
8月31日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢52名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】8月31日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1625年 | 徳川光友 | 尾張藩第2代藩主 |
| 1645年 | 池田政言 | 岡山藩主 |
| 1708年 | 青山忠朝 | 篠山藩第2代藩主 |
| 1717年 | 宗義蕃 | 対馬府中藩第8代藩主 |
| 1820年 | 田村邦行 | 一関藩第8代藩主 |
| 1872年 | 安田伊左衛門 | 実業家・競馬事業家 |
| 1874年 | 小室翠雲 | 日本画家 |
| 1878年 | 鏑木清方 | 日本画家 |
| 1879年 | 大正天皇 | 第123代天皇 |
| 1889年 | 荒尾之茂 | 海軍軍人 |
| 1899年 | 森八三一 | 協同組合運動家・政治家 |
| 1908年 | 森野米三 | 薬学者・結晶化学者 |
| 1909年 | 二代目神田山陽 | 講談師 |
| 1914年 | 平岩外四 | 実業家・経団連会長 |
| 1918年 | 松下三十郎 | 法学者 |
| 1918年 | 馬橋隆二 | 弁護士・政治家 |
| 1918年 | 倉成正 | 政治家・外務大臣 |
| 1922年 | 江橋節郎 | 生理学者 |
| 1925年 | 天谷直弘 | 通商産業官僚・評論家 |
| 1926年 | 桐敷真次郎 | 建築史家 |
| 1931年 | 高橋和巳 | 小説家・中国文学者 |
| 1932年 | 松原美代子 | 反核運動家・被爆証言者 |
【海外】8月31日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 12年 | カリグラ | ローマ皇帝 |
| 161年 | コンモドゥス | ローマ皇帝 |
| 1018年 | 靖宗 | 高麗王 |
| 1569年 | ジャハーンギール | ムガル皇帝 |
| 1663年 | ギヨーム・アモントン | 物理学者・発明家 |
| 1786年 | ミシェル=ウジェーヌ・シュヴルール | 化学者 |
| 1821年 | ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ | 生理学者・物理学者 |
| 1832年 | チャールズ・ワーグマン | 画家・漫画家・記者 |
| 1834年 | アミルカレ・ポンキエッリ | 作曲家 |
| 1842年 | ジョセフィン・セントピエール・ラフィン | 公民権運動家・編集者 |
| 1843年 | ゲオルク・フォン・ヘルトリング | ドイツ帝国宰相 |
| 1853年 | アレクセイ・ブルシーロフ | 軍人 |
| 1870年 | マリア・モンテッソーリ | 医師・教育者 |
| 1874年 | エドワード・ソーンダイク | 心理学者 |
| 1876年 | ヴァイオレット・ギブソン | 反ファシズム行動者 |
| 1879年 | アルマ・マーラー | 作曲家・文化サロン主宰者 |
| 1880年 | ウィルヘルミナ | オランダ女王 |
| 1884年 | ジョージ・サートン | 科学史家 |
| 1885年 | デュボース・ヘイワード | 小説家・劇作家 |
| 1897年 | フレドリック・マーチ | 俳優 |
| 1907年 | ラモン・マグサイサイ | フィリピン大統領 |
| 1907年 | アルティエロ・スピネッリ | 欧州統合運動家 |
| 1908年 | ウィリアム・サローヤン | 作家・劇作家 |
