
10月22日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢38名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】10月22日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、旧暦の日付を先発グレゴリオ暦に換算し、10月22日と一致する人物だけを掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1724年 | 岩城隆恭 | 亀田藩主 |
| 1790年 | 松平信行 | 上山藩主 |
| 1808年 | 奥平昌暢 | 伊勢崎藩主 |
| 1842年 | 長岡護美 | 外交官・華族 |
| 1877年 | 石井謹吾 | 鉄道技術者 |
| 1881年 | 塚原嘉藤 | 農芸化学者 |
| 1887年 | 長谷川かな女 | 俳人 |
| 1899年 | 高階順治 | 哲学者 |
| 1899年 | 佐藤武夫 | 建築家 |
| 1901年 | 荒井良平 | 映画監督・脚本家・俳優 |
| 1911年 | 平田俊春 | 日本史学者 |
| 1913年 | 清水達夫 | 出版人・マガジンハウス創業者 |
| 1914年 | 森田鉄郎 | 歴史学者 |
| 1915年 | 今藤長十郎 | 長唄三味線方 |
| 1921年 | 三好俊夫 | 実業家・松下電工社長 |
| 1922年 | 島野功緒 | 評論家・放送記者 |
| 1924年 | 小田滋 | 国際法学者・国際司法裁判所判事 |
| 1924年 | 石原一子 | 実業家 |
| 1926年 | 沖正一郎 | 実業家・ファミリーマート社長 |
| 1929年 | 速水融 | 歴史人口学者 |
| 1931年 | 千田謙蔵 | 政治家・横手市長 |
| 1931年 | 林光 | 作曲家 |
| 1939年 | 水城武彦 | 放送記者 |
| 1943年 | 蔭山武人 | アナウンサー |
| 1945年 | 成田賢 | 歌手・作曲家 |
※上表の旧暦期の生年月日は、旧暦の月日をそのまま西暦へ置き換えたものではなく、暦日換算を行った結果です。
【海外】10月22日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1689年 | ジョアン5世 | ポルトガル王 |
| 1811年 | フランツ・リスト | ハンガリーの作曲家・ピアニスト |
| 1844年 | ルイ・リエル | カナダの政治指導者 |
| 1870年 | イヴァン・ブーニン | ロシアの小説家・詩人 |
| 1873年 | グスターフ・ラムステッド | フィンランドの言語学者・外交官 |
| 1882年 | エドマンド・デュラック | フランス出身の挿絵画家 |
| 1887年 | ジョン・リード | アメリカの記者・社会主義者 |
| 1893年 | 張沢相 | 韓国の政治家・首相 |
| 1894年 | 梅蘭芳 | 中国の京劇俳優 |
| 1908年 | ジャコモ・マンズー | イタリアの彫刻家 |
| 1913年 | バオ・ダイ | ベトナム阮朝最後の皇帝 |
| 1917年 | ジョーン・フォンテイン | イギリス出身の俳優 |
| 1925年 | ロバート・ラウシェンバーグ | アメリカの美術家 |
10月22日生まれの代表的な偉人
長谷川かな女
- 生没年:1887年10月22日(明治20年10月22日)~1969年9月22日(昭和44年9月22日)
- 国:日本
- 肩書き:俳人
東京日本橋に生まれ、夫の長谷川零余子とともに高浜虚子の『ホトトギス』に参加して俳句を学びました。女性俳誌『茜』を創刊し、生活実感と自立した女性の視点を近代俳句へ持ち込みました。零余子の死後も句作と指導を続け、女性俳人が発表し結社を運営する道を広げました。一方、「女性らしい感性」という評価は作品の多様さを狭め、家事や育児と創作の負担を個人の努力へ還元します。結社史も著名な主宰だけでなく、無名の同人の編集・購読労働を含めて見る必要があります。
速水融
- 生没年:1929年10月22日(昭和4年10月22日)~2019年12月4日(令和元年12月4日)
- 国:日本
- 肩書き:歴史人口学者
