
3月30日、今日は何の日?
2026年3月30日(月曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1856年のパリ条約、1867年のアラスカ購入条約、1981年のレーガン大統領狙撃事件。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1856年のパリ条約/1867年のアラスカ購入条約/1981年のレーガン大統領狙撃事件 |
| 代表的な記念日 | 国際ゼロ・ウェイスト・デー/世界双極性障害デー/土地の日(パレスチナ) |
| 2026年の暦 | 月曜日・旧暦2026年2月12日・国民の祝日ではありません |
3月30日に起きた主な事件
- 1282年|シチリア島でアンジュー家の支配に対する反乱が起き、地中海世界を巻き込む戦争へ発展しました。
- 1796年|若きガウスが定規とコンパスで正十七角形を作図できることを見いだしました。
- 1842年|米国の医師ロングがエーテルを用い、腫瘍を痛みなく切除しました。
- 1856年|ロシアとオスマン帝国・英仏などがパリ条約へ署名し、クリミア戦争が終結しました。
- 1867年|米国がロシアからアラスカを720万ドルで購入する条約へ署名しました。
- 1912年|モロッコのスルタンがフェズ条約へ署名し、同国の大部分がフランス保護領となりました。
- 1940年|日本軍占領下の南京で汪兆銘を主席とする国民政府が発足しました。
- 1949年|新潟県名立町の海岸へ漂着した機雷が爆発し、児童を含む多数が死亡しました。
- 1954年|カナダ初の地下鉄がトロントのユニオン―エグリントン間で営業を始めました。
- 1958年|東京・明治神宮外苑に国立霞ヶ丘競技場が完成し、アジア大会を前に落成式が行われました。
- 1972年|北ベトナム軍が非武装地帯などから大規模な通常戦力攻勢を開始しました。
- 1981年|就任間もないロナルド・レーガン大統領がワシントンのホテル前で銃撃されました。
- 1987年|安田火災海上保険がゴッホの「ひまわり」を当時の記録的価格で落札しました。
- 1995年|國松孝次警察庁長官が東京都荒川区の自宅前で銃撃され重傷を負いました。
- 1997年|日本最大級の炭鉱だった三井三池炭鉱が採炭を終え、百年以上の歴史を閉じました。
- 2010年|CERNの大型ハドロン衝突型加速器が当時最高エネルギーの陽子衝突を実現しました。
1282年|シチリアの晩祷が始まる
1282年3月30日の復活祭翌日、パレルモ近郊でフランス系支配層への反乱が始まり、夕べの祈りを告げる鐘を合図に島内へ広がったと伝わります。シャルル・ダンジューの重税と統治への不満が背景にありました。
反乱側はアラゴン王ペドロ3世を招き、シチリア王国は島部とナポリ側に分裂しました。その後20年に及ぶ「シチリア晩祷戦争」は教皇、フランス、アラゴンを巻き込み、地中海の勢力均衡を変えました。名称の由来と発生日は伝承的要素も含みます。
1796年|ガウスが正十七角形の作図可能性を発見
1796年3月30日、18歳のカール・フリードリヒ・ガウスは、古代ギリシャ以来の作図問題に新しい突破口を開きました。17が特別な形の素数であることと円分方程式を結び、正十七角形が作図可能だと示しました。
発見は数論と幾何学の深い関係を明らかにし、ガウスが数学研究を生涯の仕事に選ぶ契機になったとされます。後に作図可能な正多角形の条件は素因数の形によって整理され、抽象代数学へつながる重要な成果となりました。
1842年|クロフォード・ロングがエーテル麻酔手術
1842年3月30日、ジョージア州の医師クロフォード・ロングは、患者ジェームズ・ベナブルへエーテルを吸入させ、首の腫瘍を切除しました。記録上、外科手術でエーテル全身麻酔を成功させた最初期の例です。
ロングは成果の公表が遅く、1846年にボストンで行われたモートンの公開実験が麻酔普及の転機となりました。最初の実施者と、医学界へ公に実証して普及させた者が異なるため、「麻酔の発見者」を一人へ単純化できない歴史です。
1856年|パリ条約がクリミア戦争を終結
1856年3月30日、欧州列強はパリで講和条約へ署名しました。ロシアはオスマン帝国内の正教徒を一方的に保護する立場を後退させ、黒海は非武装化され、ドナウ川航行の国際的な仕組みが整えられました。
条約はオスマン帝国を欧州協調の枠へ入れ、ロシアの南下を一時抑えましたが、黒海条項は1871年に破棄されます。ナイチンゲールの活動や従軍報道で知られる戦争を外交的に閉じた一方、東方問題の根本対立は残りました。
