
2月26日、今日は何の日?
2026年2月26日(木曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1936年の二・二六事件、1993年の世界貿易センター爆破事件、2008年のスヴァールバル世界種子貯蔵庫開設。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1936年の二・二六事件/1993年の世界貿易センター爆破事件/2008年のスヴァールバル世界種子貯蔵庫開設 |
| 代表的な記念日 | クウェート解放記念日/二・二六事件の日/血液銀行開業記念日 |
| 2026年の暦 | 木曜日・旧暦2026年1月10日・国民の祝日ではありません |
- 2月26日に起きた主な事件
- 2月26日の記念日・世界の祝日
- 2月26日が誕生日の有名人
- ヴェンツェル(1361年生)
- 第3代シャフツベリ伯爵(1671年生)
- クロード=アドリアン・エルヴェシウス(1715年生)
- フランソワ・アラゴ(1786年生)
- ヴィクトル・ユゴー(1802年生)
- オノレ・ドーミエ(1808年生)
- リーバイ・ストラウス(1829年生)
- カミーユ・フラマリオン(1842年生)
- バッファロー・ビル・コーディ(1846年生)
- フェルディナント1世(1861年生)
- I・A・リチャーズ(1893年生)
- ジュリオ・ナッタ(1903年生)
- テックス・アヴェリー(1908年生)
- ジャッキー・グリーソン(1916年生)
- ファッツ・ドミノ(1928年生)
- ジョニー・キャッシュ(1932年生)
- アハメッド・ズウェイル(1946年生)
- エリカ・バドゥ(1971年生)
- 李娜(1982年生)
- 2月26日生まれの有名人一覧
- 2月26日が命日の有名人
- 2月26日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年2月26日の暦
2月26日に起きた主な事件
- 1616年|ローマでガリレオ・ガリレイが、地動説を真実として保持・擁護しないよう警告を受けました。
- 1815年|退位後にエルバ島を統治していたナポレオンが船で島を離れ、フランスへ向かいました。
- 1870年|空気の圧力で車両を動かす短い実験地下鉄がマンハッタンで営業を始めました。
- 1914年|タイタニックの姉妹船ブリタニックがベルファストの造船所で進水しました。
- 1919年|ウッドロウ・ウィルソン米大統領が法律へ署名し、グランド・キャニオンを国立公園に指定しました。
- 1936年|陸軍の青年将校が約1400人の兵を率いて東京の中枢を襲撃し、政府要人を殺害しました。
- 1966年|サターンIBロケットとアポロ司令・機械船を組み合わせた初の飛行試験が行われました。
- 1991年|湾岸戦争の地上作戦で多国籍軍とクウェート部隊が首都を奪還し、占領が終結へ向かいました。
- 1993年|北棟地下駐車場のトラック爆弾が爆発し、6人が死亡、千人以上が負傷しました。
- 2008年|ノルウェー領スピッツベルゲン島で、各国の作物種子を重複保存する施設が開きました。
- 2012年|フロリダ州で非武装の黒人高校生が自警団員ジョージ・ジマーマンに射殺されました。
1616年|ガリレオが地動説を擁護しないよう命じられる
コペルニクスの地動説をめぐり、カトリック教会の審査機関は太陽が宇宙の中心に静止するという命題を聖書に反すると判断しました。1616年2月26日、枢機卿ロベルト・ベラルミーノはガリレオに、その説を保持・擁護しないよう正式に警告しました。
ガリレオは研究を直ちに全面禁止されたわけではなく、仮説として議論する余地を探りました。1632年に『天文対話』を刊行すると翌年の異端審問で有罪となります。1616年の警告と1633年の裁判・自宅軟禁を同じ事件として混同しません。
科学と宗教の単純な一騎打ちとして語ると、当時の観測証拠、聖書解釈、教会内部の意見差が消えてしまいます。教会は1992年、ヨハネ・パウロ2世の下で委員会報告を受け、ガリレオ事件での相互理解の失敗を認めました。
1815年|ナポレオンがエルバ島を脱出
