8月27日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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8月27日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢44名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】8月27日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。

生年人物名肩書き
1407年足利義量室町幕府第5代将軍
1882年寿原英太郎実業家・小樽市長
1883年阿部次郎哲学者・美学者・作家
1896年宮沢賢治詩人・童話作家・農業指導者
1903年横田豊秋映画監督・脚本家
1919年磯村千花子俳優
1922年宇野宗佑政治家・内閣総理大臣
1924年中平和水警察官僚
1925年丸谷才一小説家・英文学者・評論家
1926年高橋貞子作家・民話収集家
1928年柳町隆造生殖生物学者
1929年桂千穂脚本家・小説家
1931年村岡兼造政治家・内閣官房長官
1934年高橋真琴画家・漫画家

【海外】8月27日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1471年ゲオルクザクセン公
1545年アレッサンドロ・ファルネーゼパルマ公・軍人
1624年鄭成功明朝遺臣・軍人・政治家
1730年ヨハン・ゲオルク・ハーマン哲学者
1770年ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル哲学者
1809年ハンニバル・ハムリンアメリカ副大統領
1835年トーマス・バーバリー服飾事業家
1839年エモリー・アプトン軍人・軍事理論家
1856年イヴァン・フランコ作家・思想家
1858年ジュゼッペ・ペアノ数学者・論理学者
1865年チャールズ・ドーズアメリカ副大統領・銀行家
1869年カール・ハウスホーファー地政学者
1871年セオドア・ドライサー小説家
1874年カール・ボッシュ化学者・化学工業経営者
1877年チャールズ・ロールズ自動車・航空の先駆者
1884年ヴァンサン・オリオールフランス大統領
1886年レベッカ・クラーク作曲家・ヴィオラ奏者
1886年エリック・コーツ作曲家
1890年マン・レイ美術家・写真家
1899年C・S・フォレスター小説家
1908年リンドン・B・ジョンソンアメリカ大統領
1909年レスター・ヤングジャズ・サクソフォーン奏者
1915年ノーマン・ラムゼー物理学者
1916年ハレット・チャンベル考古学者・フェンシング選手
1918年イェレ・ゼイルストラオランダ首相・経済学者
1926年クリステン・ニゴール計算機科学者
1928年マンゴスツ・ブテレジ南アフリカ政治家
1928年ジョーン・クロック慈善家
1929年アイラ・レヴィン小説家・劇作家
1937年アリス・コルトレーンジャズ音楽家

8月27日生まれの代表的な偉人

鄭成功

  • 生没年:1624年8月27日(寛永元年/天啓4年7月14日)~1662年6月23日(寛文2年/永暦16年5月8日)
  • 国:明・日本生まれ・台湾
  • 肩書き:軍人・政治家

日本人の母と明の海商鄭芝龍の子として平戸に生まれ、明朝滅亡後も清への抵抗を続けました。海上交易網と水軍を基盤に中国南東沿岸で戦い、1661年にはオランダ東インド会社を台湾から退け、鄭氏政権の土台を築きました。中国・台湾・日本を結ぶ海域史の象徴となり、台湾では開発の英雄として記憶されています。一方、その軍事政権は重い徴発と強制移住を伴い、先住民の土地やオランダ統治下の住民にも新たな支配を及ぼしたため、単純な「台湾解放者」像では捉えられません。

ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル

  • 生没年:1770年8月27日~1831年11月14日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:哲学者

意識、社会、歴史を固定したものではなく、矛盾を含みながら発展する過程として捉えました。『精神現象学』『法の哲学』などで、自由が家族、市民社会、国家という制度を通じて現実化する仕組みを論じ、マルクス主義、実存主義、現代社会理論へ広い影響を与えました。歴史を相互承認と自由の拡大として読む視角は、政治と文化の分析を大きく変えました。一方、国家を高く位置づける議論は権威主義を正当化し得ると批判され、世界史の中心をヨーロッパに置いてアジアやアフリカを低く評価した記述には、植民地主義的限界があります。

ジュゼッペ・ペアノ

  • 生没年:1858年8月27日~1932年4月20日
  • 国:イタリア
  • 肩書き:数学者・論理学者

自然数を少数の公理から定義するペアノの公理を示し、数学の前提を明示する公理的方法を発展させました。集合、包含、量化などの記号を整備した『数学公式集成』は、ラッセルらの数理論理学と現代の数学記法へつながりました。国際交流のために簡略化ラテン語も考案し、知識の共通言語を追求しました。一方、形式体系は前提を明確にする強力な道具ですが、数学的実践の直観や社会的条件をすべて置き換えるものではなく、彼の巨大な記号化計画も広く定着したわけではありません。

