
8月14日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢40名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】8月14日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1297年 | 花園天皇 | 第95代天皇 |
| 1633年 | 溝口重雄 | 新発田藩第4代藩主 |
| 1675年 | 松平宗昌 | 福井藩第7代藩主 |
| 1681年 | 浅野吉長 | 広島藩第5代藩主 |
| 1846年 | 松岡康毅 | 司法官・政治家 |
| 1878年 | 一戸直蔵 | 天文学者 |
| 1880年 | 櫻内幸雄 | 政治家 |
| 1887年 | 荒畑寒村 | 社会主義者・労働運動家 |
| 1889年 | 三富朽葉 | 詩人 |
| 1917年 | 上田トシコ | 漫画家 |
| 1924年 | 畠山武 | 実業家 |
| 1929年 | 河瀬断魚 | 書家 |
| 1932年 | 亀井俊介 | 比較文学者・アメリカ文学者 |
| 1934年 | 江國滋 | 俳人・随筆家 |
| 1934年 | 水野正好 | 考古学者 |
| 1936年 | 桂歌丸 | 落語家 |
| 1947年 | 谷口ジロー | 漫画家 |
【海外】8月14日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1688年 | フリードリヒ・ヴィルヘルム1世 | プロイセン王 |
| 1742年 | ピウス7世 | 第251代ローマ教皇 |
| 1777年 | ハンス・クリスティアン・エルステッド | 物理学者・化学者 |
| 1792年 | ジョン・ビグスビー | 医師・地質学者 |
| 1822年 | ジェイムズ・ウィリアム・マーシャル | アメリカ郵政長官 |
| 1840年 | リヒャルト・フォン・クラフト=エビング | 精神医学者 |
| 1842年 | ジャン・ガストン・ダルブー | 数学者 |
| 1860年 | アーネスト・トンプソン・シートン | 博物学者・作家 |
| 1867年 | ジョン・ゴールズワージー | 小説家・劇作家 |
| 1871年 | 光緒帝 | 清朝第11代皇帝 |
| 1876年 | アレクサンダル1世 | セルビア王 |
| 1883年 | アーネスト・エヴェレット・ジャスト | 生物学者 |
| 1892年 | カイホスルー・シャプルジ・ソラブジ | 作曲家・ピアニスト |
| 1910年 | ピエール・シェフェール | 作曲家・音響研究者 |
| 1910年 | ウィリー・ロニス | 写真家 |
| 1916年 | ハインリヒ・ツー・ザイン=ヴィトゲンシュタイン | ドイツ空軍軍人 |
| 1924年 | ジョルジュ・プレートル | 指揮者 |
| 1924年 | スヴェレ・フェーン | 建築家 |
| 1926年 | ルネ・ゴシニ | 作家・漫画原作者 |
| 1933年 | リヒャルト・R・エルンスト | 化学者 |
| 1941年 | デヴィッド・クロスビー | ミュージシャン |
| 1948年 | ボリス・ペルガメンシコフ | チェリスト |
| 1953年 | ジェームズ・ホーナー | 映画音楽作曲家 |
8月14日生まれの代表的な偉人
花園天皇
- 生没年:1297年8月14日(永仁5年7月25日)~1348年12月2日(貞和4年11月11日)
- 国:日本
- 肩書き:第95代天皇・歌人