1814年に連合国へ敗れたナポレオンは、地中海のエルバ島へ追放され、小規模な主権と護衛兵を認められていました。1815年2月26日、英国監視船の不在を突いて約千人の兵とともに島を出航し、3月1日にフランス南岸へ上陸しました。
国王軍の部隊を次々と味方につけてパリへ戻り、ルイ18世は逃亡しました。「百日天下」が始まりましたが、6月のワーテルローで敗れ、今度は大西洋のセントヘレナ島へ送られます。脱出日、上陸日、パリ入城日は別です。
1870年|ニューヨークでビーチ式空気圧地下鉄が公開
発明家アルフレッド・イーリー・ビーチは、交通混雑を避ける地下輸送を実証するため、ブロードウェーの地下に約90メートルのトンネルを秘密裏に建設しました。1870年2月26日、豪華な待合室と一両の車両を備えた「ビーチ・ニューマチック・トランジット」を公開しました。
巨大送風機で車両を押し引きする実験線は見物客を集めましたが、政治的対立と1873年恐慌などで延伸できず、数年で閉鎖されました。現在のニューヨーク地下鉄の直接の路線ではないものの、地下交通への早期の挑戦でした。
1914年|客船ブリタニックが進水
ホワイト・スター・ラインのオリンピック級3番船ブリタニックは、タイタニック沈没後に隔壁や救命設備の設計を強化され、1914年2月26日にハーランド・アンド・ウルフ造船所で進水しました。完成前に第一次世界大戦が始まり、豪華客船として営業する機会を失いました。
英国海軍に病院船として徴用され、地中海で負傷兵を輸送しましたが、1916年11月に機雷へ触れて沈没しました。多数の救命ボートが機能して千人以上が救助され、タイタニック後の安全改良の効果と、回転中のスクリューによる悲劇の双方を残しました。
1919年|グランド・キャニオン国立公園が成立
アリゾナ州の峡谷は先住民が長く暮らす文化的景観で、19世紀末から連邦保護の対象が段階的に拡大されました。1919年2月26日、議会法への大統領署名によってグランド・キャニオン国立公園が正式に設立されました。
地質学的な時間を目に見える形で示す景観として観光と研究の拠点になり、1979年には世界遺産へ登録されました。一方、公園化でハバスパイなど先住民の土地利用が制約された歴史があり、自然保護だけの物語にはできません。
1936年|陸軍青年将校らが二・二六事件を起こす
皇道派の思想に影響された青年将校らは1936年2月26日未明、「昭和維新」を掲げて首相官邸、警視庁、要人私邸などを襲いました。高橋是清蔵相、斎藤実内大臣、渡辺錠太郎教育総監らが殺害され、鈴木貫太郎侍従長は重傷を負いました。
反乱部隊は永田町一帯を占拠しましたが、昭和天皇が鎮圧を強く求め、戒厳令下で29日までに帰順しました。首謀者らは軍法会議で処刑され、皇道派は排除されましたが、軍部の政治的影響は弱まらず、統制派主導でさらに拡大しました。
岡田啓介首相は義弟の松尾伝蔵が首相と誤認され殺害されたため、官邸内に隠れて脱出しました。事件の標的と生死を正確に分けることが重要です。高橋是清の死は軍事費膨張への財政的歯止めも弱めました。
1966年|無人宇宙船AS-201が打ち上げ
NASAは1966年2月26日、ケープケネディからAS-201を打ち上げました。新しいサターンIBロケットの初飛行であり、アポロ宇宙船を宇宙空間へ送り、機械船エンジンの再着火と高速再突入、耐熱シールド、回収系統を無人で試験しました。
一部に推進剤系統や電気系統の不具合があったものの、司令船は大西洋へ着水し回収されました。有人月飛行の成功はアポロ11号だけで生まれたのではなく、段階的な無人試験で故障を発見・修正した蓄積に支えられました。
1991年|クウェート市がイラク占領から解放
1990年8月からクウェートを占領していたイラク軍は、多国籍軍の空爆と地上進攻を受けて撤退しました。1991年2月26日、クウェート部隊が首都へ入り、国旗を掲げました。撤退するイラク軍は多数の油井へ放火し、道路では兵員・車両が攻撃されました。
翌27日に米大統領がクウェート解放を宣言し、28日に戦闘停止となりました。クウェートは2月26日を解放記念日として祝いますが、戦争捕虜、行方不明者、環境汚染、イラクへの制裁など長期的な影響が残りました。
1993年|ニューヨーク世界貿易センター地下で爆弾テロ
1993年2月26日昼、世界貿易センター北棟の地下駐車場で約550キログラムの尿素硝酸塩爆弾が爆発しました。犯行グループは爆発で北棟を南棟へ倒すことを狙いましたが建物は倒壊せず、煙と停電の中で数万人が階段を使って避難しました。
