12月28日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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12月28日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢40名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】12月28日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、12月28日と一致する人物だけを掲載しています。

生年人物名肩書き
1851年堀田正倫佐倉藩第6代藩主・伯爵
1860年郡司成忠海軍軍人・千島探検家
1874年田澤稲舟小説家
1880年川崎克弁護士・政治家
1881年森恪政治家
1882年倉橋惣三教育学者・幼児教育者
1891年石田幹之助東洋史学者
1892年邦枝完二小説家
1900年久保栄劇作家・演出家
1901年田中不破三銀行家
1902年井植歳男実業家・三洋電機創業者
1904年堀辰雄小説家
1914年上原げんと作曲家
1919年茂山千作(四世)大蔵流狂言師
1934年相生千恵子俳優・声優
1935年松尾聰政治家・北海道議会議長
1936年添島義和歯科医師・歯学者
1941年渡哲也俳優・歌手

※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。

【海外】12月28日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1856年ウッドロウ・ウィルソンアメリカ大統領・政治学者
1858年リッカルド・ベルグスウェーデンの画家
1865年フェリックス・ヴァロットンスイス出身の画家・版画家
1878年ビリー・ミッチェルアメリカの軍人・航空戦略家
1882年アーサー・エディントンイギリスの天文学者
1882年リリー・エルベデンマークの画家
1885年ウラジーミル・タトリンロシアの美術家
1900年カール・フォン・ガラグリハンガリーの指揮者
1903年ジョン・フォン・ノイマンハンガリー系アメリカ人の数学者
1908年フェリシア・ブルメンタールポーランド出身のピアニスト
1914年ポップス・ステイプルズアメリカの音楽家
1921年ジョニー・オーティスアメリカの音楽家・公民権運動家
1922年スタン・リーアメリカの漫画原作者・編集者
1923年ヨーゼフ・ハシッドポーランドのヴァイオリニスト
1932年ニシェル・ニコルズアメリカの俳優・歌手
1932年ディルバイ・アンバニインドの実業家
1932年マヌエル・プイグアルゼンチンの小説家
1934年マギー・スミスイギリスの俳優
1934年アラスター・グレイスコットランドの作家・画家
1937年ラタン・タタインドの実業家
1938年チャールズ・ネヴィルアメリカのサクソフォン奏者
1944年キャリー・マリスアメリカの生化学者

12月28日生まれの代表的な偉人

堀田正倫

  • 生没年:1851年12月28日(嘉永4年12月6日)~1911年1月11日(明治44年1月11日)
  • 国:日本
  • 肩書き:大名・華族

佐倉藩主家に生まれ、幕末に幼くして家督を継ぎ、戊辰戦争では新政府へ恭順しました。明治維新後は知藩事、伯爵となり、旧領佐倉で農業・教育事業を支援しました。封建領主から華族地主へ転じた経歴は、維新が旧支配層を再編して近代国家へ取り込んだ過程を示します。一方、地域振興の資金は旧藩の資産と小作関係に支えられ、善政の評価だけで身分特権の継続を見落とせません。

郡司成忠

  • 生没年:1860年12月28日(万延元年11月17日)~1924年8月15日(大正13年8月15日)
  • 国:日本
  • 肩書き:海軍軍人・探検家

江戸に生まれ、海軍士官を経て退役し、千島列島の開拓と北方防備を唱えました。報效義会を組織して占守島へ移住団を送り、漁業、測量、気象観測を試みました。北千島の地理情報と漁業拠点形成に影響し、明治の民間植民運動を象徴する人物となりました。一方、探検はアイヌや先住民の土地を日本領として占有する帝国拡張であり、遭難死を英雄的犠牲だけで語れません。

倉橋惣三

  • 生没年:1882年12月28日(明治15年12月28日)~1955年4月21日(昭和30年4月21日)
  • 国:日本
  • 肩書き:教育学者・幼児教育者

静岡に生まれ、東京帝国大学で教育学を学び、東京女子高等師範学校附属幼稚園を指導しました。子どもの自発的な生活と遊びを重視する『誘導保育』を唱え、保育記録と母親教育を広めました。幼稚園を知識注入の場から生活経験の場へ転換し、日本の保育者養成に長く影響しました。一方、中産階級家庭を標準とする母性観や国家的児童保護との接続があり、多様な家族・障害児への視点には限界がありました。

