
7月8日生まれの歴史上の人物・偉人の一覧と、この日に起きた歴史的な出来事をまとめました。日本史や世界史に登場する有名人物から、あまり知られていなくても「おっ」とうなるような人物まで、総勢34名を掲載しています。ぜひ最後までご覧ください!
【日本】7月8日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
※旧暦生まれの人物は、グレゴリオ暦に換算した日付に基づいて掲載しています。
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1840年 | 岩村通俊 | 内務官僚・農商務大臣 |
| 1841年 | ヴィンチェンツォ・ラグーザ | 彫刻家・美術教育者 |
| 1854年 | 初代海山太郎 | 大相撲力士 |
| 1872年 | 佐佐木信綱 | 歌人・国文学者 |
| 1901年 | 渡辺大陸 | 野球選手・指導者 |
| 1902年 | 佐瀬昌三 | 法学者 |
| 1903年 | 杉狂児 | 俳優・歌手 |
| 1906年 | 村上実 | 電気工学者 |
| 1908年 | 東山魁夷 | 日本画家 |
| 1911年 | 三谷栄一 | 国文学者 |
| 1911年 | 由利聖子 | 小説家 |
| 1922年 | 中田修 | 精神医学者 |
| 1926年 | 中村晋也 | 彫刻家 |
| 1931年 | 木村現 | サッカー選手 |
| 1937年 | 永島慎二 | 漫画家 |
【海外】7月8日生まれの歴史上の人物・偉人一覧
| 生年 | 人物名 | 肩書き |
|---|---|---|
| 1528年 | エマヌエーレ・フィリベルト | サヴォイア公 |
| 1621年 | ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ | 詩人・寓話作家 |
| 1760年 | クリスチャン・クランプ | 数学者 |
| 1836年 | ジョゼフ・チェンバレン | イギリス植民地相 |
| 1838年 | フェルディナント・フォン・ツェッペリン | 軍人・飛行船開発者 |
| 1839年 | ジョン・D・ロックフェラー | 実業家・石油事業家 |
| 1840年 | マヌエル・デ・アリアガ | ポルトガル初代大統領 |
| 1851年 | アーサー・エヴァンズ | 考古学者 |
| 1857年 | アルフレッド・ビネー | 心理学者 |
| 1867年 | ケーテ・コルヴィッツ | 版画家・彫刻家 |
| 1876年 | アレクサンドロス・パパナスタシウ | ギリシャ首相 |
| 1882年 | パーシー・グレインジャー | 作曲家・ピアニスト |
| 1885年 | エルンスト・ブロッホ | 哲学者 |
| 1894年 | ピョートル・カピッツァ | 物理学者 |
| 1900年 | ジョージ・アンタイル | 作曲家 |
| 1904年 | アンリ・カルタン | 数学者 |
| 1907年 | ジョージ・ロムニー | 実業家・政治家 |
| 1908年 | ネルソン・ロックフェラー | アメリカ副大統領 |
| 1914年 | ビリー・エクスタイン | 歌手・バンドリーダー |
7月8日生まれの代表的な偉人
ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ
- 生没年:1621年7月8日~1695年4月13日
- 国:フランス
- 肩書き:詩人・寓話作家
イソップなどの古い説話を材料に『寓話』を著し、動物の会話を通して宮廷、権力、欲望、人間の愚かさを風刺しました。簡潔で口語的に見える文章には、韻律と語り手の距離が緻密に設計されています。子どもの道徳教材として広まったため批判性が薄められることもありますが、弱者が強者の論理をどう切り抜けるかを描く政治的な作品でもあります。フランス語の表現とヨーロッパ寓話文学の基準を作った作家です。
フェルディナント・フォン・ツェッペリン
- 生没年:1838年7月8日~1917年3月8日
- 国:ドイツ
- 肩書き:軍人・飛行船開発者
退役後に硬式飛行船の研究へ私財を投じ、内部に多数のガス袋を持つ金属骨格の大型飛行船を実用化しました。事故と資金難を重ねながらも国民的募金を得て改良を続け、旅客輸送と長距離飛行の可能性を示します。一方、第一次世界大戦では飛行船が都市爆撃に使われ、航空技術が民間交通と無差別攻撃の双方へ進むことになりました。その名は現在も硬式飛行船の代名詞として残ります。
ジョン・D・ロックフェラー
- 生没年:1839年7月8日~1937年5月23日
