
3月23日、今日は何の日?
2026年3月23日(月曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1933年の全権委任法可決、1965年のジェミニ3号飛行、2001年の宇宙ステーション・ミール廃棄。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1933年の全権委任法可決/1965年のジェミニ3号飛行/2001年の宇宙ステーション・ミール廃棄 |
| 代表的な記念日 | パキスタン・デー/世界気象デー/ナウルーズ(カザフスタン)第3日 |
| 2026年の暦 | 月曜日・旧暦2026年2月5日・国民の祝日ではありません |
- 3月23日に起きた主な事件
- 935年|紀貫之が土佐から京へ帰着
- 1585年|天正遣欧少年使節が教皇に謁見
- 1775年|パトリック・ヘンリーが武装抵抗を訴える
- 1801年|ロシア皇帝パーヴェル1世が暗殺
- 1806年|ルイス・クラーク探検隊が帰路へ
- 1839年|新聞に「O.K.」が初出
- 1919年|ムッソリーニが戦闘者ファッシを結成
- 1933年|ドイツ国会が全権委任法を可決
- 1945年|ひめゆり学徒隊が動員
- 1950年|世界気象機関条約が発効
- 1956年|パキスタンがイスラム共和国に移行
- 1965年|ジェミニ3号が有人飛行
- 1983年|レーガン大統領が戦略防衛構想を提唱
- 1996年|台湾で初の総統直接選挙
- 2001年|宇宙ステーション・ミールが大気圏再突入
- 3月23日の記念日・世界の祝日
- 3月23日が誕生日の有名人
- ピエール=シモン・ラプラス(1749年生)
- ウィリアム・スミス(1769年生)
- 松方正義(1835年生)
- 内村鑑三(1861年生)
- 秦佐八郎(1873年生)
- ロジェ・マルタン・デュ・ガール(1881年生)
- ヘルマン・シュタウディンガー(1881年生)
- エミー・ネーター(1882年生)
- 北大路魯山人(1883年生)
- フアン・グリス(1887年生)
- エーリヒ・フロム(1900年生)
- ジョーン・クロフォード(1905年生)
- ダニエル・ボベット(1907年生)
- 黒澤明(1910年生)
- ヴェルナー・フォン・ブラウン(1912年生)
- 犬塚弘(1929年生)
- 津本陽(1929年生)
- 戸川昌子(1931年生)
- ミヒャエル・ハネケ(1942年生)
- マイケル・ナイマン(1944年生)
- キム・スタンリー・ロビンスン(1952年生)
- チャカ・カーン(1953年生)
- カイリー・アービング(1992年生)
- エステル・レデツカ(1995年生)
- 3月23日生まれの有名人一覧
- 3月23日が命日の有名人
- ペドロ1世(1369年没)
- ユストゥス・リプシウス(1606年没)
- ウィリアム・キッド(1701年没)
- スタンダール(1842年没)
- アンドレス・マヌエル・デル・リオ(1849年没)
- ニコライ・ルビンシテイン(1881年没)
- ジョージ・ロマネス(1894年没)
- トマス・メンデンホール(1924年没)
- ニコライ・ベルジャーエフ(1948年没)
- ラウル・デュフィ(1953年没)
- 山川均(1958年没)
- トアルフ・スコーレム(1963年没)
- ピーター・ローレ(1964年没)
- クリストバル・バレンシアガ(1972年没)
- ベアトリス・ティンズリー(1981年没)
- ジュリエッタ・マシーナ(1994年没)
- エリザベス・テイラー(2011年没)
- リー・クアンユー(2015年没)
- 3月23日が命日の有名人一覧
- 3月23日の星座・誕生花・誕生石
- 2026年3月23日の暦
3月23日に起きた主な事件
- 935年|土佐国から海路で帰った紀貫之が京の自邸へ着き、『土佐日記』の旅が終わりました。
- 1585年|九州のキリシタン大名が派遣した少年使節が、ローマ教皇グレゴリウス13世に迎えられました。
- 1775年|バージニア植民地会議でパトリック・ヘンリーが英国への抵抗を促す演説を行いました。
- 1801年|宮廷クーデターでロシア皇帝パーヴェル1世が殺害され、息子アレクサンドル1世が即位しました。
