7月18日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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7月18日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢30名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】7月18日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。

生年人物名肩書き
1587年稲葉一通臼杵藩第3代藩主
1659年浅野綱長広島藩第4代藩主
1754年黒田治高福岡藩第7代藩主
1769年佐藤信淵経世家・農学者
1844年五代目尾上菊五郎歌舞伎俳優
1877年柴田常恵考古学者
1889年木戸幸一内大臣
1901年日野草城俳人
1916年坂田道太衆議院議長・文部大臣
1918年石田達郎実業家・放送事業者
1923年森嶋通夫経済学者
1938年高木仁三郎核化学者・市民科学者

【海外】7月18日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1013年ヘルマヌス・コントラクトゥス修道士・学者・作曲家
1635年ロバート・フック自然哲学者
1670年ジョヴァンニ・ボノンチーニ作曲家
1720年ギルバート・ホワイト博物学者
1796年イマヌエル・ヘルマン・フィヒテ哲学者
1811年ウィリアム・メイクピース・サッカレー小説家
1853年ヘンドリック・ローレンツ物理学者
1871年ジャコモ・バッラ画家
1887年ヴィドクン・クヴィスリングノルウェー首相・対独協力者
1900年ナタリー・サロート小説家
1906年シドニー・ダーリントン電気工学者
1909年アンドレイ・グロムイコソ連外相
1918年ネルソン・マンデラ南アフリカ大統領
1921年ジョン・グレン宇宙飛行士・上院議員
1922年トーマス・クーン科学史家・科学哲学者
1926年ジョシュア・フィッシュマン社会言語学者
1927年クルト・マズア指揮者
1933年シド・ミード工業デザイナー

7月18日生まれの代表的な偉人

ロバート・フック

  • 生没年:1635年7月18日~1703年3月3日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:自然哲学者

顕微鏡観察書『ミクログラフィア』でコルクの小部屋を「細胞」と名づけ、昆虫や植物の微細構造を精密な図として公表しました。弾性の法則、時計、建築、天体観測にも貢献し、王立協会の実験を支えます。ニュートンとの優先権争いと肖像の不在から長く脇役化されましたが、近年は協働的な実験科学の中心人物として再評価されています。単一分野に分かれる前の科学を、器具と観察で前進させた人物です。

ギルバート・ホワイト

  • 生没年:1720年7月18日~1793年6月26日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:聖職者・博物学者

故郷セルボーンで鳥、植物、昆虫、気象を長年観察し、書簡形式の『セルボーンの博物誌』にまとめました。標本収集だけでなく、生物の行動、季節変化、生息地の関係を同じ場所で追い、後の生態学的な見方を先取りします。地域に定住する聖職者の余暇と土地所有に支えられた研究でしたが、身近な環境にも未知があることを示しました。反復観察と平明な文章で市民的な自然史の型を作った人物です。

佐藤信淵

  • 生没年:1769年7月18日(明和6年6月15日)~1850年2月17日(嘉永3年1月6日)
  • 国:日本
  • 肩書き:経世家・農学者

農業、鉱業、交易、人口、国土開発を体系的に論じ、国家が産業を計画・統制する富国策を構想しました。諸国を巡って技術と生産を調査し、実用知を政治改革へ結びつけます。しかし『宇内混同秘策』では日本を中心に周辺地域を征服・開発する膨張思想を示し、後世の植民地主義者にも利用されました。近代化を先取りした知識と、国家の繁栄を他者支配へ結びつける危険を併せて読むべき思想家です。

ウィリアム・メイクピース・サッカレー

  • 生没年:1811年7月18日~1863年12月24日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:小説家

『虚栄の市』で、上昇志向に富むベッキー・シャープを中心に、戦争と金銭、結婚、階級に動かされる社会を皮肉に描きました。「主人公のいない小説」と掲げ、道徳的英雄ではなく欠点のある人物たちを語り手の風刺とともに追います。植民地インド生まれで帝国的偏見を免れてはいませんが、ヴィクトリア朝の成功物語を内側から崩しました。読者へ直接語りかける形式で、社会そのものを舞台として見せた作家です。

ヘンドリック・ローレンツ

  • 生没年:1853年7月18日~1928年2月4日
  • 国:オランダ
  • 肩書き:物理学者

電磁場の中で荷電粒子に働く力を定式化し、物質と光を電子の運動から説明する電子論を発展させました。運動する物体の長さと時間を結ぶローレンツ変換は、アインシュタインの特殊相対性理論の数学的基盤となります。エーテルを残した自身の解釈は相対論に置き換えられましたが、理論間の連続性を作りました。ゼーマンと1902年ノーベル物理学賞を受け、国際協力と公共土木の計算にも貢献した科学者です。

