5月7日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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5月7日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢55名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】5月7日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。

生年人物名肩書き
1633清閑寺熙房公卿
1744正親町公明公卿
1858久世広業第8代関宿藩主・子爵
1873美濃部達吉憲法学者
1874河井醉茗詩人
1889坂本真琴婦人運動家
18952代目桂枝太郎落語家
1898永野若松政治家
1902江川宇礼雄俳優・映画監督・脚本家
1908髙登渉大相撲力士
1911本多猪四郎映画監督
1911ティーブ・釜萢ジャズミュージシャン
1914芝木好子小説家
1915仁杉巌第9代日本国有鉄道総裁
1921川崎徳次プロ野球選手・監督
1932松崎真俳優
1933塚本信夫俳優
1936在原兵次プロ野球選手
1937児玉隆也ジャーナリスト
1941青江三奈歌手
1946新井満小説家・作詞作曲家
1948西岡恭蔵シンガーソングライター
1960野沢尚脚本家・小説家
1967大翔鳳昌巳大相撲力士
1978河野昌人プロ野球選手

【海外】5月7日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1530ルイ1世初代コンデ公
1676ピエトロ・ジャンノーネ歴史家
1711デイヴィッド・ヒューム哲学者・歴史家
1748オランプ・ド・グージュ劇作家・女性権利運動家
1763ユゼフ・アントニ・ポニャトフスキ軍人・フランス帝国元帥
1774フランシス・ボーフォート海洋学者・気象学者
1812ロバート・ブラウニング詩人
1833ヨハネス・ブラームス作曲家
1840ピョートル・チャイコフスキー作曲家
1841ギュスターヴ・ル・ボン心理学者・社会学者
1847アーチボルド・プリムローズ政治家・イギリス首相
1861ラビンドラナート・タゴール詩人・思想家・ノーベル文学賞受賞者
1867ヴワディスワフ・レイモント小説家・ノーベル文学賞受賞者
1892ヨシップ・ブロズ・チトーユーゴスラビア大統領
1901ゲイリー・クーパー俳優
1909エドウィン・ランド発明家・ポラロイド創業者
1919エバ・ペロン政治活動家・アルゼンチン大統領夫人
1917デイヴィッド・トムリンソン俳優
1922ダーレン・マクギャヴィン俳優
1923アン・バクスター女優
1929ディック・ウィリアムズプロ野球選手・監督
1930アナトリー・ルキヤノフ政治家
1931ジーン・ウルフSF・ファンタジー作家
1932デレク・テイラー音楽広報担当者・作家
1933ジョニー・ユナイタスアメリカンフットボール選手
1936ジミー・ラフィンソウル歌手
1939シドニー・アルトマン分子生物学者・ノーベル化学賞受賞者
1939ルッジェロ・デオダート映画監督
1965オーエン・ハートプロレスラー
1931テレサ・ブリュワー歌手

5月7日生まれの代表的な偉人

美濃部達吉

  • 生没年:1873年5月7日(明治6年5月7日)~1948年5月23日(昭和23年5月23日)
  • 国:日本
  • 肩書き:憲法学者

ドイツ公法学を基礎に、国家を法人と捉え天皇を国家の最高機関と位置づける「天皇機関説」を体系化しました。立憲君主制の法理として学界と官界に広く受け入れられましたが、1935年に右翼や軍部から国体に反すると攻撃され、著書の発禁や貴族院議員辞職に追い込まれます。学説弾圧の経過は、法解釈の問題が政治的忠誠の尺度へ変えられた戦前日本の転換点を示しています。

本多猪四郎

  • 生没年:1911年5月7日(明治44年5月7日)~1993年2月28日(平成5年2月28日)
  • 国:日本
  • 肩書き:映画監督

戦争体験を経て東宝で監督となり、1954年の『ゴジラ』で核実験と都市破壊の恐怖を怪獣映画という大衆娯楽へ結晶させました。『空の大怪獣ラドン』『地球防衛軍』など円谷英二の特撮と組んだ作品群は、日本独自の特撮映画を国際的ジャンルへ育てています。晩年は黒澤明作品の演出補佐も務め、反戦意識と科学文明への警戒を一貫して映像に託しました。