| 1910年 | ラウル・ユバック | 写真家・画家 |
| 1913年 | ヘレン・レヴィット | 写真家 |
| 1913年 | バーナード・ラヴェル | 電波天文学者 |
| 1919年 | アムリタ・プリタム | 詩人・小説家 |
| 1921年 | レイモンド・ウィリアムズ | 文化研究者・批評家 |
| 1925年 | モーリス・ピアラ | 映画監督 |
| 1928年 | ジェームズ・コバーン | 俳優 |
8月31日生まれの代表的な偉人
カリグラ
- 生没年:12年8月31日~41年1月24日
- 国:ローマ帝国
- 肩書き:第3代皇帝
初代皇帝アウグストゥスの曾孫として生まれ、ティベリウスの後を継いで若くして皇帝となりました。即位当初は追放者の帰還や恩赦で歓迎されましたが、のちに元老院との対立、粛清、浪費を強め、親衛隊将校らに暗殺されました。その治世は皇帝権力と共和政以来の元老院秩序の緊張を示します。一方、残酷で狂気の暴君という逸話の多くは、彼と敵対した上層男性が死後に記したもので、性的中傷や誇張を史実と同一視できません。権力乱用への批判と史料批判の両方が必要です。
ヘルマン・フォン・ヘルムホルツ
- 生没年:1821年8月31日~1894年9月8日
- 国:ドイツ
- 肩書き:生理学者・物理学者
筋肉活動の研究からエネルギー保存則を定式化し、生命現象も物理・化学法則で説明できると示しました。神経伝導速度を測定し、検眼鏡を発明して眼の内部観察を可能にし、聴覚では音色を周波数成分から分析しました。医学、生理学、物理学を横断する研究は近代科学の専門分野を結びました。一方、人間の知覚を測定可能な機構へ還元する方法は、文化や主体的経験を捉え切りません。軍医養成と国家大学に支えられた研究制度の権力性も見落とせません。
チャールズ・ワーグマン
- 生没年:1832年8月31日~1891年2月8日
- 国:イギリス・日本
- 肩書き:画家・漫画家・記者
幕末の日本へ特派員として来日し、1862年に風刺雑誌『ジャパン・パンチ』を創刊しました。政治家、外国人居留地、日本社会を漫画と英文で描き、日本語の「ポンチ絵」の語源となりました。高橋由一らに西洋画法を教え、報道画と洋画の発展にも影響しました。一方、その視線は条約港に住む帝国側外国人のもので、日本人を類型化・滑稽化する表現や、列強の不平等な権利を当然視する面があり、近代化の媒介者という称賛だけでは不十分です。
マリア・モンテッソーリ
- 生没年:1870年8月31日~1952年5月6日
- 国:イタリア
- 肩書き:医師・教育者
子どもが自ら教材を選び、感覚と手を使い、異年齢集団の中で集中して学ぶ教育法を発展させました。ローマの貧困地区に「子どもの家」を開き、教師を命令者ではなく環境を整える観察者と位置づけました。女性医師の先駆者として国際的な教員養成を行い、教育を平和形成へ結びつけました。一方、教具と手順の標準化が自由を逆に狭める場合があり、障害児研究から始まった方法には正常化の視線も残ります。私立校中心の普及は費用とアクセスの格差を生みました。
鏑木清方
- 生没年:1878年8月31日(明治11年8月31日)~1972年3月2日(昭和47年3月2日)
- 国:日本
- 肩書き:日本画家
新聞・雑誌の挿絵画家から出発し、近代都市の女性、芝居、季節の生活を繊細な線と色で描きました。『築地明石町』『三遊亭円朝像』などで、浮世絵の伝統と展覧会制度下の日本画を結び、失われゆく明治の風俗を記録しました。門下を育て、随筆でも美術と生活を論じました。一方、「清らかな女性美」として評価された画面は、男性の鑑賞対象として女性を静かで従順な存在に固定する面があります。郷愁は都市の貧困や労働を画面外へ置くこともありました。