講和会議では、戦時に中立国船舶をどう扱うかなど海上法の原則も「パリ宣言」としてまとめられました。領土問題だけでなく、近代国際法と列強会議外交が発達する過程に位置づけられます。
1867年|アラスカ購入条約に署名
1867年3月30日未明、米国務長官ウィリアム・スワードとロシア公使エドゥアール・ド・ストエクルがワシントンで条約へ署名しました。ロシアは遠隔地の防衛・経営負担を減らし、米国は北太平洋へ領土を広げました。
上院承認と代金支払いを経て、領土の正式引き渡しは同年10月18日です。当初「スワードの愚行」と揶揄されたという定型的説明は誇張も含みますが、金・石油などの資源と戦略的位置により購入の価値は後に明確になりました。
購入地には多様な先住民社会が暮らしていましたが、国家間条約の交渉主体とはされませんでした。領土取引を米露外交の成功だけで語らず、土地・資源・生活圏を外から移管された人々の視点も欠かせません。
1912年|モロッコ保護条約を締結
欧州列強の帝国競争と二度のモロッコ危機を経て、1912年3月30日、スルタンのアブド・アル=ハフィーズはフェズ条約へ署名しました。形式上は王朝を残しながら、外交・軍事・行政の実権をフランスへ委ねました。
北部と南部の一部はスペインの勢力圏となり、タンジェには国際管理体制が置かれました。植民地支配への抵抗は各地で続き、1956年の独立へ至ります。保護領という法形式が、実質的な主権制約を覆った例です。
1940年|汪兆銘政権が南京に成立
日中戦争が長期化するなか、蔣介石と決別した汪兆銘は対日和平を掲げ、1940年3月30日に南京で「中華民国国民政府」の成立を宣言しました。既存の傀儡政権を統合し、国民党の正統性を装う体制でした。
実権は日本軍の強い統制下にあり、重慶の国民政府や連合国から正統政府と認められませんでした。1945年の日本敗戦で崩壊し、協力者は「漢奸」として追及されます。占領統治と現地協力を考える複雑な事例です。
1949年|名立機雷爆発事件
1949年3月30日、新潟県名立町の海岸に漂着した機雷を住民が見守るなか爆発が起こり、63人が死亡しました。戦時中に日本海へ敷設された機雷が終戦から数年後も漂流していたことによる惨事です。
犠牲者には多くの子どもが含まれ、地域には慰霊碑と記憶が残ります。戦争被害が降伏の日で終わらず、残存爆発物や機雷によって平時の市民へ続くことを示し、掃海と危険物教育の重要性を伝える事件です。
1954年|トロント地下鉄が開業
人口増加と路面電車の混雑に対応するため、1954年3月30日にヤング線の最初の区間が開業しました。地下鉄としてはカナダ初で、都市中心部の南北交通を高速化しました。
路線網は郊外へ拡張され、バス・路面電車と一体の公共交通を形成しました。自動車化が進む北米で軌道交通への投資を続けた事例であり、都市の密度、住宅開発、通勤圏を長期に左右しました。
1958年|旧国立競技場が完成
1958年3月30日、戦前の明治神宮外苑競技場跡に国立霞ヶ丘競技場が完成しました。同年の第3回アジア競技大会の主会場となり、1964年東京オリンピックでは開閉会式と陸上競技が行われました。
戦後復興と国際社会復帰を象徴する舞台として、スポーツだけでなく文化行事にも使われました。2014年に閉場して解体され、2020年大会へ向けた新国立競技場へ交代したため、両施設を混同しないことが大切です。
1972年|北ベトナム軍の春季攻勢が始まる
1972年3月30日、北ベトナム軍は戦車・砲兵を投入して南ベトナムへ侵攻しました。復活祭の時期だったため米側で「イースター攻勢」と呼ばれ、クアンチ、中央高原、アンロクの三方面で激戦となりました。
南ベトナム軍は米空軍の大規模支援を受けて主要都市を守りましたが、双方に大きな損害が出ました。攻勢と米軍の北爆再開はパリ和平交渉を動かし、ベトナム化政策が米地上軍撤収後も航空力に依存していたことを示しました。
1981年|レーガン米大統領狙撃事件
1981年3月30日、講演を終えたレーガン大統領へジョン・ヒンクリーが発砲しました。大統領は跳弾が胸に入り重傷を負い、報道官ジェームズ・ブレイディら3人も撃たれましたが、迅速な治療で回復しました。
危機時の指揮権継承をめぐり政権内の混乱が表面化し、ブレイディ夫妻は後に銃規制運動を進めました。ヒンクリーの精神状態をめぐる評決は、連邦・州の心神喪失抗弁制度の見直しにも影響しました。