東京に生まれ、慶應義塾大学で経済史を学び、宗門改帳などの大量史料から近世人口を数量的に分析しました。「歴史人口学」を日本へ定着させ、婚姻、出生、死亡、移動の地域差から江戸社会の家族と労働を捉え直しました。「勤勉革命」という概念は、資本集約ではなく労働集約による経済発展を説明し、国際比較へ影響しました。一方、残存史料には地域・身分の偏りがあり、数値から女性や周縁層の経験を一律に推測できません。近代化を内生的発展として強調する議論も、植民地と世界市場との関係から検証が必要です。
林光
- 生没年:1931年10月22日(昭和6年10月22日)~2012年1月5日(平成24年1月5日)
- 国:日本
- 肩書き:作曲家
東京の音楽家家庭に生まれ、東京芸術大学在学中から作曲し、間宮芳生らと「山羊の会」を結成しました。オペラ『森は生きている』、合唱曲、映画音楽を通じ、平易な旋律と社会的主題を結び付けました。こんにゃく座の音楽監督として日本語が明瞭に届くオペラを追究し、戦後の学校・市民音楽文化へ影響しました。一方、政治的メッセージの明確さが作品解釈を狭めるとの批判もあります。また、共同創作の成果を作曲家個人の名声だけに還元せず、演者と地域公演の継続的労働を見る必要があります。
清水達夫
- 生没年:1913年10月22日(大正2年10月22日)~1992年12月28日(平成4年12月28日)
- 国:日本
- 肩書き:出版人・編集者
東京に生まれ、電通で雑誌編集に携わった後、岩堀喜之助と凡人社を設立しました。『平凡』『平凡パンチ』『an・an』などを創刊し、芸能、若者文化、女性の生活感覚を取り込む戦後雑誌市場を切り開きました。平凡出版を後のマガジンハウスへ育て、誌面デザインと広告文化へ大きな影響を与えました。一方、大量消費と性別役割を前提にした誌面は、読者像を商品化し固定する面もありました。創刊の功績を経営者一人へ集めず、編集者、記者、写真家、女性スタッフの労働を見る必要があります。
ジョアン5世
- 生没年:1689年10月22日~1750年7月31日
- 国:ポルトガル
- 肩書き:国王
リスボンに生まれ、1706年に即位し、ブラジルから流入する金とダイヤモンドを背景に王権を強化しました。マフラ国立宮殿・修道院、コインブラ大学図書館などの建設を支援し、教皇庁との外交で王国の威信を高めました。芸術・建築の豪華な後援はポルトガル・バロックを代表します。一方、その財源は植民地の採掘と奴隷労働に依存していました。巨大建築と宮廷支出は国内経済の構造改革を遅らせたとの批判もあり、敬虔王という称号だけでは帝国支配の負担を隠します。
フランツ・リスト
- 生没年:1811年10月22日~1886年7月31日
- 国:ハンガリー
- 肩書き:作曲家・ピアニスト
ハンガリー王国領ライディングに生まれ、少年期から欧州各地で演奏し、超絶的技巧を持つピアニストとして熱狂を生みました。交響詩という形式を発展させ、『ハンガリー狂詩曲』『巡礼の年』、ピアノ編曲で管弦楽的な表現領域を広げました。晩年は教育と慈善演奏に力を注ぎ、多くの弟子を無償で指導しました。一方、「ハンガリー的」音楽にはロマの演奏様式を国民音楽として一般化した誤認があります。スター崇拝と恋愛遍歴に焦点を当てすぎると、女性音楽家との協働や当時の階級的演奏制度が見えなくなります。
ルイ・リエル
- 生没年:1844年10月22日~1885年11月16日
- 国:カナダ
- 肩書き:メティ指導者・政治家
レッドリバー植民地のメティ共同体に生まれ、カナダ政府の西部編入に対して土地、言語、宗教の権利を守る臨時政府を組織しました。マニトバ州成立へ道を開き、1885年の北西抵抗でも先住民・メティの不満を政治課題にしました。反逆罪で処刑された後、少数民族権利と連邦国家の記憶をめぐる象徴となりました。一方、英雄化だけでは、臨時政府によるトーマス・スコット処刑や他の先住民集団との利害の違いを無視します。精神的不調を政治的正統性の否定に使った当時の裁判にも注意が必要です。
イヴァン・ブーニン
- 生没年:1870年10月22日~1953年11月8日
- 国:ロシア・フランス
- 肩書き:小説家・詩人
ロシア帝国の没落した地主貴族家庭に生まれ、記者や翻訳者をしながら詩と短編を発表しました。『村』『サンフランシスコの紳士』『暗い並木道』で、農村の貧困、記憶、欲望、死を精密な文体で描きました。革命後はフランスへ亡命し、1933年にロシア語作家として初のノーベル文学賞を受賞しました。一方、ボリシェヴィキへの敵意と失われた旧世界への郷愁は、地主制の暴力を弱く描く面があります。亡命文学の代表という称賛も、同時代の女性・非ロシア系作家を周縁化し得ます。
グスターフ・ラムステッド