持明院統の伏見天皇の皇子として即位し、大覚寺統と交互に皇位を継ぐ両統迭立のなかで朝廷を担いました。退位後も日記『花園天皇宸記』を書き続け、政治、儀礼、人物評を詳細に記して、鎌倉末から建武政権期を知る第一級史料を残しました。学問と禅に深く傾倒し、妙心寺の開創を支え、和歌にも優れました。一方、宸記の人物評は貴族社会の秩序観と偏見を反映し、天皇個人の知性だけでなく、分裂した皇統が武家権力へ依存した政治構造の限界も読む必要があります。
ピウス7世
- 生没年:1742年8月14日~1823年8月20日
- 国:教皇領
- 肩書き:ローマ教皇
フランス革命後の混乱のなかで教皇となり、1801年のコンコルダートによってナポレオン政権とカトリック教会の関係を再構築しました。ナポレオンの戴冠式に臨席しながら、教皇領併合には抵抗して拘禁され、宗教権威が国家権力に従属することを拒みます。解放後はイエズス会を復興し、欧州の教会制度を立て直しました。一方、王政復古と保守秩序を支え、ユダヤ人の権利や教皇領の近代化を制限した面があり、圧政への抵抗者という像だけでは教会国家の抑圧を見落とします。
ハンス・クリスティアン・エルステッド
- 生没年:1777年8月14日~1851年3月9日
- 国:デンマーク
- 肩書き:物理学者・化学者
電流を流した導線の近くで方位磁針が動くことを1820年に示し、電気と磁気が別々の現象ではないことを実験で明らかにしました。この発見はアンペール、ファラデー、マクスウェルの電磁気学へつながり、電動機や発電機の原理を開きます。アルミニウムの分離にも成功し、科学教育とデンマーク語の専門用語整備にも尽力しました。ただし自然を統一的な力で説明しようとする彼のロマン主義的哲学は、実験結果を導く刺激にはなっても検証された理論そのものではなく、発見を一人の直観だけに帰すべきではありません。
アーネスト・トンプソン・シートン
- 生没年:1860年8月14日~1946年10月23日
- 国:イギリス・カナダ・アメリカ
- 肩書き:博物学者・作家
野生動物の行動を観察し、『シートン動物記』で動物を個性と生涯を持つ主人公として描き、自然保護への共感を子どもと大人へ広げました。野外生活教育のウッドクラフト運動を始め、のちのボーイスカウト運動にも影響します。絵と物語と科学的観察を結びつけた点で、環境文学の先駆者となりました。一方、動物の感情や最期を劇的に脚色した作品が事実と受け取られやすく、先住民の文化を理想化して教育用の儀礼へ借用したため、自然愛と文化的流用の両面から読む必要があります。
ジョン・ゴールズワージー
- 生没年:1867年8月14日~1933年1月31日
- 国:イギリス
- 肩書き:小説家・劇作家
上流中産階級フォーサイト家の数世代を描く『フォーサイト・サガ』で、財産、結婚、体面が個人の自由を拘束するヴィクトリア朝社会を批判しました。戯曲では監獄、労働争議、司法の不公正を扱い、動物福祉や作家の国際協力にも関わりました。自然主義的な細部と距離を置いた語りによって、階級社会の変化を長期的に描き、1932年にノーベル文学賞を受賞します。ただし批判の視点はなお富裕層内部にあり、植民地帝国や労働者自身の声を周辺化したため、共感的自由主義の到達点と限界を併せ持ちます。
アーネスト・エヴェレット・ジャスト
- 生没年:1883年8月14日~1941年10月27日
- 国:アメリカ
- 肩書き:生物学者
ウニや海産無脊椎動物の受精を研究し、卵の表面と周囲の環境が発生を方向づけることを緻密な顕微鏡観察で示しました。遺伝子や核だけに生命の原因を集中させず、細胞質と細胞膜の能動的役割を強調した視点は、発生生物学の再評価につながっています。黒人大学ハワードで学生を育て、米国で十分な研究職を得られないなか欧州の臨海実験所で成果を上げました。人種差別によって設備、地位、引用を奪われた一方、彼の全体論が当時の分子機構を十分説明できなかった点も含め、科学評価と制度的差別を分けて考える必要があります。