カール・ボッシュ

  • 生没年:1874年8月27日~1940年4月26日
  • 国:ドイツ
  • 肩書き:化学者・化学工業経営者

ハーバーが発見したアンモニア合成法を、高圧装置、触媒、原料供給を統合した大規模工業工程へ転換しました。肥料の大量生産は食料供給を増やし、1931年には高圧化学技術への貢献でノーベル化学賞を受賞しました。BASFからIGファルベンへ至る巨大化学企業の形成も主導しました。一方、合成アンモニアは爆薬原料として第一次世界大戦を長期化させ、現代の窒素肥料は水質汚染と温室効果ガスを生みます。IGファルベンがのちにナチ体制へ協力した歴史も含め、技術的成功と企業権力の責任を分けられません。

マン・レイ

  • 生没年:1890年8月27日~1976年11月18日
  • 国:アメリカ・フランス
  • 肩書き:美術家・写真家

ニューヨーク・ダダからパリのシュルレアリスムへ活動を広げ、カメラを使わず物体の影を印画紙に定着させる「レイヨグラフ」を独自の表現へ高めました。写真、映画、絵画、オブジェを横断し、実用品と芸術、偶然と構成の境界を揺さぶりました。肖像写真を通じて20世紀前衛の人物像も記録しました。一方、リー・ミラーをはじめ女性の協働者が「ミューズ」として過小評価されてきたことや、女性の身体を断片化する作品には批判があり、孤高の男性天才という神話を見直す必要があります。

宮沢賢治

  • 生没年:1896年8月27日(明治29年8月27日)~1933年9月21日(昭和8年9月21日)
  • 国:日本
  • 肩書き:詩人・童話作家・農業指導者

岩手の自然、法華経信仰、科学知識を結び、『銀河鉄道の夜』『注文の多い料理店』や詩集『春と修羅』に独自の宇宙を築きました。農学校で教え、羅須地人協会を設けて肥料設計や農民芸術を実践し、冷害と貧困に向き合いました。生前に評価された作品は限られましたが、死後の編集と普及によって日本文学と児童文化へ深く浸透しました。一方、農民への献身は地主の家に生まれた知識人の立場から行われ、過労と自己犠牲を美化する受容や、複数の草稿から作られた「決定版」を本人の最終意思とみなすことには注意が必要です。

リンドン・B・ジョンソン

  • 生没年:1908年8月27日~1973年1月22日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:政治家・第36代大統領

ケネディ暗殺後に大統領となり、議会工作の経験を生かして公民権法、投票権法、公的医療保険、貧困対策を含む「偉大な社会」政策を実現しました。人種隔離の法的基盤を崩し、高齢者・低所得者の医療と教育への連邦支援を拡大しました。国内政策は20世紀アメリカ福祉国家の重要な転換点です。一方、トンキン湾事件を利用してベトナム戦争を拡大し、空爆、徴兵、民間人被害と国内分断を深刻化させました。改革の功績は、国外での圧倒的な軍事暴力と同時に評価しなければなりません。

ハレット・チャンベル

  • 生没年:1916年8月27日~2014年1月12日
  • 国:トルコ
  • 肩書き:考古学者・フェンシング選手

1936年ベルリン五輪のフェンシングに出場し、五輪に参加した最初期のイスラム教徒女性の一人となりました。戦後は考古学者としてアナトリアのカラテペ遺跡を調査し、フェニキア語と象形文字ルウィ語の二言語碑文の解読に貢献しました。遺物を首都へ移さず、現地保存と住民教育を結ぶ野外博物館づくりを進めました。一方、考古学が国民国家の起源物語に利用されやすい時代に活動したため、文化財保護の成果と、誰が過去を所有し語るのかという政治性の双方を見る必要があります。

