
6月11日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢29名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】6月11日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1637年 | 田村宗良 | 岩沼藩初代藩主 |
| 1662年 | 徳川家宣 | 江戸幕府第6代将軍 |
| 1778年 | 溝口直侯 | 新発田藩第9代藩主 |
| 1781年 | 小笠原長禎 | 安志藩第4代藩主 |
| 1788年 | 渡辺則綱 | 尾張藩家老 |
| 1839年 | 九条道孝 | 公卿・貴族院議員 |
| 1839年 | 板倉勝達 | 庭瀬藩第10代藩主 |
| 1879年 | 櫻井忠温 | 陸軍軍人・作家 |
| 1885年 | 永田善三郎 | 実業家・貴族院議員 |
| 1886年 | 岡本一平 | 漫画家・作家 |
| 1894年 | 豊田喜一郎 | 実業家・トヨタ自動車創業者 |
| 1915年 | 諏訪博 | 実業家・TBS社長 |
| 1919年 | 宮澤章二 | 詩人・作詞家 |
| 1928年 | 安倍洋子 | 書家 |
| 1930年 | 阿部進 | 教育評論家 |
| 1934年 | 原ひろ子 | 文化人類学者 |
| 1934年 | 石田泰三 | 動物学者 |
【海外】6月11日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1403年 | ジャン4世 | ブラバント公 |
| 1456年 | アン・ネヴィル | イングランド王妃 |
| 1572年 | ベン・ジョンソン | 劇作家・詩人 |
| 1776年 | ジョン・コンスタブル | 画家 |
| 1815年 | ジュリア・マーガレット・キャメロン | 写真家 |
| 1864年 | リヒャルト・シュトラウス | 作曲家・指揮者 |
| 1879年 | ロジャー・ブレスナハン | 野球選手・監督 |
| 1880年 | ジャネット・ランキン | 政治家・平和運動家 |
| 1884年 | ダイ・ヴァーノン | 奇術師 |
| 1910年 | ジャック=イヴ・クストー | 海洋探検家・映像作家 |
| 1913年 | ヴィンス・ロンバルディ | アメリカンフットボール指導者 |
| 1922年 | アーヴィング・ゴッフマン | 社会学者 |
6月11日生まれの代表的な偉人
徳川家宣
- 生没年:1662年6月11日(寛文2年4月25日)~1712年11月12日(正徳2年10月14日)
- 国:日本
- 肩書き:江戸幕府第6代将軍
甲府藩主から将軍となり、前代の綱吉政権で続いた生類憐みの令の多くを廃止して、儒学者新井白石と間部詮房を重用しました。貨幣の品位回復、朝鮮通信使の待遇簡素化、皇族を迎えて新たな宮家を創設する構想など、財政と儀礼の再編を進めます。在職は三年余りと短かったものの、その方針は次代の「正徳の治」へ引き継がれ、文治政治を調整する転換点になりました。
ジョン・コンスタブル
- 生没年:1776年6月11日~1837年3月31日
- 国:イギリス
- 肩書き:画家
故郷サフォークの川、雲、製粉所、農村の労働を現地観察に基づいて描き、風景画を歴史画に劣らない真剣な表現へ高めました。油彩の素描を戸外で重ね、光と天候の一瞬の変化を大胆な筆触で捉えています。生前のイギリスでは評価が遅れましたが、『干し草車』がフランスで称賛され、ドラクロワやバルビゾン派、印象派へ影響しました。身近な土地を見続けることから近代風景画を切り開いた画家です。
ジュリア・マーガレット・キャメロン
- 生没年:1815年6月11日~1879年1月26日
- 国:イギリス
- 肩書き:写真家
48歳でカメラを手にしてから、科学者ダーウィン、詩人テニソンらの顔を至近距離で撮影し、人物の精神性を伝える肖像写真を作りました。焦点の甘さ、長時間露光によるぶれ、暗い背景は当時の技術的失敗とも批判されましたが、彼女は意図的な表現として用います。写真を単なる正確な記録から、光と演出によって内面を表す芸術へ広げ、女性写真家の先駆者となりました。