ジャコモ・バッラ

  • 生没年:1871年7月18日~1958年3月1日
  • 国:イタリア
  • 肩書き:画家

未来派に参加し、走る犬の脚、街灯、疾走する自動車などを反復する線と形で描き、速度、光、機械の感覚を画面へ移しました。絵画だけでなく家具、衣服、舞台、生活空間を未来派的に再設計します。技術と戦争を無条件に賛美した未来派はファシズムと接近し、バッラ自身も党に加入しました。近代の運動感覚を可視化した革新性と、暴力的な政治美学への加担を切り離せない芸術家です。

ヴィドクン・クヴィスリング

  • 生没年:1887年7月18日~1945年10月24日
  • 国:ノルウェー
  • 肩書き:政治家・対独協力者

極右政党「国民連合」を率い、1940年のドイツ軍侵攻時に放送で政権掌握を宣言し、占領下の傀儡政権首相となりました。ユダヤ人の登録・逮捕・移送、反対者の弾圧に協力し、戦後に反逆罪などで処刑されます。その姓は多くの言語で「売国的協力者」を意味する普通名詞になりました。占領が現地の行政・警察・政治協力なしには進まないことと、個人の責任を示す負の歴史上の人物です。

木戸幸一

  • 生没年:1889年7月18日(明治22年7月18日)~1977年4月6日(昭和52年4月6日)
  • 国:日本
  • 肩書き:内大臣

近衛文麿の側近から内大臣となり、昭和天皇への上奏や首相推薦を担って、開戦前後の宮中政治で重要な位置を占めました。東条英機の首相就任を推し、戦争遂行を支えた一方、1945年には終戦構想をまとめて降伏受諾へ動きます。東京裁判で終身刑となり、証言と日記は政治過程の重要史料です。終戦への関与だけで開戦責任を相殺できず、君主の側近が持つ非公開の権力を検証する要となる人物です。

ナタリー・サロート

  • 生没年:1900年7月18日~1999年10月19日
  • 国:ロシア帝国・フランス
  • 肩書き:小説家・劇作家

人物の性格や筋書きを固定せず、会話になる前の微細な感情の動きを「トロピスム」と呼んで描きました。ロブ=グリエらとともにヌーヴォー・ロマンの先駆とされ、語り手と登場人物の境界を揺さぶります。抽象性が社会的現実を遠ざけるとの批判もありますが、決まり文句の下で人間関係を動かす圧力を精密に示しました。ユダヤ系として占領下を潜伏して生き延び、言葉が人を分類し排除する作用にも敏感だった作家です。

ネルソン・マンデラ

  • 生没年:1918年7月18日~2013年12月5日
  • 国:南アフリカ
  • 肩書き:反アパルトヘイト運動家・大統領

アフリカ民族会議で人種隔離撤廃を求め、平和的抗議が弾圧された後は武装闘争組織の創設に関わりました。終身刑を受け27年間収監されても交渉を続け、釈放後はデクラーク政権と全人種選挙を実現し、初の黒人大統領となります。和解政策は内戦を避けた一方、土地・富の格差を十分に解消できませんでした。個人を聖人化せず、集団運動と困難な政治妥協の中で民主化を進めた指導者として見る必要があります。

ジョン・グレン

  • 生没年:1921年7月18日~2016年12月8日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:宇宙飛行士・上院議員

海兵隊パイロットを経て、1962年にマーキュリー6号でアメリカ人初の地球周回飛行を行い、ソ連に遅れた宇宙計画の象徴となりました。上院議員として核不拡散や科学政策に関わり、1998年には77歳で再び宇宙へ飛び、加齢研究に参加します。飛行は国家宣伝と軍事技術競争の一部でもありましたが、有人飛行の危険と公共的説明を担いました。宇宙開発を軍歴、科学、民主政治へつないだ人物です。

トーマス・クーン

  • 生没年:1922年7月18日~1996年6月17日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:科学史家・科学哲学者

『科学革命の構造』で、科学者が共有する問題、方法、価値の枠組みを「パラダイム」と呼び、通常科学と科学革命の交代として知識の変化を説明しました。観測事実が理論から完全に独立しないことを示し、科学史と社会科学へ広く影響します。概念が何でも説明する流行語となり、科学を単なる相対主義へ導くとの批判も受けました。本人は証拠と合理性を否定せず、異なる枠組み間で判断がどう可能かという難問を提起した人物です。