荒畑寒村
- 生没年:1887年8月14日(明治20年8月14日)~1981年3月6日(昭和56年3月6日)
- 国:日本
- 肩書き:社会主義者・労働運動家・作家
足尾鉱毒事件に衝撃を受けて社会主義運動へ入り、幸徳秋水らと『平民新聞』を発行して戦争と資本による搾取を批判しました。赤旗事件で投獄され、のちに日本共産党創立へ関わりましたが、組織方針との対立から離党し、戦後は社会党議員として活動します。回想録『寒村自伝』は明治から昭和の社会運動を内部から伝える重要な記録です。一方、運動内の派閥対立や男性中心性を十分に超えられず、植民地支配への視点も一貫していたとは言い難いため、反権力の経歴を無条件に英雄化できません。
ルネ・ゴシニ
- 生没年:1926年8月14日~1977年11月5日
- 国:フランス
- 肩書き:作家・漫画原作者
アルベール・ユデルゾと『アステリックス』を創作し、ローマ帝国に抵抗する小村を通して、権力、官僚制、国民性を言葉遊びと風刺で描きました。『ラッキー・ルーク』『プチ・ニコラ』などでも、子どもと大人の視点のずれを大衆的な笑いへ変え、フランス語圏漫画の国際化を進めます。編集者として作家主導の漫画雑誌文化を育て、原作者の役割を可視化しました。一方、民族やジェンダーを記号化した古いステレオタイプがあり、植民地時代の視線を笑いとして反復する場面は、今日の読者が文脈とともに批判的に読む必要があります。
リヒャルト・R・エルンスト
- 生没年:1933年8月14日~2021年6月4日
- 国:スイス
- 肩書き:化学者
核磁気共鳴で弱い信号を一度ずつ掃引する代わりに、パルスとフーリエ変換を用いて多数の周波数情報を同時に得る方法を発展させました。二次元NMRも開拓し、複雑な有機分子やタンパク質の構造解析を飛躍的に高精度化し、1991年にノーベル化学賞を受賞します。技術は化学だけでなく医療画像と生命科学へ広がりました。一方、高価な装置と専門解析を必要とするため研究資源の格差を広げやすく、測定スペクトルが示すモデルを唯一の静的構造と誤解しない慎重さも必要です。
桂歌丸
- 生没年:1936年8月14日(昭和11年8月14日)~2018年7月2日(平成30年7月2日)
- 国:日本
- 肩書き:落語家
若くして古典落語の世界へ入り、廃れかけた三遊亭圓朝作品や怪談噺を掘り起こし、人物の心理と情景を丁寧に語る高座を磨きました。テレビ番組『笑点』へ長年出演し、司会者として落語家を全国的な日常の存在にしました。落語芸術協会会長として後進育成と寄席文化の維持にも力を注ぎます。一方、テレビで定着した親しみやすい人物像は長編人情噺の芸を覆い、定型的な笑いが落語界の男性中心性や古い価値観を温存する面もあったため、人気と芸術的仕事を分けて見る必要があります。
8月14日に起きた歴史的な出来事
- 686年8月14日(天武天皇15年7月20日)|元号「朱鳥」を制定
白雉以来32年間途絶えていた元号が再開され、「朱鳥」と定められました。天武天皇の病気平癒を願う意味があったとされ、元号が政治と儀礼の秩序を示す制度として定着する過程に位置します。 - 1183年8月14日(寿永2年7月25日)|平家が安徳天皇と西国へ
木曾義仲の入京を前に、平宗盛ら平家一門が安徳天皇と三種の神器を伴って京都を離れました。朝廷と神器をめぐる正統性が武力抗争へ組み込まれ、治承・寿永の乱は西国へ拡大しました。 - 1204年8月14日(元久元年7月18日)|源頼家が修禅寺で殺害
失脚して伊豆修禅寺に幽閉されていた鎌倉幕府第2代将軍源頼家が殺害されました。北条氏が将軍家を抑えて執権政治を強める過程であり、武家政権内部の権力継承が暴力に依存したことを示します。 - 1385年8月14日|アルジュバロータの戦い
