ山の大噴火が始まる
1815年4月5日、スンバワ島のタンボラ山で大きな爆発が起き、10日から11日にかけて噴火強度が頂点へ達しました。火砕流、降灰、津波と飢饉により周辺で多数が死亡しました。
成層圏へ達した火山噴出物は世界の気温を下げ、1816年の「夏のない年」、凶作、食料価格高騰へ影響しました。死者数は直接被害と飢饉をどう数えるかで幅があり、単一の数字に固定しません。
噴火規模は火山爆発指数VEI7と推定され、山頂部が崩壊して巨大なカルデラが形成されました。世界的寒冷化だけでなく、地域社会の言語・集落が消滅した植民地期インドネシアの災害として捉えます。
1862年|ヨークタウン包囲戦が始まる
1862年4月5日、マクレラン率いる北軍ポトマック軍がヨークタウン周辺の南軍陣地と接触しました。北軍は敵兵力を過大評価し、即時攻撃ではなく大規模な包囲砲配置を選びました。
南軍は約1か月の遅延に成功して撤退し、北軍はリッチモンドへ進みました。慎重な作戦は兵力温存の面がある一方、戦機を失ったとの批判を招き、半島方面作戦全体を左右しました。
1879年|チリがペルーとボリビアへ宣戦
1879年4月5日、チリはペルーとボリビアに宣戦を布告しました。アタカマ砂漠の硝石鉱山への課税、国境条約、ペルーとボリビアの秘密同盟が危機を深めていました。
チリが勝利して沿岸領土を獲得し、ボリビアは海への出口を失いました。資源、外国資本、国家形成が絡む戦争の帰結は現在までの外交関係と海洋アクセス問題に影響しています。
1918年|日本・英国軍がウラジオストクへ上陸
1918年4月5日、日本海軍陸戦隊と英国部隊がウラジオストクへ上陸しました。現地の日本人商店襲撃を直接の理由としましたが、連合国は軍需物資保護とボリシェヴィキ政権への警戒を強めていました。
日本は同年夏から大規模なシベリア出兵へ進み、撤兵は1922年まで遅れました。多数の犠牲と巨額の費用を生み、革命干渉、領土的野心、国内の米騒動とも結び付く政策でした。
1942年|日本海軍がコロンボを空襲
1942年4月5日、空母機動部隊がセイロン島コロンボの港湾・飛行場を空襲しました。復活祭の日だったため「イースター・サンデー・レイド」と呼ばれ、沖合では英巡洋艦2隻も撃沈されました。
日本海軍は戦術的優位を示しましたが、英国東洋艦隊を壊滅させることはできず、長期占領にもつながりませんでした。民間人被害を含み、帝国間戦争が南アジアへ及んだ事件です。
1945年|ソ連が日ソ中立条約の不延長を通告
1945年4月5日、モロトフ外相は佐藤尚武駐ソ大使へ、1941年締結の日ソ中立条約を延長しないと通告しました。条約には通告から1年後まで有効という規定があり、日本側は形式上の存続を期待しました。
ソ連はヤルタ会談の密約に基づき8月8日に対日宣戦し、満洲などへ侵攻しました。不延長通告と即時破棄は同じではありませんが、終戦仲介をソ連へ期待した日本の外交判断が危うかったことを示します。
1951年|ローゼンバーグ夫妻へ死刑判決
1951年4月5日、ニューヨーク連邦地裁はジュリアスとエセル・ローゼンバーグに死刑を宣告しました。冷戦初期の反共緊張の中、スパイ活動そのものではなく戦時のスパイ共謀罪で裁かれました。
1953年に処刑され、民間人として同罪で死刑となった異例の事件です。後に公開された資料はジュリアスの関与を裏付ける一方、エセルの役割と量刑の妥当性には強い論争が残ります。
1955年|チャーチルが英国首相を辞任
1955年4月5日、チャーチルはエリザベス2世へ辞表を提出しました。第二次世界大戦の指導者として知られますが、1951年に首相へ復帰した第2次政権では冷戦下の核外交と英米関係に力を注ぎました。
翌日にイーデンが後継首相となりました。戦争指導の英雄像だけでなく、植民地政策、インド、労働運動への姿勢など批判的評価も含め、長い政治経歴を多面的に見る必要があります。
1958年|長嶋茂雄がプロ野球公式戦にデビュー
1958年4月5日、国鉄スワローズとの開幕戦で新人の長嶋が三塁手として先発出場しました。金田の速球と鋭いカーブに4打席連続三振でしたが、その後本塁打王・打点王を獲得します。
失敗から始まるスター物語として語られ、王貞治との「ON時代」にプロ野球を国民的娯楽へ押し上げました。記念化では結果だけでなく、テレビ普及と都市文化の成長という時代背景も重要です。