銃弾は大統領専用車に当たって跳ね返り、レーガンの肺近くへ入りました。外見上は自力で病院へ入ったものの大量出血しており、危機の深刻さと公表情報には時間差がありました。
1987年|ゴッホの「ひまわり」が落札
1987年3月30日、ロンドンの競売でフィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》が約2,475万ポンドで落札されました。購入した安田火災海上保険は東京で一般公開し、企業美術館の象徴的所蔵品となりました。
価格は美術市場の国際化と日本企業の購買力を印象づけ、作品の真正性をめぐる議論も呼びました。現在はSOMPO美術館が所蔵します。作品の芸術的価値と、市場価格・企業文化戦略が交差した出来事です。
1995年|警察庁長官狙撃事件
地下鉄サリン事件から10日後の1995年3月30日朝、出勤しようとした國松長官が拳銃で撃たれました。捜査はオウム真理教関係者を含む多方面へ及びましたが、決定的証拠を得られないまま2010年に公訴時効を迎えました。
治安機関トップを狙った重大事件が未解決となり、警視庁が時効後に特定団体の関与を示唆する発表をしたことには民事訴訟で違法判断も出ました。推測と司法上確定した事実を分ける必要を示す事件です。
1997年|三井三池炭鉱が閉山
福岡・熊本両県にまたがる三井三池炭鉱は、近代日本の工業化を支えましたが、石油へのエネルギー転換と輸入炭との競争で縮小し、1997年3月30日に閉山式を迎えました。
繁栄の一方で、囚人労働、戦時動員、1959~60年の三池争議、1963年の炭じん爆発事故など重い歴史もあります。関連施設は「明治日本の産業革命遺産」の一部となり、産業遺産を成果と犠牲の双方から伝える課題が残ります。
2010年|LHCで7TeV衝突実験に成功
2010年3月30日、ジュネーブ近郊のLHCで、1ビーム3.5TeV、重心系7TeVの陽子衝突が安定して実現しました。2008年の始動直後の故障と修理を経た、本格的な物理実験の開始でした。
ATLASやCMSなどの検出器は膨大な衝突事象を収集し、2012年のヒッグス粒子発見へつながりました。巨大国際施設、分散計算網、長期的な基礎研究投資が、素粒子の標準模型を実験で検証した節目です。
3月30日の記念日・世界の祝日
国際ゼロ・ウェイスト・デー
国連総会が2022年に定め、2023年から3月30日に実施される国際デーです。廃棄物の発生抑制、再使用、循環型経済を促します。国連の啓発日であり、加盟国が一律に休業する公休日ではありません。
廃棄後のリサイクルだけでなく、長寿命設計、修理、再使用、過剰包装の削減、食品ロス防止まで製品の全過程を対象にします。責任を消費者だけへ負わせず、生産者と政策の設計を変える視点が重要です。
世界双極性障害デー
国際双極性障害学会などが、双極性障害への理解と偏見の軽減を目的に、フィンセント・ファン・ゴッホの誕生日である3月30日に展開する啓発日です。診断を歴史上の人物へ遡及して断定する日ではありません。
双極性障害は気分の上下を性格の問題として片付けず、医療的な評価と継続支援が必要な状態です。啓発日は自己診断を勧めるものではなく、当事者の経験を尊重し、受診や相談への偏見を減らします。
土地の日(パレスチナ)
1976年3月30日、イスラエルの土地収用に抗議したパレスチナ人のデモで6人が死亡した出来事を記憶します。土地、権利、アイデンティティをめぐる記念日で、公休日というより政治的・社会的な追悼行動の日です。
スピリチュアル・バプテスト解放記念日(トリニダード・トバゴ)
植民地政府が1917年に禁じたスピリチュアル・バプテストの信仰が1951年3月30日に合法化されたことを記念する国の公休日です。宗教の自由とアフリカ系文化の回復を象徴します。
信長の野望の日
コーエーテクモゲームスが、シリーズ第1作『信長の野望』を1983年3月30日に発売したことにちなみ制定しました。歴史シミュレーションゲームという分野を育てた企業・作品記念日です。
国立競技場落成記念日
1958年3月30日に旧国立霞ヶ丘競技場の落成式が行われたことを記憶します。現在の国立競技場は別の施設であり、記念日の由来は1964年東京五輪の主会場となった旧競技場です。
スポーツ栄養の日
日刊スポーツ新聞社が運営するスポーツ栄養サイト「アスレシピ」の開設日、2016年3月30日に由来する記念日です。競技力だけでなく、成長期の健康を支える食事知識の普及を目的とします。
キャッシュレスの日