ポルトガル王ジョアン1世の軍が、王位を求めて侵攻したカスティーリャ軍を破りました。ポルトガルの独立とアヴィス朝を確立し、のちの海洋進出を可能にしましたが、戦争は王権の正統性を住民の犠牲で決めました。 - 1722年8月14日(享保7年7月3日)|上米の制を導入
江戸幕府が大名に米を上納させる代わりに、参勤交代の江戸滞在を半年へ短縮しました。幕府財政の一時的改善を狙いましたが、大名と農民への負担を移し替える対症療法にとどまりました。 - 1876年8月14日(明治9年)|札幌学校が開校
札幌農学校の前身となる札幌学校が開校し、北海道の農業技術者と行政人材の育成が始まりました。近代科学教育を進めた一方、開拓政策はアイヌの土地と生活を奪う植民地化と不可分でした。 - 1880年8月14日|ケルン大聖堂完成
中世に着工し長く中断していたケルン大聖堂が、600年以上を経て完成式を迎えました。ゴシック復興とドイツ統一の象徴になりましたが、宗教建築が近代国家の国民統合へ利用された例でもあります。 - 1885年8月14日(明治18年)|日本初の専売特許証交付
専売特許条例に基づく最初の特許が、堀田瑞松の防錆塗料などへ交付されました。発明を権利として保護する制度を整えましたが、費用と手続きは知識の共有と独占の均衡という課題も生みました。 - 1900年8月14日|八カ国連合軍が北京へ侵攻
義和団の乱と公使館包囲を受け、日本を含む八カ国連合軍が北京を占領しました。外国人救出を掲げましたが、略奪、殺害、賠償によって清朝の主権をさらに侵害し、中国の反帝国主義を強めました。 - 1909年8月14日(明治42年)|姉川地震
滋賀県東部を震源とする地震で、虎姫周辺を中心に死者、家屋倒壊、地盤被害が生じました。内陸活断層による地震の危険を示し、地域の建築と防災記録を見直す契機となりました。 - 1918年8月14日(大正7年)|米騒動の報道を禁止
内務省が警察を通じて新聞社へ米騒動の報道禁止を通告し、大阪府は集団での夜間外出を制限しました。生活苦への抗議に対し、政府が価格対策と同時に情報統制と治安弾圧を用いたことを示します。 - 1919年8月14日|ヴァイマル憲法施行
普通選挙、社会権、議会制を掲げるドイツ共和国憲法が施行されました。民主的権利を大きく広げましたが、大統領緊急令などの制度が後に反民主勢力へ利用される余地を残しました。 - 1935年8月14日|アメリカ社会保障法成立
ルーズベルト大統領が社会保障法に署名し、高齢年金、失業保険、公的扶助の全国的枠組みを作りました。生活保障を連邦政府の責任へ近づけましたが、当初は農業・家事労働者が除外され、人種格差を温存しました。 - 1941年8月14日|大西洋憲章発表
ルーズベルトとチャーチルが領土不拡大、民族自決、経済協力など戦後秩序の原則を発表しました。国連憲章へ影響しましたが、英国植民地の独立へ原則を直ちに適用しない矛盾も抱えていました。 - 1945年8月14日(昭和20年)|ポツダム宣言受諾を最終決定
御前会議で日本政府がポツダム宣言受諾を再確認し、連合国へ通告しました。同じ日にも葛根廟で避難民が殺害され、国内各地で空襲が続き、決定の遅れが最後まで民間人の犠牲を増やしました。 - 1947年8月14日|パキスタン独立
英領インドの分割により、イスラム教徒多数地域を中心とするパキスタンが独立しました。植民地支配から主権を得た一方、国境を越える大移動、宗教暴力、カシミール問題が大量の犠牲と長期対立を残しました。 - 2003年8月14日|北米大停電
送電網の障害と監視・運用上の失敗が連鎖し、米国北東部とカナダで約5000万人が停電の影響を受けました。相互接続されたインフラでは、一地域の不具合が広域危機へ拡大することを示しました。