芝木好子

  • 生没年:1914年5月7日(大正3年5月7日)~1991年8月25日(平成3年8月25日)
  • 国:日本
  • 肩書き:小説家

戦時下に『青果の市』で芥川賞を受賞し、その後も女性の仕事、家族、伝統芸能を細部まで取材して描きました。『洲崎パラダイス』『湯葉』『隅田川』などでは東京の町とそこで働く女性を、感傷に流れず生活の技術と経済の問題として捉えています。染織や工芸への深い知識も作品に生かし、戦後女性文学の領域を職業文化と都市史へ広げました。

川崎徳次

  • 生没年:1921年5月7日(大正10年5月7日)~2006年4月25日(平成18年4月25日)
  • 国:日本
  • 肩書き:プロ野球選手・監督

戦前から投手として活躍し、戦後は読売ジャイアンツや西鉄ライオンズなどで登板しました。1950年代の西鉄では投手陣を支え、引退後は監督、コーチとして選手育成にも携わっています。職業野球が戦時の中断から復興し、二リーグ制の人気スポーツへ変わる時期を選手と指導者の両方で経験した人物です。

新井満

  • 生没年:1946年5月7日(昭和21年5月7日)~2021年12月3日(令和3年12月3日)
  • 国:日本
  • 肩書き:小説家・作詞作曲家

広告会社勤務と並行して創作を続け、『尋ね人の時間』で芥川賞を受賞しました。作者不詳の英詩を日本語の歌詞と旋律にした『千の風になって』は、死者を失った悲しみを自然の循環へ重ねる歌として広く受け入れられました。小説、写真、音楽を横断しながら、個人の記憶や喪失を多くの人が共有できる表現へ翻訳した作家です。

デイヴィッド・ヒューム

  • 生没年:1711年5月7日~1776年8月25日
  • 国:スコットランド
  • 肩書き:哲学者・歴史家

人間の知識は感覚経験から生じるという経験論を徹底し、因果関係や自我も理性が直接証明できる実体ではなく、経験上の習慣や知覚の束として分析しました。奇跡、宗教、道徳感情を自然主義的に検討した著作は当時強い論争を呼びます。カントに「独断のまどろみ」から目覚めさせたと評されたように、近代認識論と科学哲学の前提を根底から問い直しました。

オランプ・ド・グージュ

  • 生没年:1748年5月7日~1793年11月3日
  • 国:フランス
  • 肩書き:劇作家・女性権利運動家

フランス革命が掲げた「人間と市民の権利」が実際には男性中心であることを批判し、『女性および女性市民の権利宣言』を発表しました。奴隷制反対の劇作や離婚、母子保護などの提案も行い、革命の普遍主義を女性と植民地の人々へ拡張しようとしています。政治的立場を理由に恐怖政治下で処刑されましたが、近代フェミニズムの先駆者として再評価されています。

ヨハネス・ブラームス

  • 生没年:1833年5月7日~1897年4月3日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:作曲家

バッハやベートーヴェン以来の対位法と形式感を深く研究しつつ、ロマン派の濃密な和声と旋律を交響曲、室内楽、歌曲へ組み込みました。四つの交響曲、『ドイツ・レクイエム』、ヴァイオリン協奏曲などは構築性と感情の両立で後世の作曲家に大きな影響を与えています。ワーグナー派との対立構図で「保守」と見られましたが、動機を細かく変形する技法は二十世紀音楽にもつながる革新性を持っていました。

ピョートル・チャイコフスキー

  • 生没年:1840年5月7日~1893年11月6日
  • 国:ロシア
  • 肩書き:作曲家

西欧の交響曲やバレエの形式とロシア的な旋律感覚を結び、『白鳥の湖』『眠れる森の美女』『くるみ割り人形』を舞台音楽の世界的定番にしました。交響曲第6番『悲愴』やピアノ協奏曲第1番では、明確な構成の中に激しい抒情と劇的な感情の振幅を置いています。生前は批評家との摩擦も多かったものの、現在ではロシア音楽を国際的レパートリーへ定着させた中心人物です。