井植歳男

  • 生没年:1902年12月28日(明治35年12月28日)~1969年7月16日(昭和44年7月16日)
  • 国:日本
  • 肩書き:実業家

淡路島に生まれ、義兄松下幸之助の事業を支えて松下電器の製造・販売を担いました。戦後に三洋電機を創業し、自転車発電灯、洗濯機、ラジオなど生活家電の量産と輸出を進めました。家事の電化と地方工場の展開を通じ、高度成長期の生活様式と日本の家電産業を変えました。一方、家電普及は女性の無償家事を消滅させず、系列販売、長時間労働、大量消費と廃棄の負荷も成功史に含める必要があります。

堀辰雄

  • 生没年:1904年12月28日(明治37年12月28日)~1953年5月28日(昭和28年5月28日)
  • 国:日本
  • 肩書き:小説家

東京に生まれ、関東大震災で母を失い、芥川龍之介らの影響を受けて昭和初期に執筆しました。『風立ちぬ』『菜穂子』で結核、死、愛を古典文学と欧州モダニズムの技法から抑制的に描きました。私小説とは異なる構成美を日本語小説へ導入し、戦後の文学・映画・アニメにも影響しました。一方、療養地の美しい死という表象は結核患者の貧困と医療格差を薄め、女性人物を男性作家の救済へ配置する限界があります。

ウッドロウ・ウィルソン

  • 生没年:1856年12月28日~1924年2月3日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:政治学者・第28代大統領

南北戦争後の南部で育ち、大学研究者・プリンストン大学長を経て進歩主義時代の大統領となりました。連邦準備制度や反トラスト政策を進め、第一次世界大戦後に十四か条と国際連盟を提唱しました。民族自決と集団安全保障の理念は20世紀の国際政治と国際機構に大きな影響を与えました。一方、政権は連邦官庁の人種隔離を強め、反戦派を弾圧し、民族自決を植民地全般へ平等に適用しませんでした。

アーサー・エディントン

  • 生没年:1882年12月28日~1944年11月22日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:天文学者・物理学者

クエーカー家庭に育ち、恒星内部構造を研究し、第一次世界大戦中も国際科学交流を守ろうとしました。1919年の日食観測で重力による星光の偏向を測り、一般相対性理論を英語圏へ紹介しました。恒星の質量・光度関係と核融合理解を進め、アインシュタイン理論の国際的受容に貢献しました。一方、日食データの選択には後世の論争があり、単独の理論検証者像は複数観測隊と測定誤差を単純化します。

リリー・エルベ

  • 生没年:1882年12月28日~1931年9月13日
  • 国:デンマーク・ドイツ
  • 肩書き:画家

風景画家アイナー・ヴェーゲナーとして活動した後、自らをリリーとして生きることを選びました。1930年代初頭にドレスデンで複数の性別適合手術を受け、法的性別と名を変更しました。近代医療とトランスジェンダー史の初期事例として、後世の権利運動と表象に大きな影響を与えました。一方、医療記録と自伝には編集や誇張があり、手術による死を悲劇的見世物や現代の一律なidentityへ回収してはいけません。

ウラジーミル・タトリン

  • 生没年:1885年12月28日~1953年5月31日
  • 国:ロシア・ソ連
  • 肩書き:美術家・建築家

帝政末期の前衛芸術に参加し、革命後は芸術と生産を結ぶ構成主義を推進しました。木材・金属の『カウンター・レリーフ』と実現されなかった『第三インターナショナル記念塔』を構想しました。絵画の再現から実物素材と空間へ美術を移し、建築、デザイン、現代彫刻に影響しました。一方、革命芸術の象徴化は実現不能な計画と国家宣伝への接近を隠し、スターリン期には前衛が抑圧された矛盾も重要です。

ジョン・フォン・ノイマン

  • 生没年:1903年12月28日~1957年2月8日
  • 国:ハンガリー・アメリカ
  • 肩書き:数学者・計算機科学者

ブダペストのユダヤ系家庭に生まれ、欧州の数学界からナチ台頭を避けて米国へ移りました。量子力学、ゲーム理論、作用素環を発展させ、記憶装置に命令とデータを置く計算機設計を体系化しました。現代コンピューター、経済学、数値気象予報の理論基盤を築き、科学技術政策にも強い影響を与えました。一方、原爆・水爆開発と先制核攻撃論に関わり、計算能力の進歩を軍事利用から切り離して称賛できません。

