また、同じころかとよ
また、同じころかとよ。おびたたしく大地震ふる事侍りき。
そのさま、世の常ならず。山は崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水湧き出で、巌割れて谷に転び入る。なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道ゆく馬は足の立ちどをまどはす。都のほとりには、在々所々、堂舍塔廟、ひとつとしてまたからず。或は崩れ、或は倒れぬ。塵灰立ち上りて、さかりなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷にことならず。家のうちに居れば、たちまちにひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。竜ならばや、雲にも乗らむ。恐れの中に恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそおぼえ侍りしか。
また、同じころであったろうか。すさまじい大地震が起こり、大地が激しく揺れ動くことがありました。
その光景は、尋常ではない。山は崩れて河川を埋め、海は傾いて陸地を浸した。大地が裂けて水が湧き出し、大きな岩が割れて谷に転がり落ちる。渚を漕ぐ船は波に翻弄され、道を行く馬は足元がおぼつかない。都の辺りでは、どこもかしこも、あらゆる家々や神社仏閣、一つとして無事に残っているものはない。ある建物は崩れ落ち、ある建物は倒壊してしまった。土ぼこりや灰が巻き上がって、勢いよく吹き出す煙のようである。大地が揺れ動き、家が破壊される音は、雷と違わない。家の中にいれば、必ずやすぐに押しつぶされてしまうだろう。外に走り出れば、地面が割れ裂ける。羽がないので、空を飛ぶこともできない。竜だったら、雲にでも乗るだろうか。恐れの中でもっとも恐れなければならなかったことは、実は地震だったのだとしっかり記憶したのでした。
- おびただし【夥し】:程度がはなはだしい。激しい。
- ふる【震る】:大地が揺れ動く。
- まろぶ【転ぶ】:転がる。倒れる。
- たちど【立ち処・立ち所】:立っている所。立っている足もと。
- まどふ【惑ふ】:乱れる。あわてる。うろたえる。
- ざいざいしよしよ【在々所々】:いたるところ。ここかしこ。
- だうしや【堂舎】:社寺の建物。寺の堂や塔。
- たふ【塔】:仏舎利(釈迦の遺骨)を安置したり。死者を供養するために建てる石塔や五輪塔など。
- べう【廟】:死者の霊を祭る所。
- またし【全し】:無事である。
- ひしぐ【拉ぐ】:押されてつぶれる。
かくおびただしくふる事は
かくおびたたしくふる事は、しばしにてやみにしかども、そのなごり、しばしは絶えず。世の常、驚くほどの地震、二三十度ふらぬ日はなし。十日、二十日すぎにしかば、やうやう間遠になりて、或は四五度、二三度、もしは一日まぜ、二三日に一度など、おほかたそのなごり、三月ばかりや侍りけむ。
このように激しく揺れることは、しばらくして止んだけれども、その余震は、しばらく絶えない。普段なら、驚くほどの地震が、一日に20~30回揺れない日はない。十日、二十日過ぎると、ようやく間隔が遠くなって、ある日は一日に4~5回、2~3回など、もしくは一日おき、2~3日に一回など、だいたいその余震は、3ヶ月ぐらい続いたでしょうか。
- なごり【名残】:余震。
- やうやう【漸う】:だんだん。しだいに。やっとのことで。
- まどほ【間遠】:間隔が遠い。
- 一日まぜ:一日おき。
四大種の中に、水、火、風は害をなせど
四大種の中に、水、火、風は常に害をなせど、大地にいたりては、ことなる変をなさず。昔、斉衡のころとか、大地震ふりて、東大寺の仏の御頭落ちなど、いみじき事ども侍りけれど、なほ、このたびにはしかずとぞ。すなはちは、人みなあぢきなき事を述べて、いささか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、言葉にかけて言ひ出づる人だになし。
四大種の中で、水、火、風はいつも災害を引き起こすけれど、地にいたっては、異変を起こさない。昔、斉衡のころとか、大きな地震で揺れて、東大寺の大仏の御頭が落ちたなど、不吉で恐ろしいこともありましたが、それでも、この度の地震の被害には及ばないそうだ。地震発生からしばらくの間は、人はみなどうしようもなく空しい出来事を述べて、少しは心の濁りも薄らぐかと思われたが、月日が経った後は、話題にして口に出す人さえいない。
- しだいしゆ【四大種】:〘仏教語〙物質を構成する地・水・火・風の4元素。
- ことなり【異なり・殊なり】:特別である。格別である。
- いみじ【忌みじ】:(程度が)はなはだしい。なみなみでない。
- しかず【如かず・若かず・及かず】:⋯に及ばない。⋯に勝ることはない。
- すなわち【即ち・乃ち・則ち】:そこで。そういうわけで。
- あぢきなし:(道理に合わず)どうしようもない。どうにもならない。むなしい。つまらない。
- いささか【聊か・些か】:わずかばかり。ほんの少し。
- ことばにかく【言葉に掛く】:話題にする。言葉に出して言う。