- 1806年|北米大陸横断を果たした探検隊が、太平洋岸のクラットソップ砦を離れました。
- 1839年|米ボストンの新聞に、英語表現all correctの戯れた略語「O.K.」が掲載されました。
- 1919年|ベニート・ムッソリーニがミラノでファシスト運動の母体となる組織を結成しました。
- 1933年|ヒトラー内閣へ議会を経ず立法する権限を与える全権委任法が、威圧下の国会で可決されました。
- 1945年|沖縄戦を前に、沖縄師範学校女子部と県立第一高等女学校の生徒・教師が看護要員として動員されました。
- 1950年|世界気象機関条約が発効し、国際的な気象協力を担うWMOが正式に成立しました。
- 1956年|独立後初の憲法が施行され、パキスタンは英連邦内の自治領から共和国となりました。
- 1965年|NASAのジェミニ3号が打ち上げられ、米国初の二人乗り宇宙船として地球を3周しました。
- 1983年|米国のレーガン大統領が、弾道ミサイルを宇宙・地上から迎撃する研究構想を発表しました。
- 1996年|台湾の有権者が初めて総統を直接選び、李登輝が当選しました。
- 2001年|ロシアが宇宙ステーション「ミール」を制御降下させ、南太平洋上で廃棄しました。
935年|紀貫之が土佐から京へ帰着
承平5年2月16日(935年3月23日)、土佐守の任を終えた紀貫之は、約55日に及ぶ船旅を経て京の家へ帰りました。『土佐日記』は女性が書いたという仮託で、旅の不安、歌、亡き娘への思いを仮名文に記しています。
公的な漢文日記とは異なる私的感情と日常を表した作品で、仮名文学の発展に大きな位置を占めます。作品内の日付は旧暦であり、現行暦への換算を示して紹介します。帰着日は単なる旅行記の終わりではなく、喪失の記憶が結晶する場面です。
1585年|天正遣欧少年使節が教皇に謁見
1585年3月23日、伊東マンショ、千々石ミゲル、中浦ジュリアン、原マルティノらはローマで教皇グレゴリウス13世に謁見しました。1582年に長崎を出発し、ポルトガル・スペインを経て、欧州社会へ日本のキリスト教布教成果を示す使節でした。
使節は各地で厚遇され、印刷技術や西洋音楽・学術に触れて1590年に帰国しました。しかし日本では豊臣・徳川政権下で禁教が進み、彼らの進路も分かれます。交流の華やかさと、その後の宗教弾圧を併せ持つ歴史です。
1775年|パトリック・ヘンリーが武装抵抗を訴える
1775年3月23日、リッチモンドで開かれた第二回バージニア会議で、ヘンリーは植民地民兵の組織を提案しました。後世「自由を与えよ、然らずんば死を」として知られる演説ですが、全文はその場で記録されず、後年の回想を基に再構成されています。
提案は可決され、独立戦争開戦直前のバージニアで武装準備が進みました。名句を無条件に逐語的発言とみなすのではなく、演説が独立革命の政治文化でどのように記憶・象徴化されたかを見ることが重要です。
1801年|ロシア皇帝パーヴェル1世が暗殺
1801年3月23日、当時ロシアで用いられたユリウス暦では3月11日、近衛将校らがサンクトペテルブルクのミハイロフスキー城へ侵入し、パーヴェル1世を殺害しました。皇帝の予測しにくい政策と貴族統制に不満が蓄積していました。
後継アレクサンドル1世は父の政策の一部を改め、後にナポレオン戦争で重要な役割を担います。暗殺への本人の認識や関与は論争があります。ロシア旧暦の日付を現行暦の3月11日と誤って扱わないよう注意します。
1806年|ルイス・クラーク探検隊が帰路へ
1806年3月23日、メリウェザー・ルイスとウィリアム・クラークの探検隊は、現在のオレゴン州に築いたクラットソップ砦を出発し、セントルイスへの帰路につきました。太平洋岸で冬を越した後、コロンビア川をさかのぼる旅です。
探検は測量、博物標本、先住民社会の記録を残し、米国の西方進出を促しました。一方で「未知の土地の発見」という表現は、既に多くの先住民族が暮らしていた事実を隠します。知識獲得と領土拡張の両面を評価すべき遠征です。
1839年|新聞に「O.K.」が初出
1839年3月23日付のBoston Morning Postは、all correctを意図的につづり違いのoll korrectとして略した「O.K.」を紙面に載せました。当時は若者の間で誤綴りから略語を作る流行があり、その一例でした。