大正天皇
- 生没年:1879年8月31日(明治12年8月31日)~1926年12月25日(大正15年12月25日)
- 国:日本
- 肩書き:第123代天皇
明治天皇の皇子として生まれ、1912年に即位しました。在位期には第一次世界大戦、普通選挙運動、政党内閣の進展が重なり、「大正デモクラシー」と呼ばれる政治・社会変動が起こりました。皇太子時代の全国巡啓は天皇と地域社会の接触を広げ、宮中にも一定の近代化をもたらしました。一方、健康悪化により1921年から皇太子裕仁が摂政となり、本人は制度の象徴として利用されました。民主化の時代にも植民地支配と軍事介入は続き、病気を揶揄する俗説は人間の尊厳を損ないます。
ウィルヘルミナ
- 生没年:1880年8月31日~1962年11月28日
- 国:オランダ
- 肩書き:女王
10歳で即位し、半世紀以上にわたり立憲君主としてオランダを象徴しました。第一次世界大戦中は中立を維持し、第二次世界大戦でドイツ占領を受けるとロンドンへ亡命してラジオ演説で抵抗を鼓舞しました。戦後に帰国し、王室の継続性を示しました。一方、長い治世はインドネシアなど植民地の収奪と独立戦争を含み、王室は帝国秩序の頂点でした。抵抗の象徴という記憶だけで、植民地住民に対するオランダ国家の暴力を覆えません。
ラモン・マグサイサイ
- 生没年:1907年8月31日~1957年3月17日
- 国:フィリピン
- 肩書き:政治家・第7代大統領
国防相として農村の不満を利用していたフクバラハップ反乱へ軍事・社会政策の両面で対応し、1953年に大統領へ当選しました。政府窓口を市民へ開き、農地改革、道路、農村支援を掲げ、清廉で親しみやすい指導者像を築きました。アジアの反共民主主義の象徴として支持されました。一方、政策はアメリカの冷戦戦略とCIAの支援を受け、軍の人権侵害や地主制の根本改革は不十分でした。航空事故による早世が理想化を強めています。
アルティエロ・スピネッリ
- 生没年:1907年8月31日~1986年5月23日
- 国:イタリア
- 肩書き:反ファシズム運動家・欧州統合運動家
ムッソリーニ政権に投獄・流刑され、流刑地で国家主権を越える連邦欧州を訴える「ヴェントテーネ宣言」を共同執筆しました。戦後は欧州連邦主義運動を組織し、欧州委員や欧州議会議員として議会主導の欧州連合条約案をまとめました。この構想は後のEU制度改革へ影響しました。一方、統合は戦争回避へ貢献した反面、専門家主導で市民から遠いとの批判があり、植民地責任、域外国境、南北の経済格差を欧州内部の平和だけでは解決できません。
アムリタ・プリタム
- 生没年:1919年8月31日~2005年10月31日
- 国:イギリス領インド生まれ・インド
- 肩書き:詩人・小説家
パンジャーブ語とヒンディー語で詩と小説を書き、インド・パキスタン分離独立の暴力を「今日、ワリス・シャーに呼びかける」で悼みました。小説『ピンジャル』では拉致された女性の身体と帰属を通じ、宗教共同体と国家が女性へ強いる境界を描きました。女性の欲望と自立を公に語り、南アジア文学の重要な声となりました。一方、分離の記憶を代表する作家としての名声は、階級・カースト・地域ごとに異なる無数の女性の経験を一つの象徴へ集約する危険もあります。
レイモンド・ウィリアムズ
- 生没年:1921年8月31日~1988年1月26日
- 国:イギリス
- 肩書き:文化研究者・批評家
ウェールズの鉄道労働者家庭から大学へ進み、文化を一部の名作ではなく「生活様式全体」と捉えました。『文化と社会』『田舎と都会』で、言葉、文学、放送、階級、産業化の関係を歴史的に分析し、カルチュラル・スタディーズの基礎を築きました。「感情の構造」など、変化の途上にある経験を読む概念も残しました。一方、初期の議論は男性労働者階級とイギリス国内を中心にし、ジェンダー、人種、植民地主義への分析が十分でないとの批判があります。