FBIはレンタカーの車台番号などから捜査を進め、複数の実行犯が有罪となりました。事件は国際テロ組織の脅威と超高層建物の避難・通信課題を示し、2001年9月11日の攻撃とは別の事件として記憶されます。
爆発後、非常照明と案内が不十分な階段で避難に数時間を要しました。管理当局は蓄光表示、非常電源、通信設備を改善しました。テロ対策だけでなく、煙と停電を想定した高層建築の避難設計に教訓を残しました。
2008年|スヴァールバル世界種子貯蔵庫が開設
2008年2月26日、北極圏の永久凍土地域に建設されたスヴァールバル世界種子貯蔵庫が正式に開設されました。各国・研究機関のジーンバンクが保有する種子の予備を密封して預け、戦争、災害、設備故障で元のコレクションが失われる危険に備えます。
「終末の日の金庫」と呼ばれますが、種子を所有するのは寄託機関で、施設が自由に配布するわけではありません。シリア内戦で利用できなくなった遺伝資源を再建するため、国際乾燥地農業研究センターが初の引き出しを行い、備えの実用性を示しました。
永久凍土が自然冷却を補いますが、主たる保存温度は機械設備で氷点下18度に保たれます。2016年には入口付近へ融雪水が侵入し、種子には被害がなかったものの、防水や排水を強化しました。気候変動下では施設自体の更新も必要です。
2012年|トレイボン・マーティン射殺事件
2012年2月26日夜、17歳のトレイボン・マーティンは滞在先へ歩いて戻る途中、住宅街の自警団員ジマーマンに不審者として追跡されました。二人の間で争いが起き、ジマーマンが発砲してマーティンを死亡させました。逮捕が当初行われず、全国的な抗議が広がりました。
ジマーマンは第二級殺人罪などで起訴されましたが、2013年に陪審が無罪評決を出しました。事件と評決は人種的プロファイリング、銃携帯、自衛法、刑事司法の格差をめぐる議論を高め、Black Lives Matter運動の形成に結びつきました。
2月26日の記念日・世界の祝日
クウェート解放記念日
クウェートが1991年2月26日にイラク軍の占領から解放されたことを祝う国の公休日です。2026年も前日の建国記念日と合わせて公式休日です。湾岸戦争の軍事的勝利を祝う一方、犠牲者、行方不明者、油井火災の環境被害も記憶されます。
2月25日のNational Dayと26日のLiberation Dayは連続しますが、前者は独立後の国家形成、後者は1991年の占領終結を記念します。2026年に同じ二連休だからと、両日の名称や歴史を入れ替えないようにします。
二・二六事件の日
1936年2月26日に陸軍青年将校らが政府中枢を襲撃した事件にちなむ歴史上の呼称です。国が祝う記念日ではありません。政治的暴力で要人と警察官らが命を奪われ、軍の統制と立憲政治が揺らいだ過程を学ぶ日です。
血液銀行開業記念日
1951年2月26日に大阪で民間企業の日本ブラッドバンクが業務を開始したことにちなむ通称です。日本赤十字社の最初の血液銀行は1952年4月10日開業で、二つを混同しません。売血中心から献血中心へ移行した輸血医療史も重要です。
初期の日本では対価を得る売血に依存し、頻回採血による提供者の健康被害や輸血後肝炎が問題となりました。1964年の閣議決定以後、献血による確保へ転換しました。施設開業を無条件に美化せず、安全な血液事業の形成過程として捉えます。
脱出の日
1815年2月26日にナポレオンが流刑地エルバ島を脱出した史実にちなむ通称です。一般的な「困難から脱出する日」として紹介されますが、公的制定主体のある記念日ではありません。フランス上陸は3月1日、パリ入城は3月20日です。
包む(ラッピング)の日
ラッピング用品を企画・販売する株式会社包むが、「つ(2)つ(2)む(6)」の語呂から制定しました。贈る相手を思い、品物を包む楽しさを伝える企業制定日です。過剰包装を避け、再利用・分別を考える視点も持てます。
日本には風呂敷や折形など、保護、運搬、礼意を一枚の素材で表す文化があります。現代のラッピングは気持ちを可視化する一方、ごみも生みます。包み方、素材、再利用まで含めて選ぶと記念日の趣旨が深まります。
ご飯がススムキムチの日
