
3月1日、今日は何の日?
2026年3月1日(日曜日)の歴史、企業・団体の記念日、世界の祝日、著名人の誕生日と命日をまとめます。
まず注目したいのは、1919年の三・一独立運動、1932年の満州国建国宣言、1954年のビキニ環礁水爆実験。日付の由来、歴史上の出来事、公休日か啓発日かという違いまで、根拠を分けて詳しく見ていきましょう。
| 早わかり | 内容 |
|---|---|
| 歴史の注目項目 | 1919年の三・一独立運動/1932年の満州国建国宣言/1954年のビキニ環礁水爆実験 |
| 代表的な記念日 | 三・一節(韓国)/バレアレス諸島の日(スペイン・地域記念日)/ボスニア・ヘルツェゴビナ独立記念日 |
| 2026年の暦 | 日曜日・旧暦2026年1月13日・国民の祝日ではありません |
3月1日に起きた主な事件
- 1565年|ポルトガル人エスタシオ・デ・サが、グアナバラ湾にサン・セバスチャン・ド・リオデジャネイロ市を建設しました。
- 1781年|メリーランド州の批准で全13州の同意がそろい、米国最初の成文憲法に当たる連合規約が発効しました。
- 1803年|北西部領土からオハイオ州が成立し、米国の西方拡大を象徴する最初期の州となりました。
- 1845年|ジョン・タイラー大統領が、独立国テキサスを米国へ併合する上下両院合同決議に署名しました。
- 1872年|グラント米大統領が、イエローストーン地域を公共の公園として保護する法律へ署名しました。
- 1896年|皇帝メネリク2世のエチオピア軍がイタリア侵攻軍を破り、植民地化を阻止しました。
- 1911年|日本初の本格的な西洋式劇場とされた帝国劇場が、東京・丸の内に開場しました。
- 1919年|日本統治下の朝鮮で独立宣言が読まれ、非暴力の万歳デモが各地へ広がりました。
- 1932年|関東軍が占領した中国東北部で、満州国の建国が宣言されました。
- 1954年|米国が行った水素爆弾実験で予想を大幅に上回る爆発が起き、広範な放射性降下物被害を生みました。
- 1961年|ケネディ米大統領が大統領令に署名し、海外協力を担う平和部隊を暫定的に創設しました。
- 1966年|ソ連のベネラ3号が金星表面へ衝突し、人工物として初めて別の惑星へ到達しました。
- 1983年|スイスの腕時計ブランド、スウォッチがチューリヒで新しいクオーツ時計を発表しました。
1565年|リオデジャネイロ市が建設される
フランス人入植者と先住民同盟が築いた「南極フランス」を排除する拠点として、エスタシオ・デ・サは1565年3月1日、湾口近くに砦と集落を設けました。都市名は1月に湾を発見したと考えたことに由来するとされます。
ポルトガル側は1567年までにフランス勢力を退け、都市は砂糖、金、コーヒー、奴隷貿易の港として拡大しました。1763年には植民地首都、後にブラジル帝国・共和国の首都となり、1960年のブラジリア遷都後も文化と経済の中心です。
1781年|アメリカ連合規約が発効
独立戦争中の大陸会議は1777年に連合規約を採択しましたが、発効には全州の批准が必要でした。西部領土をめぐる州間対立が解け、メリーランド州代表が1781年3月1日に批准書へ署名して、州の緩やかな連合が正式に成立しました。
連合会議には課税や州際通商を直接統制する力が乏しく、財政と外交で行き詰まりました。この弱点が1787年の憲法制定会議を促します。現在の米国憲法以前にも、独立諸州を一つの国家として運営する制度実験があったことを示します。
1803年|オハイオ州が米国17番目の州となる
連邦議会は1802年に州憲法制定を認め、オハイオ側は憲法と政府を整えて1803年3月1日に州として動き始めました。ただし当時の議会は通常の州承認決議を出しておらず、1953年に改めて3月1日を州成立日とする法律を遡及的に制定しました。
オハイオは北西部条例が禁じた奴隷制を採らず、運河、農業、工業で急速に発展しました。日付は後世の法律で明確化されたもので、「1803年当日に現代と同じ入州法が成立した」と書かないことが重要です。
1845年|米大統領がテキサス併合決議へ署名