高木仁三郎

  • 生没年:1938年7月18日(昭和13年7月18日)~2000年10月8日(平成12年10月8日)
  • 国:日本
  • 肩書き:核化学者・市民科学者

企業と大学で核化学を研究した後、原子力発電の安全性とプルトニウム利用へ疑問を持ち、原子力資料情報室を設立しました。専門データを市民が検証できる言葉へ翻訳し、事故、被曝、放射性廃棄物を技術だけでなく民主的意思決定の問題として論じます。巨大科学に対抗する研究基盤の弱さを補うため「市民科学者」の育成にも取り組みました。福島第一原発事故以前から複合災害の危険を指摘し、専門性を公共の監視へ開いた人物です。

7月18日に起きた歴史的な出来事

  • 660年7月18日|百済の都・泗沘が陥落
    唐・新羅連合軍が百済の都を攻略し、義慈王が降伏して百済が滅亡へ向かいました。倭国は復興運動を支援しますが白村江で敗れ、東アジアの同盟と日本の防衛体制が再編されます。
  • 1419年7月18日(応永26年6月26日)|応永の外寇
    朝鮮軍が倭寇の拠点を除く目的で対馬へ上陸し、島側の武士と戦いました。侵攻は長期占領に至らず、のちに交易関係が再建されましたが、海賊対策、国境、通交が重なる中世東アジアの事件です。
  • 1866年7月18日(慶応2年6月7日)|第二次長州征討が本格化
    幕府軍と長州藩軍が各方面で交戦を始めました。長州側は洋式装備と分散した指揮で優位に立ち、将軍家茂の死もあって幕府は撤兵し、その軍事的権威が決定的に低下しました。
  • 1870年7月18日|第1バチカン公会議が教皇不可謬説を採択
    ローマ教皇が信仰・道徳について特定の条件で公式に宣言する際は誤り得ないとする教義を定めました。近代国家との緊張の中で教皇権を強め、反対派の一部は復古カトリック教会を形成しました。
  • 1871年7月18日(明治4年6月1日)|文部省を設置
    明治政府が全国的な学校制度を担当する中央官庁を置き、翌年の学制公布へ進みました。識字と近代知識を広げる一方、教育内容を国家が統一し、国民形成と規律化を進める基盤にもなりました。
  • 1925年7月18日|『我が闘争』第1巻刊行
    ヒトラーが獄中口述を基に、反ユダヤ主義、人種主義、領土拡張、指導者原理を記した著書を刊行しました。後の政策と大量犯罪の思想的予告を含み、政治的憎悪が出版物を通じて正常化される危険を示します。
  • 1944年7月18日(昭和19年)|東条内閣が総辞職
    サイパン陥落で絶対国防圏が破られた責任を問われ、東条英機内閣が退陣しました。しかし戦争終結へ直ちに転換できず、小磯内閣の下でも本土空襲と戦場の犠牲は拡大しました。
  • 1953年7月18日(昭和28年)|紀州大水害
    梅雨前線の豪雨で和歌山県の河川が氾濫し、土砂崩れと洪水により多数の死者・行方不明者が出ました。山地の集落と交通網が広く被災し、流域治水と災害情報の課題を残しました。
  • 1968年7月18日|インテル設立
    ロバート・ノイスとゴードン・ムーアが半導体企業を創業し、メモリからマイクロプロセッサへ事業を拡大しました。計算機を小型化して情報社会を支える一方、世界的な供給網と市場支配の問題も生みました。
  • 1970年7月18日(昭和45年)|東京都杉並区で光化学スモッグ被害
    運動中の高校生らが目や喉の痛みを訴え、日本で光化学スモッグが社会問題として認識される契機となりました。自動車や工場の排出物を規制し、注意報と大気監視を整える動きが進みます。
  • 1976年7月18日|コマネチが五輪体操初の10点満点
    モントリオール五輪で14歳のナディア・コマネチが段違い平行棒で完全点を記録しました。女子体操の技術水準を変えた一方、低年齢選手への国家的管理と身体負担を考える契機にもなります。
  • 1993年7月18日(平成5年)|衆院選で自民党が過半数を失う
    政治改革を争点とした選挙で自民党が単独過半数を割り、非自民8党派による細川連立政権が成立しました。1955年以来の一党優位体制が中断し、選挙制度改革へ進む転機となりました。
  • 2019年7月18日(令和元年)|京都アニメーション放火殺人事件
    京都市の制作会社第1スタジオが放火され、36人が死亡し多数が負傷しました。創作を支える職場と人材が奪われ、被害者支援、模倣防止、報道倫理、建物防火をめぐる課題を社会へ突きつけました。

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