ピックルスコーポレーションが、商品名の「ススム」を「ス(2)ス(2)ム(6)」と数字へ置き換えて制定しました。冬場にキムチや鍋を楽しんでもらう企業記念日です。商品発売日そのものを記念した日ではありません。
フロリダグレープフルーツの日
米国フロリダ州政府柑橘局が、2月から旬を迎えることと「26」を「フ(2)ロ(6)リダ」と読む語呂から制定しました。日本市場で産地を発信する記念日で、米国連邦やフロリダ州の法定休日ではありません。
風呂の日(毎月26日)
「ふ(2)ろ(6)」の語呂から、入浴施設や自治体が毎月26日にキャンペーンを行う民間の定日です。全国で一つの制定主体・同じ行事があるわけではありません。入浴前後の水分補給や、急な温度差による事故防止も意識します。
プルーンの日(毎月26日)
サンスウィート・インターナショナル日本支社が、「プ(2)ル(6)ーン」の語呂と一年を通じた利用促進から毎月26日に制定しました。乾燥果実を紹介する企業記念日で、特定食品だけで健康効果を保証するものではありません。
朱鳥忌
小説家・野上弥生子が1985年2月26日に亡くなったことをしのぶ文学忌です。長編『迷路』『秀吉と利休』などを著し、明治から昭和まで長い創作活動を続けました。「朱鳥」は晩年の作品・戒名に結びつく呼称です。
霞始靆の期間
2026年2月26日は七十二候「霞始靆」に当たります。春の空気に水蒸気や微粒子が漂い、遠景が淡く見える季節を表す言葉です。現代気象学の「霧」とは観測定義が違い、霞に特定の開始時刻があるわけではありません。
雨水の期間
二十四節気では雨水の期間が続きます。雪解けと農耕準備を意識する時季ですが、北日本や山間部では厳しい寒さや積雪が残り得ます。次の啓蟄は2026年3月5日22時59分で、2月26日に節気が変わるわけではありません。
今日(2026年2月26日)が祝日の国
2026年2月26日(木)は日本の国民の祝日ではありません。クウェートでは解放記念日の公式休日で、前日の建国記念日から二日続く祝日です。包むの日、キムチの日、グレープフルーツの日など日本で紹介される日は企業・団体制定で、公休日ではありません。
- 日本:国民の祝日ではありません
- クウェート:解放記念日(公式休日)
- 企業・団体制定の各記念日:法定の休日ではありません
2月26日が誕生日の有名人
ヴェンツェル(1361年生)
ルクセンブルク家の君主で、ボヘミア王ヴァーツラフ4世、ローマ王ヴェンツェルとして統治しました。諸侯との対立からローマ王位を廃され、フスの処刑後にはボヘミアの宗教紛争へ直面しました。
第3代シャフツベリ伯爵(1671年生)
道徳感覚を人間に備わる社会的感情として論じ、美と善の調和を重視した英国の哲学者です。利己心だけで人間行動を説明せず、ハチソンやヒュームなど啓蒙期の倫理学へ影響しました。
クロード=アドリアン・エルヴェシウス(1715年生)
感覚、教育、社会環境から人間の精神と道徳を説明したフランス啓蒙思想家です。『精神論』は宗教・国家権力から非難されましたが、教育と制度が人を変えるという議論を広げました。
フランソワ・アラゴ(1786年生)
光学、電磁気、天文学で研究し、回転磁気の現象を発見しました。パリ天文台長を務める一方、1848年革命後の臨時政府で奴隷制廃止を推進した科学者・政治家です。
1848年の臨時政府で海軍・植民地相となり、フランス植民地の奴隷制廃止を実務的に進めました。科学と政治が別々の経歴ではなく、知識人が公共制度へ責任を負うという19世紀的な役割を体現しました。
ヴィクトル・ユゴー(1802年生)
『ノートルダム・ド・パリ』『レ・ミゼラブル』で、社会から排除された人々、法と慈悲、革命を壮大に描きました。詩人・政治家として死刑廃止を訴え、ナポレオン3世に反対して長く亡命しました。
『レ・ミゼラブル』は貧困を個人の道徳的失敗ではなく、法、労働、教育の制度に結びつけました。ジャン・ヴァルジャンの物語を通じて、処罰と更生、革命と改革の緊張を問い、舞台・映画へ繰り返し翻案されています。
オノレ・ドーミエ(1808年生)
新聞の石版画で政治家、裁判官、ブルジョワ社会を鋭く風刺しました。国王を洋梨に見立てた表現などで投獄されながら、都市の労働者や鉄道客を描く絵画にも近代生活の観察を残しました。
リーバイ・ストラウス(1829年生)
