8月26日生まれの歴史上の人物・偉人一覧と歴史的な出来事

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8月26日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢47名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!

【日本】8月26日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。

生年人物名肩書き
1598年水野勝俊福山藩第2代藩主
1648年松平隆政母里藩第6代藩主
1678年徳大寺公全公卿
1684年松浦篤信平戸藩第6代藩主
1698年分部光忠大溝藩第5代藩主
1721年酒井忠与小浜藩第8代藩主
1828年佐々木弘綱国学者・歌人
1850年一柳末徳小野藩第11代藩主・子爵
1855年松平忠敬忍藩第5代藩主
1857年麻生太吉実業家・政治家
1857年内藤政養湯長谷藩第13代藩主
1873年新城新蔵天文学者・東洋天文学史家
1875年大橋光吉実業家・共同印刷創業者
1885年六代目尾上菊五郎歌舞伎俳優
1893年今野賢三プロレタリア文学作家
1895年斎藤三郎野球史・文学研究者
1902年渡辺温小説家・推理作家
1907年藤林益三裁判官・最高裁判所長官
1916年隅谷三喜男経済学者・労働問題研究者
1916年坂井三郎海軍航空兵・著述家
1923年鷹司平通鉄道研究者・鷹司家当主
1929年出口保夫英文学者・翻訳家
1934年武村正義政治家・内閣官房長官
1934年十四代酒井田柿右衛門陶芸家・人間国宝
1936年大石尚子政治家
1937年森正武数学者

【海外】8月26日生まれの歴史上の人物・偉人一覧

生年人物名肩書き
1676年ロバート・ウォルポールイギリス初代首相
1728年ヨハン・ハインリヒ・ランベルト数学者・物理学者・哲学者
1740年ジョゼフ・モンゴルフィエ熱気球発明家
1743年アントワーヌ・ラヴォアジエ化学者
1819年アルバート公イギリス王配
1820年ジェイムズ・ハーランアメリカ内務長官
1873年リー・ド・フォレスト発明家・無線技術者
1875年ジョン・バカン小説家・カナダ総督
1880年ギヨーム・アポリネール詩人・美術批評家
1885年ジュール・ロマン小説家・劇作家
1897年尹潽善大韓民国大統領
1898年ペギー・グッゲンハイム美術収集家
1901年陳毅軍人・政治家・外交官
1904年クリストファー・イシャーウッド小説家
1906年アルバート・サビン医学者・ウイルス学者
1910年マザー・テレサ修道女・神の愛の宣教者会創設者
1914年フリオ・コルタサル小説家
1920年プレーム・ティンスーラーノンタイ首相・枢密院議長
1921年ベン・ブラッドリー新聞編集者
1923年ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮者
1937年ニナ・コンパネーズ映画監督・脚本家

8月26日生まれの代表的な偉人

ロバート・ウォルポール

  • 生没年:1676年8月26日~1745年3月18日
  • 国:イギリス
  • 肩書き:政治家・初代首相

国王の信任と庶民院多数派を結びつけ、1721年から20年以上にわたり政権を運営したことから、事実上の初代イギリス首相とされます。南海泡沫事件後の信用回復、平和外交、議会内の調整によって立憲政治の実務を形づくりました。首相官邸となるダウニング街10番地の使用も彼の時代に始まります。一方、官職と利益を配るパトロネージュ、選挙腐敗、植民地貿易と奴隷制に依存した財政を支えたため、議会政治の安定を民主的で公正な統治と同一視はできません。

アントワーヌ・ラヴォアジエ

  • 生没年:1743年8月26日~1794年5月8日
  • 国:フランス
  • 肩書き:化学者

精密な計量実験によって燃焼を酸素との結合として説明し、フロギストン説を退けました。化学反応の前後で物質の総量が保たれることを示し、元素名と化学命名法を整理して近代化学の共通言語を作りました。呼吸も緩やかな燃焼であると捉え、農業や火薬行政にも科学を応用しました。一方、研究を支えた富は徴税請負人として旧体制の不公平な税制から得たもので、革命期に処刑された経緯は科学者の殉難だけでなく、知識・国家・特権の結びつきを映しています。