翌年の大統領選でマーティン・ヴァン・ビューレンの愛称Old Kinderhookと結びつき、表現が全国へ広まりました。起源には多くの俗説がありますが、文献で確認できる初期例としてこの新聞掲載が重視されています。
1919年|ムッソリーニが戦闘者ファッシを結成
1919年3月23日、退役軍人、民族主義者、未来派などがミラノのサン・セポルクロ広場周辺に集まり、イタリア戦闘者ファッシを組織しました。当初の綱領には共和主義的・社会改革的要素もあり、後の体制と完全に同じではありませんでした。
運動は反社会主義の暴力部隊を拡大し、地主・実業家や国家機構の一部から支援を受け、1922年の政権獲得へ進みました。ファシズムが完成形で突然現れたのではなく、戦後不安と政治暴力の中で変質・成長した過程の出発点です。
1933年|ドイツ国会が全権委任法を可決
1933年3月23日、ベルリンのクロル・オペラ劇場で国会が開かれ、共産党議員を排除し、突撃隊・親衛隊が周囲を固めるなかで法案が採決されました。反対したのはオットー・ヴェルス率いる社会民主党のみで、中央党などは賛成しました。
法案は翌24日に大統領の署名と公布を受けて成立し、政府が憲法に反する法律まで制定できる仕組みとなりました。民主的な形式を残しながら独裁を合法化した点が重要です。可決日23日と公布日24日を区別します。
1945年|ひめゆり学徒隊が動員
1945年3月23日、米軍の沖縄本島上陸が迫るなか、生徒222人と教師18人が南風原の沖縄陸軍病院へ動員されました。十分な医療訓練や安全保障のないまま、壕内で看護、手術補助、水・食料運搬などに従事しました。
6月18日に突然解散命令が出され、戦場へ追い出された多くの生徒・教師が死亡しました。美談としてのみ語らず、軍が未成年者を戦場動員した構造と、住民を巻き込んだ地上戦の現実を記憶する必要があります。
1950年|世界気象機関条約が発効
1947年に採択された世界気象機関条約は、必要な批准数を満たして1950年3月23日に発効しました。各国が気象観測を標準化し、観測データと予報情報を国境を越えて迅速に交換する政府間機関が発足しました。
WMOは1951年に国連専門機関となり、現在は気象だけでなく気候、水循環、早期警報を扱います。台風や気候変動は一国だけで観測できないため、長期的で相互運用可能なデータ網を維持する国際協力の意義が大きい組織です。
1956年|パキスタンがイスラム共和国に移行
1956年3月23日、パキスタンで新憲法が施行され、総督に代わって大統領を置くイスラム共和国となりました。日付は1940年のラホール決議を記念する日でもあり、現在「パキスタン・デー」として祝われています。
憲法は議会制と基本権を定めましたが、政治不安のなか1958年の軍事クーデターで停止されました。共和国宣言を民主制の完成とみなすことはできず、その後も文民政権と軍政が交代する国家形成の難しさが続きます。
1965年|ジェミニ3号が有人飛行
1965年3月23日、ガス・グリソムとジョン・ヤングを乗せたジェミニ3号がケープ・ケネディから打ち上げられました。宇宙飛行士が推進装置を操作して軌道を変える試験を初めて行い、約4時間53分で地球を3周して帰還しました。
ジェミニ計画はランデブー、船外活動、長期滞在などアポロ月着陸に必要な技術を段階的に検証しました。ヤングが無断で持ち込んだコンビーフ・サンドイッチの逸話は有名ですが、飛散物が機器へ与える危険も示した出来事でした。
1983年|レーガン大統領が戦略防衛構想を提唱
1983年3月23日のテレビ演説で、レーガンは核報復による抑止だけに依存せず、飛来する戦略核ミサイルを無力化する技術研究を科学者へ呼びかけました。レーザーや迎撃衛星を含む構想は戦略防衛構想(SDI)と名づけられました。
批判者は実現性、莫大な費用、軍拡競争を問題視し「スター・ウォーズ計画」と呼びました。構想どおりの包括システムは実現しませんでしたが、ミサイル防衛研究と米ソ軍備管理交渉に長期的影響を残しました。
1996年|台湾で初の総統直接選挙
1996年3月23日、中華民国の総統・副総統を住民が直接選ぶ初の選挙が行われ、現職の李登輝が過半数を得ました。国民党一党優位体制から、戒厳令解除、国会改選、憲法改正を経て進んだ民主化の到達点です。