バイエルンから米国へ移住し、サンフランシスコで衣料品事業を築きました。仕立屋ジェイコブ・デイヴィスと金属リベットで作業ズボンを補強する特許を取得し、ブルージーンズの普及につなげました。
1873年の特許で発明者として名を連ねたのは、補強方法を考えたジェイコブ・デイヴィスと資金・事業を担ったストラウスです。衣服の歴史をブランド創業者一人の着想にせず、縫製労働や綿・染料の供給網も視野に入れます。
カミーユ・フラマリオン(1842年生)
フランスの天文学者で、火星、二重星、大気を研究しながら一般向け著作で宇宙への関心を広げました。科学的観測と心霊現象への関心を併せ持ち、両者の証拠水準を区別して評価する必要があります。
バッファロー・ビル・コーディ(1846年生)
騎馬、射撃、先住民役を組み合わせた「ワイルド・ウェスト」ショーを欧米で興行し、西部像を世界へ広めました。娯楽化された物語は先住民を固定的に表象し、植民・暴力の現実を覆う面もありました。
フェルディナント1世(1861年生)
ブルガリア公、後に国王として独立宣言とバルカン戦争を主導しました。第一次世界大戦で中央同盟側へ参戦し、敗戦後に退位しました。国家独立への貢献と拡張政策の破綻を併せ持つ君主です。
I・A・リチャーズ(1893年生)
作品本文を精密に読む実践を重視し、ニュー・クリティシズムへ影響を与えました。学生へ作者名を伏せた詩を読ませ、既成評価に頼らない読解を調べた『実践批評』で知られます。
ジュリオ・ナッタ(1903年生)
分子の立体配置が規則的なポリマーを合成し、丈夫で加工しやすいアイソタクチック・ポリプロピレンの開発へつなげました。チーグラーと1963年ノーベル化学賞を受賞しました。
テックス・アヴェリー(1908年生)
ワーナーやMGMで、常識を破る速度、誇張、観客への語りかけを使った短編アニメーションを監督しました。バッグス・バニーやダフィー・ダックの性格形成に関わり、喜劇演出を革新しました。
ジャッキー・グリーソン(1916年生)
テレビ喜劇『ハネムーナーズ』のラルフ・クラムデン役で、労働者家庭の苛立ちと愛情を演じました。映画『ハスラー』では劇的な役も評価され、音楽アルバム制作にも携わりました。
ファッツ・ドミノ(1928年生)
ニューオーリンズのピアノ、リズム&ブルースを基礎に『Ain’t That a Shame』『Blueberry Hill』をヒットさせ、ロックンロール初期の大衆化を担いました。穏やかな舞台像の背後に、人種隔離市場を越えた影響があります。
ジョニー・キャッシュ(1932年生)
低い声と簡潔な伴奏で、労働、罪、信仰、愛を歌いました。刑務所でのライブ盤や『I Walk the Line』で知られ、カントリー、ロック、フォークを横断して社会の周縁へ共感を示しました。
アハメッド・ズウェイル(1946年生)
超短パルスレーザーで化学反応中の分子変化をフェムト秒単位で観測する「フェムト化学」を開拓しました。反応を平均的な前後状態だけでなく、結合が切れ形成される途中として見ることを可能にし、1999年ノーベル化学賞を受賞しました。
1フェムト秒は1000兆分の1秒です。反応の「遷移状態」を実時間で追う手法は、触媒、材料、生体分子の研究へ広がりました。エジプト生まれの米国研究者として、科学教育と中東の政策助言にも取り組みました。
エリカ・バドゥ(1971年生)
『Baduizm』でソウル、ジャズ、ヒップホップを融合し、ネオソウルを代表する歌手となりました。独特の声と視覚表現、黒人文化や女性の自己決定をめぐる歌詞で影響を与えています。
李娜(1982年生)
2011年全仏、2014年全豪で優勝し、アジア出身選手として初めてテニス四大大会シングルスを制しました。国家チームを離れて個人運営する改革の象徴となり、中国とアジアで競技人気を高めました。
優勝は個人の才能だけでなく、賞金の一部を納める代わりに遠征やコーチを自ら選ぶ「単飛」制度への移行と結びつきます。率直な発言と国際的成功は、国家育成型スポーツとプロ競技の関係を変えました。
2月26日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1361 | ヴェンツェル | 神聖ローマ王・ボヘミア王 |
| 1671 | 第3代シャフツベリ伯爵 | 哲学者 |
| 1715 | クロード=アドリアン・エルヴェシウス | 哲学者 |
