M7.4!方丈記「元暦の大地震」の現代語訳

また、同じころかとよ

原文

 また、同じころかとよ。おびたたしくおほふる事はべりき。

 そのさま、世の常ならず。山は崩れて河をうづみ、海はかたぶきてくがをひたせり。土裂けて水湧きで、いはほ割れて谷にまろる。なぎさぐ船は波にただよひ、道ゆく馬は足の立ちどをまどはす。都のほとりには、ざいざいしよしよだうしやたふめう、ひとつとしてまたからず。あるいは崩れ、或はたふれぬ。ちりはひ立ちのぼりて、さかりなるけぶりのごとし。地の動き、家の破るる音、いかづちにことならず。家のうちにれば、たちまちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らむ。恐れの中に恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそおぼえ侍りしか。

現代語訳

 また、同じころであったろうか。すさまじい大地震が起こり、大地が激しく揺れ動くことがありました。

 その光景は、尋常ではない。山は崩れて河川をうずめ、海は傾いて陸地を浸した。大地が裂けて水が湧き出し、大きな岩が割れて谷に転がり落ちる。渚を漕ぐ船は波に翻弄され、道を行く馬は足元がおぼつかない。都の辺りでは、どこもかしこも、あらゆる家々や神社仏閣、一つとして無事に残っているものはない。ある建物は崩れ落ち、ある建物は倒壊してしまった。土ぼこりや灰が巻き上がって、勢いよく吹き出す煙のようである。大地が揺れ動き、家が破壊される音は、雷と違わない。家の中にいれば、必ずやすぐに押しつぶされてしまうだろう。外に走り出れば、地面が割れ裂ける。羽がないので、空を飛ぶこともできない。竜だったら、雲にでも乗るだろうか。恐れの中でもっとも恐れなければならなかったことは、実は地震だったのだとしっかり記憶したのでした。


語釈
  • おびただし【夥し】:程度がはなはだしい。激しい。
  • ふる【震る】:大地が揺れ動く。
  • まろぶ【転ぶ】:転がる。倒れる。
  • たちど【立ち処・立ち所】:立っている所。立っている足もと。
  • まどふ【惑ふ】:乱れる。あわてる。うろたえる。
  • ざいざいしよしよ【在々所々】:いたるところ。ここかしこ。
  • だうしや【堂舎】:社寺の建物。寺の堂や塔。
  • たふ【塔】:仏舎利(釈迦の遺骨)を安置したり。死者を供養するために建てる石塔や五輪塔など。
  • べう【廟】:死者の霊を祭る所。
  • またし【全し】:無事である。
  • ひしぐ【拉ぐ】:押されてつぶれる。

かくおびただしくふる事は

原文

 かくおびたたしくふる事は、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。世の常、驚くほどの地震、二三十度ふらぬ日はなし。十日、二十日すぎにしかば、やうやうどほになりて、或は四五度、二三度、もしは一日まぜ、二三日に一度など、おほかたそのなごり、つきばかりや侍りけむ。

現代語訳

 このように激しく揺れることは、しばらくして止んだけれども、その余震は、しばらく絶えない。普段なら、驚くほどの地震が、一日に20~30回揺れない日はない。十日、二十日過ぎると、ようやく間隔が遠くなって、ある日は一日に4~5回、2~3回など、もしくは一日おき、2~3日に一回など、だいたいその余震は、3ヶ月ぐらい続いたでしょうか。


語釈
  • なごり【名残】:余震。
  • やうやう【漸う】:だんだん。しだいに。やっとのことで。
  • まどほ【間遠】:間隔が遠い。
  • 一日まぜ:一日おき。

四大種の中に、水、火、風は害をなせど

原文

 だいしゆの中に、水、火、風は常に害をなせど、大地にいたりては、ことなる変をなさず。昔、さいかうのころとか、大地震ふりて、東大寺の仏のぐし落ちなど、いみじき事ども侍りけれど、なほ、このたびにはしかずとぞ。すなはちは、人みなあぢきなき事を述べて、いささか心のにごりもうすらぐと見えしかど、月日重なり、年にしのちは、言葉にかけて言ひづる人だになし。

現代語訳

 四大種の中で、水、火、風はいつも災害を引き起こすけれど、地にいたっては、異変を起こさない。昔、斉衡のころとか、大きな地震で揺れて、東大寺の大仏のぐしが落ちたなど、不吉で恐ろしいこともありましたが、それでも、この度の地震の被害には及ばないそうだ。地震発生からしばらくの間は、人はみなどうしようもなく空しい出来事を述べて、少しは心の濁りも薄らぐかと思われたが、月日が経った後は、話題にして口に出す人さえいない。


語釈
  • しだいしゆ【四大種】:〘仏教語〙物質を構成する地・水・火・風の4元素。
  • ことなり【異なり・殊なり】:特別である。格別である。
  • いみじ【忌みじ】:(程度が)はなはだしい。なみなみでない。
  • しかず【如かず・若かず・及かず】:⋯に及ばない。⋯に勝ることはない。
  • すなわち【即ち・乃ち・則ち】:そこで。そういうわけで。
  • あぢきなし:(道理に合わず)どうしようもない。どうにもならない。むなしい。つまらない。
  • いささか【聊か・些か】:わずかばかり。ほんの少し。
  • ことばにかく【言葉に掛く】:話題にする。言葉に出して言う。