籠もよみ籠持ち掘串もよみ掘串持ちこの丘に菜摘ます児家聞かな名告らさねそらみつ大和の国はおしなべてわれこそ居れしきなべてわれこそ座せわれこそは告らめ家をも名をも
大和には群山あれどとりよろふ天の香具山登り立ち国見をすれば国原は煙立つ立つ海原は鷗立つ立つうまし国そ蜻蛉島大和の国は
やすみししわご大君の朝にはとり撫でたまひ夕にはい縁せ立たしし御執らしの梓の弓の中弭の音すなり朝猟に今立たすらし暮猟に今立たすらし御執らしの梓の弓の中弭の音すなり
たまきはる宇智の大野に馬並めて朝踏ますらむその草深野
霞立つ長き春日の暮れにけるわづきも知らず村肝の心を痛み鵼子鳥うらなけ居れば玉襷懸けのよろしく遠つ神わご大君の行幸の山越す風の独り居るわが衣手に朝夕に返らひぬれば大夫と思へるわれも草枕旅にしあれば思ひ遣るたづきを知らに網の浦の海処女らが焼く塩の思ひそ焼くるわが下ごころ
山越しの風を時じみ寝る夜おちず家なる妹を懸けて偲ひつ
秋の野のみ草刈り葺き宿れりし宇治の京の仮廬し思ほゆ
熟田津に船乗りせむと月待てば潮もかなひぬ今は漕ぎ出でな
莫囂圓隣之大相七兄爪湯気わが背子がい立たせりけむ厳橿が本
君が代もわが代も知るや磐代の丘の草根をいざ結びてな
わが背子は仮廬作らす草無くは小松が下の草を刈らさね
わが欲りし野島は見せつ底深き阿胡根の浦の珠そ拾はぬ
香具山は畝火ををしと耳梨と相あらそひき神代よりかくにあるらし古昔も然にあれこそうつせみも嬬をあらそふらしき
香具山と耳梨山とあひし時立ちて見に来し印南国原
わたつみの豊旗雲に入日射し今夜の月夜さやけかりこそ
冬ごもり春さり来れば鳴かざりし鳥も来鳴きぬ咲かざりし花も咲けれど山を茂み入りても取らず草深み取りても見ず秋山の木の葉を見ては黄葉をば取りてそしのふ青きをば置きてそ歎くそこし恨めし秋山われは
味酒三輪の山あをによし奈良の山の山の際にい隠るまで道の隈い積るまでにつばらにも見つつ行かむをしばしばも見放けむ山を情なく雲の隠さふべしや
三輪山をしかも隠すか雲だにも情あらなむ隠さふべしや
へそがたの林のさきの狭野榛の衣につくなす目につくわが背
あかねさす紫野行き標野野行き野守は見ずや君が袖振る
紫草のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑにあれ恋ひめやも行き
河の上のゆつ岩群に草生さず常にもがもな常処女にて
打つ麻を麻続王海人なれや伊良虞の島の玉藻刈ります
うつせみの命を惜しみ波にぬれ伊良虞の島の玉藻刈りをす
み吉野の耳我の嶺に時なくそ雪は降りける間なくそ雨は零りけるその雪の時なきがごとその雨の間なきがごとく隈もおちず思ひつつぞ来しその山道を
み吉野の耳我の山に時じくそ雪は降るといふ間なくそ雨は零るといふその雪の時じきがごとその雨の間なきがごとく隈もおちず思ひつつぞ来しその山道を
よき人のよしとよく見てよしと言ひし吉野よく見よよき人よく見つ
春過ぎて夏来るらし白栲の衣乾したり天の香具山
玉襷畝火の山の橿原の日和の御代ゆ〔或は云はく、宮ゆ〕生れましし神のことごと樛の木のいやつぎつぎに天の下知らしめししを〔或は云はく、めしける〕天にみつ大和を置きてあをによし奈良山を越え〔或は云はく、そらみつ大和を置きあをによし奈良山越えて〕いかさまに思ほしめせか〔或は云はく、思ほしけめか〕天離る夷にはあれど石走る淡海の国の楽浪の大津の宮に天の下知らしめしけむ天皇の神の尊の大宮は此処と聞けども大殿は此処と言へども春草の繁く生ひたる霞立ち春日の霧れる〔或は云はく、霞立ち春日か霧れる夏草か繁くなりぬる〕ももしきの大宮所見れば悲しも〔或は云はく、見ればさぶしも〕
楽浪の志賀の辛崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ
楽浪の志賀の〔一は云はく、比良の〕大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも〔一は云はく、逢はむと思へや〕
古の人にわれあれや楽浪の故き京を見れば悲しき
楽浪の国つ御神の心さびて荒れたる京見れば悲しも
白波の浜松が枝の手向草幾代までにか年の経ぬらむ〔一は云はく、年は経にけむ〕
これやこの大和にしてはあが恋ふる紀路にありといふ名に負ふ背の山
やすみししわご大君の聞し食す天の下に国はしも多にあれども山川の清き河内と御心を吉野の国の花散らふ秋津の野辺に宮柱太敷きませばももしきの大宮人は船並めて朝川渡り舟競ひ夕河渡るこの川の絶ゆることなくこの山のいや高知らす水激つ滝の都は見れど飽かぬかも
見れど飽かぬ吉野の河の常滑の絶ゆることなくまた還り見む