中国は選挙前に台湾周辺でミサイル演習を行い、米国が空母を派遣する台湾海峡危機が起きました。それでも選挙は実施され、平和的な権力競争の制度が定着します。東アジアの民主化と海峡緊張が交差した選挙でした。
2001年|宇宙ステーション・ミールが大気圏再突入
2001年3月23日、無人となっていたミールは補給船のエンジン噴射で軌道を下げ、フィジー東方の南太平洋上空で大気圏へ再突入しました。大部分は燃え尽き、残骸は人の少ない海域へ落下するよう制御されました。
1986年の基本ブロック打ち上げ以来、長期滞在、国際共同実験、米露シャトル・ミール計画の舞台となり、国際宇宙ステーション運用へ多くの経験を引き継ぎました。事故ではなく、老朽化と費用を踏まえた計画的廃棄です。
3月23日の記念日・世界の祝日
パキスタン・デー
1940年3月23日のラホール決議と1956年の共和国移行を記念するパキスタンの国家祝日です。2026年も公休日で、軍事パレードなどが行われます。独立記念日の8月14日とは異なる国家形成の記念日です。
世界気象デー
世界気象機関条約が1950年3月23日に発効したことを記念し、WMOが毎年テーマを掲げて実施します。気象観測、気候サービス、災害早期警報の国際協力を伝える日で、世界共通の休日ではありません。
ナウルーズ(カザフスタン)第3日
カザフスタンの法定休日ナウルーズの3日目です。2026年3月23日は月曜日ですが、21日・22日が週末に重なるため24日・25日も振替休日となります。祭日の三日間と代替休日を分けて表示します。
奴隷制度廃止の日の振替休日(プエルトリコ)
プエルトリコの奴隷制度廃止の日は固定日が3月22日です。2026年は日曜日に当たるため、翌23日月曜日も銀行・公共部門の振替休日として公表されました。史実の記念日と実際の休業日を区別します。
海の日(ボリビア)
太平洋戦争で海への出口を失ったボリビアが、1879年のカラマの戦いと海岸領土を記憶する日です。海軍・学校行事が行われますが、一般的な休業扱いは政府カレンダーを確認する必要があります。
ポーランド・ハンガリー友好の日
長い歴史的交流を持つ両国の議会が2007年に3月23日を友好の日とする決議を採択しました。文化交流や姉妹都市行事の記念日であり、両国の全国一律の法定休日ではありません。
世界子犬の日
米国の動物行動家コリーン・ペイジが2006年に提唱したNational Puppy Dayが国際的にも紹介されています。保護犬の譲渡と悪質繁殖への注意を促す民間記念日で、国連制定日ではありません。
ホットサンドを楽しむ日
国分グループ本社が、ホットサンドを焼く音「サンド」にちなむ3月13日の十日後を、焼いたサンドイッチを食べる日として制定しました。企業の販促記念日であることと、日付の二段階の由来を明記します。
スジャータの日
名古屋製酪が1976年3月23日にコーヒー用クリーム「スジャータ」の生産を始めたことにちなむ企業記念日です。仏教説話の人物スジャータそのものの祭日ではなく、日本の商品史上の日付です。
乳酸菌の日(毎月23日)
カゴメが乳酸菌を活用した商品への関心を高める目的で制定し、「にゅう(2)さん(3)」の語呂から毎月23日と2月3日を記念日にしています。企業制定日であり、食品の医学的効果を一律に保証するものではありません。
春彼岸の明け
2026年の春彼岸は3月17日から23日までで、この日が彼岸明けです。春分の日を中日とする日本の仏教的年中行事で、寺院や家庭で墓参り・供養が行われます。地域や宗派で実践は異なります。
裏旬ぶどうの日
日本とニュージーランドで日本品種のぶどうを栽培するGREENCOLLARが、南半球で旬を迎える「裏旬ぶどう」を知ってもらうため制定しました。日付は「ふさ(23)」の語呂に由来する企業記念日で、公的な休日ではありません。
七十二候「雀始巣」の期間
2026年3月23日は春分の初候「雀始巣」です。軒下や樹洞に巣材を運ぶ雀の姿を季節の兆しとした表現です。都市環境では営巣場所の減少も課題となり、身近な生物多様性を考える入口になります。
今日(2026年3月23日)が祝日の国
2026年3月23日はパキスタン・デーとカザフスタンのナウルーズ第3日が公休日です。プエルトリコでは、22日の奴隷制度廃止の日が日曜日だったため、この月曜日が銀行・公共部門の振替休日です。日本は国民の祝日ではありません。世界気象デーはWMOの国際的な記念日です。