1976年|第一次天安門事件
1976年4月5日、清明節に合わせて天安門広場へ集まった周恩来追悼の花輪や詩が撤去され、群衆が抗議しました。文化大革命を主導した「四人組」への不満も表面化しました。
当局は事件を反革命と断定し、鄧小平を失脚させましたが、毛沢東死後の1978年に名誉回復されました。1989年の民主化運動とは別の「第一次」天安門事件として区別します。
1992年|ペルーでフジモリ大統領が自己クーデター
1992年4月5日、フジモリは軍の支持を得て議会解散、憲法停止、司法機関への介入をテレビ演説で発表しました。反政府武装組織への対策と政治停滞の打破を理由に掲げました。
後に新憲法と選挙が実施されましたが、権力集中、人権侵害、腐敗が深まりました。治安回復の評価だけで民主的制度の破壊を相殺できず、権威主義化の典型例とされます。
1992年|サラエボ包囲が始まる
1992年4月5日、平和を求める市民デモへ銃撃があり、セルビア人勢力による高地からの包囲・砲撃が本格化しました。多民族都市サラエボは食料、水、電力を断たれました。
包囲は約4年続き、狙撃や砲撃で多数の民間人が死亡しました。民族浄化と国際社会の介入の遅れを象徴し、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所で指揮官の責任が裁かれました。
1998年|明石海峡大橋が開通
1998年4月5日、全長3,911メートル、中央支間1,991メートルの吊橋が供用を開始しました。1988年着工後、阪神・淡路大震災で主塔間が約1メートル広がる変化にも設計を調整して対応しました。
物流と観光を大きく変え、災害時の代替路にもなりました。一方、建設費と通行料金、地域交通への影響も議論されました。2022年にトルコの橋が開くまで中央支間世界最長でした。
建設当時の世界最長という記録は更新されても、強風、潮流、地震を考慮した設計・施工・維持管理の知見は残ります。橋の価値は長さ競争だけでなく、100年以上使うインフラ管理にあります。
2009年|北朝鮮が長距離ロケットを発射
2009年4月5日、北朝鮮は「銀河2号」で衛星「光明星2号」を打ち上げたと発表しました。米国などは衛星の軌道投入を確認できず、長距離弾道ミサイル技術の試験と評価しました。
国連安保理は既存決議違反として議長声明を採択し、制裁対象を拡大しました。宇宙ロケットと弾道ミサイルは基盤技術を共有するため、平和利用の主張と安全保障上の懸念が衝突します。
2010年|アッパー・ビッグ・ブランチ炭鉱事故
2010年4月5日、地下炭鉱でメタンガスに着火し、炭じん爆発が坑道へ拡大しました。米国では約40年ぶりの最悪級の炭鉱災害となり、救助活動も危険な坑内環境に阻まれました。
調査は換気、散水、粉じん管理、安全違反の積み重ねを指摘しました。企業経営者の刑事責任も問われ、労働安全規制を「事故後の反省」ではなく日常の執行として機能させる重要性を示しました。
4月5日の記念日・世界の祝日
復活祭(2026年・西方教会)
2026年4月5日は西方教会の復活祭です。春分後の最初の満月の次の日曜日という教会暦の計算で移動します。キリストの復活を祝う最重要祭日ですが、日曜日のため振替の扱いは国・地域で異なります。
清明・清明節(2026年)
国立天文台の暦で2026年の清明は4月5日3時40分です。中国圏では祖先の墓を清掃して供養する清明節に当たり、中国、香港、台湾などで休日制度があります。二十四節気の瞬間と各地の休業日は区別します。
良心の国際デー
国連総会が2019年に定めた国際デーで、平和、寛容、連帯、人権を良心に基づいて育てることを促します。英語名はInternational Day of Conscienceで、世界一律の公休日ではありません。
韓国の植木日(シンモギル)
韓国で国土緑化を促すため1949年に定められた植樹の記念日です。かつては公休日でしたが2006年から休日ではありません。行政・市民の植樹行事が行われ、制度変更を明記します。
パレスチナ子どもの日
パレスチナで子どもの権利と保護を訴える日です。紛争・占領下の教育、医療、家族生活への影響を考える啓発日で、国際連合が世界共通の公休日として定めた日ではありません。