日本キャッシュレス化協会が、現金の「0」にちなみ毎月0の付く日を啓発日にしています。3月30日も対象ですが、特定の決済方式だけを公式に優遇する国の制度ではなく、事業者団体の普及活動です。
アラスカ購入条約署名の日
1867年3月30日の条約署名を記念し、アラスカでは歴史教育の題材になります。州の公式祝日「アラスカ・デー」は領土引き渡しの10月18日であり、3月30日とは区別します。
名立機雷爆発事件の追悼日
1949年3月30日の機雷爆発で亡くなった63人を地域で追悼する日です。全国的な祝日ではありませんが、戦後も続いた機雷被害と、海の安全・平和を次世代へ伝える地域史上の重要な日です。
今日(2026年3月30日)が祝日の国
2026年3月30日は月曜日です。トリニダード・トバゴではスピリチュアル・バプテスト解放記念日が公休日です。パレスチナの土地の日は重要な記念日ですが、地域・機関によって休業の扱いが異なります。日本では国民の祝日ではありません。
- トリニダード・トバゴ|スピリチュアル・バプテスト解放記念日(公休日)
- パレスチナ|土地の日(記念・抗議の日。休業扱いは地域による)
- 日本|国民の祝日ではありません
3月30日が誕生日の有名人
メフメト2世(1432年生)
1453年にコンスタンティノープルを攻略して東ローマ帝国を終わらせ、「征服者」と呼ばれました。首都の再建と多宗教統治を進め、オスマン帝国を広域国家へ成長させました。
フランシスコ・デ・ゴヤ(1746年生)
宮廷画家として肖像を描く一方、《戦争の惨禍》《黒い絵》で暴力、迷信、人間の暗部を直視しました。旧体制から近代への断層を描き、近代絵画の先駆者とされます。
宮廷と民衆、理性と悪夢を同じ画家が描いた点にゴヤの特異性があります。聴力を失った後の作品も含め、権力の記録者でありながら暴力を告発する近代的な芸術家像を先取りしました。
アンナ・シュウエル(1820年生)
動物の視点で語る『黒馬物語』を著し、馬の酷使を告発しました。児童文学として読まれる一方、動物福祉の世論形成に影響した社会改革小説でもあります。
ポール・ヴェルレーヌ(1844年生)
音楽性と曖昧な情感を重視した象徴派詩人で、「秋の日の ヴィオロンの…」で知られる詩などを残しました。生の混乱と繊細な韻律が、フランス近代詩を大きく変えました。
フィンセント・ファン・ゴッホ(1853年生)
《ひまわり》《星月夜》など、激しい筆触と色彩で感情を可視化しました。生前の成功は限られましたが、書簡と作品は創作の過程を伝え、20世紀美術へ決定的な影響を与えました。
ベルンハルト・シュミット(1879年生)
球面収差を補正するシュミット式望遠鏡を考案し、広い空を明るく撮影できるようにしました。天体サーベイと彗星・小惑星探索を変えた光学設計です。
メラニー・クライン(1882年生)
子どもの遊びを分析に用い、早期の対象関係や心の防衛を理論化しました。フロイト以後の精神分析を発展させる一方、アンナ・フロイトとの論争も学派形成に影響しました。
エルヴィン・パノフスキー(1892年生)
図像の主題と文化的意味を段階的に読むイコノロジーを体系化しました。亡命後の米国で研究・教育を行い、美術作品を思想史・社会史と結ぶ方法を定着させました。
ステファン・バナフ(1892年生)
完備ノルム線形空間「バナフ空間」を基礎づけ、関数解析を独立分野へ発展させました。リヴィウ数学学派の中心として現代解析学の言語を整えました。
堤清二(1927年生)
西武百貨店、パルコ、無印良品などの文化・消費戦略を率い、辻井喬名義で詩・小説も発表しました。企業活動と批評的文学を併せ持つ戦後文化の異色の存在です。
エリック・クラプトン(1945年生)
ブルースを基盤にヤードバーズ、クリーム、ソロで活動し、「いとしのレイラ」などを残しました。演奏の影響力とともに、発言や私生活をめぐる批判も含めて評価されます。
小川洋子(1962年生)
『博士の愛した数式』『妊娠カレンダー』など、静かな文章で記憶、身体、喪失を描きます。日常の秩序に潜む不穏さと親密さを繊細に表現し、海外でも広く翻訳されています。
トレイシー・チャップマン(1964年生)
「Fast Car」「Talkin’ ’bout a Revolution」で、簡潔なフォーク表現に貧困、人種、希望を織り込みました。商業音楽の中心で社会的語りを響かせた歌手です。
林原めぐみ(1967年生)
『新世紀エヴァンゲリオン』綾波レイなど数多くの役を演じ、声優本人名義の音楽活動を大きく広げました。アニメとラジオ、音楽を横断する声優文化を代表します。
セリーヌ・ディオン(1968年生)