- 日本|国民の祝日ではありません
- パキスタン|パキスタン・デー(公休日)
- カザフスタン|ナウルーズ第3日(公休日)
- プエルトリコ|奴隷制度廃止の日の振替休日(銀行・公共部門)
- 世界気象デー|WMOの記念日で、公休日ではありません
3月23日が誕生日の有名人
ピエール=シモン・ラプラス(1749年生)
天体力学を体系化し、確率論を発展させました。ラプラス変換やラプラス方程式など多分野に名を残し、ニュートン力学による太陽系理解を精密化しました。
ウィリアム・スミス(1769年生)
化石による地層同定の原理を用い、英国初の全国地質図を作りました。「英国地質学の父」と呼ばれます。
松方正義(1835年生)
大蔵卿として紙幣整理と日本銀行創設を進め、二度首相を務めました。緊縮財政は通貨安定を促す一方、農村へ「松方デフレ」の打撃を与えました。
内村鑑三(1861年生)
無教会主義を唱え、『代表的日本人』や聖書講義を通じて信仰と社会批評を結びました。不敬事件を経験し、戦争にも批判的立場を示しました。
秦佐八郎(1873年生)
パウル・エールリヒと梅毒治療薬サルバルサンを開発し、化学療法の先駆けとなりました。
ロジェ・マルタン・デュ・ガール(1881年生)
大河小説『チボー家の人々』で家族と第一次世界大戦前後の社会を描き、1937年ノーベル文学賞を受賞しました。
ヘルマン・シュタウディンガー(1881年生)
高分子が長い共有結合鎖からなると提唱し、合成樹脂・高分子科学の基礎を築いて1953年ノーベル化学賞を受賞しました。
エミー・ネーター(1882年生)
対称性と保存則を結ぶネーターの定理を示し、抽象代数学も革新しました。女性・ユダヤ人として差別を受けながら20世紀数学と物理学を変えました。
北大路魯山人(1883年生)
陶芸、篆刻、書、料理を横断し、器と食の総合的な美を追究しました。星岡茶寮を通じ近代日本の食文化へ強い影響を与えました。
フアン・グリス(1887年生)
ピカソ、ブラックとともにキュビスムを発展させ、明晰な構成と色彩による静物画を残しました。
エーリヒ・フロム(1900年生)
『自由からの逃走』『愛するということ』で、近代人の孤独、権威主義、成熟した愛を社会構造と心理の両面から論じました。
ジョーン・クロフォード(1905年生)
無声映画からハリウッド黄金期へ活躍し、『ミルドレッド・ピアース』でアカデミー主演女優賞を受賞しました。
ダニエル・ボベット(1907年生)
抗ヒスタミン薬など、神経伝達物質の作用を遮断する薬物研究で1957年ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。
黒澤明(1910年生)
『羅生門』『七人の侍』『生きる』で人間の倫理と動きを力強い映像へ変え、日本映画を世界へ広げました。編集と複数カメラの演出も後世に影響しました。
ヴェルナー・フォン・ブラウン(1912年生)
V2ロケット開発を率いた後、米国でサターンV開発に関わりました。月着陸への貢献と、ナチ体制下の強制労働利用という責任を併せて評価する必要があります。
犬塚弘(1929年生)
ハナ肇とクレージーキャッツのメンバーとして音楽コントと映画で活躍し、後年は味わい深い俳優として出演しました。
津本陽(1929年生)
剣豪・武将を題材にした歴史小説を多く執筆し、『深重の海』で直木賞を受賞しました。
戸川昌子(1931年生)
『大いなる幻影』で江戸川乱歩賞を受賞し、推理小説とシャンソンの双方で独自の世界を築きました。
ミヒャエル・ハネケ(1942年生)
『白いリボン』『愛、アムール』などで暴力、監視、観客の倫理を冷徹に問い、欧州現代映画を代表しました。
マイケル・ナイマン(1944年生)
反復を用いるミニマル音楽と映画音楽で知られ、『ピアノ・レッスン』の音楽が広く親しまれています。
キム・スタンリー・ロビンスン(1952年生)
『火星三部作』などで惑星改造、気候、政治制度を科学的想像力と社会構想から描きました。
チャカ・カーン(1953年生)
ルーファスのボーカルからソロへ進み、ファンク、R&B、ポップを横断する力強い歌唱で長く活躍しました。
カイリー・アービング(1992年生)