奴隷州を増やすことやメキシコとの戦争を招くことへの反対から、条約方式の併合案は上院で否決されていました。任期末のタイラーは過半数で可決できる合同決議へ切り替え、1845年3月1日に署名しました。
テキサス共和国は提案を受け入れ、同年12月29日に第28州として加盟しました。国境問題は米墨戦争の主要因となり、新領土で奴隷制を認めるかという対立も深まります。3月1日は承認手続きの節目で、州加盟日そのものではありません。
1872年|イエローストーン国立公園が成立
間欠泉、温泉、峡谷など独特の景観を持つ地域を私有化や乱開発から守るため、連邦議会は公園設置法を可決しました。1872年3月1日の署名により、広大な土地が「人々の利益と楽しみ」のため留保されました。
世界初の国立公園と広く呼ばれ、その後の自然保護制度のモデルになりました。一方で、先住民が利用してきた土地を「手つかずの自然」とみなし排除した歴史もあります。保護の成功と、誰の土地をどう管理したかという問題を併せて見る必要があります。
1896年|アドワの戦いでエチオピアが勝利
イタリアはウッチャリ条約の異なる言語版を利用してエチオピアを保護国と主張し、軍事侵攻しました。1896年3月1日、北部アドワ周辺でエチオピアの大軍が分散したイタリア軍を包囲し、決定的な敗北を与えました。
同年のアディスアベバ条約でイタリアはエチオピアの独立を承認しました。勝利はアフリカとディアスポラの反植民地主義を鼓舞し、国家統合にも利用されます。ただし国内には領域拡大と多民族支配という別の歴史もあり、単純な英雄譚だけではありません。
1911年|帝国劇場が開場
渋沢栄一ら財界人の支援を受けて建設され、1911年3月1日に開場式が行われました。椅子席、電気照明、広い舞台機構を備え、歌舞伎だけでなく西洋音楽、演劇、舞踊を上演する近代都市の文化施設を目指しました。
初代建物は関東大震災後に復旧し、1966年に現在の建物へ建て替えられました。帝劇は翻訳劇、ミュージカル、大作演劇の拠点となり、日本の興行が劇場専属から長期公演へ変化する過程を映します。
1919年|朝鮮で三・一独立運動が始まる
民族代表33人が起草に関わった独立宣言書は、1919年3月1日に京城の泰和館で読み上げられました。同時に学生と市民がタプコル公園などで「独立万歳」を叫び、運動は都市から農村、国外の朝鮮人社会へ拡大しました。
日本の軍・警察は武力で鎮圧し、多数の死傷者と逮捕者を出しました。運動は直ちに独立を実現しませんでしたが、上海の大韓民国臨時政府やその後の民族運動につながります。韓国では3月1日が国慶日で、2026年は日曜日のため翌2日が振替休日です。
参加者数や犠牲者数は植民地当局の記録、独立運動側資料、後世の研究で差があります。本記事では特定の大きな数字を根拠なく断定せず、全国規模の参加と武力鎮圧という確認できる骨格を重視します。
1932年|満州国の建国が宣言される
1931年9月の柳条湖事件を契機に関東軍は満州を占領し、清朝最後の皇帝だった溥儀を執政に据える新国家を準備しました。1932年3月1日、東北行政委員会が満州国の成立を宣言し、長春を首都としました。
実権は日本軍と日本人官僚が握り、国際連盟のリットン調査団は自発的な独立運動による国家とは認めませんでした。日本は連盟脱退へ進み、日中戦争への道を深めます。「五族協和」の理念と、軍事占領・資源支配の実態の隔たりが重要です。
国際連盟総会は1933年、満州国を承認しない勧告を採択しました。日本代表団の退場はこの決定直後ですが、脱退の正式通告と発効には時間差があります。出来事を一日の劇的場面だけで完結させません。
1954年|ビキニ環礁でキャッスル・ブラボー実験
米国は現地時間1954年3月1日、マーシャル諸島ビキニ環礁で熱核実験キャッスル・ブラボーを実施しました。核出力は約15メガトンに達し、設計者の予測を大きく超えて、周辺島民と実験海域の船へ放射性降下物が降りました。
約160キロ離れた日本漁船・第五福竜丸の乗組員も被曝し、無線長の久保山愛吉が同年死亡しました。事件は日本の反核運動と原水爆禁止署名を広げ、核実験が国境を越えて健康、漁業、故郷喪失をもたらすことを示しました。