| 1786 | フランソワ・アラゴ | 物理学者・天文学者・政治家 |
| 1802 | ヴィクトル・ユゴー | 作家 |
| 1808 | オノレ・ドーミエ | 画家・風刺画家 |
| 1829 | リーバイ・ストラウス | 実業家 |
| 1842 | カミーユ・フラマリオン | 天文学者・著述家 |
| 1846 | バッファロー・ビル・コーディ | 興行師・開拓時代の人物 |
| 1861 | フェルディナント1世 | ブルガリア君主 |
| 1893 | I・A・リチャーズ | 文芸批評家 |
| 1903 | ジュリオ・ナッタ | 化学者 |
| 1908 | テックス・アヴェリー | アニメーション監督 |
| 1916 | ジャッキー・グリーソン | 俳優・コメディアン |
| 1920 | トニー・ランドール | 俳優 |
| 1928 | ファッツ・ドミノ | 音楽家 |
| 1932 | ジョニー・キャッシュ | 歌手・作詞家 |
| 1946 | アハメッド・ズウェイル | 化学者 |
| 1953 | マイケル・ボルトン | 歌手・作詞家 |
| 1971 | エリカ・バドゥ | 歌手 |
| 1982 | 李娜 | テニス選手 |
2月26日が命日の有名人
エリク14世(1577年没)
スウェーデンのヴァーサ朝国王で、リヴォニア戦争を進める一方、疑心暗鬼から貴族を殺害しました。弟ヨハン3世に廃位・幽閉され、エンドウ豆のスープへ毒を盛られた可能性が遺骨分析でも論じられます。
ジュゼッペ・タルティーニ(1770年没)
超絶技巧を要する「悪魔のトリル」で知られるイタリアの作曲家です。パドヴァで演奏学校を開き、弓使い、装飾、音響理論を研究して18世紀ヴァイオリン奏法へ影響しました。
ジョゼフ・ド・メーストル(1821年没)
フランス革命に反対し、王権と教皇権、伝統的秩序を擁護したサルデーニャ王国の思想家です。反啓蒙・反革命思想へ大きな影響を与えましたが、暴力と処罰を正当化する議論は批判的に読まれます。
オットー・ヴァラッハ(1931年没)
精油に含まれるテルペン類を体系的に研究し、構造と分類を明らかにしました。有機化学と香料産業の基礎を築いた功績により、1910年ノーベル化学賞を受賞しました。
高橋是清(1936年没)
日本銀行総裁、首相、蔵相を歴任し、金融恐慌や世界恐慌期に積極財政と通貨政策で経済を立て直しました。軍事費の膨張を抑えようとして二・二六事件の襲撃隊に殺害されました。
1931年以降、金輸出再禁止、通貨供給、公共支出でデフレからの回復を促しましたが、景気回復後に軍事費を抑えようとして軍部の反発を招きました。「ケインズより先」と単純化せず、植民地財政と軍事支出を含む政策全体を見る必要があります。
斎藤実(1936年没)
海軍大将、朝鮮総督を経て五・一五事件後に首相となり、挙国一致内閣を率いました。内大臣として天皇を補佐していたため青年将校の標的となり、自宅で殺害されました。
渡辺錠太郎(1936年没)
陸軍の教育を統括する教育総監で、皇道派と対立する統制派寄りと見なされました。二・二六事件で自宅を襲撃され、家族の前で殺害されました。軍内部の派閥抗争の犠牲でもあります。
ジーノ・セヴェリーニ(1966年没)
イタリア未来派として速度、光、都市の運動を分割した画面で表現しました。パリでキュビスムと交流し、後に古典的秩序やモザイクへ向かうなど、前衛運動だけに留まらない制作を続けました。
カール・ヤスパース(1969年没)
精神医学の症状理解に方法論を導入した後、実存哲学を展開しました。限界状況、コミュニケーション、包括者を論じ、戦後には『責罪論』でドイツ人の異なる責任の形を区別しました。
責罪論では、刑事上、政治上、道徳上、形而上的という異なる罪責を区別しました。国民全員を同じ犯罪者とするのでも、命令に従っただけとして免責するのでもなく、一人ひとりが関与の形を考える枠組みを示しました。
フェルナンデル(1971年没)
馬のような長い顔と豊かな表情で知られたフランスの喜劇俳優です。映画「ドン・カミロ」シリーズで、共産党町長と渡り合う司祭を演じ、宗教・政治対立を人情喜劇にしました。
チャリング・クープマンス(1985年没)