高橋和巳
- 生没年:1931年8月31日(昭和6年8月31日)~1971年5月3日(昭和46年5月3日)
- 国:日本
- 肩書き:小説家・中国文学者
『悲の器』『邪宗門』『憂鬱なる党派』で、信念を持つ知識人が組織、革命、戦争の中で挫折し、他者を傷つける過程を描きました。中国古典文学を研究し、戦後民主主義と左翼運動の倫理を厳しく問い直しました。大学闘争期には学生との対話を試み、知識人の責任を自らの問題として引き受けました。一方、自己破滅へ向かう男性主体を中心とした長編は、女性を救済者や犠牲者として配置する傾向があり、過労と早世を誠実さの証しとして美化する受容にも注意が必要です。
8月31日に起きた歴史的な出来事
- 1056年8月31日|東ローマ女帝テオドラ死去
女帝テオドラが死去し、マケドニア王朝の直系統治が終わりました。官僚ミカエル6世が継承しましたが軍人層との対立が深まり、王朝交代は帝国の制度が血統、宮廷、軍の均衡に依存していたことを示します。 - 1314年8月31日|オスロがノルウェーの首都に
ホーコン5世の死後、王権と行政の中心としてオスロの地位が定着しました。城塞と教会を核に国家統合を進めましたが、中世の「首都」は近代の一極集中都市とは異なり、農民や北方先住民を均等に代表するものでもありませんでした。 - 1422年8月31日|ヘンリー6世がイングランド王に
ヘンリー5世の死により、生後9か月のヘンリー6世が王位を継承しました。摂政会議が統治し、百年戦争と宮廷派閥の対立が続きました。幼児の血統に国家を委ねる世襲制の脆弱さは、のちの薔薇戦争へつながります。 - 1535年8月31日|教皇がヘンリー8世を破門
ローマ教皇パウルス3世が、修道院解散と教皇権否定を進めたヘンリー8世への破門を宣告しました。イングランド宗教改革の断絶を明確にしましたが、国家と教会の争いは信仰を選べない住民への処刑・財産没収を伴いました。 - 1614年8月31日(慶長19年7月26日)|方広寺鐘銘事件
京都方広寺の大仏殿鐘に刻まれた「国家安康」「君臣豊楽」を徳川家康側が問題視し、豊臣家への圧力を強めました。文字の解釈を政治的口実とした交渉は決裂し、大坂の陣と豊臣滅亡へ向かいました。 - 1848年8月31日|『ラデツキー行進曲』初演
ヨハン・シュトラウス1世の行進曲がウィーンで初演され、革命を鎮圧したラデツキー将軍を称えました。現在も祝祭で演奏されますが、軽快な音楽の背後にはハプスブルク帝国の軍事支配と民族運動の弾圧があります。 - 1864年8月31日|ジョーンズバラの戦い始まる
南北戦争で北軍がアトランタ南方の鉄道を断つため南軍陣地を攻撃しました。翌日の勝利でアトランタ陥落を決定づけ、北部の戦意を高めましたが、鉄道破壊と戦闘は地域住民の生活も崩壊させました。 - 1876年8月31日|アブデュルハミト2世即位
兄ムラト5世の廃位を受け、アブデュルハミト2世がオスマン皇帝となりました。憲法を公布し近代化を進めましたが、議会を停止して秘密警察と検閲を強化し、アルメニア人虐殺を含む暴力的統治への責任を負いました。 - 1888年8月31日|ホワイトチャペル連続殺人
ロンドンでメアリー・アン・ニコルズの遺体が発見され、切り裂きジャック事件の被害者の一人とされました。都市貧困と女性への暴力を可視化しましたが、犯人探しの娯楽化が被害女性の人生と構造的な危険を消してきました。 - 1892年8月31日(明治25年)|第2次伊藤博文内閣成立