マーシャル諸島の住民は避難後も帰還、再移住、健康調査をめぐる困難を抱えました。第五福竜丸だけでなく、実験場とされた島々の住民の被害と補償問題を同じ歴史の中に置きます。
1961年|米国平和部隊が創設される
冷戦下で新興国との関係を強める構想として、米国人ボランティアが教育、農業、保健などで現地と協力する制度が提案されました。1961年3月1日の大統領令で国務省内に設置され、同年9月に連邦議会が恒久法を成立させました。
参加者は技術移転だけでなく、相互理解と帰国後の国際経験共有を任務とします。一方、受入国の需要より援助国の外交目的が優先される危険も指摘されます。善意だけでなく、言語研修、現地の主体性、安全管理が成果を左右します。
1966年|探査機ベネラ3号が金星へ到達
1965年11月に打ち上げられたベネラ3号は、1966年3月1日に金星へ到達しました。通信系が接近前に故障したため観測データを送れませんでしたが、機体は金星大気へ入り表面へ衝突したと考えられています。
後続のベネラ探査機は大気組成、気圧、温度、地表画像を送り、過酷な金星環境の理解を進めました。「初の惑星着陸成功」ではなく「初めて他惑星へ到達した人工物」と表現し、通信成功を伴う着陸と区別します。
1983年|スウォッチが販売を開始
安価な日本製クオーツ時計の台頭でスイス時計産業が危機に陥るなか、部品点数を減らし自動組立に適したプラスチック製時計が開発されました。1983年3月1日、最初のコレクションが市場へ投入されました。
スウォッチは時計を耐久財だけでなく、色やデザインを替えて楽しむファッション商品として売り出しました。販売戦略と製造改革はスイス企業再編を支え、高級機械式時計の復興にも間接的につながりました。
3月1日の記念日・世界の祝日
三・一節(韓国)
1919年3月1日の独立運動を記念する韓国の国慶日・公休日です。2026年は日曜日に当たり、韓国の休日制度により翌2日が振替休日です。記念式典は3月1日、休業上の代替日は3月2日と分けて記します。
振替休日は2026年固有の曜日配置によるもので、毎年3月2日が休みになるわけではありません。海外祝日を旅行・業務に使う場合は、固定された記念日と金融機関・官公庁の休業日を別々に確認します。
バレアレス諸島の日(スペイン・地域記念日)
自治憲章が発効した1983年3月1日を記念する、スペイン・バレアレス諸島の地域日です。2026年は日曜日に当たるため、有給の地域休日は翌2日に設定されています。記念日と実際の休業日を分けて掲載します。
ボスニア・ヘルツェゴビナ独立記念日
1992年の独立住民投票を記念する日です。ただし祝日として実施されるのは主にボスニア・ヘルツェゴビナ連邦で、スルプスカ共和国では共通の休日ではありません。「国全体が一様に休む」とはせず、国内の制度差を明記します。
差別ゼロの日
UNAIDSが3月1日に実施する、法制度や社会慣行にある差別をなくすための啓発日です。HIVに関する偏見を出発点に、健康状態、人種、性別、性的指向、障害などを理由とする不平等へ対象を広げています。国連の公休日ではありません。
平等とは全員へ同じ対応をすることだけではありません。治療へアクセスしにくい制度、本人の同意を欠く検査、就労・住居での排除など、結果を不平等にする障壁を具体的に見直すことが主題です。
世界海草の日
国連総会が定めた国際デーで、藻類ではなく海中で花を咲かせる海草の生態系を守る日です。海草藻場は稚魚の生息地、海岸保護、炭素貯留に役立ちますが、沿岸開発、水質悪化、気候変動で減少しています。
ビキニ・デー
1954年3月1日のキャッスル・ブラボー水爆実験と第五福竜丸被曝を記憶し、日本の反核・平和運動で用いられる名称です。水着のビキニを祝う日ではありません。被災地マーシャル諸島の歴史も含めて考える日です。
春季全国火災予防運動の初日
消防庁が毎年3月1日から7日まで実施する全国運動の初日です。空気が乾燥し強風も起こりやすい時期に、住宅用火災警報器、暖房器具、たばこ、電気配線などの点検を呼びかけます。祝日ではなく防災啓発週間です。
マヨネーズの日
キユーピー株式会社が、同社が日本で初めてマヨネーズを製造販売した1925年3月と、日本初を表す「1」にちなみ3月1日を記念日としました。商品発売史に基づく企業制定日で、マヨネーズ一般の発明日ではありません。