- 国:アメリカ
- 肩書き:実業家・慈善家
スタンダード・オイルを率い、精製、輸送、販売を統合して石油産業を巨大な全国事業へ変えました。価格競争、鉄道割引、企業買収によって市場を支配し、1911年には反トラスト法違反で会社分割を命じられます。晩年は大学、医学、公衆衛生へ巨額を寄付し、科学的な大型財団の型を作りました。近代企業の効率と独占の危険、私有財産による公益形成の力と民主的統制の不足を同時に示す人物です。
ヴィンチェンツォ・ラグーザ
- 生没年:1841年7月8日~1927年3月13日
- 国:イタリア
- 肩書き:彫刻家・美術教育者
明治政府に招かれて工部美術学校で彫刻を教え、石膏像、粘土塑造、人体観察に基づく西洋彫刻の技法を日本へ伝えました。日本人をモデルにした胸像は、異文化を見るまなざしを含みながら、明治初期の人物像を立体的に残します。妻となった清原玉らを伴って帰国し、パレルモにも日本美術の学習拠点を設けました。一方向の技術移植ではなく、日本とイタリアの美術教育が交差した初期の担い手です。
アーサー・エヴァンズ
- 生没年:1851年7月8日~1941年7月11日
- 国:イギリス
- 肩書き:考古学者
クレタ島クノッソスを発掘し、青銅器時代の宮殿文化を「ミノア文明」と名づけて、ギリシャ文明以前のエーゲ海世界を広く知らしめました。線文字Aと線文字Bを区別し、文字資料の研究にも道を開きます。しかし発掘地を鉄筋コンクリートで大胆に復元したため、古代遺構と20世紀の想像の境界を曖昧にしたとの批判があります。帝国主義時代の収集と解釈を検討しつつ、先史エーゲ考古学を成立させた功績を見る必要があります。
アルフレッド・ビネー
- 生没年:1857年7月8日~1911年10月18日
- 国:フランス
- 肩書き:心理学者
学校で特別な支援を必要とする子どもを見つけるため、シモンとともに記憶、理解、判断を測る課題を組み合わせた知能検査を作りました。能力は教育や環境によって変わり得ると考え、得点を人間の固定的価値にすることを戒めています。しかし検査は後にIQとして標準化され、選別、移民制限、優生政策の根拠にも利用されました。測定技術の有用性と、数字が目的を離れて権力になる危険を同時に教える研究者です。
ケーテ・コルヴィッツ
- 生没年:1867年7月8日~1945年4月22日
- 国:ドイツ
- 肩書き:版画家・彫刻家
織工、農民、母子、戦死者を強い線と黒い面で表し、貧困と社会的不正を歴史画の中心へ置きました。第一次世界大戦で息子を失った経験から、戦争を英雄化せず、残された家族の喪失として刻みます。ナチ政権下では教職と制作発表の場を奪われましたが、反戦ポスターや連作版画は国境を越えて共有されました。苦しむ人を単なる被害者として消費せず、尊厳と抵抗を持つ存在として描いた20世紀美術の重要人物です。
佐佐木信綱
- 生没年:1872年7月8日(明治5年6月3日)~1963年12月2日(昭和38年12月2日)
- 国:日本
- 肩書き:歌人・国文学者
歌誌『心の花』を創刊し、古典の素養を保ちながら近代生活を詠む短歌の場を長く育てました。東京帝国大学などで万葉集を研究し、校訂と注釈を通じて古典を専門家以外にも開きます。「夏は来ぬ」の作詞でも広く知られ、唱歌と短歌を結びました。門人組織中心の歌壇には閉鎖性もありましたが、創作、教育、文献研究を横断して和歌の伝統を近代へつないだ人物です。
エルンスト・ブロッホ
- 生没年:1885年7月8日~1977年8月4日
- 国:ドイツ
- 肩書き:哲学者
主著『希望の原理』で、夢、芸術、宗教、政治運動に現れる「まだ存在しないもの」への期待を、人間が社会を変える力として論じました。マルクス主義を経済決定論に閉じず、未来を先取りする文化の働きへ広げます。ナチズムから亡命し、戦後は東ドイツへ移りましたが、党の教条主義を批判して西側へ去りました。ユートピアを完成した設計図ではなく、現実の欠如を見抜いて行動する批判的な希望として捉え直した思想家です。
ピョートル・カピッツァ
- 生没年:1894年7月8日~1984年4月8日
- 国:ロシア帝国・ソ連
- 肩書き:物理学者
強磁場と低温物理を研究し、液体ヘリウムが粘性なく流れる超流動の現象を実験的に明らかにしました。ケンブリッジで研究所を築いた後、帰国時にソ連政府から出国を禁じられましたが、独自の研究施設を与えられます。原子爆弾開発への参加を拒み、科学行政や人権問題で政府へ意見書も送りました。国家の支援と統制の間で研究の自律性を守り、1978年にノーベル物理学賞を受賞した実験科学者です。
アンリ・カルタン
- 生没年:1904年7月8日~2008年8月13日
- 国:フランス