アルバート公

  • 生没年:1819年8月26日~1861年12月14日
  • 国:ザクセン=コーブルク=ゴータ出身・イギリス
  • 肩書き:王配

ヴィクトリア女王の夫として公務と政策助言を担い、王室を家庭的で公共奉仕を重んじる存在へ作り替えました。1851年のロンドン万国博覧会を主導し、その収益を博物館、音楽院、科学教育が集まるサウス・ケンジントン地区の整備へつなげました。芸術、工業技術、大学改革にも関心を向けました。一方、博覧会が示した繁栄は植民地資源と工業労働に支えられ、非選挙の王配が政治へ強い影響を及ぼしたことには、帝国主義と立憲制の両面から検討が必要です。

リー・ド・フォレスト

  • 生没年:1873年8月26日~1961年6月30日
  • 国:アメリカ
  • 肩書き:発明家・無線技術者

三極真空管「オーディオン」を発明し、弱い電気信号を増幅できる電子回路への道を開きました。この技術は長距離電話、ラジオ放送、録音、初期コンピューターなど20世紀の電子産業を支える基礎となります。音声をフィルムに記録する方式にも取り組み、映画のトーキー化へ貢献しました。一方、増幅原理の理解と実用化には他の技術者の改良が不可欠で、特許訴訟と誇大な事業宣伝を繰り返したため、「ラジオの父」という自己像だけで集団的な技術開発を覆えません。

ギヨーム・アポリネール

  • 生没年:1880年8月26日~1918年11月9日
  • 国:フランス
  • 肩書き:詩人・美術批評家

都市、機械、広告、恋愛の断片を自由な韻律と大胆な配置で結び、『アルコール』『カリグラム』によって20世紀詩の視覚と音を更新しました。ピカソやブラックらを擁護し、キュビスムを論じ、「シュルレアリスム」という語を広めました。第一次世界大戦では志願兵として従軍し、負傷後も創作を続けました。一方、前衛性と並んで戦時の愛国主義や異文化を珍奇な素材として扱う視線もあり、自由な芸術家像を国民国家と植民地主義から切り離すことはできません。

尹潽善

  • 生没年:1897年8月26日~1990年7月18日
  • 国:朝鮮・大韓民国
  • 肩書き:政治家・第4代大統領

日本統治期の独立運動に関わり、解放後はソウル市長、商工相を経て、李承晩政権崩壊後の第二共和国で大統領となりました。議院内閣制の下で権威主義から議会政治への移行を象徴し、のちには朴正熙政権への反対運動に参加しました。野党候補として大統領選にも挑みました。一方、地主・名門家の政治家として社会改革を十分に進められず、政府の分裂と混乱を抑えられないまま軍事クーデターを許したため、民主化の象徴性と統治能力の限界を併せ持ちます。

アルバート・サビン

  • 生没年:1906年8月26日~1993年3月3日
  • 国:ポーランド出身・アメリカ
  • 肩書き:医学者・ウイルス学者

生きた弱毒化ウイルスを用いる経口ポリオワクチンを開発し、注射を必要としない大規模接種を可能にしました。腸内での感染を抑える性質は、世界各地でポリオ患者を激減させる公衆衛生運動に力を与えました。特許料を求めず、国際的な普及を優先した点でも知られます。一方、ごくまれにワクチン由来の麻痺や変異ウイルスの流行が生じるため、現在は不活化ワクチンとの組み合わせや監視が必要で、成功物語だけでリスク管理を軽視できません。

マザー・テレサ

  • 生没年:1910年8月26日~1997年9月5日
  • 国:オスマン帝国領スコピエ出身・インド
  • 肩書き:修道女・神の愛の宣教者会創設者

コルカタで神の愛の宣教者会を創設し、路上生活者、病者、孤児など公的支援から排除された人々のために施設を広げました。貧困を世界へ可視化し、奉仕への参加と寄付を国境を越えて集め、1979年にノーベル平和賞を受賞しました。小さな共同体から国際組織を築いた行動力は大きな影響を残しました。一方、施設の医療水準、苦痛を宗教的価値として語る姿勢、独裁者や疑わしい資金提供者からの寄付、避妊・中絶への強硬な反対には批判があり、慈善と医療・権利保障は同じではありません。

フリオ・コルタサル

  • 生没年:1914年8月26日~1984年2月12日
  • 国:アルゼンチン・フランス
  • 肩書き:小説家

日常の中へ不条理や幻想が滑り込む短編と、章を異なる順序で読める長編『石蹴り遊び』によって、小説の時間と読者の役割を作り替えました。翻訳家としてポーやデフォーをスペイン語圏へ紹介し、ラテンアメリカ文学の「ブーム」を世界化しました。亡命後はキューバ革命や中米の左派運動を支持しました。一方、実験的形式は都市の男性知識人に偏り、女性人物を欲望や救済の装置として描く面があり、革命への連帯も権威主義への批判を一貫して伴ったわけではありません。