- 生没年:1873年10月22日~1950年11月25日
- 国:フィンランド
- 肩書き:言語学者・外交官
フィンランド南部に生まれ、ヘルシンキ大学でアルタイ諸語を学び、モンゴルと中央アジアで長期調査を行いました。モンゴル語、ツングース諸語、朝鮮語などを比較し、文法・音韻史研究と現地資料収集へ大きく貢献しました。フィンランド初代駐日公使として日本と北欧の外交関係形成にも関わりました。一方、アルタイ語族仮説は今日では系統関係の証明が不十分として強い批判があります。探検的調査も帝国期の知識収集と結び付き、現地協力者の名が記録から消えがちです。
ジョン・リード
- 生没年:1887年10月22日~1920年10月17日
- 国:アメリカ
- 肩書き:記者・社会主義者
オレゴン州の裕福な家庭に生まれ、ハーバード大学卒業後、労働争議やメキシコ革命を現地取材しました。ロシア十月革命を目撃して『世界を揺るがした十日間』を書き、臨場感あるルポルタージュの古典を残しました。米国共産主義運動の組織にも関わり、モスクワで病死してクレムリン壁に葬られました。一方、革命への共感がボリシェヴィキの強制や反対派抑圧を十分に検証しなかったとの批判があります。観察者と政治参加者を兼ねる記者の記録は、一次証言であると同時に立場ある叙述です。
梅蘭芳
- 生没年:1894年10月22日~1961年8月8日
- 国:中国
- 肩書き:京劇俳優
北京の梨園世家に生まれ、幼少から訓練を受け、女形の旦役を代表する俳優となりました。歌唱、身振り、衣装を洗練して『貴妃酔酒』『覇王別姫』などを演じ、日本、米国、ソ連への公演で京劇を世界へ紹介しました。抗日戦争期には口ひげを蓄えて舞台を拒んだ逸話でも知られます。一方、女性像を男性が演じる制度は高度な様式美と同時に、女性演者が制限された歴史を含みます。抵抗の英雄像も、占領下で生きた劇団員の多様な選択を単純化しない注意が必要です。
バオ・ダイ
- 生没年:1913年10月22日~1997年7月30日
- 国:ベトナム
- 肩書き:阮朝最後の皇帝
フエに生まれフランスで教育を受け、1926年に阮朝皇帝へ即位しました。植民地体制下で改革を試みたものの実権は限られ、日本占領末期の1945年には「ベトナム帝国」皇帝となり、八月革命後に退位しました。のちにフランス支援のベトナム国元首となり、南北分断前夜の政治に関与しました。一方、植民地権力と協調して豪奢な生活を続けたとの批判が強く、民族的統合の象徴にはなれませんでした。複数政権に利用された受動性だけでなく、本人の選択責任も問われます。
ロバート・ラウシェンバーグ
- 生没年:1925年10月22日~2008年5月12日
- 国:アメリカ
- 肩書き:美術家
テキサス州に生まれ、ブラック・マウンテン・カレッジで学び、絵画と日用品を組み合わせる「コンバイン」を展開しました。新聞写真、布、剥製などを用い、抽象表現主義とポップアートの間をつなぐ作品で芸術と日常の境界を揺さぶりました。舞踏家マース・カニングハムらとの協働や海外交流事業も現代美術の領域を広げました。一方、写真や他者のイメージ使用は著作権と文脈の剥奪をめぐる問題を生みました。単独の革新者像では、技術者、印刷工、パフォーマーとの共同制作を捉えきれません。
10月22日に起きた歴史的な出来事
- 1633年10月22日|料羅湾海戦が終結
明の水軍が福建沿岸の料羅湾でオランダ東インド会社の艦隊と海賊勢力を破りました。東アジア海域で明朝の制海力を示しましたが、戦闘は交易独占と沿岸支配をめぐるもので、捕虜や沿岸住民も犠牲になりました。 - 1797年10月22日|ガルヌランがパラシュート降下
アンドレ=ジャック・ガルヌランがパリ上空の気球から布製パラシュートで降下しました。有人航空と救命装置の発達に画期をなしましたが、安全性は未成熟で、見世物としての危険な実験に操縦者自身がさらされました。 - 1836年10月22日|サミュエル・ヒューストン大統領就任
メキシコから分離したテキサス共和国でヒューストンが初代大統領に就任しました。のちの米国併合へつながる国家形成でしたが、奴隷制の拡大と先住民の土地収奪を伴い、独立を自由の物語だけで語れません。 - 1867年10月22日|イクティネオIIの閉鎖式推進試験
ナルシス・ムントリオルがバルセロナ港で潜水艇イクティネオIIの非大気依存推進機関を試験しました。潜水技術の重要な先駆けでしたが、資金難で事業は継続できず、技術革新が軍事利用と不可分になる問題も示しました。 - 1871年10月22日(明治4年9月9日)|江戸城跡に午砲台設置