- 肩書き:数学者
多変数複素解析、位相幾何学、ホモロジー代数を結ぶ研究を進め、層とコホモロジーを現代数学の共通言語へ発展させました。匿名の数学者集団ブルバキの創設に加わり、定義と構造を重視する体系的な教科書づくりを担います。抽象化が直観や歴史を遠ざけたとの批判もありますが、セミナーを通じて若い研究者が共同で理論を組み立てる文化を育てました。20世紀数学の分野間をつなぐ基盤を整えた人物です。
東山魁夷
- 生没年:1908年7月8日(明治41年7月8日)~1999年5月6日(平成11年5月6日)
- 国:日本
- 肩書き:日本画家
戦後の喪失感の中で、山、道、湖、樹木を静かな色面として描き、人の姿を置かずに自然と内面の対話を表しました。代表作『道』は、焼け跡から再出発する社会の希望とも読まれます。北欧やドイツの風景を日本画材で描き、唐招提寺御影堂の障壁画では鑑真の故郷中国へつながる海と山を構成しました。清澄な作風が現実からの逃避と評される一方、移動と記憶を通じて戦後日本の精神風景を形にした画家です。
7月8日に起きた歴史的な出来事
- 1099年7月8日|第1回十字軍がエルサレム城外を巡行
攻城戦に行き詰まった十字軍の兵士と聖職者が、断食して裸足で城壁の周囲を巡りました。宗教儀礼で結束を高めた軍は一週間後に都市を攻略し、住民への大規模な殺害を行いました。 - 1247年7月8日(宝治元年6月5日)|宝治合戦
鎌倉で執権北条氏と有力御家人三浦氏が衝突し、三浦泰村一族が滅亡しました。北条得宗家の権力が強まり、幕府内の合議から特定家系への権力集中が進みました。 - 1497年7月8日|ヴァスコ・ダ・ガマがインド航路へ出航
ポルトガル艦隊がリスボンを発ち、アフリカ南端を回ってインドへ向かいました。航路開拓は欧亜交易を海上で直結する一方、武力と植民地支配を伴うポルトガル海洋帝国の拡大につながりました。 - 1709年7月8日|ポルタヴァの戦い
大北方戦争でピョートル1世のロシア軍がカール12世のスウェーデン軍を破りました。スウェーデンのバルト海覇権が後退し、ロシアがヨーロッパの大国へ上昇する決定的な転機となりました。 - 1775年7月8日|オリーブの枝請願を採択
北米植民地の大陸会議が、イギリス国王へ武力衝突の停止と権利回復を求める最後の請願を採択しました。国王が拒否したことで和解の道は狭まり、独立へ向かう動きが強まりました。 - 1776年7月8日|アメリカ独立宣言を初めて公開朗読
フィラデルフィアで独立宣言が市民と兵士を前に読み上げられました。「すべての人」の平等を掲げながら奴隷制と先住民排除を残した矛盾も、後の権利運動が問い直す基準となりました。 - 1853年7月8日(嘉永6年6月3日)|ペリー艦隊が浦賀沖へ来航
アメリカ東インド艦隊の黒船四隻が浦賀沖に現れ、開国と通商を求める大統領国書の受領を幕府へ迫りました。軍事的圧力を伴う来航は幕藩体制の外交と政治を揺さぶり、開国過程を加速させました。 - 1864年7月8日(元治元年6月5日)|池田屋事件
京都の旅館池田屋で、新選組が長州藩系を中心とする尊王攘夷派を襲撃しました。計画の全容には異説がありますが、幕府側は京都の反幕府勢力へ打撃を与え、のちの禁門の変へ緊張が高まりました。 - 1889年7月8日|『ウォール・ストリート・ジャーナル』創刊
ダウ、ジョーンズ、バーグストレッサーの通信事業を基盤に、金融・企業情報を扱う日刊紙がニューヨークで創刊されました。証券市場の情報を定期的に流通させ、経済報道の専門化を促しました。 - 1939年7月8日(昭和14年)|国民徴用令公布
国家総動員法に基づき、政府が必要な労働力を軍需産業などへ配置できる命令が公布されました。戦争遂行のため職業選択の自由を制限し、日本人だけでなく植民地下の朝鮮人らの動員にもつながりました。 - 1950年7月8日(昭和25年)|警察予備隊創設を指令
朝鮮戦争で在日米軍が出動する中、GHQのマッカーサーが日本政府へ7万5千人規模の警察予備隊創設を指示しました。占領初期の非軍事化方針が転換し、後の自衛隊につながる実力組織が生まれました。 - 1957年7月8日(昭和32年)|砂川事件で基地内へ立ち入り
米軍立川基地の拡張に反対する測量阻止行動で、柵が壊れ参加者が基地内へ入りました。裁判では米軍駐留と憲法9条の関係が争われ、最高裁は高度な政治問題として駐留を違憲とは判断しませんでした。 - 1994年7月8日(平成6年)|向井千秋が日本人女性初の宇宙飛行
スペースシャトル・コロンビアが打ち上げられ、医師の向井千秋が搭乗しました。微小重力下の生命科学実験に携わり、日本の宇宙開発で女性が専門職として参加する道を広げました。