隅谷三喜男

  • 生没年:1916年8月26日(大正5年8月26日)~2003年2月22日(平成15年2月22日)
  • 国:日本
  • 肩書き:経済学者・労働問題研究者

日本の労働運動、炭鉱労働、産業化を、企業や政策だけでなく働く人の生活と尊厳から研究しました。東京大学教授として労働経済学と社会政策を発展させ、韓国研究やキリスト教社会思想にも取り組みました。成田空港問題では政府の調査委員長として、強制的な建設過程を検証し謝罪と対話への転換を促しました。一方、提言は長年の国家暴力や地域分断を直ちに回復させず、専門家による「和解」が当事者間の権力差を見えにくくする限界もありました。

坂井三郎

  • 生没年:1916年8月26日(大正5年8月26日)~2000年9月22日(平成12年9月22日)
  • 国:日本
  • 肩書き:海軍航空兵・著述家

海軍の戦闘機搭乗員として中国戦線と太平洋戦争を戦い、重傷を負いながら帰還した経験を持ちました。戦後の回想録『大空のサムライ』は各国語へ翻訳され、操縦技術、恐怖、戦友の死を伝える戦争記録として広く読まれました。晩年には日米の元兵士との交流や反戦的な発言も行いました。一方、撃墜数や個々の逸話には史料との食い違いが指摘され、熟練搭乗員の英雄物語が侵略戦争と空襲被害を背景へ退ける危険があるため、記憶と検証を分けて読む必要があります。

武村正義

  • 生没年:1934年8月26日(昭和9年8月26日)~2022年9月28日(令和4年9月28日)
  • 国:日本
  • 肩書き:政治家・内閣官房長官・大蔵大臣

滋賀県知事として琵琶湖の環境保全や情報公開を進め、国政では自民党を離れて新党さきがけを結成しました。細川内閣の官房長官、村山内閣の大蔵大臣として非自民連立と自社さ連立の双方を支え、環境重視と小規模分権型社会を唱えました。政界再編期に対話と連立を重んじた政治家です。一方、連立の組み替えは有権者に分かりにくく、金融機関の不良債権処理や住専問題への対応も後手に回ったため、理念的な「小さな国」構想を政策成果だけで評価することはできません。