フランス語圏から世界市場へ進み、「My Heart Will Go On」など圧倒的な歌唱で成功しました。ユーロビジョン優勝からラスベガス長期公演まで、国際的ポップ歌手の活動モデルを広げました。
3月30日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1432 | メフメト2世 | オスマン帝国皇帝 |
| 1746 | フランシスコ・デ・ゴヤ | 画家・版画家 |
| 1754 | ピラートル・ド・ロジェ | 物理学者・気球飛行家 |
| 1820 | アンナ・シュウエル | 小説家 |
| 1844 | ポール・ヴェルレーヌ | 詩人 |
| 1853 | フィンセント・ファン・ゴッホ | 画家 |
| 1879 | ベルンハルト・シュミット | 光学技術者・天文学者 |
| 1880 | ショーン・オケーシー | 劇作家 |
| 1882 | メラニー・クライン | 精神分析家 |
| 1892 | エルヴィン・パノフスキー | 美術史家 |
| 1892 | ステファン・バナフ | 数学者 |
| 1894 | セルゲイ・イリューシン | 航空機設計者 |
| 1922 | アーサー・ワイトマン | 数理物理学者 |
| 1927 | 堤清二 | 実業家・詩人 |
| 1937 | ウォーレン・ベイティ | 俳優・映画監督 |
| 1945 | エリック・クラプトン | ギタリスト・歌手 |
| 1950 | ロビー・コルトレーン | 俳優 |
| 1962 | M.C.ハマー | ラッパー |
| 1962 | 小川洋子 | 小説家 |
| 1964 | トレイシー・チャップマン | シンガーソングライター |
| 1967 | 坂本冬美 | 演歌歌手 |
| 1967 | 林原めぐみ | 声優・歌手 |
| 1968 | セリーヌ・ディオン | 歌手 |
| 1979 | ノラ・ジョーンズ | 歌手・ピアニスト |
3月30日が命日の有名人
ヴォーバン(1707年没)
星形要塞と体系的な攻城術を発展させ、ルイ14世期のフランス国境防衛を構築しました。要塞群は世界遺産となり、軍事技術だけでなく税制・社会への提言でも知られます。
エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン(1842年没)
マリー・アントワネットの肖像で名高く、革命後は欧州各地の宮廷で活躍しました。女性が美術アカデミーと国際市場で職業的成功を得た稀有な例です。
福原有信(1924年没)
日本初の民間洋風調剤薬局として資生堂を創業し、医薬から化粧品へ事業を展開しました。近代的薬学、企業デザイン、都市消費文化を結ぶ基盤を作りました。
ルドルフ・シュタイナー(1925年没)
人智学を唱え、シュタイナー教育、バイオダイナミック農法、建築・舞台芸術などへ影響しました。思想の科学性をめぐる批判もあり、実践と検証を分けて捉える必要があります。
レオン・ブルム(1950年没)
人民戦線内閣を率い、週40時間労働制や有給休暇を実現しました。ユダヤ系社会主義者として反ユダヤ主義とナチ占領下の迫害に直面し、戦後復興にも関与しました。
福永武彦(1979年没)
『草の花』『忘却の河』など、記憶、愛、死を精緻な構成で描きました。文学研究・翻訳・詩作にも携わり、戦後日本文学へ知的で抒情的な領域を開きました。
笠置シヅ子(1985年没)
「東京ブギウギ」などで戦後の解放感と活力を歌い、「ブギの女王」と呼ばれました。服部良一との作品は占領期から復興期の都市大衆文化を象徴します。
ジェームズ・キャグニー(1986年没)
ギャング映画の敏捷で激しい人物像で名を上げ、『ヤンキー・ドゥードゥル・ダンディ』では歌と踊りでも才能を示しました。ハリウッドのスター像と労働条件改善の双方に影響しました。
アリステア・クック(2004年没)
BBCラジオの「Letter from America」を半世紀以上担当し、米国社会を英国の聴衆へ語りました。長期定点観測のような放送は国際報道の一つの型になりました。
ロザリン・ヤロー(2011年没)
放射性同位体で微量ホルモンを測るラジオイムノアッセイを開発し、1977年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。診断医学と内分泌研究を一変させました。
佐藤忠良(2011年没)
身近な人物の立像や頭像を通じ、写実に内面の静けさを宿しました。絵本『おおきなかぶ』の挿絵でも親しまれ、彫刻と生活文化を結びました。