卓越したボールハンドリングと得点力でNBA優勝に貢献し、国際大会でも米国代表として活躍しました。
エステル・レデツカ(1995年生)
2018年冬季五輪で異なる二競技の金メダルを同一大会で獲得する歴史的快挙を成し遂げました。
3月23日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1749 | ピエール=シモン・ラプラス | 数学者・天文学者 |
| 1769 | ウィリアム・スミス | 地質学者 |
| 1835 | 松方正義 | 政治家・内閣総理大臣 |
| 1861 | 内村鑑三 | 思想家・キリスト教伝道者 |
| 1873 | 秦佐八郎 | 細菌学者 |
| 1881 | ロジェ・マルタン・デュ・ガール | 小説家 |
| 1881 | ヘルマン・シュタウディンガー | 化学者 |
| 1882 | エミー・ネーター | 数学者 |
| 1883 | 北大路魯山人 | 陶芸家・書家・美食家 |
| 1887 | フアン・グリス | 画家 |
| 1900 | エーリヒ・フロム | 社会心理学者 |
| 1905 | ジョーン・クロフォード | 俳優 |
| 1907 | ダニエル・ボベット | 薬理学者 |
| 1910 | 黒澤明 | 映画監督 |
| 1912 | ヴェルナー・フォン・ブラウン | ロケット技術者 |
| 1929 | 犬塚弘 | 俳優・ベーシスト |
| 1929 | 津本陽 | 小説家 |
| 1931 | 戸川昌子 | 作家・歌手 |
| 1942 | ミヒャエル・ハネケ | 映画監督 |
| 1944 | マイケル・ナイマン | 作曲家 |
| 1952 | キム・スタンリー・ロビンスン | SF作家 |
| 1953 | チャカ・カーン | 歌手 |
| 1992 | カイリー・アービング | バスケットボール選手 |
| 1995 | エステル・レデツカ | スノーボード・アルペンスキー選手 |
3月23日が命日の有名人
ペドロ1世(1369年没)
王権強化を進めましたが異母兄エンリケと内戦を戦い、モンティエルで殺害されました。「残酷王」と「正義王」という相反する評価があります。
ユストゥス・リプシウス(1606年没)
ストア哲学を近世キリスト教社会へ読み替える新ストア主義を唱え、古典文献学と政治思想へ影響しました。
ウィリアム・キッド(1701年没)
海賊討伐の私掠船長から海賊行為で訴追され、ロンドンで処刑されました。後世の「埋蔵金」伝説は史実以上に膨らみました。
スタンダール(1842年没)
『赤と黒』『パルムの僧院』で野心、恋愛、社会的偽善を鋭い心理描写によって表し、近代小説へ大きな影響を与えました。
アンドレス・マヌエル・デル・リオ(1849年没)
メキシコで新元素を発見し、後にバナジウムと確認されました。発見の優先が長く認められなかった科学史の例でもあります。
ニコライ・ルビンシテイン(1881年没)
モスクワ音楽院を創設し、チャイコフスキーらロシア音楽家の教育・演奏環境を整えました。
ジョージ・ロマネス(1894年没)
ダーウィンの進化論を動物心理へ応用し、比較心理学の形成に寄与しました。
トマス・メンデンホール(1924年没)
日本の東京物理学校などで教育・観測に携わり、米国では度量衡と地震研究を進めました。文体計量研究の先駆でもあります。
ニコライ・ベルジャーエフ(1948年没)
ロシア革命後に追放され、自由、人格、創造を中心とするキリスト教実存思想を展開しました。
ラウル・デュフィ(1953年没)
鮮やかな色彩と軽快な線で海辺、音楽会、競馬などを描き、フォーヴィスム以後の装飾的絵画を代表しました。
山川均(1958年没)
明治期から社会主義運動に参加し、戦後は日本社会党左派の理論形成に関わりました。
トアルフ・スコーレム(1963年没)
数理論理学と集合論でレーヴェンハイム=スコーレムの定理などを発展させ、モデル理論の基礎を築きました。
ピーター・ローレ(1964年没)
『M』『マルタの鷹』『カサブランカ』などで、不安と知性を漂わせる独特の脇役像を確立しました。
クリストバル・バレンシアガ(1972年没)
彫刻的なシルエットと高度な裁断で20世紀オートクチュールを革新し、多くのデザイナーへ影響しました。