スタン・リー

  • 生没年:1922年12月28日~2018年11月12日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:漫画原作者・編集者

大恐慌期のニューヨークで育ち、若くして出版社へ入り、戦後のコミック産業で編集者となりました。スパイダーマン、X-メン、ファンタスティック・フォーなどの共同創作に関わり、欠点を持つヒーローを普及させました。読者との語りかけと共有世界は漫画、映画、ファンダムの世界的文化産業を形づくりました。一方、ジャック・カービーやスティーヴ・ディッコら作画家との著作権・功績配分に争いがあり、単独創造者として扱えません。

マギー・スミス

  • 生没年:1934年12月28日~2024年9月27日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:俳優

戦後の英国舞台で古典劇からキャリアを始め、国立劇場や映画・テレビを横断しました。『ミス・ブロディの青春』『眺めのいい部屋』『ダウントン・アビー』などで鋭い台詞と複雑な人物像を演じました。若年期から老年期まで主役・助演の幅を示し、女性俳優の長い職業人生の可能性を広げました。一方、貴族的な役柄の人気は英国階級社会への郷愁を強め、作品の植民地主義や使用人の労働を背景化する場合があります。

ラタン・タタ

  • 生没年:1937年12月28日~2024年10月9日
  • 国:インド
  • 肩書き:実業家・慈善家

パールシー系財閥の一族に生まれ、独立後インドの規制経済から自由化へ移る時代に企業集団を率いました。タタ・グループを自動車、鉄鋼、ITへ国際展開し、大衆車ナノや海外企業買収を進めました。財団を通じた教育・医療支援と企業統治で、インド企業の世界的存在感を高めました。一方、工場用地取得をめぐる住民対立、低価格車の限界、巨大財閥の政治的影響力を慈善家像で相殺できません。