ラビンドラナート・タゴール

  • 生没年:1861年5月7日~1941年8月7日
  • 国:インド
  • 肩書き:詩人・思想家・教育者

ベンガル語で詩、小説、戯曲、歌曲を創作し、『ギーターンジャリ』によって1913年にアジア人初のノーベル文学賞を受賞しました。植民地支配を批判しながら排他的民族主義にも警戒し、人間の自由と文化交流を重視する教育機関ヴィシュヴァ・バーラティを育てています。インドとバングラデシュ両国の国歌につながる歌曲を残し、文学者の枠を超えた南アジア近代思想の巨人です。

ヴワディスワフ・レイモント

  • 生没年:1867年5月7日~1925年12月5日
  • 国:ポーランド
  • 肩書き:小説家

農村共同体の一年を季節と農作業に沿って描く大作『農民』で、土地、家族、宗教、欲望が絡む社会を多声的に表現しました。鉄道員や旅回り劇団など自らの経験も創作へ取り込み、産業化する都市と伝統社会の双方を観察しています。1924年にノーベル文学賞を受賞し、国家分割と独立回復の時代を生きたポーランド社会の生活世界を国際文学へ伝えました。

ヨシップ・ブロズ・チトー

  • 生没年:1892年5月7日~1980年5月4日
  • 国:ユーゴスラビア
  • 肩書き:政治家・大統領

第二次世界大戦中にパルチザンを率いて枢軸国占領と戦い、戦後は社会主義ユーゴスラビアを統治しました。スターリンと決裂してソ連圏から距離を取り、インドやエジプトなどと非同盟運動を推進して冷戦下の第三の外交路線を示しています。連邦内の民族対立を抑える一方で一党支配と政治弾圧も行い、死後に顕在化した国家解体との関係を含め評価が分かれる指導者です。

ゲイリー・クーパー

  • 生没年:1901年5月7日~1961年5月13日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:俳優

寡黙で誠実な人物像を生かし、西部劇、戦争映画、社会派ドラマでハリウッド古典期を代表するスターとなりました。『ヨーク軍曹』『真昼の決闘』でアカデミー主演男優賞を受賞し、派手な台詞より姿勢や間で道徳的葛藤を表す演技を確立しています。個人の良心と共同体の圧力が衝突する役柄を通じ、アメリカ映画が作った英雄像の一つを体現しました。

エドウィン・ランド

  • 生没年:1909年5月7日~1991年3月1日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:発明家・実業家

偏光フィルターの研究を事業化してポラロイド社を創業し、光学技術をサングラスや写真へ応用しました。撮影後その場で現像結果を得られるインスタントカメラを開発し、「撮る」と「見る」の時間差を劇的に縮めています。基礎研究、製品設計、企業経営を一体化した姿勢は、後の技術系起業家が参照する研究開発型企業のモデルとなりました。

エバ・ペロン

  • 生没年:1919年5月7日~1952年7月26日
  • 国:アルゼンチン
  • 肩書き:政治活動家・ファーストレディ

俳優からフアン・ペロン大統領夫人となり、労働者や貧困層への福祉事業と女性の政治参加を強く推進しました。女性参政権の実現後は女性ペロン党を組織し、従来政治から排除されていた層を大衆動員の主体へ変えています。一方でペロン政権の権威主義や個人崇拝と不可分でもあり、「エビータ」をめぐる支持と批判は現在までアルゼンチン政治の記憶に残っています。