限られた資源を効率的に配分する線形計画と活動分析を発展させました。カントロヴィチと1975年ノーベル経済学賞を受賞し、輸送問題から生産計画まで数理的最適化を広げました。
ビル・ヒックス(1994年没)
米国のスタンドアップコメディアンで、消費主義、宗教、戦争、メディアを激しく風刺しました。生前の主流的人気は限られましたが、死後に録音と映像が広まり、多くの芸人へ影響しました。
ボリス・トライコフスキ(2004年没)
宗教間対話を重視し、2001年の民族対立を終結させるオフリド合意を支えました。国際会議へ向かう途中、ボスニア・ヘルツェゴビナで政府専用機が墜落し死亡しました。
Nujabes(2010年没)
本名・瀬葉淳。ジャズの旋律とヒップホップのビートを結びつけ、アニメ『サムライチャンプルー』の音楽などで国際的支持を得ました。交通事故で36歳で亡くなり、ローファイ・ヒップホップの先駆として再評価されています。
海外での評価は生前からありましたが、動画配信時代に「lo-fi hip hop」と結びつけてさらに広まりました。後世のジャンル名だけに回収せず、日本のクラブ、レコード店、国内外ラッパーとの協働から音楽を捉えることが大切です。
2月26日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1577 | エリク14世 | スウェーデン王 |
| 1770 | ジュゼッペ・タルティーニ | 作曲家・ヴァイオリニスト |
| 1821 | ジョゼフ・ド・メーストル | 思想家・外交官 |
| 1931 | オットー・ヴァラッハ | 化学者 |
| 1936 | 高橋是清 | 政治家・蔵相 |
| 1936 | 斎藤実 | 海軍軍人・内大臣・元首相 |
| 1936 | 渡辺錠太郎 | 陸軍軍人・教育総監 |
| 1966 | ジーノ・セヴェリーニ | 画家 |
| 1969 | カール・ヤスパース | 哲学者・精神科医 |
| 1971 | フェルナンデル | 俳優・歌手 |
| 1985 | チャリング・クープマンス | 経済学者 |
| 1994 | ビル・ヒックス | コメディアン |
| 2004 | ボリス・トライコフスキ | 北マケドニア大統領 |
| 2010 | Nujabes | 音楽プロデューサー・DJ |
2月26日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 魚座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 2月の誕生石 | アメシスト(紫水晶) |
2026年2月26日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 木曜日 |
| 和暦 | 令和8年2月26日 |
| 旧暦 | 2026年1月10日 |
| 六曜 | 仏滅 |
| 干支 | 辛未(かのとひつじ) |
| 二十四節気 | 雨水の期間(2026年の雨水は2月19日0時52分、啓蟄は3月5日22時59分) |
| 七十二候 | 霞始靆(かすみはじめてたなびく) |
| 月齢 | 8.6(東京・正午) |
| 十二直 | 執(とる) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年2月26日の暦を読む
2026年2月26日は旧暦1月10日、六曜は仏滅です。二十四節気は雨水、七十二候は「霞始靆」。東京の正午の月齢は8.6で、上弦を過ぎた月が夕方から深夜にかけて見えます。日本の国民の祝日ではなく、クウェートでは解放記念日の公休日です。
主な確認資料
- ガリレオ博物館・ガリレオ年表
- 米国国立公園局・グランド・キャニオンの歴史
- 国立国会図書館・二・二六事件
- NASA・AS-201アポロ無人飛行試験
- FBI・1993年世界貿易センター爆破事件
- スヴァールバル世界種子貯蔵庫公式サイト
- クウェート国営通信・2026年の公式休日
- 株式会社包む・包むの日
- ピックルス・ご飯がススム
- フロリダ州政府柑橘局・グレープフルーツの日
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年2月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