ベアトリス・ティンズリー(1981年没)
銀河の星形成と進化をモデル化し、観測宇宙論の発展へ貢献しました。女性研究者として制度的障壁にも直面しました。
ジュリエッタ・マシーナ(1994年没)
フェデリコ・フェリーニ監督の『道』『カビリアの夜』で、傷つきながらも人間味を失わない人物を演じました。
エリザベス・テイラー(2011年没)
『バージニア・ウルフなんかこわくない』などで二度のアカデミー主演女優賞を受賞し、AIDS支援活動にも大きく貢献しました。
リー・クアンユー(2015年没)
独立後の国家建設と経済成長を主導しました。行政能力が評価される一方、言論・野党への制約も批判されています。
3月23日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1369 | ペドロ1世 | カスティーリャ王 |
| 1606 | ユストゥス・リプシウス | 人文主義者 |
| 1701 | ウィリアム・キッド | 船長・私掠船員 |
| 1842 | スタンダール | 小説家 |
| 1849 | アンドレス・マヌエル・デル・リオ | 鉱物学者 |
| 1881 | ニコライ・ルビンシテイン | ピアニスト・指揮者 |
| 1894 | ジョージ・ロマネス | 生物学者 |
| 1924 | トマス・メンデンホール | 物理学者 |
| 1948 | ニコライ・ベルジャーエフ | 哲学者 |
| 1953 | ラウル・デュフィ | 画家 |
| 1958 | 山川均 | 社会主義思想家 |
| 1963 | トアルフ・スコーレム | 数学者 |
| 1964 | ピーター・ローレ | 俳優 |
| 1972 | クリストバル・バレンシアガ | 服飾デザイナー |
| 1981 | ベアトリス・ティンズリー | 天文学者 |
| 1994 | ジュリエッタ・マシーナ | 俳優 |
| 2011 | エリザベス・テイラー | 俳優 |
| 2015 | リー・クアンユー | シンガポール初代首相 |
3月23日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 牡羊座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 3月の誕生石 | アクアマリン、サンゴ、ブラッドストーン、アイオライト |
2026年3月23日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 月曜日 |
| 和暦 | 令和8年3月23日 |
| 旧暦 | 2026年2月5日 |
| 六曜 | 赤口 |
| 干支 | 丙申(ひのえさる) |
| 二十四節気 | 春分の期間(2026年の春分は3月20日23時46分、清明は4月5日3時40分) |
| 七十二候 | 雀始巣(すずめはじめてすくう) |
| 月齢 | 4.1(東京・正午) |
| 十二直 | 執(とる) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年3月23日の暦を読む
2026年3月23日は月曜日、旧暦2月5日です。二十四節気は春分、七十二候は「雀始巣」。東京の正午月齢は4.1で、夕方の月は少しずつ高さを増します。六曜は赤口、十二直は執。日本の国民の祝日ではありませんが、パキスタンとカザフスタンでは公休日です。春彼岸はこの日が最終日で、翌日から暦の区切りが変わります。
主な確認資料
- WMO・World Meteorological Day
- NASA・Gemini III
- NASA・Shuttle-Mir History
- 米国議会図書館・Lewis and Clark
- 米国ホロコースト記念博物館・Enabling Act
- 沖縄県平和祈念資料館
- 国連・WMOの歴史
- Encyclopaedia Britannica・Pakistan Day
- プエルトリコ政府
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年月の満ち欠け
- 国立天文台・2026年3月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