リヒャルト・シュトラウス
- 生没年:1864年6月11日~1949年9月8日
- 国:ドイツ
- 肩書き:作曲家・指揮者
交響詩『ツァラトゥストラはかく語りき』『英雄の生涯』で巨大な管弦楽を精密に操り、物語や思想を音にする後期ロマン派の頂点を築きました。オペラ『サロメ』『エレクトラ』では強烈な不協和音と心理表現を押し広げ、その後『ばらの騎士』で古典的な美しさへ転じます。ナチ政権下で帝国音楽院総裁を務めた経歴と、ユダヤ系の家族や台本作家を守ろうとした行動は、芸術家と権力の複雑な関係を残しました。
ジャネット・ランキン
- 生没年:1880年6月11日~1973年5月18日
- 国:アメリカ
- 肩書き:政治家・女性参政権運動家
女性参政権が全米で認められる前の1916年、モンタナ州から選出され、アメリカ連邦議会初の女性議員となりました。第一次世界大戦への参戦に反対し、再選後の1941年には真珠湾攻撃後の対日宣戦に議会でただ一人反対票を投じます。二度の投票は激しい非難を招きましたが、生涯にわたり平和主義と女性の政治参加を結びつけ、選挙権を実際の政策判断へつなげた先駆者です。
岡本一平
- 生没年:1886年6月11日(明治19年6月11日)~1948年10月11日(昭和23年10月11日)
- 国:日本
- 肩書き:漫画家・作家
東京朝日新聞で、一枚絵に長い文章を添える「漫画漫文」を発展させ、風刺画を新聞読者に身近な読み物として定着させました。政治家や都市生活を軽妙に描くだけでなく、漫画家の団体を組織し、取材旅行や展覧会を通して職業としての漫画の地位を高めます。妻は作家岡本かの子、子は芸術家岡本太郎です。近代新聞、文学、美術の境界を横断し、日本の大衆漫画文化の土台を作りました。
豊田喜一郎
- 生没年:1894年6月11日(明治27年6月11日)~1952年3月27日(昭和27年3月27日)
- 国:日本
- 肩書き:実業家・トヨタ自動車創業者
父佐吉が築いた自動織機事業を基盤に、国産自動車の量産へ踏み出しました。欧米工場を調査しながら、必要な部品を必要な時に供給する考え方や、工程で異常を止める仕組みを育て、後のトヨタ生産方式につながる基礎を作ります。戦時統制と戦後不況の中で会社存続に苦しみ、労働争議の責任を取って社長を退きましたが、機械工業の裾野を広げ、日本を自動車生産国へ導いた中心人物です。
ジャック=イヴ・クストー
- 生没年:1910年6月11日~1997年6月25日
- 国:フランス
- 肩書き:海洋探検家・海軍士官・映像作家
技術者エミール・ガニアンと、水中で必要な分だけ空気を供給する自給式呼吸装置アクアラングを実用化し、潜水を専門家以外にも開きました。調査船カリプソ号で海洋を撮影し、映画やテレビを通じて未知の生態系を世界の家庭へ届けます。初期には海洋資源開発にも関わりましたが、後に汚染や乱獲を強く訴えました。海を探検の対象から保護すべき共有環境へ見直させた人物です。
ヴィンス・ロンバルディ
- 生没年:1913年6月11日~1970年9月3日
- 国:アメリカ
- 肩書き:アメリカンフットボール指導者
低迷していたグリーンベイ・パッカーズを率い、基本動作の徹底、明確な役割分担、厳しい練習によってNFL屈指のチームへ変えました。最初の二回のスーパーボウルを連覇し、その優勝杯には現在彼の名が冠されています。勝利至上主義を表す言葉で語られがちですが、人種や性的指向による差別を許さず、選手を公平に扱いました。戦術と組織文化を一体で作る近代スポーツ指導者の原型です。
宮澤章二
- 生没年:1919年6月11日(大正8年6月11日)~2005年3月11日(平成17年3月11日)
- 国:日本
- 肩書き:詩人・作詞家
校歌、自治体歌、合唱曲など千曲を超える作詞を手がけ、平明な言葉で共同体の記憶と希望を表しました。詩「行為の意味」は、思いやりを心の中だけに置かず、具体的な行動に移すことの大切さを問いかけます。没後、東日本大震災を機に「ああ、こころがあっても/こころづかいは見えない」という一節が公共広告で紹介され、災害時の助け合いを考える言葉として広く知られました。
アーヴィング・ゴッフマン
- 生没年:1922年6月11日~1982年11月19日
- 国:カナダ・アメリカ
- 肩書き:社会学者