日本での販売開始当初は西洋的な食品になじみが薄く、卵黄型の濃厚さや瓶入り容器を含む市場づくりが必要でした。企業史を食生活の洋風化、冷蔵・流通、家庭料理の変化と結びつけると理解が深まります。
デコポンの日
日本園芸農業協同組合連合会が、柑橘「デコポン」が1991年3月1日に熊本県から初出荷されたことにちなみ制定しました。「デコポン」は一定の糖度・酸度基準を満たす不知火の登録商標で、品種名と商品名を区別します。
防災用品点検の日
防災・危機管理の専門家が、季節の変わり目の3月1日、6月1日、9月1日、12月1日に備蓄を点検する日として提唱しました。水、食料、薬、電池の期限だけでなく、家族の連絡方法や避難経路も確認します。
労働組合法施行記念日
戦後最初の労働組合法が1946年3月1日に施行されたことを振り返る日です。労働者の団結権、団体交渉権、争議権を制度化しました。現行法は1949年に全面改正されており、現在の条文がそのまま1946年から続くわけではありません。
ナショナル・ピッグ・デー(米国)
米国で豚の知性や家畜としての役割を見直す民間の記念日として1970年代から行われています。政府が定めた全国休日ではありません。動物園や学校、地域催事など実施主体によって内容が異なります。
草木萌動の始まり
2026年3月1日ごろは七十二候「草木萌動」の始まりです。土の中や枝先で草木が芽吹き始めるころという季節表現で、3月4日ごろまで続きます。実際の発芽時期は地域と植物によって大きく異なります。
今日(2026年3月1日)が祝日の国
2026年3月1日(日)は日本の国民の祝日ではありません。韓国では三・一節の国慶日ですが、日曜日のため翌2日が振替休日です。スペインのバレアレス諸島でも地域記念日ですが、有給休日は翌2日です。ボスニア・ヘルツェゴビナでは主に連邦構成体で独立記念日が休日です。
- 日本:国民の祝日ではありません
- 韓国:三・一節(公休日、振替休日は3月2日)
- スペイン・バレアレス諸島:地域記念日(2026年の有給休日は3月2日)
- ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦:独立記念日(構成体の休日)
3月1日が誕生日の有名人
オーガスタス・セント=ゴーデンズ(1848年生)
南北戦争記念碑や肖像彫刻で米国彫刻を近代化し、20ドル金貨の意匠も手がけました。人物の威厳と心理を公共空間へ表す記念彫刻に大きな影響を与えました。
芥川龍之介(1892年生)
『羅生門』『鼻』『地獄変』など、古典を素材に人間の利己心や不安を精密に描きました。短編小説の完成度で近代日本文学を代表し、没後に新人文学賞「芥川賞」の名となりました。
作品は過去の説話をそのまま現代語へ移したものではありません。語り手の距離、心理、価値判断を組み替えて近代人の不安を浮かび上がらせました。短さの中に複数の解釈を残す構成が今も読まれる理由です。
グレン・ミラー(1904年生)
スウィング時代に独特のサクソフォン編成を築き、「ムーンライト・セレナーデ」などで人気を得ました。第二次世界大戦中は陸軍航空軍楽隊を率い、1944年に移動中の航空機が消息を絶ちました。
ラルフ・エリソン(1913年生)
『見えない人間』で、人種差別によって一個人として見られない黒人青年の経験を、音楽的で多層的な語りにしました。米国文学における人種、思想、自己形成の古典です。
イツハク・ラビン(1922年生)
軍参謀総長、駐米大使を経て首相となり、1993年のオスロ合意に署名しました。和平推進でノーベル平和賞を共同受賞しましたが、1995年にイスラエル人過激派に暗殺されました。
ハリー・ベラフォンテ(1927年生)
カリプソを世界的に広め、「バナナ・ボート」で知られます。キング牧師らを資金面・組織面で支え、反アパルトヘイト、人道支援、政治参加へ長く取り組みました。
芸能界で得た知名度を社会運動へ貸しただけでなく、行進の資金調達や活動家の保釈支援など実務も担いました。文化的成功と政治的責任を結びつけた20世紀米国の重要人物です。
加藤茶(1943年生)