宇野宗佑

  • 生没年:1922年8月27日(大正11年8月27日)~1998年5月19日(平成10年5月19日)
  • 国:日本
  • 肩書き:政治家・内閣総理大臣

外務大臣や通商産業大臣を歴任し、外交・行政経験を背景に1989年に第75代内閣総理大臣へ就任しました。東欧民主化が進む時期に首脳外交を担い、消費税導入直後の政治不信とリクルート事件後の自民党再建に臨みました。俳句、絵画、音楽にも通じた文化人政治家としても知られます。一方、女性問題の報道と参議院選挙の大敗を受け、在任69日で退陣しました。短命の原因を私生活だけに帰すのではなく、派閥調整で選ばれた指導者と金権政治への有権者の反発を併せて考える必要があります。

丸谷才一

  • 生没年:1925年8月27日(大正14年8月27日)~2012年10月13日(平成24年10月13日)
  • 国:日本
  • 肩書き:小説家・英文学者・評論家

『笹まくら』『たった一人の反乱』などで戦争の記憶、個人と組織、性と権力を軽妙で構築的な文体から描きました。ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』の共訳、書評、随筆を通じて日本語の散文と読書文化を活性化し、歴史的仮名遣いを一貫して用いました。文学を古典から同時代まで続く対話として捉えた批評も大きな影響を持ちます。一方、その機知と博識は男性知識人中心の正典や社交文化に依存する面があり、女性表象やエリート主義をめぐっては再検討が求められています。

クリステン・ニゴール

  • 生没年:1926年8月27日~2002年8月10日
  • 国:ノルウェー
  • 肩書き:計算機科学者・社会運動家

オーレ=ヨハン・ダールとともにプログラミング言語Simulaを設計し、クラス、オブジェクト、継承という考え方を実装しました。現実の主体と相互作用をモデル化する方法は、Smalltalk、C++、Javaなどオブジェクト指向言語の基礎となりました。労働組合と協力し、労働者が情報システム設計へ参加する「参加型デザイン」も推進しました。一方、オブジェクト指向は複雑性を整理する一方で、不適切な階層化や巨大システムの硬直化も招きます。技術は中立ではないという彼自身の実践が、発明を万能視しない視点を与えます。