8月26日に起きた歴史的な出来事

  • 842年8月26日(承和9年7月17日)|承和の変
    皇太子恒貞親王の周辺に謀反の疑いがあるとして伴健岑、橘逸勢らが処罰され、親王は廃されました。藤原良房が政界で優位を得る契機となりましたが、証拠の乏しい政変で政敵を排除し、摂関家の権力形成を進めました。
  • 1071年8月26日|マラズギルトの戦い
    セルジューク朝軍が東ローマ帝国軍を破り、皇帝ロマノス4世を捕虜にしました。直ちに帝国が崩壊したわけではありませんが、内戦とアナトリアへの遊牧勢力移住を促し、住民の政治・宗教環境を長期的に変えました。
  • 1308年8月26日(延慶元年8月10日)|守邦親王が鎌倉将軍に就任
    京へ送還された久明親王に代わり、8歳の守邦親王が鎌倉幕府第9代将軍となりました。実権は北条得宗家が握り、皇族将軍は権威を補う存在だったため、幕府末期の形式化した権力構造を示します。
  • 1346年8月26日|クレシーの戦い
    百年戦争でイングランド軍がフランス軍を破り、長弓兵と防御陣地の効果を示しました。騎士中心の戦いを変えたとされますが、勝利後も戦争は長期化し、農村の略奪と徴税を通じて非戦闘員へ重い負担を与えました。
  • 1600年8月26日(慶長5年7月18日)|伏見城の戦い始まる
    石田三成方の西軍が、徳川家康の家臣鳥居元忠らが守る伏見城への攻撃を開始しました。守備隊の抵抗は東軍の準備時間を稼ぎましたが、城は落ちて多数が死亡し、関ヶ原へ向かう内戦の犠牲を拡大しました。
  • 1789年8月26日|フランス人権宣言採択
    憲法制定国民議会が自由、平等、主権在民、法の下の権利を掲げる「人間と市民の権利の宣言」を採択しました。近代憲法の基準となりましたが、女性、奴隷、植民地住民は実質的に排除され、その普遍性を求める闘争が続きました。
  • 1813年8月26日|ドレスデンの戦い始まる
    ナポレオン軍がザクセンのドレスデンを攻める連合軍に反撃し、翌日に大勝しました。しかし追撃に失敗して戦略的優位を得られず、豪雨と戦闘は兵士だけでなく市街地と住民にも大きな損害を与えました。
  • 1858年8月26日(安政5年7月18日)|日英修好通商条約調印
    江戸幕府がイギリスと修好通商条約を結び、開港、領事裁判権、関税自主権の制限を認めました。国際貿易を拡大する一方、不平等な条件と勅許を欠く調印は国内政治を揺さぶり、幕末の対立を深めました。
  • 1862年8月26日|第二次ブルランの戦い始まる
    南北戦争で南軍が北軍の補給路を断ち、バージニア州北部で大規模な戦闘が始まりました。南軍は首都近郊で再び勝利しましたが、双方で多数が死傷し、奴隷制をめぐる戦争がさらに総力化しました。
  • 1883年8月26日~27日|クラカタウ火山大噴火
    インドネシアのクラカタウ火山で爆発的噴火が頂点に達し、巨大津波を伴って3万6千人以上が死亡しました。気圧波と火山灰は地球規模で観測されましたが、植民地政府の警報・救援格差が沿岸住民の被害を拡大しました。
  • 1914年8月26日|タンネンベルクの戦い始まる
    第一次世界大戦の東部戦線でドイツ軍が東プロイセンへ侵入したロシア第2軍を包囲しました。通信傍受と鉄道運用でドイツ側が勝利しましたが、捕虜を含む膨大な損失を生み、民族主義的な勝利神話にも利用されました。
  • 1920年8月26日|アメリカ女性参政権を憲法で保障
    女性の投票権を性別を理由に否定できないとする合衆国憲法修正第19条の成立が正式に認証されました。長い参政権運動の成果でしたが、人種差別的な州法により黒人女性や先住民女性の投票はなお妨げられました。
  • 1936年8月26日|英埃条約調印
    イギリスとエジプトが同盟条約を結び、英軍の多くを撤退させる一方、スエズ運河地帯への駐留を認めました。エジプトの国際的地位を高めましたが、実質的な軍事支配とスーダン共同統治を残し、反英運動の火種となりました。
  • 1959年8月26日|小型車ミニ発表
    英国自動車公社が前輪駆動と横置きエンジンで室内を広くした小型車ミニを発売しました。大衆車設計へ大きな影響を与えましたが、企業再編と価格競争の陰で英国自動車産業の労働・品質問題も深まりました。
  • 1966年8月26日|ナミビア独立戦争始まる
    南アフリカ統治下の南西アフリカで、警察部隊がSWAPOの拠点を攻撃し、武装解放闘争が本格化しました。独立への転機でしたが、戦争は住民を長く巻き込み、南アフリカの人種隔離支配と周辺国への軍事介入を拡大しました。
  • 1970年8月26日|女性平等ストライキ
    アメリカ各地で女性たちが投票権獲得50周年に合わせ、雇用・教育の平等、保育、人工妊娠中絶の権利を求めて行進しました。第二波フェミニズムを可視化しましたが、運動内部の人種・階級差も課題として残りました。
  • 1978年8月26日|ヨハネ・パウロ1世選出
    ヴェネツィア総大司教アルビーノ・ルチャーニがローマ教皇に選ばれ、二つの名を初めて組み合わせました。親しみやすい教皇像を示しましたが、在位33日で急死し、教会改革の構想はほとんど実行されませんでした。
  • 2008年8月26日|ロシアが南オセチアとアブハジアを承認
    ロシア政府がジョージア領と国際的に認められる二地域の独立を承認しました。住民保護を理由としましたが、軍事介入後の一方的承認は領土保全を損ない、避難民の帰還と地域の安全保障をさらに困難にしました。
  • 2010年8月26日(平成22年)|高速増殖炉もんじゅで機器落下
    福井県敦賀市の高速増殖炉もんじゅで、約3.3トンの炉内中継装置が原子炉容器内へ落下しました。復旧に長期間を要し、相次ぐ事故、情報管理、巨額費用と成果の乏しさが原子力研究政策への不信を深めました。
  • 2023年8月26日(令和5年)|宇都宮ライトライン開業
    宇都宮駅東口と芳賀町を結ぶ宇都宮芳賀ライトレール線が開業し、日本で75年ぶりの路面電車の新規開業となりました。自動車依存を減らす地域交通の試みですが、建設費増加や既存バス網との調整も課題です。

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