ヘアカットの日
1872年4月5日に東京府が女性の断髪を禁じる布達を出したことにちなむとされる民間記念日です。前年の散髪脱刀令は男性の髪形自由化に関係し、女性の断髪奨励日と誤解しないよう背景を説明します。
沖縄バヤリースの日
アサヒオリオン飲料が、前身の沖縄バヤリース社の設立日である1972年4月5日にちなみ制定し、日本記念日協会に登録した企業記念日です。沖縄で親しまれてきた飲料ブランドの歴史を伝える日で、公休日ではありません。
デビューの日
1958年4月5日に長嶋茂雄がプロ野球公式戦へ初出場したことにちなむスポーツ文化の記念日です。初戦は4打席連続三振でしたが、その後の活躍から、新しい挑戦の出発点を考える日とされています。
明石海峡大橋開通記念日
1998年4月5日の供用開始を記念する交通史上の日です。企業・国の法定記念日ではありません。橋梁技術、阪神・淡路大震災後の施工調整、瀬戸内の物流・地域交通への影響を振り返ります。
イースター島という名称が生まれた日
1722年の復活祭に欧州船がラパ・ヌイへ到達したことから英語名Easter Islandが生まれました。先住民の島名と歴史を尊重し、「無人島の発見」や欧州人が文化を始めたかのように説明しないことが重要です。
今日(2026年4月5日)が祝日の国
2026年4月5日は日曜日で、西方教会の復活祭です。香港では清明節が法定の公休日ですが日曜日と重なるため翌日以降に休日が配置されます。台湾・中国本土も清明節の休日期間です。日本では清明も復活祭も国民の祝日ではありません。
- 香港|清明節(公休日、翌日の休日配置あり)
- 台湾・中国本土|清明節の休日期間
- 西方キリスト教圏|復活祭(日曜日、法定休日の扱いは国ごとに異なる)
- 日本|国民の祝日ではありません
4月5日が誕生日の有名人
トマス・ホッブズ(1588年生)
『リヴァイアサン』で自然状態の不安を避けるため人々が主権者へ権限を委ねる社会契約を論じ、近代政治哲学の基礎を築きました。
ジャン・オノレ・フラゴナール(1732年生)
『ぶらんこ』など、軽やかな筆致と官能的な社交場面でロココ美術を代表しました。革命前フランスの趣味と階級社会も映します。
ジョゼフ・リスター(1827年生)
石炭酸を用いる消毒法を外科へ導入し、手術後感染を大幅に減らしました。細菌学の知見を臨床手順へ結び付けた近代外科の先駆者です。
ブッカー・T・ワシントン(1856年生)
奴隷制下に生まれ、タスキーギ学院を率いて黒人の職業教育を推進しました。白人社会との妥協的姿勢はデュボイスらから批判も受けました。
ウォルター・サットン(1877年生)
染色体の分離とメンデル遺伝を結び付ける染色体説を提唱し、遺伝子が染色体上にあるという近代遺伝学の枠組みを支えました。
スペンサー・トレイシー(1900年生)
自然で抑制された演技により『我は海の子』『少年の町』で2年連続アカデミー主演男優賞を受賞し、古典期ハリウッドを代表しました。
ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908年生)
ベルリン・フィルを長く率い、磨かれた響きと録音メディアを通じクラシック音楽を世界市場へ広げました。ナチ党員歴も評価に不可欠です。
ベティ・デイヴィス(1908年生)
強い意志を持つ複雑な女性像を演じ、『黒蘭の女』『イヴの総て』などでスターの老いと権力まで表現しました。
グレゴリー・ペック(1916年生)
『アラバマ物語』の弁護士アティカス役で人種差別に抗う良心を演じ、アカデミー主演男優賞を受賞しました。
ロジャー・コーマン(1926年生)
低予算映画を短期間で制作する仕組みを確立し、コッポラ、スコセッシら若手へ機会を与えました。独立系映画の教育者的存在です。
コリン・パウエル(1937年生)
米統合参謀本部議長、初の黒人国務長官を務めました。イラクの大量破壊兵器を訴えた国連演説は本人も後に汚点と認めました。
ジュディス・レズニック(1949年生)
米国人女性として2人目に宇宙飛行し、1986年のチャレンジャー号事故で死亡しました。電気工学者としてロボットアーム運用にも貢献しました。
アグネタ・フォルツコグ(1950年生)
ABBAの一員として「ダンシング・クイーン」などを歌い、北欧発のポップ音楽を世界規模へ広げました。