マノリス・グレゾス(2020年没)
ナチ占領下のアテネでアクロポリスから鉤十字旗を外した抵抗の象徴です。戦後も左派政治家・ジャーナリストとして活動し、独裁と占領への記憶を体現しました。
ビル・ウィザース(2020年没)
「Ain’t No Sunshine」「Lean on Me」など、簡潔な言葉と温かな声で生活の孤独と支え合いを歌いました。音楽業界から早く退いた後も作品は世代を越えて歌い継がれています。
「Lean on Me」は災害や社会運動の場でも歌われ、個人的な友情を共同体の相互扶助へ広げる曲となりました。少ない音と言葉で普遍性を生む作曲は、多くの歌手にカバーされています。
3月30日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1707 | ヴォーバン | フランスの軍人・築城技術者 |
| 1842 | エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブラン | 画家 |
| 1924 | 福原有信 | 実業家・資生堂創業者 |
| 1925 | ルドルフ・シュタイナー | 思想家・教育者 |
| 1950 | レオン・ブルム | フランス首相 |
| 1965 | フィリップ・ショウォルター・ヘンチ | 医師・ノーベル賞受賞者 |
| 1966 | マックスフィールド・パリッシュ | 画家・イラストレーター |
| 1970 | ハインリヒ・ブリューニング | ドイツ首相 |
| 1979 | 福永武彦 | 小説家・詩人 |
| 1985 | 笠置シヅ子 | 歌手・俳優 |
| 1986 | ジェームズ・キャグニー | 俳優 |
| 1988 | エドガール・フォール | フランス首相・政治家 |
| 2002 | エリザベス王太后 | 英国王ジョージ6世妃 |
| 2004 | アリステア・クック | ジャーナリスト・放送作家 |
| 2011 | ロザリン・ヤロー | 医学物理学者 |
| 2011 | 佐藤忠良 | 彫刻家 |
| 2020 | マノリス・グレゾス | ギリシャの政治家・抵抗運動家 |
| 2020 | ビル・ウィザース | シンガーソングライター |
| 2022 | トム・パーカー | 歌手(ザ・ウォンテッド) |
3月30日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡羊座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 3月の誕生石 | アクアマリン、サンゴ、ブラッドストーン、アイオライト |
2026年3月30日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 月曜日 |
| 和暦 | 令和8年3月30日 |
| 旧暦 | 2026年2月12日 |
| 六曜 | 先勝 |
| 干支 | 癸卯(みずのとう) |
| 二十四節気 | 春分の期間(2026年の春分は3月20日23時46分、清明は4月5日3時40分) |
| 七十二候 | 雷乃発声(かみなりすなわちこえをはっす) |
| 月齢 | 11.1(東京・正午) |
| 十二直 | 建(たつ) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年3月30日の暦を読む
2026年3月30日は月曜日、旧暦2月12日です。二十四節気は春分の期間、七十二候はこの日から「雷乃発声」となり、春雷が聞こえ始める頃を表します。東京の正午月齢は11.1。六曜は先勝、十二直は建です。暦注は伝統的な生活文化で、科学的な吉凶判断ではありません。日本の国民の祝日ではありません。
主な確認資料
- 国連・International Day of Zero Waste
- 米国国務省歴史部・Purchase of Alaska
- CERN・First 7 TeV collisions
- 米国レーガン大統領図書館
- 国立競技場・沿革
- SOMPO美術館・ゴッホ《ひまわり》
- コーエーテクモゲームス・信長の野望
- トリニダード・トバゴ政府・Public Holidays
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年3月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