12月28日に起きた歴史的な出来事

  • 1065年12月28日|ウェストミンスター寺院献堂
    エドワード証聖王が再建した修道院教会がロンドンで献堂され、王の死の直前に完成しました。後の国王戴冠・埋葬の中心となり、英国王権とゴシック建築の記憶を形成しました。なお、現存建物の大半は後代の再建で、王室の栄光は修道院解散、宗派対立、植民地戦争の記念物も内包します。
  • 1767年12月28日|タークシンがシャム王に即位
    アユタヤ王朝滅亡後、タークシンがトンブリーを拠点に諸勢力を統合し王位に就きました。ビルマ侵攻で分裂したシャムを再統一し、交易と軍事を立て直して現在のタイ国家につながる基盤を作りました。なお、統一戦争は地方勢力と住民への徴発を伴い、晩年の廃位と処刑を狂気だけで説明する王朝史には注意が必要です。
  • 1836年12月28日|スペインがメキシコ独立を承認
    スペインとメキシコがサンタ・マリア=カラトラバ条約へ署名し、メキシコの独立を正式に承認しました。1821年の独立から続いた宗主国との法的対立を終え、外交と通商の安定に道を開きました。なお、独立国家化は先住民、農民、アフリカ系住民の土地と政治参加を十分に保障せず、植民地的不平等が残りました。
  • 1846年12月28日|アイオワが米国29番目の州に
    連邦議会の承認によりアイオワ準州が州へ昇格し、中西部の入植と農業開発が進みました。ミシシッピ川以西への米国拡大と連邦政治の地域構成を変えました。なお、州成立の前提には先住民サック、フォックスなどの強制移住と土地条約があり、開拓の成功だけで語れません。
  • 1879年12月28日|テイ橋崩落事故
    暴風の夜、スコットランドのテイ川鉄橋が列車通過中に崩壊し、乗客・乗員全員が死亡しました。風荷重、材料、施工、保守を含む橋梁工学の安全基準を厳しく見直す契機になりました。なお、設計者個人の失敗だけでなく、工期・費用圧力、監督不足、乗客数の不確実さを含む組織事故として捉える必要があります。
  • 1885年12月28日|インド国民会議創立
    ボンベイで各地の知識人・専門職が集まり、英領インドの政治改革を求める全国組織を結成しました。請願運動から大衆的独立運動へ発展し、20世紀の脱植民地化を主導する政党の基礎になりました。なお、初期組織は英語教育を受けた上層男性中心で、宗教、カースト、農村、女性の多様な声を十分に代表しませんでした。
  • 1895年12月28日|リュミエール兄弟が有料映画上映
    パリのグラン・カフェでシネマトグラフ作品を観客へ有料上映し、短い実写映像を連続して公開しました。映画を集団で見る興行の代表的起点となり、撮影、上映、配給からなる世界産業を広げました。なお、映画の発明にはエジソンら多数の先行者がいて『世界初』には定義差があり、植民地を見世物化する映像も早くから含まれました。
  • 1908年12月28日|メッシーナ地震
    シチリア島とカラブリアを大地震と津波が襲い、メッシーナとレッジョ・カラブリアが壊滅しました。欧州最大級の震災として国際救援、耐震規則、都市復興の重要性を示しました。なお、死者数には幅があり、貧困層の脆弱な住宅と復興移住の負担を自然の力だけへ帰すべきではありません。
  • 1925年12月28日(大正14年12月28日)|大日本相撲協会設立
    東京・大阪の相撲組織が統合され、現在の日本相撲協会につながる全国的運営団体が成立しました。番付、興行、力士育成を中央集約し、ラジオ時代の国民的競技として大相撲を制度化しました。なお、徒弟的部屋制度、暴力的指導、女性の土俵排除、力士の契約上の弱さも伝統の名で温存されました。
  • 1934年12月28日(昭和9年12月28日)|松島湾観光船転覆
    宮城県松島湾で観光船が強風と波を受けて転覆し、多数の乗客が死亡しました。小型旅客船の定員、気象判断、救命設備を見直す必要を示した海難事故となりました。なお、観光振興を急ぐなかで安全管理が後回しにされ、犠牲者を運航者個人の判断だけへ帰すべきではありません。
  • 1945年12月28日(昭和20年12月28日)|宗教法人令公布
    占領下で国家による宗教団体統制を改めるため宗教法人令が公布されました。国家神道体制の解体と信教の自由を制度化し、戦後の宗教法人制度の出発点になりました。なお、旧教団の財産・責任関係や新宗教への監視は残り、法的自由だけで戦時協力の検証が完了したわけではありません。
  • 1950年12月28日(昭和25年12月28日)|日本輸出入銀行発足
    戦後復興で必要な船舶・設備輸出と資源輸入へ長期資金を供給する政府系金融機関が業務を始めました。民間銀行が負いにくい貿易リスクを支え、日本企業の海外展開と高度成長の産業政策に寄与しました。なお、公的金融は特定大企業を優遇し、資源開発に伴う途上国の債務、環境破壊、住民移転を十分に評価しない場合がありました。
  • 1963年12月28日(昭和38年12月28日)|国鉄103系が営業運転開始
    通勤輸送の混雑緩和を目的に、電力回生より加速性能と大量製造を重視した新型電車が山手線で走り始めました。大都市圏の通勤路線へ大量投入され、高度成長期の人口集中と日常移動を支えました。なお、効率的な大量輸送は過密通勤、騒音、労働者の都市郊外化を固定し、快適性を後回しにした面があります。
  • 1964年12月28日(昭和39年12月28日)|京都タワー展望室開業
    東海道新幹線開業の年、京都駅前の高層塔が展望施設として営業を始めました。伝統都市に現代的観光施設を導入し、駅前景観と大量観光の象徴になりました。なお、建設時には古都の景観を壊すとの強い反対があり、観光収益と歴史環境保全の対立は現在にも続きます。
  • 1986年12月28日(昭和61年12月28日)|余部鉄橋列車転落事故
    強風のなか回送列車が山陰本線余部橋梁から転落し、車両が水産加工場を直撃して六人が死亡しました。風速規制と運行判断、鉄橋安全対策の見直しを促し、後の防風柵・新橋梁整備につながりました。なお、鉄道員だけでなく工場の女性労働者が犠牲となり、輸送継続を優先した組織判断の責任を忘れてはいけません。

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