やすみししわご大君神ながら神さびせすと吉野川激つ河内に高殿を高知りまして登り立ち国見をせせば畳はる青垣山山神の奉る御調と春べは花かざし持ち秋立てば黄葉かざせり〔一は云はく、黄葉かざし〕逝き沿ふ川の神も大御食に仕へ奉ると上つ瀬に鵜川を立ち下つ瀬に小網さし渡す山川も依りて仕ふる神の御代かも
山川も依りて仕ふる神ながら激つ河内に船出せすかも
嗚呼見あみの浦に船乗りすらむをとめらが玉裳の裾に潮満つらむか
くしろ着く手節の崎に今日もかも大宮人の玉藻刈るらむ
潮騒に伊良虞の島辺漕ぐ船に妹乗るらむか荒き島廻を
わが背子は何処行くらむ奥つもの隠の山を今日か越ゆらむ
吾妹子をいざ見の山を高みかも大和の見えぬ国遠みかも
やすみししわご大君高照らす日の御子神ながら神さびせすと太敷かす京を置きて隠口の泊瀬の山は真木立つ荒山道を石が根禁樹おしなべ坂鳥の朝越えまして玉かぎる夕さりくればみ雪降る阿騎の大野に旗薄小竹をおしなべ草枕旅宿りせす古思ひて
阿騎の野に宿る旅人うちなびき眠も寝らめやも古思ふに
ま草刈る荒野にはあれど黄葉の過ぎにし君が形見とそ来し
東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ
日並皇子の命の馬並めて御猟立たしし時は来向かふ
やすみししわご大王高照らす日の皇子荒栲の藤原がうへに食す国を見したまはむと都宮は高知らさむと神ながら思ほすなへに天地も寄りてあれこそ石走る淡海の国の衣手の田上山の真木さく檜の嬬手をもののふの八十氏河に玉藻なす浮かべ流せれ其を取ると騒く御民も家忘れ身もたな知らず鴨じもの水に浮きゐてわが作る日の御門に知らぬ国寄し巨勢道よりわが国は常世にならむ図負へる神しき亀も新代と泉の河に持ち越せる真木の嬬手を百足らず筏に作りのぼすらむ勤はく見れば神ながらならし
采女の袖吹きかへす明日香風都を遠みいたづらに吹く
やすみししわご大王高照らす日の御子荒栲の藤井が原に大御門始めたまひて埴安の堤の上にあり立たし見したまへば大和の青香具山は日の経の大御門に春山と繁さび立てり畝火のこの瑞山は日の緯の大御門に瑞山と山さびいます耳成の青菅山は背面の大御門によろしなへ神さび立てり名くはしき吉野の山は影面の大御門ゆ雲居にそ遠くありける高知るや天の御蔭天知るや日の御蔭の水こそば常にあらめ御井の清水
藤原の大宮仕へ生れつぐや処女がともは羨しきろかも
巨勢山のつらつら椿つらつらに見つつ思はな巨勢の春野を
あさもよし紀人羨しも亦打山行き来と見らむ紀人羨しも
河の辺のつらつら椿つらつらに見れども飽かず巨勢の春野は
引馬野ににほふ榛原入り乱れ衣にほはせ旅のしるしに
何処にか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚無し小船
ながらふる妻吹く風の寒き夜にわが背の君は独りか寝らむ
暮に逢ひて朝面無み隠にか日長き妹が廬せりけむ
大夫が得物矢手挿み立ち向かひ射る円方は見るに清潔けし
ありねよし対馬の渡り海中に幣取り向けてはや帰り来ね
いざ子ども早く日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ
葦辺行く鴨の羽がひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ
あられ打つあられ松原住吉の弟日娘と見れど飽かぬかも
大伴の高師の浜の松が根を枕き寝れど家し偲はゆ
旅にして物恋しきに**音も聞えずありせば恋ひて死なまし
大伴の御津の浜にある忘れ貝家なる妹を忘れて思へや
草枕旅行く君と知らませば岸の埴生ににほはさましを
大和には鳴きてか来らむ呼子鳥象の中山呼びそ越ゆなる
大和恋ひ眠の寝らえぬに情なくこの洲崎廻に鶴鳴くべしや
玉藻刈る沖辺は漕がじ敷栲の枕のあたり忘れかねつも
吾妹子を早見浜風大和なる吾を待つ椿吹かざるなゆめ
み吉野の山の嵐の寒けくにはたや今夜もわが独り寝む
宇治間山朝風寒し旅にして衣貸すべき妹もあらなくに
大夫の鞆の音すなりもののふの大臣楯立つらしも
わご大君物な思ほし皇神の継ぎて賜へるわれ無けなくに
飛ぶ鳥の明日香の里を置きて去なば君があたりは見えずかもあらむ〔一は云はく、君があたりを見ずてかもあらむ〕
天皇の御命かしこみにきびにし家を置き隠口の泊瀬の川に舟浮けてわが行く河の川隈の八十隈おちず万度かへり見しつつ玉桙の道行き暮らしあをによし奈良の京の佐保川にい行き至りてわが宿たる衣の上ゆ朝月夜さやかに見れば栲の穂に夜の霜降り磐床と川の氷凝り寒き夜を憩ふことなく通ひつつ作れる家に千代までに来ませ大君よわれも通はむ
あをによし寧楽の家には万代にわれも通はむ忘ると思ふな
山の辺の御井を見がてり神風の伊勢少女ども相見つるかも
うらさぶる情さまねしひさかたの天のしぐれの流れあふ見れば
海の底奥つ白波立田山いつか越えなむ妹があたり見む
秋さらば今も見るごと妻恋ひに鹿鳴かむ山そ高野原の上