日常の対面場面を舞台になぞらえ、人が服装、言葉、振る舞いを通じて他者へ与える印象を調整すると分析しました。『行為と演技』は、自己を内面の固定物ではなく相互作用の中で演じられるものとして捉えます。また精神病院などの「全制的施設」や、偏見によって負わされるスティグマを研究しました。ありふれた会話や視線を精密な社会分析の対象にし、社会学からメディア研究まで広い影響を与えています。
6月11日に起きた歴史的な出来事
- 1429年6月11日|ジャルジョーの戦いが始まる
ジャンヌ・ダルクを伴うフランス軍が、ロワール川沿いのジャルジョーを守るイングランド軍へ攻撃を開始しました。翌日の陥落は、オルレアン解放後のフランス側の攻勢を確かなものにしました。 - 1509年6月11日|ヘンリー8世がキャサリンと結婚
イングランド王ヘンリー8世が兄の未亡人キャサリン・オブ・アラゴンと結婚しました。男子後継者を得られず婚姻無効を求めたことが、後のローマ教皇庁との断絶と宗教改革へつながります。 - 1776年6月11日|アメリカ独立宣言の起草委員会を設置
第二次大陸会議が、ジェファーソン、アダムズ、フランクリンら五人を独立宣言の起草委員に選びました。植民地の抵抗を普遍的な権利の宣言へまとめる作業が本格化します。 - 1924年6月11日(大正13年)|加藤高明内閣成立
護憲三派が衆議院選挙で勝利したことを受け、憲政会総裁の加藤高明が首相となりました。普通選挙法を成立させる一方、治安維持法も制定し、大正デモクラシーの前進と限界を併せ持つ政権でした。 - 1963年6月11日|アラバマ大学の人種統合
黒人学生二人の入学を阻もうとしたウォレス州知事に対し、ケネディ政権が州兵を連邦軍指揮下に置きました。二人は入学を果たし、公立教育の人種統合が前進しました。 - 1937年6月11日|トゥハチェフスキーらを処刑
ソ連の赤軍元帥トゥハチェフスキーら高級将校が、でっち上げられた反逆罪で秘密裁判にかけられ、処刑されました。スターリンの大粛清は軍の指揮層を弱体化させました。 - 1938年6月11日|武漢作戦が始まる
日中戦争で日本軍が国民政府の主要拠点武漢を目指す大規模作戦を開始しました。武漢は陥落しましたが中国側は奥地へ抗戦基盤を移し、戦争は長期消耗戦へ入りました。 - 1942年6月11日|米ソ相互援助協定締結
アメリカとソ連がレンドリースに関する基本協定を結びました。車両、食料、原材料などの大量供給は、独ソ戦を戦うソ連の兵站と生産を支える重要な要素になりました。 - 1942年6月11日(昭和17年)|関門鉄道トンネルが仮開通
本州の下関と九州の門司を海底で結ぶ関門鉄道トンネルで、下り線の営業が始まりました。貨物と旅客が連絡船を介さず移動でき、日本の幹線交通が一本につながりました。 - 1944年6月11日|戦艦ミズーリ就役
アメリカ海軍の戦艦ミズーリが就役しました。太平洋戦争末期の上陸作戦を支援し、翌年9月には東京湾上の甲板で日本の降伏文書調印式が行われました。 - 1955年6月11日|ル・マン24時間レースで大事故
衝突した車両が観客席へ飛び込み、ドライバーと多数の観客が死亡しました。モータースポーツ史上最悪規模の事故となり、各国でレース中止や安全基準の見直しが進みました。 - 1962年6月11日|アルカトラズ刑務所から三人が脱獄
フランク・モリスとアングリン兄弟が独房の壁を掘り、レインコートで作ったいかだでサンフランシスコ湾へ出ました。遺体は見つからず、生還したかどうかは現在も確定していません。 - 1981年6月11日|イランのゴルバフ地震
イラン南東部ケルマーン州で大地震が起き、ゴルバフを中心に多数の住民が死亡しました。日干しれんが造りの家屋が広く倒壊し、耐震性と救援体制の弱さが被害を拡大しました。 - 1985年6月11日|探査機ベガ1号が金星へ降下機を投入
ソ連のベガ1号から分離した着陸機が金星の大気を観測し、気球は上空の風に乗って移動しました。着陸機と気球を組み合わせた観測は、厚い雲に覆われた大気循環の理解を進めました。 - 2002年6月11日|米下院がメウッチの通信研究を顕彰
アメリカ下院が、アントニオ・メウッチによる音声通信装置の研究と、電話史への貢献を認める決議を採択しました。発明を一人の着想だけでなく、資金、特許、改良の連鎖として捉え直す契機になりました。