元勲と主要藩閥を集めた第2次伊藤内閣が成立し、条約改正や日清戦争を担いました。議会政治との調整を進めた一方、制限選挙下で軍備拡張と大陸進出を進め、植民地帝国形成へ向かいました。 - 1896年8月31日(明治29年)|陸羽地震
秋田・岩手県境付近で大地震が発生し、209人が死亡、多数の家屋が倒壊しました。活断層による内陸地震の記録を残し防災研究を促しましたが、山間農村では交通・救援条件の弱さが被害と復旧負担を増幅しました。 - 1907年8月31日|英露協商調印
イギリスとロシアがペルシャ、アフガニスタン、チベットでの勢力範囲を調整し、三国協商が完成しました。欧州の対独均衡を強めましたが、現地住民の意思を無視して地域を分割する帝国間取引でした。 - 1923年8月31日|コルフ島占領
イタリア軍が国境調査団殺害事件への報復としてギリシャ領コルフ島を砲撃・占領しました。国際連盟は大国の武力行使を十分に抑えられず、ファシスト政権が威圧外交を拡大する前例となりました。 - 1928年8月31日|『三文オペラ』初演
ブレヒトとワイルの『三文オペラ』がベルリンで初演され、犯罪者と上流社会の類似を歌と異化効果で風刺しました。大衆的成功を収めましたが、植民地的な異国趣味や女性人物の扱いには時代的限界もあります。 - 1939年8月31日|グライヴィッツ事件
ナチス親衛隊がドイツのラジオ局をポーランド人が襲ったように偽装し、翌日の侵攻の口実を作りました。国家が虚偽情報と犠牲者の遺体を利用して侵略を正当化した典型的な偽旗作戦です。 - 1949年8月31日(昭和24年)|キティ台風関東上陸
キティ台風が神奈川県へ上陸し、東京湾岸や関東各地で高潮・洪水を起こして160人以上が死亡・行方不明となりました。戦後復興期の脆弱な住宅と堤防が被害を拡大し、都市防災整備の課題を示しました。 - 1957年8月31日|マラヤ連邦独立
マラヤ連邦がイギリスから独立し、クアラルンプールで主権移譲が宣言されました。自治獲得の成果でしたが、非常事態下の反共戦争、中国系・インド系住民との権力配分、旧宗主国の経済権益が残りました。 - 1962年8月31日|トリニダード・トバゴ独立
カリブ海のトリニダード・トバゴがイギリスから独立しました。議会制国家を築きましたが、砂糖・石油の植民地経済、人種化された労働分業、小島トバゴとの地域格差を新国家が引き継ぎました。 - 1980年8月31日|グダニスク協定
ポーランド政府がストライキ委員会と協定を結び、独立自主管理労組「連帯」を認めました。東側社会主義圏で自由な労働組合が合法化された画期でしたが、翌年には戒厳令で弾圧され、多くの活動家が拘束されました。 - 1991年8月31日|キルギス独立宣言
ソ連の八月クーデター失敗後、キルギス最高会議が独立を宣言しました。主権と国際参加を得ましたが、ソ連型経済の崩壊、民族衝突、権力の個人集中に直面し、独立が直ちに民主化や生活安定を意味しませんでした。 - 1997年8月31日|ダイアナ元皇太子妃死去
パリでダイアナ元皇太子妃らが自動車事故に遭い死亡しました。地雷禁止やHIV偏見解消への活動が再評価されましたが、過熱した取材、王室制度、女性の私生活を商品化するメディア文化への批判を世界的に招きました。 - 2005年8月31日|バグダッド橋群集事故
シーア派巡礼者の列で自爆攻撃の噂が広まり、チグリス川の橋上で将棋倒しが起きて900人以上が死亡しました。占領後の宗派暴力と治安不信が、避難経路や救急体制の弱さと重なった災害でした。 - 2023年8月31日(令和5年)|そごう・西武でストライキ
売却後の雇用と店舗存続を懸念した労働組合が西武池袋本店を終日休業させ、国内大手百貨店で約60年ぶりのストライキとなりました。労働者の交渉権を可視化しましたが、翌日に売却は実行され課題は残りました。