鳥山明(1955年生)
『Dr.スランプ』『ドラゴンボール』で漫画とアニメの世界的普及に寄与し、明快な線、機械デザイン、戦闘表現が後続作品へ大きく影響しました。
ファレル・ウィリアムス(1973年生)
The Neptunesとして多数のヒットを制作し、ソロ曲「Happy」でも世界的成功を収めました。音楽、ファッション、デザインを横断します。
4月5日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1588 | トマス・ホッブズ | 哲学者 |
| 1622 | ヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニ | 数学者・物理学者 |
| 1732 | ジャン・オノレ・フラゴナール | 画家 |
| 1784 | ルイ・シュポーア | 作曲家・ヴァイオリニスト |
| 1827 | ジョゼフ・リスター | 外科医 |
| 1856 | ブッカー・T・ワシントン | 教育者 |
| 1869 | アルベール・ルーセル | 作曲家 |
| 1877 | ウォルター・サットン | 生物学者・医師 |
| 1895 | ミスタンゲット | 歌手・俳優 |
| 1900 | スペンサー・トレイシー | 俳優 |
| 1908 | ヘルベルト・フォン・カラヤン | 指揮者 |
| 1908 | ベティ・デイヴィス | 俳優 |
| 1916 | グレゴリー・ペック | 俳優 |
| 1920 | アーサー・ヘイリー | 小説家 |
| 1922 | ゲイル・ストーム | 俳優・歌手 |
| 1923 | グエン・バン・チュー | 南ベトナム大統領 |
| 1926 | ロジャー・コーマン | 映画監督・プロデューサー |
| 1929 | アイヴァー・ジェーバー | 物理学者 |
| 1937 | コリン・パウエル | 軍人・政治家 |
| 1941 | デイヴ・スウォーブリック | ミュージシャン |
| 1942 | ピーター・グリーナウェイ | 映画監督 |
| 1949 | ジュディス・レズニック | 宇宙飛行士 |
| 1950 | アグネタ・フォルツコグ | 歌手 |
| 1955 | 鳥山明 | 漫画家 |
| 1973 | ファレル・ウィリアムス | 音楽プロデューサー・歌手 |
| 1976 | スターリング・K・ブラウン | 俳優 |
| 1989 | リリー・ジェームズ | 俳優 |
4月5日が命日の有名人
伊藤仁斎(1705年没)
朱子学の抽象的理論を批判し、『論語』『孟子』の古義へ立ち返る古義学を唱えました。京都の私塾古義堂で町人にも学問を開きました。
ジョルジュ・ダントン(1794年没)
王政打倒と共和国防衛を主導しましたが、恐怖政治の緩和を唱えてロベスピエール派と対立し、カミーユ・デムーランらと処刑されました。
ナイジェル・グレズリー(1941年没)
英国LNERの主任技師として蒸気機関車フライング・スコッツマンやマラードを設計し、高速列車と長距離輸送を発展させました。
ダグラス・マッカーサー(1964年没)
太平洋戦争の連合国軍司令官、占領期日本の最高司令官を務めました。民主化改革を進める一方、朝鮮戦争では文民統制をめぐり解任されました。
三好達治(1964年没)
『測量船』などで端正な言葉と抒情を追究し、古典詩歌と西洋詩の双方を近代日本語へ取り込みました。戦時詩の検証も欠かせません。
蔣介石(1975年没)
国民政府を率いて抗日戦争を戦い、国共内戦敗北後は台湾へ移りました。近代化・抵抗の評価と、権威主義・白色テロの責任が併存します。
ハワード・ヒューズ(1976年没)
航空記録、航空機開発、映画製作で名を上げ巨大企業を築きました。晩年の隠遁と強迫症状が伝説化され、事業史との区別が必要です。
サム・ウォルトン(1992年没)
ウォルマートを地方の小型店から世界最大級の小売企業へ育てました。物流革新と低価格の一方、労働条件や地域商業への影響が論じられます。
アレン・ギンズバーグ(1997年没)
長詩「吠える」で消費社会、性規範、戦争を批判し、ビート・ジェネレーションを代表しました。表現の自由をめぐる裁判にもつながりました。