8月27日に起きた歴史的な出来事

  • 1232年8月27日(貞永元年8月10日)|御成敗式目制定
    北条泰時を中心に、鎌倉幕府が武家社会の裁判基準51か条を定めました。先例と道理を文章化して紛争処理を安定させましたが、身分秩序や女性の相続権を時代とともに狭める運用も含み、万人に平等な法ではありませんでした。
  • 1335年8月27日(建武2年8月9日)|足利尊氏が征東将軍に任命
    中先代の乱を鎮圧するため、後醍醐天皇が足利尊氏を征東将軍に任じました。尊氏は鎌倉へ下った後に帰京命令へ従わず、建武政権との内戦と南北朝の分裂へ進んだため、軍事委任が新たな武家政権を生む転機となりました。
  • 1597年8月27日(慶長2年7月15日)|漆川梁海戦
    慶長の役で日本水軍が朝鮮水軍を大破し、元均ら多くの将兵が死亡しました。日本側の海上補給を一時容易にしましたが、侵略戦争による朝鮮半島の破壊を拡大し、のちに復帰した李舜臣の再建と鳴梁海戦へつながりました。
  • 1758年8月27日(宝暦8年7月24日)|宝暦事件
    尊王論を講じた竹内式部と交流した公家らに対し、京都所司代が処分を始めました。幕府が朝廷内部の政治活動を警戒した事件で、のちの尊王思想へ影響しましたが、思想統制と身分秩序維持のため多数の家と生活が傷つきました。
  • 1776年8月27日|ロングアイランドの戦い
    アメリカ独立戦争でイギリス軍が大陸軍を破り、ニューヨーク攻略への優位を得ました。ワシントン軍は夜陰に紛れて撤退し壊滅を免れましたが、独立の理念の背後で兵士・住民が被害を受け、奴隷制も存続しました。
  • 1791年8月27日|ピルニッツ宣言
    オーストリア皇帝レオポルト2世とプロイセン王が、フランス王政を他国と共同で支える意向を表明しました。実行条件の厳しい外交声明でしたが、革命側には侵略の脅威と受け取られ、対外戦争と国内の急進化を促しました。
  • 1813年8月27日|ドレスデンの戦い終結
    ナポレオン軍が包囲していた連合軍を退却させ、ドイツ戦役で最後の大勝を収めました。しかし追撃部隊が別の戦闘で敗れて成果を失い、勝敗を重ねる消耗戦は徴兵された兵士とザクセン住民に深刻な犠牲を強いました。
  • 1828年8月27日|モンテビデオ予備講和条約
    ブラジル帝国とリオ・デ・ラ・プラタ連合州がイギリスの仲介で講和し、係争地を独立国ウルグアイとすることに合意しました。緩衝国家の成立は戦争を終わらせましたが、住民自身の意思より周辺国と列強の均衡が優先されました。
  • 1859年8月27日|ドレーク油井が採油に成功
    アメリカ・ペンシルベニアでエドウィン・ドレークの掘削井から石油が得られ、近代的な石油産業の発展を促しました。照明、輸送、化学工業を変えた一方、化石燃料への依存、採掘地の汚染、気候変動へつながる起点でもあります。
  • 1883年8月27日|クラカタウ噴火が最大規模に
    スンダ海峡のクラカタウで連続する巨大爆発と津波が発生し、沿岸の町を破壊して3万6千人以上が死亡しました。衝撃波と寒冷化は世界で観測されましたが、植民地下の情報・救援格差が地域住民の被害を一層重くしました。
  • 1896年8月27日|イギリス・ザンジバル戦争
    王位継承をめぐりイギリス艦隊がザンジバル宮殿を砲撃し、40分足らずで政権を降伏させました。「史上最短の戦争」と呼ばれますが、短さは帝国の圧倒的火力と主権介入を示し、現地側に多数の死傷者を出しました。
  • 1916年8月27日|ルーマニアが第一次世界大戦に参戦
    ルーマニア王国が領土獲得の密約を背景に連合国側でオーストリア=ハンガリーへ宣戦しました。トランシルヴァニアへ進攻しましたが中央同盟軍の反撃で国土の多くを占領され、兵士と民間人が飢餓や疫病に苦しみました。
  • 1928年8月27日|不戦条約調印
    パリで日本を含む15か国が、国際紛争解決の手段として戦争を放棄するケロッグ=ブリアン条約に調印しました。侵略戦争を違法とする理念を国際法へ刻みましたが、制裁機構を欠き、満州事変や第二次世界大戦を阻止できませんでした。
  • 1939年8月27日|ハインケルHe178初飛行
    ドイツで世界初のジェットエンジンによる航空機He178が飛行しました。高速航空の時代を開く技術的実証となりましたが、軍拡下で開発され、ジェット技術はまもなく戦争と兵器競争へ組み込まれました。
  • 1957年8月27日(昭和32年)|JRR-1が初臨界
    茨城県東海村の日本原子力研究所で研究炉JRR-1が臨界に達し、日本で初めて原子炉の「火」がともりました。原子力研究と人材育成を進めましたが、被爆国での平和利用政策は廃棄物、事故リスク、地域負担をめぐる議論も抱えました。
  • 1962年8月27日|マリナー2号打ち上げ
    アメリカが金星探査機マリナー2号を打ち上げ、同年12月に史上初めて他惑星の近傍観測に成功しました。金星が高温であることを確かめ惑星科学を進めましたが、成果は冷戦期の宇宙開発競争と軍事技術への巨額投資に支えられていました。
  • 1979年8月27日|マウントバッテン卿暗殺
    アイルランド共和軍暫定派が北アイルランド近海でルイス・マウントバッテンの船を爆破し、子どもを含む4人が死亡しました。同日には英兵18人も別の攻撃で死亡し、植民地支配への抵抗を掲げた暴力が民間人を巻き込む連鎖を示しました。
  • 1980年8月27日|全斗煥が韓国大統領に選出
    粛軍クーデターと光州事件の武力鎮圧後、全斗煥が統一主体国民会議による間接選挙で大統領に選ばれました。経済成長を掲げましたが、選出過程は民主的正統性を欠き、弾圧と検閲が1987年の民主化運動を招きました。
  • 1991年8月27日|モルドバ独立宣言
    ソ連のクーデター失敗を受け、モルドバ議会が独立を宣言しました。主権国家への移行を果たしましたが、言語・民族・地政学上の対立から沿ドニエストル紛争が起こり、領土分断とロシア軍駐留が長期化しました。
  • 2006年8月27日|コムエアー5191便墜落事故
    アメリカ・ケンタッキー州で旅客機が誤って短い滑走路から離陸し、乗員乗客49人が死亡しました。標識、管制配置、操縦室確認の複合的な問題が明らかになり、事故を個人のミスだけでなく安全システム全体から捉える教訓となりました。

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