ザ・ドリフターズのメンバーとして音楽活動からテレビ喜劇へ進み、『8時だョ!全員集合』などで世代を越えて親しまれました。身体を使うコントと反復ギャグで日本のテレビ笑劇を形づくりました。
ロジャー・ダルトリー(1944年生)
ロックバンド、ザ・フーのボーカリストとして、力強い歌唱と舞台表現で活動しました。『トミー』『四重人格』など、物語性を持つロック作品の普及にも貢献しました。
ロン・ハワード(1954年生)
子役・テレビ俳優を経て監督となり、『アポロ13』『ビューティフル・マインド』などを制作しました。娯楽性と実話の構成を両立させ、後者でアカデミー監督賞を受賞しました。
ハビエル・バルデム(1969年生)
スペイン映画から国際作品へ進み、『ノーカントリー』でアカデミー助演男優賞を受賞しました。脅威的な悪役から繊細な人物まで演じ、スペイン語圏俳優の活動範囲を広げました。
中山美穂(1970年生)
1980年代から歌手と俳優の両方で活躍し、映画『Love Letter』では記憶と喪失を抱える二役を演じました。テレビドラマとポップ音楽が密接だった時代を代表する存在です。
ルピタ・ニョンゴ(1983年生)
『それでも夜は明ける』でアカデミー助演女優賞を受賞し、『ブラックパンサー』『Us』などに出演しました。アフリカとディアスポラの表象、肌の色をめぐる自己肯定についても発信しています。
3月1日生まれの有名人一覧
| 生年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1848 | オーガスタス・セント=ゴーデンズ | 彫刻家 |
| 1892 | 芥川龍之介 | 小説家 |
| 1904 | グレン・ミラー | バンドリーダー・トロンボーン奏者 |
| 1910 | デヴィッド・ニーヴン | 俳優 |
| 1913 | ラルフ・エリソン | 小説家 |
| 1917 | ロバート・ローウェル | 詩人 |
| 1922 | イツハク・ラビン | イスラエル首相 |
| 1927 | ハリー・ベラフォンテ | 歌手・俳優・公民権運動家 |
| 1928 | ジャック・リヴェット | 映画監督 |
| 1935 | ロバート・コンラッド | 俳優 |
| 1943 | 加藤茶 | コメディアン・俳優 |
| 1944 | ロジャー・ダルトリー | 歌手 |
| 1952 | 峰竜太 | 俳優・タレント |
| 1954 | ロン・ハワード | 映画監督・俳優 |
| 1963 | 川崎麻世 | 俳優・歌手 |
| 1969 | ハビエル・バルデム | 俳優 |
| 1970 | 中山美穂 | 歌手・俳優 |
| 1983 | ルピタ・ニョンゴ | 俳優 |
3月1日が命日の有名人
レオポルト2世(1792年没)
トスカーナ大公時代に行政・刑法改革を進め、皇帝としてはフランス革命下の欧州外交に対応しました。急死後に息子フランツ2世が継ぎ、革命戦争と帝国解体の時代へ入ります。
ヤコブス・ヘンリクス・ファント・ホッフ(1911年没)
分子の立体構造を説明する立体化学を切り開き、溶液の浸透圧と化学平衡を研究しました。1901年、第1回ノーベル化学賞を受賞し、物理化学を独立した研究領域へ育てました。
炭素原子の四つの結合が正四面体方向を向くという発想は、平面の構造式だけでは説明できなかった光学異性を理解させました。分子を三次元で考える現代化学の入口です。
ガブリエーレ・ダンヌンツィオ(1938年没)
耽美的な文学で名声を得る一方、第一次世界大戦後にフィウメを占領し、劇場的な大衆政治を展開しました。その儀礼や言葉はファシズムへ影響し、芸術と政治扇動の危うい結合を示します。
久米正雄(1952年没)
『学生時代』などの小説を著し、菊池寛、芥川龍之介らと交流しました。文壇活動と大衆文学、鎌倉の文化形成に関わり、鎌倉文士と呼ばれる作家群の一人です。
ムスタファ・バルザニ(1979年没)
イラクのクルド民族運動とクルディスタン民主党を率い、自治を求めて政府と交渉・武力闘争を続けました。地域大国と米ソの利害に翻弄されたクルド政治の20世紀史を象徴します。
ジャッキー・クーガン(1984年没)