ソール・ベロー(2005年没)
『ハーツォグ』『フンボルトの贈り物』などで都市生活と知識人の精神を描き、ノーベル文学賞を受賞しました。
チャールトン・ヘストン(2008年没)
『十戒』『ベン・ハー』などの大作で英雄像を演じました。公民権運動への参加後、全米ライフル協会会長となった政治的変化も知られます。
バルーク・サミュエル・ブランバーグ(2011年没)
B型肝炎ウイルスの表面抗原を発見しワクチン開発へ道を開き、感染症と肝がん予防に大きく貢献しました。
4月5日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1697 | カール11世 | スウェーデン王 |
| 1705 | 伊藤仁斎 | 儒学者 |
| 1794 | ジョルジュ・ダントン | フランス革命期の政治家 |
| 1794 | カミーユ・デムーラン | ジャーナリスト・革命家 |
| 1887 | イワン・クラムスコイ | 画家 |
| 1941 | ナイジェル・グレズリー | 鉄道技術者 |
| 1964 | ダグラス・マッカーサー | 軍人 |
| 1964 | 三好達治 | 詩人 |
| 1967 | ミッシャ・エルマン | ヴァイオリニスト |
| 1975 | 蔣介石 | 中華民国総統 |
| 1976 | ハワード・ヒューズ | 実業家・飛行家 |
| 1992 | サム・ウォルトン | 実業家 |
| 1997 | アレン・ギンズバーグ | 詩人 |
| 1998 | コージー・パウエル | ドラマー |
| 2005 | ソール・ベロー | 小説家 |
| 2006 | ジーン・ピットニー | 歌手 |
| 2008 | チャールトン・ヘストン | 俳優 |
| 2011 | バルーク・サミュエル・ブランバーグ | 医学者 |
| 2020 | オナー・ブラックマン | 俳優 |
4月5日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡羊座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 4月の誕生石 | ダイヤモンド、モルガナイト |
2026年4月5日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 日曜日 |
| 和暦 | 令和8年4月5日 |
| 旧暦 | 2026年2月18日 |
| 六曜 | 先勝 |
| 干支 | 己酉(つちのととり) |
| 二十四節気 | 清明の期間(2026年の清明は4月5日3時40分、穀雨は4月20日10時39分) |
| 七十二候 | 玄鳥至(つばめきたる) |
| 月齢 | 17.1(東京・正午) |
| 十二直 | 執(とる) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年4月5日の暦を読む
2026年4月5日は日曜日、旧暦2月18日です。3時40分に二十四節気の清明へ入り、七十二候は「玄鳥至」。東京の正午月齢は17.1、六曜は先勝、十二直は執です。西方教会の復活祭と清明節が重なりますが、日本の国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 国立天文台・2026年暦要項
- 国連・International Day of Conscience
- スミソニアン・Global Volcanism Program Tambora
- 米国上院・Presidential Vetoes
- 英国議会・Winston Churchill
- 本州四国連絡高速道路・明石海峡大橋
- 米国労働省・Upper Big Branch Mine
- ラパ・ヌイ国立公園
- 韓国山林庁
- アサヒオリオン飲料・沖縄バヤリースの日
- 台湾行政院人事行政総処・2026年勤務日カレンダー
- 香港政府・2026年公休日
- 北京市政府・2026年清明節休日
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年4月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