5月7日に起きた歴史的な出来事

  • 558年5月7日|ハギア・ソフィア大聖堂のドームが崩落
    地震で損傷していたコンスタンティノープルのハギア・ソフィア大聖堂で巨大ドームの一部が崩落しました。その後より高い形状で再建され、ビザンツ建築を代表する現在の空間構成へ近づきました。
  • 1274年5月7日|第2リヨン公会議が開幕
    ローマ教皇グレゴリウス10世が招集した公会議がリヨンで始まり、東西教会の合同や十字軍などが議論されました。ビザンツ皇帝側との教会合同は一時成立しましたが、東方社会の反発が強く長続きしませんでした。
  • 1592年5月7日|豊臣秀吉が肥前名護屋へ向け出陣
    朝鮮侵攻を指揮するため豊臣秀吉が京都を発ち、九州の肥前名護屋城へ向かいました。名護屋には全国の大名が集結し、文禄・慶長の役を支える巨大な軍事・外交拠点が形成されます。
  • 1763年5月7日|ポンティアック戦争が始まる
    五大湖周辺の先住民勢力がイギリスの砦を攻撃し、北米植民地支配に対する大規模な抵抗が始まりました。フレンチ・インディアン戦争後にフランスからイギリスへ支配者が変わったことへの反発が背景にありました。
  • 1824年5月7日|ベートーヴェンの交響曲第9番が初演
    ウィーンでベートーヴェンの交響曲第9番が初演され、終楽章に合唱を導入する前例の少ない構成が大きな反響を呼びました。シラーの「歓喜に寄す」を用いた作品は、後世に連帯や自由を象徴する音楽として広く演奏されます。
  • 1847年5月7日|アメリカ医師会が設立
    フィラデルフィアで医師らが集まり、アメリカ医師会(AMA)が設立されました。医学教育、医療倫理、専門職としての基準を整える全国組織となり、近代アメリカ医療制度の形成に大きな影響を与えます。
  • 1875年5月7日|樺太・千島交換条約が調印
    日本とロシアがサンクトペテルブルクで条約を結び、日本は樺太全島への権利を放棄する代わりに千島列島全島を領有することになりました。近代日露間の北方国境を画定した重要な外交合意です。
  • 1888年5月7日|日本で最初の博士号が授与される
    文部省が加藤弘之ら二十五人に博士号を授与し、日本の近代的学位制度が実際に動き始めました。研究者の資格と大学制度を国家的に整備する明治期の高等教育政策を象徴します。
  • 1915年5月7日|ルシタニア号が撃沈される
    第一次世界大戦中、ドイツ潜水艦Uボートがイギリス客船ルシタニア号を撃沈し、多数の民間人が死亡しました。アメリカ人犠牲者も含まれたため米国内の反ドイツ世論を強め、のちの参戦へ向かう世論形成の一因となりました。
  • 1932年5月7日|フランス大統領ポール・ドゥメールが銃撃される
    パリの式典でポール・ドゥメール大統領が亡命ロシア人パーヴェル・ゴルグロフに銃撃されました。大統領は翌日に死亡し、戦間期フランス政治に衝撃を与えました。
  • 1936年5月7日|斎藤隆夫が「粛軍演説」を行う
    二・二六事件後の帝国議会で斎藤隆夫が軍部の政治介入を厳しく批判し、粛軍と法秩序の回復を求めました。軍の影響力が増す中で議会人が公然と軍部を批判した演説として記憶されています。
  • 1942年5月7日|珊瑚海海戦が本格化
    日本海軍とアメリカ・オーストラリア側の空母部隊が珊瑚海で交戦しました。主力艦同士が目視せず艦載機だけで戦う史上初の大規模空母戦となり、日本軍のポートモレスビー海路攻略を阻止する結果につながります。
  • 1945年5月7日|ドイツ軍がランスで無条件降伏文書に署名
    ドイツ軍代表が連合国軍総司令部の置かれたフランス・ランスで無条件降伏文書に署名しました。発効は翌8日で、ヨーロッパにおける第二次世界大戦の組織的戦闘が終結へ向かいました。
  • 1946年5月7日|東京通信工業が設立
    井深大と盛田昭夫らが東京通信工業を設立し、録音機やトランジスタラジオなどの開発を進めました。後に社名をソニーへ変更し、日本のエレクトロニクス企業が世界市場へ進出する代表例となります。
  • 1954年5月7日|ディエンビエンフーのフランス軍が降伏
    ベトミン軍がフランス軍の要塞ディエンビエンフーを攻略し、第一次インドシナ戦争の帰趨を決めました。この敗北はジュネーブ協定につながり、フランス植民地支配の終焉とベトナム分断の新たな局面をもたらしました。

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