チャップリン映画『キッド』の子役として世界的に知られ、成人後は『アダムス・ファミリー』のフェスター役などで復活しました。稼いだ資産を家族に使われた経験が米国の子役保護法、通称クーガン法を促しました。
クーガン法は子役収入の一部を信託で保護する仕組みを生みましたが、適用範囲や州ごとの差があります。著名な一人の被害が、子どもの労働と財産権を制度として考える契機になりました。
ジョルジュ・J・F・ケーラー(1995年没)
セーサル・ミルスタインとともに、単一種類の抗体を大量につくるハイブリドーマ技術を開発しました。診断、基礎研究、抗体医薬の基盤となり、1984年ノーベル生理学・医学賞を共同受賞しました。
アラン・レネ(2014年没)
『夜と霧』『二十四時間の情事』『去年マリエンバートで』などで、記憶、時間、歴史的惨禍を非線形な映像へ組み立てました。フランスのヌーヴェルヴァーグ周辺で映画の語り方を更新しました。
ジョレス・アルフョーロフ(2019年没)
半導体ヘテロ構造の研究を進め、高速電子素子や半導体レーザーの実用化へ貢献しました。携帯通信、光通信、衛星技術を支える成果で2000年ノーベル物理学賞を共同受賞しました。
ジュスト・フォンテーヌ(2023年没)
フランス代表として1958年ワールドカップの1大会で13得点を挙げた記録で知られます。短い代表歴ながら、得点感覚と大会記録によってワールドカップ史に残りました。
3月1日が命日の有名人一覧
| 没年 | 名前 | 職業・分野 |
|---|---|---|
| 1792 | レオポルト2世 | 神聖ローマ皇帝 |
| 1911 | ヤコブス・ヘンリクス・ファント・ホッフ | 化学者 |
| 1938 | ガブリエーレ・ダンヌンツィオ | 詩人・作家・政治活動家 |
| 1952 | 久米正雄 | 小説家・劇作家 |
| 1979 | ムスタファ・バルザニ | クルド人政治指導者 |
| 1984 | ジャッキー・クーガン | 俳優 |
| 1995 | ジョルジュ・J・F・ケーラー | 免疫学者 |
| 2006 | ピーター・オズグッド | サッカー選手 |
| 2014 | アラン・レネ | 映画監督 |
| 2019 | ジョレス・アルフョーロフ | 物理学者 |
| 2023 | ジュスト・フォンテーヌ | サッカー選手 |
3月1日の星座・誕生花・誕生石
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 星座 | 魚座 |
| 誕生花 | 日付ごとの花は資料によって異なります |
| 3月の誕生石 | アクアマリン、サンゴ、ブラッドストーン、アイオライト |
2026年3月1日の暦
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 曜日 | 日曜日 |
| 和暦 | 令和8年3月1日 |
| 旧暦 | 2026年1月13日 |
| 六曜 | 先勝 |
| 干支 | 甲戌(きのえいぬ) |
| 二十四節気 | 雨水の期間(2026年の雨水は2月19日0時52分、啓蟄は3月5日22時59分) |
| 七十二候 | 草木萌動(そうもくめばえいずる) |
| 月齢 | 11.6(東京・正午) |
| 十二直 | 成(なる) |
| 日本の祝日 | 国民の祝日ではありません |
2026年3月1日の暦を読む
旧暦1月13日、六曜は先勝です。月齢11.6で満月へ近づき、十二直は「成」。雨水の期間にあり、七十二候はこの日から「草木萌動」へ移ります。日本では祝日ではありませんが、韓国の三・一節は日曜日、振替休日は翌2日という2026年固有の配置です。
主な確認資料
- 韓国国家記録院・三一運動
- 韓国関税庁・2026年祝日
- バレアレス諸島政府・公式広報
- 米国国立公園局・イエローストーン史
- 国連・世界海草の日
- UNAIDS・差別ゼロの日
- 消防庁・春季全国火災予防運動
- キユーピー・マヨネーズの日
- 第五福竜丸展示館
- NASA・ベネラ3号
- 米国平和部隊・沿革
- 国立天文台・2026年暦要項(二十四節気)
- 国立天文台・2026年3月の月齢(東京)
- 内閣府・国民の祝日