江戸城本丸跡に午砲台が設けられ、毎日正午を知らせる号砲が東京に鳴らされるようになりました。都市の標準時刻を共有する制度でしたが、軍事技術と国家規律が市民生活の時間を統一する側面もありました。 - 1873年10月22日|三帝同盟成立
ドイツ、オーストリア=ハンガリー、ロシアの君主が協調関係を結び、革命運動の抑制と欧州の勢力均衡を図りました。一時的な安定を支えましたが、バルカン半島をめぐる利害対立は解消せず、列強政治が諸民族の意思を従属させました。 - 1894年10月22日(明治27年10月22日)|庄内地震
山形県庄内地方で大地震が発生し、七百人以上が死亡、多数の家屋が焼失・倒壊しました。耐震と火災対策の必要を示しましたが、農村部の被害把握と救援には格差があり、復興負担が困窮世帯へ重くのしかかりました。 - 1895年10月22日|モンパルナス駅列車脱線事故
パリの列車が制動できず車止めと駅舎外壁を突き破り、機関車が路上へ落下しました。象徴的な写真は鉄道安全史に残りましたが、路上の新聞売り女性が死亡しており、奇観として消費するだけでは被害者が見えなくなります。 - 1926年10月22日(大正15年10月22日)|明治神宮外苑完成
東京の明治神宮外苑が完成し、聖徳記念絵画館や競技施設を備える都市空間となりました。スポーツと緑地の拠点になりましたが、天皇顕彰を都市計画へ組み込み、のちの国家儀礼や学徒動員にも用いられました。 - 1936年10月22日|長征終結
中国共産党の主力が陝西省で合流し、国民党軍の包囲を逃れた長征が終結したとされます。毛沢東の指導権と革命神話を確立しましたが、飢餓、戦闘、脱落による甚大な犠牲があり、公式叙事は内部対立を単純化しました。 - 1938年10月22日|ゼログラフィーの原理実験
チェスター・カールソンが静電気を利用した乾式複写の実験に成功し、後のコピー機技術へ道を開きました。情報複製と事務作業を変革しましたが、大量複写は紙資源の消費、著作権、機密情報管理という新たな問題も生みました。 - 1945年10月22日(昭和20年10月22日)|GHQが軍国主義教育禁止を指令
連合国軍総司令部が日本政府へ軍国主義的・超国家主義的教育の排除を指令しました。戦後教育改革と民主化の出発点となりましたが、占領権力による上からの統制であり、教員追放や教材処理の基準にも曖昧さがありました。 - 1953年10月22日|ラオスが完全独立
フランスとの条約によってラオス王国の主権が認められ、植民地支配からの完全独立が成立しました。民族国家形成の節目でしたが、冷戦介入と国内勢力の対立は続き、長い内戦と大規模爆撃へつながりました。 - 1958年10月22日(昭和33年10月22日)|映画『白蛇伝』公開
東映動画の『白蛇伝』が公開され、日本初の長編カラーアニメーション映画として産業化の基礎を築きました。後進の創作者へ大きな刺激を与えましたが、過酷な制作労働と低賃金というアニメ産業の構造問題も同時に始まりました。 - 1962年10月22日|ケネディがキューバ海上封鎖を表明
米大統領ケネディがソ連ミサイル基地の存在を公表し、キューバへの海上封鎖を発表しました。核戦争回避の交渉へ進む一方、世界を破局寸前に置きました。米ソ双方の秘密取引とキューバの主権を無視した大国間決定にも注意が必要です。 - 1978年10月22日|ヨハネ・パウロ2世就任式
ポーランド出身のヨハネ・パウロ2世がローマ教皇の就任式を行い、東欧社会と世界政治へ大きな影響を与える教皇職が始まりました。一方、教会の中央集権化、女性聖職者や性倫理、聖職者虐待への対応には重大な批判が残ります。 - 1981年10月22日|カンクン南北サミット開幕
先進国と途上国の首脳がメキシコのカンクンに集まり、貧困、貿易、エネルギー、食料問題を協議しました。南北格差を首脳級議題にしましたが、拘束力ある制度改革は乏しく、債務と不平等の構造は残りました。 - 2008年10月22日|チャンドラヤーン1号打ち上げ
インド宇宙研究機関が初の月探査機チャンドラヤーン1号を打ち上げ、月面の水分子を示す観測へ貢献しました。宇宙科学の多極化を進めましたが、国家威信への巨額投資と国内の貧困対策との優先順位は議論を呼びました。 - 2019年10月22日(令和元年10月22日)|即位礼正殿の儀
第126代天皇徳仁が即位を国内外へ宣明する儀式が皇居で行われました。憲法下の皇位継承を示す国家行事でしたが、公費支出、宗教的様式、男女で異なる皇位継承資格をめぐる批判も改めて表面化しました。